眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#23 歓迎と畏れ

 今日、マァルは珍しくユリヤと登校しなかった。そして、ホームルームが始まる前の今も一緒にはいない。

 通学路でいつも通り会ったユリヤは、沢山のクラスメイトや他のクラスの友人達に囲まれていた。

 輪の中に入って人を掻き分ける勇気を持たないマァルは話しかけられなかった。

 ユリヤはもちろんマァルの存在に気付き、話しかけてくれようとした。しかし、今年の一年生初の神との接続を果たした彼女はまさしくアイドルだった。

 

 マァルはちらりとユリヤの席の様子を伺う。

 

「ユリヤちゃん、姫殿下と話したことあるの?」

「う〜ん、それがないんだよねぇ」

「えー!じゃあどうして?良いなぁ」

「私も魔法使えるようになりたーい!」

「皆でお願いしてみる?」

 

 魔法を使えるようにして欲しいと頼むための言葉を選ぶクラスメイト達の声を聞きながら、マァルは考える。

(……ユリヤは気付いてないんだ)

 アルメリアはおそらく花と自己紹介したサロンの彼女と同一人物。

 あの口調も、視線も、何もかもがリンクした。

 平凡なマァルだが、幼い頃から直感力だけは優れている方だった。

 ハナはマァルのことをとても気に入っていたことを、マァルは気が付いていた。

 

(ハナちゃん、私には魔法使わせくれないのかなぁ……)

 考えてみれば花との接触は、一日目は手を握ってしまったり、声を荒らげてしまったりと散々だ。

 サラトニクのあの時の慌てよう。自分がどれだけまずいことをしたのか、今ならよく分かる。

 マァルは強すぎる焦りを感じ、机に突っ伏した。

 視界が真っ暗になると、今まで知らなかった机の匂いを感じた。

 

 静かに過ごしていると、教室の中のいろいろな音が聞こえた。

 

「ねぇ、でもさ」

「なになに?」

「姫殿下、怖かったね」

「……ちょっとね」

「私びっくりしちゃった」

「下がれって言われちゃったもんね」

「廊下でも下がれ!っておっきな声出してたもんね」

「やっぱり、ちょっと違うよね」

「普通じゃないよね」

「神様の子供だもん」

「でも、ナインズ殿下はお優しいって」

「じゃあ、やっぱりアルメリア殿下が普通じゃないんだ」

 

 マァルは自身も「下がれ」と言われたことを思い出す。

 しかし、それと同時に「普通じゃない」なんて言葉を使うのは間違っているのではないかと思えてならなかった。アルメリアから同じことを言われたが、マァルはただ真っ直ぐ「もっとちゃんと教えて」とぶつかったのだ。

 なのに、本人もいないこんな場所で噂話なんて。

 

 ――やっぱり間違ってる。

 

 マァルの中で考えがまとまると、伏せた顔を上げた。

「皆、殿下は普通じゃないんじゃないよ」

 噂話をしていた女子達の視線が一斉に集まる。マァルは生まれて初めての感覚にゾクリと震えた。

 他人から敵意を向けられたことなんて一度もなかったが、これは明確な敵意であると感じたのだ。

 ユリヤだけは困ったようにオロオロとマァルと周りの友達たちを交互に眺めた。

 

「なぁに?マァルちゃん。殿下に魔法使わせてほしいの?」

「昨日もマァルちゃんは殿下のことずっと見てたよね」

「ち、違うよ。そんなんじゃない」

「じゃあマァルちゃんは魔法使えなくていいんだ」

「魔法使えるようになることは国のためなのに魔法使えなくっていいなんていけないんだ」

「そんなこと言ってないよ!ただ、殿下が普通じゃないなんて言っちゃいけないんだって――」

「殿下が普通なわけないじゃん」

「殿下は高貴なお方なんだよ」

「そ、それはそうだけど……」

 

 いつの間にかマァルは責められていた。下を向いて非難を浴びる。幼いせいか、自分が何を主張していたのかももう忘れてしまった。

 

