眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#39 フラミーのお使い

 闘技場の貴賓室には多くの二人掛けソファが置かれており、ドラウディロンの席だけアインズとフラミーの隣のソファを指定されていて、皆自由に座り始めた。

 アインズの真隣はフラミーだ。

「むぅ…まぁ、それはそうか…。」

 ドラウディロンはアインズの隣じゃなかったことにがっかりしたが、同じ国の者でもないのに王の隣を陣取ることは難しいだろう。将来を誓い合った仲とは言え、まだ嫁入りできていないのだから。

 

「オーリウクルス殿。」

 ドラウディロンは自分を呼ぶ声に振り返ると、帝国の若僧が立っていた。

 この若僧はまだ二十三歳だというのに、なんとなく何もかもを見透かすような目をしていて気に入らなかった。

「エルニクス殿。なんだ?」

「ははは。何をそんなに警戒しているのかな?せっかくの支配者のお茶会だ。良かったら私にも光神陛下を紹介しては頂けないかな?」

 ジルクニフが自分の中でかっこいいと思っていそうな笑顔を向けてから隣に座る様をみると、ドラウディロンはこういう所も心底気に入らないと思った。余裕のありそうな、しかし、人懐っこいようなこの顔は計算の上作られた物だとドラウディロンの中に僅かに流れる竜の血が告げる。

 

「…フラミー殿。エルニクス皇帝が話したいそうだぞ?」

「え?私ですか?」

 ひょこりと体を前のめりにしてドラウディロン越しにフラミーが皇帝の顔を見ると、皇帝はゴクリと唾を飲んだようだった。

 

「…ねぇドラウさん、私と席替わってくれません?」

「ふ、ふ、フラミー殿…いいのか!!」

「えぇ。替わりましょう!」

 フラミーはひょいと立ち上がると、アインズと軽く視線を交わして頷きあってからドラウディロンの手を取って立たせた。

「はは、フラミー殿は紳士だな。」

「ふふ、お姫様、こちらへどうぞぉ。」

 二人は少し楽しげに笑い合うと、席を交代した。

 

 ジルクニフはわざわざ神王から離れた女神の様子をジッと見た。

 あまりにも美しいその造形は神聖で、触れる事は決して叶わないように思える。

「光神陛下、ご移動ありがとうございます。」

 神王にあまり話は聞かれたくないということか、少しでも離れられる言い訳を常に探っているのか。

 

「いいえ。せっかくの機会ですからね。」

「ありがとうございます。光神陛下はオーリウクルス殿と仲がよろしいようですが、いつから?」

 ジルクニフは少しだけ女神に肩を寄せながら質問した。

 女神というのが「女」という括りに入るのかは謎だが、女というのは自分のことを前のめりに聞かれると大抵喜ぶ。

 特にロクシーが平凡だと判断するような女は。

 

「夏に竜王国に行って、しばらく一緒にいたらなんだかすっかりお友達になっちゃいました。」

「お友達ですか。それは素晴らしいですね。――光神陛下。良ければ私ともお友達になっては頂けないでしょうか?」

 神相手に自ら友達――対等な存在になろうというのはある意味傲慢な言葉だろう。ジルクニフはその表情を、これまで多くの姫を悩殺した甘く優しいものに変え、ただ女神を見つめる。

 

 ボールは放った。次はそのボールを女神がどのように扱うかだ。

 

「良いんですか?エルニクスさん。」

 ジルクニフは想像通りに会話が進む気配に心の中でほくそ笑む。

「もちろんでございます。良ければどうぞジルクニフとお呼びください。」

「ジルクニフさん。じゃあ、私もフラミーでお願いします。」

 女神が爛漫にニコリと笑うと、一瞬ジルクニフはグラリと来た。

 自分が篭絡しなければいけないというのに、その瞳に宿る無垢な輝きに飲み込まれかける。

「あ、あぁ。いえ、流石に陛下をそのようには。」

「私、本当はアインズさんと違ってなんの地位も持たないですから、気にしないで良いんですよ。」

 一体何を意図してそんなことを言うんだろうかとジルクニフは瞬時に多くのことを考える。

 女神の向こうの、女王と共に座る神王からの視線を感じる気がする。

 これはもしや魔導国を捨てられるという意思表示だろうか。

 ならば帝国はいつでも受け入れよう。

「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきます。フラミー様。」

 二人で微笑みあうと闘技場の真ん中にいた双子の片割れが話し出し、強大そうな魔獣と蜥蜴人(リザードマン)達の闘技が始まった。

 

 女神は興味深そうにしばらく闘技場を見下ろしていた。

「フラミー様は闘技場にはよくいらっしゃるのですか?」

「あ、いえ。私実戦じゃない戦いを見るのは初めてです。結構面白いですね。」

 ジルクニフは帝国に女神を誘い出すのに良い口実を見つけた。

「では是非我が帝国の闘技場へいらして下さい。武王と呼ばれる勇ましいトロールの闘いをご覧頂けますよ。私がご案内いたします。」

「そうですか?じゃあ、近いうちに行かせて下さい!」

 完全に自分の定めたレールに乗って話が進んでいく様に、なるほど、これは平凡な女だとジルクニフは思った。

 

