季節は進み、赤色に染まっていた木々からはたくさんの木の葉が散っていた。それどころか、もう三月になるというのに雪が降っている。電車は遅延…と言うまででもないけれど、雪のせいか、多くの人でどの駅もごった返していた。道路も車通りが多く、そのおおよそが通勤ラッシュなのだろうということは分かっていた。この地方は、雪が珍しい。大体は日本海側で雪が降るため、山脈を挟んだ東海地方では、飛騨高山レベルでも無い限りめったに雪は降ってこない。
それなのに。
「何だって、こんな日に限って大雪になるんだよ!」
志望校へと続く道を、筆記用具と昼食のパンやペットボトル飲料を入れた小さな肩掛け鞄を揺らしながら駆ける。紅葉もそれに続き、はぁっ、はぁっ、と軽く息を切らしながら「ほんとに、ね。お天道様もちょっとくらい気を使ってほしい…な!」
二人でぼやきながら、志望校へとひたすら走っていく。流れていく景色や渋滞に苛立つ車の間を縫うように走り、ガードレールを飛び越してほとんど凍りついた畦道を慎重に抜けると、二人の志望校へ到着する。
「やっと、着いたぞ、ちくしょう…」
荒い息を吐き、手に膝をついてどうにか呼吸を整えていく。動きを止めた瞬間にどっと噴き出す汗をハンカチで拭っていると、どうやら先に立ち直ったらしい紅葉がペットボトル飲料を差し出してきた。
「飲みなよ、これ」
そういってスポーツドリンクを差し出してきた。正直な話、鞄を弄るのも億劫なので、ありがたい。あと、俺の持ってきたのはカフェオレなので、ここで飲むと多分戻す。
「さんきゅ、貰うわ」
ペットボトルの蓋を開けて、ぐっぐっ、と流し込むと、火照った体から熱が逃げていくような気がする。
ほぅ、と一息ついてから蓋を閉めて返す。
「ボクも飲むから、開けてくれててよかったのに。」
「あ、わり。」
そんな会話をしながら、受験室を探す。南舎三階、選択教室2、と受験票には記されている。真ん中辺りが俺で、紅葉は廊下側の席だろうか。
「それじゃあ、頑張ろうね」
そういって彼女は席に着き、そのまま復習を始める。それに倣って教科書を広げ、もっとも苦手とする理数系のテキストに意識を落としていく。早めについたことが幸いしてか、多少は時間に余裕がある。証明や方程式の復習をあらかた済ませていき、理科の公式集もあらかたチェックを終えた。試験開始まではまだ時間がある。先に用を足しておいた方がいいか、とトイレへ向かう。用を足し終え、試験会場へ向かおうとすると、一人の少女が道に迷ったようにきょろきょろと辺りを見回している。
「どうかしましたか」
ほうって置くわけにもいかないと思って、彼女に声をかける。少し驚いた様子でこちらを一瞥し、少し迷ったような素振りを見せてから彼女は口を開いた。
「教室、どこか分からなくて…もしよかったら、教えてもらえないかな」
栗色の髪がゆらりと揺れた。端正な顔立ちにオニキスの瞳は不安からか潤んでいるようにさえ見えた。
「いいですよ。って言っても、俺もあまり詳しくないから。受験票、貸してみて。」
そういうと、彼女は鞄からファイルを取り出した。女子らしいカラフルなファイルから、長方形の受験票を取り出して、こちらに差し出してくる。
「北舎三階、か。ちょうど向かいの校舎だ。」
今いる南舎とは、渡り廊下で繋がれている。時間はそう掛からないだろうと判じ、彼女を送り届けるために俺も彼女の横に着いていく。
「君、名前は?」
「湊。相川湊。」
「みなと、か。珍しい名前…でもないのかな。」
「さぁ?君のほうは?」
「大槻。大槻、蒼空。」
「そらくん、ね。おっけー。あ、あのさ、連絡先、交換しない?助けてくれたお礼もしたいし。」
「…べつに、いいけど。」
会話の流れで連絡先を交換することになり、二人とも鞄を漁って、それぞれスマートフォンを取り出す。電話番号の登録や、chara!というSNSのアカウントの交換をし、互いによろしく、と送りあう。
「お、ここだね。送ってくれてありがとう、大槻くん。」
「別に、いいよ。それじゃあ、ね。相川さん。」
互いに手を振り別れて、彼女は教室へ、俺は自分の受験室へと向かっていく。つけてきた腕時計を見てみると、テスト開始まで十分だった。
最後に、追い込みかけようかな。
『お互い、頑張ろうね』
相川からのそんなメッセージを見て、より身が引き締まった気がした。俺は席に戻るなり、テキストに目を落とした。
テストの方は、概ね予想通りとでも言うべきだろうか。文系科目は特に危なげなく、感触的にはそこそこの高得点を叩き出せているだろう。理系科目はまぁ、そこそこ。十分とは言いがたいけれど、手堅く着実に問題を解いたから、きっと七割程度はとれているはずだ。
片付けを終え、教室の出入り口で待機していると、紅葉が横に並んでくる。
「お疲れさま。テスト、どう?」
「いつも通りだよ。文系は良いけど、理数系のは復習しておいて良かったって心底思ってる。」
「そっか。…やっと、一息つけるって感じだね。」
「そうだな。でも、来週までに論文提出だろ?」
「今日くらいはゆっくりしても良いと思うよ。今日休んで、二人で明日にでも書こうよ、小論文。」
「…そっか。そうだな。」
下らない話をしてから、二人で校門をくぐる。テストの分からなかったところをかいつまんで話したり、これから何処に行くのかを話ながら、とりあえずとショッピングモールへ向かう。
「前、行けなかったもんね。」
「あー、そいやそうか。んじゃ、誕生日の仕切り直しってことで。何したい?」
「何でも良いよ。蒼空となら。」
「俺も。紅葉が一緒なら、何処でも良いや。」
二人で顔を見合わせる。どちらともなく、吹き出した。こんな風に気恥ずかしいと思える会話も、クサい台詞も、本音である。
だって、こんなにも楽しい。ただの移動が、ただ歩くだけの時間が、こんなにも充実している。その事実だけで、十分だ。
笑いあう二人を、今朝とは見違えるほどの晴天が照らす。雪の被っていた木々は、わずかにその素肌を外界へとさらしていた。
うっすらと色づき始めた蕾が、二人の背中を優しく見送る。
新しい生活が、もうすぐ、始まる。