「だいたい、殿下と話したこともないくせに」

「本当は怖いって思ってるくせに」

 

 いつの間にか俯き始めたマァルでも、その言葉だけは違うと断じるだけの力が残っていた。

 拳を握り締めて顔を上げる。

 

「違う!殿下は――ハナちゃんは正しいことを知ってるから、だから、だから……少し、言葉が強いだけなんだよ……」

 

 女の子達は目を見合わせた。

「ハナちゃん?誰の話し?」

「殿下が怖いってことは認め――」

「怖くて結構です」

 ふと言葉が重なる。

 女の子達のがゆっくりと振り返り、マァルの視線も追いかける。

 教室の入り口には、いつもの涼しい顔をしたアルメリアが立っていた。

 気まずそうに皆が口を塞ぎ、目を泳がせる。

 後から登校してきた子供たちは、この重苦しい空気は何だと目を見合わせ、首を傾げた。

 

 なんとなく誰もが言葉を発することをためらっていると、クリスが意を決したように口を開いた。

「あ、アリー様。あの、私――」

「よい」

「アリー様……?」

「よい。私はそっちの人の子に用があります」

 

 アルメリアが黒い翼を揺らしてズンズン進んでくる。

 目の前で立ち止まり、金色の瞳で覗き込まれると、マァルは思わず微笑んだ。

 あの花が持つ漆黒の瞳と、宿す意思は同じ。

 やはり、アルメリアはハナだ。

 

「人間は群れる生き物です。お前は、どうして群れの言うことを否定してまで私の肩を持ったんですか」

 

 どこから聞いていたのだろうか。マァルは、どうか女の子達のあの言葉の全ては聞いていないでいてほしいと思った。

「――だって、ハナちゃんと私、お友達だから。クラリスお姉さんにも言ったけど、お友達だから。ミツバチのときは悲しかったけど、命のお話してくれたの、嬉しかったから」

 

 アルメリアはじっとマァルを見ると、ほんの少し、この距離のマァルでなければ分からない程度の笑みを浮かべた。

「お前はもう少しよく勉強をした方がいいですよ」

「そ、そうかな」

「そうですよ」

 

 短い言葉のやり取りを終えると、アルメリアは自分の席に座り、噂話をしていた女の子達をチラリとも見ることはなかった。

 ただ、クリス・チャンから流れ出る異様な気配にマァルはパチクリと瞬きをした。

 

+

 

 銀色草原北端、妖精の隠れ里。

 

「ツアーさん抱っこして飛んで行くってなると、流石に疲れそうですからね」

 フラミーは白いタツノオトシゴの杖で肩をトントン叩きながら、パンドラズ・アクターの描いた船の設計図を見て呟いた。

「助かるよ。できることなら竜の身では行きたくなかったからね」

「ツアー、あまりンフラミー様にご迷惑をおかけしないようにお願いしますよ」

 パンドラズ・アクターは今回『忍者』と形容する以外に思い当たらない程の、ベタすぎる忍者装束に異様な覆面、腰には二本の刀という装備――つまり、弍式炎雷の姿で来ている。
 パンドラズ・アクターがフラミーに変身してツアーを抱いて移動するという手もあるが、探査役としての能力に期待を寄せているため、できれば忍者姿で移動をしたかった。

 

 そして、いつもの幽霊船はほとんどアインズの持ち物と言っても過言ではないので、それを使うのは悔しい。

 となれば――

 

「<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>」

 

 この世界にきて長い時間を過ごした。

 リアルでは見たことがないものも随分と見てきたものだ。

 もしかしたら、このくらい(・・・・・)簡素な設計図でも転移したてのフラミーには創れなかったかもしれない。

 

 フラミーが杖で指し示した先には、光が集まり、パンっと弾けた。

 

 生み出された船は真っ白で、一般的な六人乗り程度のヨットをほんのひと回り大きくしたようなものだ。

 帆が掛けられるべきはずのマストには何の布も掛けられておらず、後方にあるそう大きくない船尾楼には一室だけ部屋がついている。

 フラミーは――アインズもそうだが――この魔法で柔らかいものを創ることはできない。

 パンドラズ・アクターが忍者姿で拍手をすると、三人の後方からも拍手が続いた。

 

