村瀬は真っ白な世界の中、目覚めなければと必死に駆け回っていた。
そこは始原の魔法によってもたらされた奇妙な夢の中だった。
「起きないと!!早く!!早く起きないと!!」
自分をこんな風に置いて行く戦いが激しく無い訳がない。
睡眠を解く術を、魔法の使えない真っ白な夢の中で村瀬は泣きながら探した。
「あいんずさん…あいんずさんっっ。うぅなんでぇ…。」
ふと気付くと、自分の泣き声に混ざるように誰かが話す声が聞こえた。
「え?誰…?どこなの!?」
声のする方に振り向くと、遠くに子供と小さなトカゲがいるのが見えた。
もつれそうになる足で村瀬はそちらへ走り出した。
「あ、あの!!ここはっ――」
『君、なぁに?』
『君こそなぁに?』
『僕は鈴木悟!君は?』
『僕はツァインドルクス・ヴァイシオンだよ。君は変わったドラゴンだね。』
『はは!ドラゴンだって!おかしいの!』
『な、なんだよ!僕だって立派なドラゴンになるんだ!』
『じゃあ、僕は、僕はね――――――――――』
『俺、父ちゃんになっちゃうのか…!フラミーさん!』
激しい耳鳴りの中フラミーはハッと目を覚まして起き上がった。
誰もいない自室で、腹の中にうっすらと明滅する弱い謎の力に手を当てた。
それは静寂の中たった一人で耳を澄ませ続けなければ感じ取る事が出来ないほどに小さな力だった。
「…アインズさんの…始原の血…?」
胎内でまだ数センチの小さな赤ん坊を形成しているのは、自分の血と――確かにアインズの血だった。
「<
フラミーは駆け出した。
ボロボロの
『この代償は死では生ぬるかったな。ツァインドルクス=ヴァイシオン…。』
魔法を放って地に落ちたアインズを、肩で息をしながら睨みつけた。
『…しかし…
ダクダクと血を流しながら常闇は尾を持ち上げ、世界を汚しきった存在に向かって激しく振るった。
「「「「アインズ様!!!」」」」
守護者達は最後の力を振り絞って尾を止めた。
スキルの残回数もなくなったアルベドは叫ぶ。
「シャルティア!!マーレ!!回復はあと何回!!」
「も、もうないでありんす!!魔力が!!」
「ぼ、僕ももうありません!!」
「シャルティア様!アインズ様だけでもナザリックへお送り下さい!!」
セバスの言にシャルティアは頷き――
「まかせなんし!!」
――
「えっ!?妾のでは――」
中からはフラミーが転ぶのではないかと言う勢いで駆け出してきた。
「アインズさん!!皆!!」
「フラミー様!?早く、ナザリックへお戻り下さい!!」
「デミウルゴス達ハ何ヲシテイルンダ!!」
尾は再度振るわれようと持ち上げられた。
フラミーは眠りに落ちているアインズの腕からドラウディロンの腕輪を引き抜き、自分の腕にはめると手を繋いで呪文を唱えた。
「<
繰り出された
「フラミー様!!アインズ様を連れてお戻り下さい!!」
アルベドの背中越しの絶叫を聴きながらフラミーはアインズの骨の頭を抱いた。
「アインズさん、アインズさん。ここに力がありました。もう一度、もう一度起きてくださいっ!」
フラミーは自分の中で静かに灯る始原の力をアインズの空っぽになった器に流し込もうと、やった事もない儀式へ意識を集中する。
周りでは守護者の早く帰れという願いが響く中、世界に映していた中継映像から事態を知ったデミウルゴスとパンドラズ・アクターが慌てて
「フラミー様!!お戻りください!!」
喉が張り裂けんとする声を上げるデミウルゴスに腕を掴まれるとフラミーはそれを払った。
「デミウルゴスさん!!お願い!!お願い時間をちょうだい!!あなたの神を信じて!!!」
息を飲んだデミウルゴスが苦しみと葛藤するように一度ギュッと目を閉じてから、戦う守護者達の下に駆けていくのを見るとフラミーは翼でアインズの全身を包み込み、祈るように話しかけた。
「アインズさん。私ね、家族も愛も何も持たなかった私に全てをくれて、全てを教えてくれたアインズさんのためだったら、何だってあげられるし、命だって渡してもいいってずっと思ってたの。だけど、私はあなたとここで生きるって約束したから…――…ごめんね。本当にごめんね…。さぁ、あなたはもうお父さんのところに帰って。小さな始原の力だけど…空っぽのアインズさんを、少しでも満たして――起こしてあげて。お願い。」
フラミーは言い切るとと腹部に激しい痛みを感じた。
「――ッンン!!ック…!!」
腹から命がサラサラと失われる感覚に一粒涙を流すと、フラミーは笑って意識を手放した。
――アインズは骸の目に光を取り戻すと、柔らかく優しい馴染みの翼の中にいた。
「…ここは……ふらみー…フラミーさん!?なんで!?ここは!!」
自分に被さったまま呼吸だけをするフラミーを支えながら慌てて起き上がると、未だ戦い続けている守護者達と、フラミーを連れて行かせたはずの二人の守護者の姿を目にした。
