アインズをダークドワーフの国へ、フラミーを検診へ送り出したパンドラズ・アクターは応接間でとあるリストを取り出した。
その名も何でもする女リスト。
パンドラズ・アクターはそれを見るとフッと笑い――火を点け捨てる。
「…フラミー様がりあるへ行かれている間に父上をお慰めする者が必要かと思っていましたが、もうこれも不要ですね。」
パンドラズ・アクターはずっとアインズを慰める、寂しさを埋める者を探し続けた。
アルベドが子供を率先して持とうというなら、それを応援したし、ドラウディロンを娶りそうな雰囲気があった時には大いにお膳立てもした。
そもそも神官達に「あれがいつか魔道国に相応しくなったと
キスもしたし抱き締めもした。
もちろん属国化記念式典の際にナザリックへ入ろうとしたのは止めたが、ナザリックの外で過ごさせて必要時にだけ父を慰める都合のいい女として使うにはベストだと思っていたのだ。
地位も頭脳も肉体も申し分なかったドラウディロンはもっと上手くやると思ったというのにどうも上手くいかなかった。
しかし、フラミーが今後二度と立ち去らないというのなら当然ドラウディロンももう必要ないだろう。
そして、フラミーにはずっと
全ての荷から解き放たれたパンドラズ・アクターはこれ以上ないほどに清々しい笑顔を――顔はないが――作って深呼吸した。
そして黄色い頭をわずかに赤くした。
黒い穴の一つに触れ、フラミーの言葉を思い出す。
(行かないですよ。あなたのいる所が…私の生きる場所……。)
パンドラズ・アクターはニヒニヒと身をよじらせた。
「実は父上より愛されてたりして。」
とんでもない事を言う息子もいたものだ。
「フラミーさん!!性別わかったって!?」
アインズは仕事を知恵者二名に再び押し付けると検診を受けていたフラミーの下に飛んで帰ってきた。
扉を開けながら叫ぶと、検査を終え片付けをしていた様子のペストーニャと
皆の晴れ晴れとした表情の中に、抑えきれない興奮が透けて見える。
ベッドの上に座って照れ臭そうに笑うフラミーに突っ込むと、二人は転がった。
「はは、アインズさん、重たい。」
「それで、どれだったんですか!!」
どちら、とは言えない二人だ。可能性は三つあるのだから。
アインズは下敷きにしたフラミーから起き上がり、ゴクリとその唇が動く時を待った。
「男の子だそうですよ。」
「お、おとこのこ…。」
白痴のように同じ言葉を繰り返すと再びベッドに倒れ、
「っはは、やっぱり男の子って男の人は嬉しいんですか?」
「いや!どんな性別でも嬉しいです!!」
しかし、以前は性別の確認が出来るほどまでも成長できなかった子を想うと、それを確かに確認できたと言うことだけでもアインズは幸せだった。
「あぁ!俺、俺、もう!!」
言葉にならない感動が心の底から溢れ、次から次へと押し寄せると、アインズは笑いながらポロリと涙をこぼした。
春の陽だまりのように、余りにもあたたかく幸せな涙だった。
フラミーも言わんとする事を掴むと、宝石のように綺麗な涙をこぼし、二人は失った日のように抱きしめ合った。
新しい命の祝福は、二人の心にようやくこの世界で暮らす事を赦されたような不思議な安心感を広げた。
「本当…フラミーさん、ありがとう…。あなたが一緒に来てくれてよかった…。」
フラミーは首を振ると、照れたようにクスリと笑った。
「そんな、お礼なんて。」
優しく唇を重ねると二人は信頼に満ちた顔をした。
フラミーをその身で押し潰していたアインズは起き上がり、二人同様喜びや幸せが溢れて止められない様子の
ペストーニャは医師としての仕事を始めるため、一度自分を切り替えるとでも言うようにコホン、と咳払いをしてから口を開いた。
「アインズ様、フラミー様はつわりも治まって来ているようですし、お腹が大きくなり始める前に軽い運動なども少し取り込み始めた方がよろしいでしょう。あ、わん。」
「何?運動が必要なのか。」
アインズは触ればわかる程度にほんの少しだけ膨れている気がする腹を撫でた。
「大丈夫か?大丈夫なのか?」
「ウォーキングなどご無理のない範囲でお願いいたします。あ、わん。」
フラミーはそれを聞くと子供のような顔をした。
「お出掛けしたーい!」
アインズは「そんなのダメだ」と言おうと思ったが――パンドラズ・アクターを思い出し、なんとか飲み込んだ。
「…警護を集めろ。メンバーはお前達に任せるが、なるべく強力な者を頼む。」
部屋の外では当然お祭り騒ぎだ。
「――苦しくなったら、二人で仔山羊十匹連れてナザリック抜け出しましょう。」
アインズはプレッシャーを感じていないかフラミーの気持ちを案じた。
引っ張り抱き寄せてやるとフラミーは眠る前の赤ん坊のように安心しきった顔をした。
「うん、そうします。でも、ちょっと行き過ぎだけどやっぱり喜んで貰えると嬉しいですね。」
「そうですね。本当に。」