 騒々しいと言っても過言ではない拍手の加勢は、ポイニクス・ロードの羽根を届けるためではなく訪れた女神を一目見ようと集まってきた妖精(シーオーク)たちのものだ。

 

「フラミーさま!妖精の隠れ里の主!!」「栄えある御身!」「尊き春の支配者!!」

 

 よく分からない褒め言葉にフラミーが手を振ると、キャー!と黄色い歓声が上がった。

 そして、妖精(シーオーク)達の波を掻き分け、新緑の葉のように瑞々しい髪を揺らす妖精王――オーベロンが前へ出てきた。

「フラミー様!お待たせいたしました!」

 その手には妖精達の体よりもよほど巨大な筆。

 

「オーベロンさん、思ったよりも早かったですね。じゃあ、ズアちゃんお願いしますね」

「は!」

 パンドラズ・アクターは自らの無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)から巨大すぎる布を取り出し、瞬きする間にマストへ布を結び付けて行く。

 ――弍式炎雷は機動力、隠密性、探査能力に優れたビルドをしていた。身を隠しながらでもギルド最強の単発ダメージを出せる高火力と、二人といない俊敏性。

 八割の力までしか再現できないパンドラズ・アクターであっても、通常の百レベルを超越した弍式の再現ともなれば、おそらく一般的な九十レベルに近いスピードと火力を誇るだろう。

 故に、まさしく文字通り瞬きをする間にマストは帆が張られた。
 ちなみに、火力を求めすぎた弍式は防御を完全に捨てているため、同格以上の相手から攻撃を貰おうものなら、一撃死する大弱点を抱えている。

 今回の旅ではツアーがタンクとして活躍することが期待されているし、おそらく何かがあればツアーは頼まれずともその役回りに徹するだろう。

 

「な、なんと……」

 オーベロンはパンドラズ・アクターの早技に何度もぱちくりと瞬いた。

 そして、パンドラズ・アクターのこほん、という優しい咳払いに我に帰る。

「――はっ。すぐにルーンを刻ませていただきます!」

 オーベロンは筆をぐるりと振るうと、帆へ向かって飛び、真っ白な船の真っ白な帆にそっと筆先を下ろした。

 

(ラド)……移動、チャンスの風よ吹け!(ライゾ)……旅立ちよ!」

 (ラド)(ライゾ)、同じ文字が二つ描かれ、光を放つと帆は風も吹いていないというのにパンっと張り、ゆっくりと船は進み始めた。

 きちんとルーンが起動したことを確認すると、オーベロンは再びフラミーの前まで戻った。

「すごいすごい!本当に動いた!オーベロンさん、ありがとうございます!」

「いえ、これしき。もしスピードを上げたい時には変革と一歩を意味する(ダガズ)を刻んでください」

(ダガズ)ですね。それなら私でも刻めそうです。同じ文字で違う効果を出すのはちょっと難しそうでしたから」

「きっとフラミー様でしたらそれも容易におできになったかと思いますよ。――あ、もしかして僕達に花を持たせてくれたんですか?」

 オーベロンは嬉しそうにフラミーを見上げたが、フラミーは肩をすくめた。

「はは、そういうわけじゃないですよ。じゃあ、私達はもう行きますね!」

 返事とは裏腹にオーベロンの瞳は尊敬と憧れが形になって星が飛んでくるように輝いていた。

 フラミーはさっとオーベロンの小さな小さな手を握り上下に優しく振った。――そして、手を放した次の瞬間にはツアーの手を掴んで急ぎ空へと浮かび上がった。

 