そしてフラミーの腰から周りに広がっていく血溜まりと、一滴も残らず放ったはずが己の身に満タン近く漲る始原の力とユグドラシルの力にアインズは全てを察した。
「あ…あ……。」
アインズは目の前がぐらりと揺らいだ。
まるで地面はふわふわしているかのようだった。
胎児の蘇生なんか聞いたこともない。
いや、蘇生したところでフラミーとの繋がりを持てず、再び死するイメージしか浮かばない。
兎に角母体だったこの人をどこか安全な所に――母体だった……だった……だった…――。
それが既に失われたものだとハッキリと自覚した瞬間、アインズの中には鎮静すら追いつかない感情が噴き上がった。
「うああぁぁあああ!!許さん!!許さんぞぉお!!死んでも死に切れない、地獄の苦しみを与えてやる!!」
アインズが叫ぶと、守護者達は目覚めに気が付きハッと振り返った。
そして糸が切れるようにフッと鎮静されると、フラミーの腕から腕輪を引き抜きその場に寝かせ、
『もう起きたと言うのか!?貴様これだけ力を使えば数日は眠って来たと言うのに!!』
再び腕輪を光らせると、始原の魔法が脈打つようにドクンドクンとその身を駆け巡り出す。
「パンドラズ・アクター!!フラミーさんを!!」
「父上!!」
アインズは≪
それは十二秒経つと守護者も――大切にしたかった者も――全てを殺してしまう。
――しかし
「殺しはせん!!!殺しはせんぞ!!!」
『一撃を凌げば良いと思ったのが甘かったか!!』
竜王は落ちていた巨大なツアーの遺骸を放り投げ、視界を遮ると黒いブレスを吐いた。
パンドラズ・アクターはぶくぶく茶釜の姿になると全体防御のウォールズ・オブ・ジェリコを発動して全員をギリギリで守るが、激しい力は抑えきれずに魔法の壁を貫こうとした。
父とフラミーを守るために力を一極集中させると、力の薄まった箇所から貫通したブレスは守護者達を再び深く傷付けた。
アインズは背で進む時計をそのままに――時間を止めるユグドラシルの力を左手に、若返りすぎた時に使った始原の力を右手に呼び出す。手の中を稲妻がバチバチと音を立て、幾度も往復していく。
もうスキルが発動すると言うところで両手を打ち鳴らすように合わせると、時計は赤黒く染まり上がり、秒針は狂ったかのように激しく反対方向へ向かって回りだした。
「我がナザリックにおいて、死は、慈悲だ!!!」
眠るフラミーを背に叫ぶと、時計はバキンと砕け散り、滅茶苦茶に掛け合わされた力は激しくのたうつ龍のごとき姿を持って竜王へ打ち出された。
竜王はこの怪我を負っていなければ容易に避けられたであろう魔法を弾き返すために尾を振った。
少なくなっている体力にわずかな不安を感じたが向かってくる魔法は始原の力をあまり強くは感じない。
今度こそこれを耐えきれば自分の勝利は約束される。
尾にぶつかった魔法からはやはり大した力を感じず、ニヤリと口元を歪めた――――その瞬間、ゾクリと背筋が震え、体は変貌を始めた。
『な、なに!?なんだ!!なんだこれは!!!』
それは、これまで積み重ねてきた数千年と言う時間と、それに伴って大きく育って来た力が吸い上げられて行くという――竜王を以ってして初めての感覚だった。
『竜帝の汚物があああぁぁああ!!!!』
竜王の慟哭にも似た叫びは世界を震わせた。
強靭な鱗をバラバラと落としながら竜王が小さくなって行くと、ツアーと同程度の大きさになった。
のたうち回るトカゲを逃すまいとコキュートス、シャルティア、セバスは駆け寄り拘束を始めた。
アインズは効くかも分からなかった滅茶苦茶な魔法が通った事に深く安堵し、トカゲからくるりと背を向け、広がる血溜まりに眠るフラミーを抱き上げた。
万一力が通らなかった時のために残した始原の力でツアーを復活させてやりたかったが、完全に切れてしまった集中力を前に、とてももう一度魔法を練る事は出来なかった。
「…そいつは決して殺すな。お前達の言う…世継ぎを殺した。」
守護者は息を飲んだ。
「パンドラズ・アクター、デミウルゴス。お前達にはこの人を任せたはずだぞ…。」
すぐそばにいた双子はデミウルゴスとパンドラズ・アクターのその背をそっと押した。
二人は足と腰からポタポタと血を流しながら眠るフラミーを抱える支配者の前に跪いた。
魔法のローブは血を吸うことはなく、血は真っ直ぐに滴り落ちて行く。
「任せただろうが!!!」
「「申し訳ありませんでした!!」」
叫ぶと怒りは鎮静され、深い悲しみがその身を襲った。
「――…っうぅ…この人は…私やお前達と違って少しも親を知らないんだよ…。…愛してやるって…楽しみにしていたんだ…。少しも大きくなれなかったこの子を…きっと…愛してやるって…。」