アインズはしばらく腹に手を乗せトントンと触った。
「アインズさん、今度は産まれてくるんですよね。」
「あぁ、産まれてくるよ。この世の全てから俺が二人を守るから。」
フラミーがとろけそうな程に優しい顔をすると、二人はしばらく振りに愛し合った。
数日後の初夏のある日、アインズはフラミーを連れて聖王国のそばの海に来た。
強力な護衛――ガルガンチュアを除いた全守護者と共にだ。
穏やかな海とは裏腹に守護者不在のナザリックは厳戒態勢になっている。
アルベドとデミウルゴスがダークドワーフの国を吸収し、ナザリックに帰還して全員の予定が合うまで結局外出は控えられてきた。
それまでフラミーはペストーニャの勧め通り第六階層の湖の周りをウロウロと散歩した。
今日も双子と共に海の周りをウロウロすると、セバスと男性使用人が広げた絨毯の上に座るアインズの隣に戻った。
アインズはすぐさまフラミーに、捩じくれた木の枝のような羽が生えた胎児姿の
ヴィクティムはようやく膨らみ始めたフラミーの腹に数度顔を擦り付けると、腹へ向かって喋り始めた。
「
「ふふ。かわいい。こんにちはーってね。」
フラミーが愛しそうにヴィクティムを撫でると、アインズもポンと手を乗せ――何かをごにょごにょと中へ向かって喋り続ける姿にこれはまさかと顔を覗き込んだ。
「…ヴィクティム、中がわかるのか…?」
「
アインズとフラミーは目を見合わせた。
フラミーにヴィクティムを持たせているのは何かがあった時に命を燃やしてもらう為だったが、思わぬ収穫だ。
まだスモモ程度の大きさらしいが顔も口ももうあるらしいのだからアクビくらいするのかもしれない。
「そうか。お前は暫くフラミーさんといることにしなさい。」
「
支配者達は実に和やかだった。
海には色違いの水着に身を包んではしゃぐ双子とコキュートス。
コキュートスは氷でボードを作ってやると双子はそれに乗り、押してもらったり、波に向かって突撃して行ったりと海を満喫している。
第六階層の湖と違い波がある為、いつもと違う遊びができると子犬のように喜び楽しんでいた。
そして波打ち際には、しゃがみ込んで何かを地面に書き、難しそうな話をする知恵者三名と、暑苦しいボールガウンに身を包むシャルティア。
デミウルゴスは真っ赤なブーメランパンツを履いていて、アインズはそんな装備を一体いつ使わせようと思って買ったんだろうとウルベルトの顔を思い出し――フラミーは軽く視線を逸らした。
そんなデミウルゴスとは対照的にパンドラズ・アクターは爽やかな甚平スタイルに麦わら帽子でしゃがみ混んでいる。
白い水着に魅惑的な肉体を包むアルベドは、守護者が視線を落とす地面にサラサラと文字を書き、ビシッとそれを指差した。
「至高の御方々の全てを継ぐ方なのだから、必ず伝説になるわ。だから、レジェンド・オブ・ザ・ワールド様よ!」
「…センスを疑うよ。」
「なんなら不敬でありんす。馬みたいな名前をつけんせんでくんなまし。」
デミウルゴスとシャルティアから辛辣な意見が届くと、アルベドはック!と苦しげな声を上げた。
ちなみにアルベドの
「それではこんなのは如何ですか?我らが黄金郷、ナザリックからお生まれになる御方には――」そう言いながらパンドラズアクターは尺取り虫のような指で自分の顔をさらりと撫でた。
「エル・ドラード・ウール・ゴウン様、と。」
誰かの黒歴史は最高に決まったとでも言うように顔に手を当てていた。
「…アルベドのよりはマシでありんすね。」
「可もなく不可もないと言ったところですね。愛称はエル様かな。」
一応その名が付いた場合のことをデミウルゴスが真剣に考え始めると、遊んでいたコキュートスと双子も顔をのぞかせた。
「何ノ話シダ?」
「何これ、れじぇんど…おぶ…?」
「も、もしかして、お、お世継ぎ様のお名前ですか!」
「そうよ。採用されるかは分からないけれど、私達でも考えてみているのよ。」
ああ、そう言う会。と納得すると、コキュートスは嬉しそうに霜を吐き出し地面に字を書き始めた。
「新シイオ命ナノダカラ、
成る程、と守護者達が頷く。
「はーい!」次にアウラが手を挙げた。
「それより、愚民にも一目見て神の子だって分かるようにちゃんとアピールするべきなんじゃないかな!だから――」サラサラと書き付ける。「――
良いのではないかと湧き始める中、マーレもいそいそと地面に指を下ろした。
「あ、あの!僕は、きっと、とってもお優しい方になるでしょうから――」神太郎の隣に寄り添うように小さな文字が生み出される。「――
アルベドとデミウルゴスはサッと一文字消した。
「響きと着眼点はいいけれど、人と言う字はどうかな。」
「あっ…そ、そうですね…。虫ケラがすみません…。」
そんな謝罪がこの世にあるだろうか。
「所でデミウルゴス、あなたも何か案を出したらどう?」
