彼女は今にも連中を戮殺しようとし、最後に残った男に対して拷問をかけようとしていた。
とてもブラックな雰囲気です。あとこの作品に登場する人物は誰一人として救われません。
殺すべき男が女であっても、彼女は同じことをしただろうか。心の深い場所へ真一文字に刻み込まれたソレはじくじくと憎悪と嫉妬を産み出す痛々しい噴火口と成り果てていた。或いは女が相手であったならばこそ彼女はそれよりも優しかったかもしれない。少なくとも――卑劣自身が処刑を執行することはなかっただろう。
「ぁぁああぁあぁぁああぁぁぁぁあああぁああああぁぁあああああ!!!」
刃を潰された切れ味の鈍いノコギリが男の太腿をぐずぐずに破壊していく。赤が滴る音も、桃が跳ねる音も、絶叫に塗り潰されて薄れ消える。
仰向けに倒され両手足を麻縄で縛られた男はもはや息絶え絶えといった様子だが、それがかえってシンデレラの嗜虐心を煽ったのか小さく舌なめずりをしてみせた。
「へぇ、良い声出すじゃない」
ハスキーで透き通った、それでいて一切の敬意を感じない、傲岸不遜を体現した声。無造作に切られた赤茶けた髪は粗野な雰囲気を感じさせるが、その容姿は整っており、漂うのはむしろ格好良さか。
「ぁ、ひ、やへろぉ……」
「んー? 聞こえないねぇ。親に言われなかったの? 何かを言うときは……」
掠れ声で制止する男の言葉をきちんと理解した上で、シンデレラは彼の脚に食い込んだノコに再び体重をかける。
「相手に聞こえるように、はっきり言いましょう、ってさぁ」
「ぁぁああぁぁぁあ゛あ゛ぁぁぁあぁああ゛あ゛ああ!!!」
涌き出てくる苦悶と怨嗟の声。既に叫びに耐えきれず崩れ始めた声帯から必死に涌き出ようとする嗚呼は、さながら消える間際に火勢を増す蝋の火のようであった。
このまま命も意識もこぼれ落ちればどれほど楽であったろう。しかし、シンデレラが。卑劣のシンデレラが、そんな優シイことをするはずもないのである。意識が掻き消される寸前に彼女は死の刃を離し、代わりに何か呪文を唱え始めた。するとどうだろう、哀れな被害者の身におぞましくも刻み付けられていた裂傷がみるみるうちに癒されていくではないか。
「い、癒しの魔法……!?」
「ああそうさ。私は優れている。だからあんたを永遠に苦しませられる力と、その権利がある」
その言葉に彼は目を見開き、困惑と恐怖を湛えたそれで拷問人を見つめた。――その眼光をこそ、彼女は喜んだ。
「何でここまでされなきゃいけないの、って顔してるねぇ。別に大したことじゃない、お前は私の敵ってだけさ。敵をどう殺そうが構いやしないって、あのめんどくさい人形どもも言うからさぁ」
「ひっ……!」
どうして敵として扱われているかすら分からないのに、そんな自分勝手な理屈を持ち出されて拷問を受ける謂れを納得できるはずもない。しかし彼の納得など赤髪の女は求めちゃいない、むしろその困惑をこそ彼女は享受しようとしていた。他人の不幸は蜜の味と言うが、彼女はそんな一滴の中でも極上の――搾られる側からすれば最低の――不幸を絞り出そうとしているのだ。まるで理解も許されないままに死ぬことも逃げることもできない拷問に冒され、失意と激痛と困惑の洪水の中で絶望を見出だし、心を壊し、生きられるはずなのに細胞という細胞が死に屈する――そんな一瞬、そう、そんなほんの一瞬を見届ける為に。
「まだあんたは死んじゃいない。でも永遠に生かさない。生殺与奪は私が決める。あんたに許された権利は、私を喜ばせるための悲鳴を上げることと、私を喜ばせるために血を流すことだけだ」
その為に、絶望を叩き付ける。彼女は優秀だ、仕事など簡単にこなすことができる。空いた時間を余暇に使うことを誰が咎められよう。――いや、一組の人形たちと一人の白き少女であれば、止める権利か気概を持ち合わせているかもしれない。しかし一方はケタケタと薄気味悪く笑い続けるばかりで、もう一方は今この場を止められる状況にいない。
彼は自らの詰みを悟った。自らが犯した罪を知らぬまま。ただ自らに課せられた謂れ無き罰を受けることしか出来ないのだと。
「……ぁ」
その時、彼は確かに、聞いてはならない音を聞いた。音楽家であれば鼓膜が潰れた音、アスリートであればアキレス腱がちぎれた音、――彼にとっては、自分の脳で爆弾が破裂した音。
ブツン。
「……ふふ」
――笑む声が聞こえた。どことなく純粋さを感じる微笑みが。その小さな声を最期に――豚のような見た目をしたナイトメアは、ライブラリー世界から退場した。
◆ ◇ ◆
シンデレラの中には一つ致命的に破損しているものがある。それは彼女の暴力性でも差別思想でもない。心の変化を促す時計のネジだ。その心は幼少期にひどく凍りつき、未だに変わることを許されていない。
彼女には幼子さながらの嗜虐心がこびりついていた。そして会得した知識と経験は、それを抑制するどころか加速させて増幅させるようなものばかりであった。彼女は未だに幼女に過ぎない。得た経験が灰被りを大人ぶらせられるというだけで、シンデレラの意は全くの子ども。壊れた操縦捍はいずれどこを目指すのか。その答えは、ライブラリー世界の中へと溶け込んでいく――。
シノアリスの物語の登場人物がハッピーになる二次創作や過度に仲良くなる作品を見ると、時折物足りなさを感じてしまうようになりました(病気)
そのため、自家発電することにしました(病気)