アインズは人の姿になると血溜まりに膝をついてフラミーを抱きしめたまま泣いた。
その光景のあまりの痛ましさに守護者達も声を押し殺して泣いた。
「始原の力をそんな所に残しておいて目覚めたのか。その腹の大きさでは気付けんわけだ。」
守護者達に拘束される常闇の発言にアインズは激しい怒りを感じ、思わず位階魔法を投げ――
「あいんずさん?」
かけたが、ずっと聞きたかった声にアインズは視線を落とした。
危うく殺してしまうところだった。
「フラミーさん!!」
「アインズさんだっ。」
フラミーは笑ってからキョロキョロすると、コキュートスに
「はーぁ。よかったぁ。なんとかなったんだぁ。」
「フラミーさん…ごめんなさい。いっつも…いっつも俺のせいでぇ。うっ…フラミーざん…。」
守護者の視線も気にせずに辛そうに泣くアインズをフラミーは抱きしめて撫でた。
「いいじゃないですか。私達には万年時間が…あるん…です………からぁ。」
言いながらフラミーは泣いていた。
「私が弱いせいだぁ。あぁ。アインズさん、ごめんなさい、ごめんなざぁいぃ。」
懺悔の中抱き締め合い声を上げて泣く支配者たちを世界中の人々はただ黙って見上げた。
それは、都市国家連合にいた者も同様で――。
「…神王陛下…。やはり、人の身のあなたは…。」
映像は音を持たなかったが、その状況からどんなやり取りがあったのか想像ができたジルクニフは胸を押さえ、舞踏会であの神の喜びようを見ていた人々は涙を流した。
世界に望まれて生まれてくるはずの神の子は世界を守るため、たった三ヶ月で儚く消えて行った。
優しい感触が全身を撫でる。
深い水面から無理矢理引き上げようとする友の手にツアーは笑うと迷いなくその手を取った。
一気に体を引き上げられると、白く染まった世界に飛び込んだ。
「ツアー…。ツアー、起きられるか。」
「あぁ。始原の魔法で起こしてくれたんだね。何の損失もないよ。」
ツアーは目の前で瞳を覗き込んで来る友人に笑った。
「はは。それは良かったな。素材にしようか悩んだぞ?」
ポンポンと鼻の頭を叩くとアインズはツアーと同じ方を向いて、立ったまま巨大な顔に寄りかかった。
「冗談に聞こえないから怖いよ、アインズ。」
第六階層の湖畔は平和そのものだった。
「ツアーさん!起きたんですね!」
フラミーは湖に足を浸していたようで裸足で駆け寄ってきた。
その首には常闇の着けていた青い清浄な鳥のようなものを象ったネックレスが下げられている。
「あぁ。フラミー。アインズはやったみたいだ――――君…。」
ツアーはフラミーをまじまじと見た。
「ふふっ、髪の毛下ろしてると可愛いでしょ!」
ワンピースにレースのローブを掛けてくるくる回って笑う姿は、途中で手折られた痛みに耐えるようではなかった。
「…あぁ。可愛いね。お団子頭はもうやめたのかい。」
「はい!気分転換で、もう、やめようかなと思って。」
人差し指に髪をからませるようにくるくるいじって笑うフラミーに少しの痛みを感じツアーは視線を逸らした。
「…アインズ。あの後常闇はどうなった?」
「あぁ。結局一撃では倒せなかった。しかし適当に練った魔法で生きてきた時間を奪ってやったよ。ナザリックで無限の苦しみを与えつつ素材回収に使ってる。」
「それはゾッとする話だね。素材回収ってことは何か作るのかい。」
「ふふ。その為にお前を起こしたんだ。お前の一番おすすめの始原のアイテムを教えてくれよ。」
「…それはもしかして、こないだ支配者のお茶会で聞きたいと言ってたことかな?」
「流石に察しがいいな。あの時はエルニクスのせいですっかり忘れていた。」
ツアーは教えたくないと思ったが、失ったとは言え祝いを送ると言ったのだ。
「…そうだね。僕が昔リグリットにあげた限界突破の指輪は、恐らくユグドラシルのれべるの制限を超えて君を強くするよ。作るのに僕は七十年かかったけどね。」
「なんだと!もっと早く言わんか。本当いつもいつもお前は情報を教えるのが遅い。大体八欲王のギルド拠点に三十人もNPCがいると言うのもあの夜に突然言うし、私に世界を守らせたいならもっと早くに情報を渡せ。近いうちにギルド武器を破壊する為にも私達は天空城に行くんだが、良いか?情報というのはな――」
この世の全ての力を司る神の嬉しそうな説教はその後しばらく続いた。
あぁ…よかった…。(よくねーよフザケンナよあんなに皆でフラミー様をお祝いしたのに
すぐにできます!すぐにできますとも!!
眠夢において、最終回という言葉は新章のためだけにある。
怒涛の三話で疲れましたね。
フララと御身の精神立て直し気抜け閑話で我々も精神立て直しましょう!
#55 閑話 悪魔の弁当
(謎タイトル
閑話ですが0時です!