「あ、アインズさんも一緒に?」

 その問いは早く自分をここから連れ出してくれとでも言うようだった。

「…いえ、良ければ私と二人で。御身が行きたいと言って下さればあれ程寛大な神王陛下がダメだと言うはずなどございません。」

 敢えて少し大きめの声でジルクニフは言った。

 女神はネックレスが息苦しいのかそれを弄りながら悩んでいた。

「うーん…。あ!じゃあ、たまには護衛だけ連れてお出かけしてみます!」

 

 ――勝った。

 ジルクニフは心からの笑顔を作る。

「はい。私はいつでもご案内できますので、フラミー様のご都合の良い時にいつでもご連絡下さい。」

「そうですか?じゃあ、もし迷惑じゃなかったらこの後に一緒に帝国に行っても良いでしょうか?」

 ジルクニフの想像よりも早い展開に少し驚いた。

 しかし女神が神王と離れたいと思っているのなら何もおかしくはない反応だ。

「かしこまりました。是非に。」

 ジルクニフが約束を取り付けると、激しい剣戟音は止まり、周りの王達が決闘をしていた者達を讃えて拍手を送った。

 その歓声はまるで自分の敗者復活戦、第一ラウンドの勝利を讃えるようだった。

 

「そういえば、フラミー様は大変お強いとお聞きした事があるのですが、どれ程のお力をお持ちなのですか?」

 ジルクニフは機嫌よく聞いた。

「はは、私は全然強くないですよ。」

 謙遜というよりも、心底そう思うように手をパタパタと振った。

「…しかし、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)を一人で押さえ付けたとか…?」

「そんな事は誰だってできます。…本当はアインズさんより、誰より強くなりたいんですけどね。」

 そんな事ができる者など片手の指の数よりも少ない。

 自嘲するように笑う姿にジルクニフはきっとこの女神は枷さえ外せれば力になってくれると確信した。

 

+

 

 支配者達のお茶会は無事に盛況をもって幕を下ろし、皆が鏡を潜ってエ・ランテルの神殿へ帰って行った。

 ナザリックで作られた酒や菓子などの土産を持たされ、皆実に楽しかったというような表情だった。

 アインズは次はもっと砕けた支配者の宴会も良いかもしれないと思う。

 

 それはそれとして――

「エルニクス皇帝から情報を引き出そうっていうのは分かるんですけど、護衛をつけるって言ったって一人で帝国になんて送り出せませんよ。」

 見送りに出る前にアインズは鏡の前でフラミーに今から帝国に行きたいと相談されていた。

「でもあの人、私は始原の魔法と全く何の関係もないから油断してるみたいですよ!遊びに誘われるなんて、もしかしたらこんな機会もうないかもしれないです。」

「言いたいことはわかるんですけど…。」

「それに、アインズさんも誘って良いか聞いたら嫌そうでしたから、ヘイカとは一緒に行けません。」

「フラミーさん、俺がいると嫌がるって事は相手はそれだけ何か後ろめたい事があるんですよ。」

 アインズはナザリックの為に動きたいというフラミーの気持ちは嬉しかったがあまりにも心配すぎて胃がひっくり返りそうだった。

 これまで神都大聖堂の撮影くらいしかフラミーの単独行動を許した事はない。

 大切な宝物に触れるようにアインズはフラミーの顔に触れた。

 これに何かあったら自分はどうやってここで生きていけばいいんだろうか。

 

「ちっちうえ、フラミー様。お待たせいたしました。」

 アインズは響く自分の声(・・・・)に視線を向けた。

「ズアちゃん、お願いしますね!」

「お任せ下さい。では、父上もお早く。」

「は…?」

 フラミーとパンドラズ・アクターは不敵に笑った。

 

+

 

 ドラウディロンはフラミーが席を替わってくれたおかげで闘技場では素晴らしい時間を過ごせた。

「アインズ殿…また誘ってくれ。」

 それでもやっぱり帰りたくないと思ってしまう。

「わかっているとも。さぁ。お前もそろそろ行きなさい。向こうでは勉強がたっぷり残っているんだろう。」

「…そうだが…。なぁ。アインズ殿。」

「なんだ?」

「私にも…その…してくれないか…?」

 ドラウディロンは顔を真っ赤にしながらアインズの手を取ると目を閉じた。

 それはどう見ても別れの口付けを期待しているようだ。

「全く仕方のないお嬢さんだな。」

 アインズは美しい手付きでドラウディロンの顎を固定すると頬にサッと口付けた。

 ドラウディロンは閉じていた目をハッと開いて、ポロポロと涙を流し始めてしまった。

「ぜ、絶対…相手にされないと思った……。」

 ドラウディロンは静かに頬の感触に手を当てると、ついにはわーんと声を上げて泣き始めた。

 

「…あいつ何やってんだ…。」

 モモンの呟きにジルクニフは目を剥いた。

「あいつ、とは……?」

「あ、いや。んん。えー…オーリウクルス女王陛下は破廉恥だなぁ……と…。」

 確かに人前でキスはある程度破廉恥だが――第一妃候補だか側室だかならキスくらい普通だろう。

「モモン殿は潔癖か…?まぁいい。さて、それではそろそろ行きましょうかフラミー様。」

「はい!じゃあよろしくお願いします。」

 フラミーとモモンは皇帝の馬車に乗り込んだ。

 

 ドラウディロンはアインズ(・・・・)に軽く抱きしめられ、背中をポンポン叩かれながら、今日のことは絶対に忘れないと暫く嗚咽した。




次回 #40 英雄の気持ち

パンドラズアクター、それは残酷だぜ(にっこり
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