「ん?私なら、そうだね…。アルスラーン様、と言うのは?百獣の王、獅子を指す言葉だよ。アインズ様と同じくアから始まるし、愛称もアルス様と呼びやすい。」
感嘆の溜息が守護者達から漏れ、これで決まりかと言う雰囲気が流れる。
すると、シャルティアは注目を集めるように大げさな咳払いをした。
「それでは、最後は妾でありんすね。」
そう言えばまだだったかと守護者達は視線で先を促す。
シャルティアはチラリと海を眺める支配者達を見た。
「御方々は、妾たちの全て。世界そのものでありんす。故に、世界を意味する――ユグドラシル。これが最も適しておりんしょう。」
ほう、っと皆が声を上げた。
交わし合う瞳に映るのはこれ以上の名前はないと言う輝き。
「――それで決まりね。では、アインズ様とフラミー様にご提案に行きましょう。」
「ゆ、ゆぐどらしる?」
アインズとフラミーは目をパチクリさせていた。
「はい。守護者からはこちらのお名前を推薦させて頂きます。」
夏の始まりの日差しが眩しい。守護者の瞳が眩しい。
「…ありがとう。受け取ってはおくが、使うかはわからないぞ…。」
やりきったと言う表情をすると、守護者達は再び戻って行った。
第二子、第三子――第百子の名前を考えようと張り切る皆の足取りは非常に軽い。
それを見送るとフラミーはくすりと笑った。
腹にはヴィクティムがぴとりとくっついていた。
「ね、アインズさんはどんな名前が良いと思います?」
すると、アインズは数度頬をかいた。
「…あの、実は俺、付けたい名前があるんです。」
フラミーは言いにくそうにするアインズの頬を優しく撫でた。
「あなたの思う名前で良いんですよ。きっと、それが相応しいから。」
アインズはちらりとフラミーの顔を見るとその手に手を重ねた。
「この子には…アインズ・ウール・ゴウンの出発点を。」
全ての物語の始まりを。
そして、ひとつの
「ナインズ・オウン・ゴール――いや、ナインズ・ウール・ゴウン。」
アインズはフラミーの肩を抱くと、守護者を一人づつ指差した。
「アルベド、シャルティア・ブラッドフォールン、コキュートス、マーレ・ベロ・フィオーレ、アウラ・ベラ・フィオーラ、デミウルゴス、ヴィクティム、セバス、パンドラズ・アクター。――
フラミーは守護者達の向こうに今はいないギルドメンバーの姿を見ると、晴れ晴れとした笑顔を作った。
「素敵だと思います!ナインズ。」
「…はは、良いかな。」
もちろんですとフラミーが頷き、二人は楽しげに笑った。
「
ヴィクティムは「はわわ」と頬に手を当てると大きな目を輝かせ祝福するように二人の上をくるりと飛んだ。
「神の子として生まれて来ることになってしまうが、
アインズがヴィクティムを真似るようにまだ小さな腹に耳をあて語りかけると、フラミーは手の中で髪を流すようにその頭を撫でた。
目覚めた。
此処は何処だろう。
自分は――誰だろう。
優しい手だ。
体に空気が通る。
自分の存在が生まれていく。
何てあたたかい所だろう。
何て祝福されているんだろう。
こんなに世界は生まれる喜びに溢れている。
だと言うのに、どうして皆泣いているんだろう。
ああ、泣いているのは皆だけじゃない。
とめどない涙は自分の目からも流れていく。
此処はすごく――綺麗な場所のようだ。
九人の"自殺点"はちょっと縁起悪いですから、own goalはだめですね!
"to the nines"といえば完璧に、なんて意味で使われますし、ナインズって実は縁起いいですよねぇ!
ナインズ様が健やかにお育ちになる事を心からお祈り申し上げます(-人-)
ンンンンナインズ様!って守護者皆が言うんでしょうか?
なんて言いつつ最終話をまた書きました。(三度目
五ヶ月の長きに亘り、お付き合い頂き皆様本当にありがとうございました!
やっと御身にもフラミー様にも幸せになって頂けたでしょうか。
当初70話で終わりにしようとし、その後60話書き、再び60話追加してしまいました!
いつも読んでくださる皆様のおかげで本当に本当に楽しく書く事が出来ましたー!
これまで二度の最終話詐欺を行い、ここまできてしまいました。
今後の御身達の冒険は皆様の胸の中に――と言いたいところですが、終わっちゃやだといってくださる方達がいて下さる有り難さを胸に、お言葉に甘えさせていただきアフターストーリーをちょちょいと書かせて頂きます!
次回 #1 閑話 セバスの結婚式
ただ、本編終了という事で毎日更新はここまででおしまいにしようかと思います!
毎日お話を書き、大抵五話くらいは書き溜めながら進めてきましたが、ここに来て本当にストックもプランも底をつきてしまいました。
とかなんとか言いながらどうせ毎日更新するんでしょ?
知ってる!
明日は無い、と書かない限り無限に毎日更新を続けますm[_ _]m
【挿絵表示】
そして本日頂いたパンドラとフラミーさんです!
ユズリハ様ありがとうございます!