「――ん、悪いねフラミー」

「いえ!」と軽く返し、今は手を塞ぎたかった(・・・・・・・・)とは言わずに船の方へ向かって飛んだ。

「皆さん、またポイニクス君の羽が燃え尽きる頃にお会いしましょうねー!」

「あ!あ!ふ、フラミー様!捧げ物を!!」

 慌ててオーベロンが自らの後ろに控える妖精(シーオーク)たちを指し示す。六人がかりで抱えられた大きなバスケットには果物がいっぱい乗せられていて、そのうちの一つはあの不気味なバロメッツの実だ。

 ちなみにナザリックに生えているバロメッツ達は今も雪原に鳴き声を響かせていて、それらから取れる羊の実はしもべ達の間で評判の食べ物だ。バロメッツ達は移植された当時に比べ、柔らかな毛が多く丸々としていて、見た目はさながらたんぽぽの綿毛。彼らは今もあの極寒の大地で力強く生き延びている。

 

 フラミーはバロメッツも乗っているしあのバスケットはいらないと思ったが、パンドラズ・アクターが気を利かせて即座にバスケットを受け取り、すでに動き出している船に跳び乗った。

 ツアーとフラミーも追って船に乗り込み、妖精達へ手を振る。

 

「う、受け取りました!ありがとうございます!またねー!」

 

 多くの声援の中出発した船の上。

 フラミーは手が塞がっているアピールをしたというのに手に入ってしまった果物バスケットをどうしよう、と頭を悩ませた。

(……まぁ、バロメッツ以外は美味しいしね……)

 バロメッツも決してまずいわけではないが、とにかくなんとなく不気味だった。特に、生で食べるのは。

 

 船はどんどんスピードを上げ、現状最大の速さに達すると一定のスピードを維持して進み続けた。

 

「さーて、アインズさんはどこからどうやって出発したかなぁ。探してみちゃおっと」

 フラミーは船長用の船尾楼へ入っていくと、手元にあるマップを開いて魔法を唱えた。

 

「<偽りの情報(フェイク・カバー)>、<探知対策(カウンター・ディテクト)>――」

「場所を探るんじゃなかったのかい?」

 後から船長室に入ってきたツアーから純粋な疑問が届くと、フラミーは一度詠唱をやめた。

「これはユグドラシル時代と同じようにフルで魔法を使って行く勝負だから、アインズさんは間違いなく<発見探知(ディテクト・ロケート)>を使ってます。だから自分を守るために防御対策してるんですよ。いきなり探してボカン、なんて嫌じゃないですか。魔法で情報収集する前の基本です」

「……命賭けになるような遊びはやめてくれるかな」

「ふふ、でも、こういうの久しぶりで楽しいじゃないですか」

 フラミーは嬉しそうに笑うと、さらに十個近くの魔法によって防御を固めた。

 そうして、ようやく最後に目的の魔法を唱えた。

 

「――<物体発見(ロケート・オブジェクト)>」

 

 フラミーは年々拡大しつつある世界地図の一点をそっと指差した。

 

「アインズさんは都市国家連合の港から出るみたいですね。あそこを出入りしてる幽霊船を借りようってことかな」

「割と近いじゃないか」

「ですね。ツアーさんが書いてくれた地図の方に向かうなら、やっぱり北側の港から出た方がいいですから」

「いいのかい?もっと急がなくて」

 

 窓の外を眺めながらツアーが尋ねる。フラミーはニヤリと笑った。

 

「アインズさんはたまに迂闊ですからね。自分がどれだけ歓迎される存在なのか理解してないんです」

「……というと?」

「今頃、ペポ・アロ港じゃ歓待式が開かれてるってことです。そうなったらしばらくは動けませんよ」

「君みたいに無理に立ち去るかもしれないよ」

「アインズさんはそんなことしませんよ。優しいですもん」

 自慢げに笑うと、いつのまにか船室に入っていたパンドラズ・ニンジャも大きく頷いた。

 

+

 

「そう気を遣わずとも良い……」

「いえいえ!歓迎もせずにペポ・アロを出立されたとなれば、このブラン・シスタート・ラッセの名に傷が付きます!!どうか何とぞ!!何卒!!」

 アインズは目の前の老亜人の勢いに圧されていた。

 この男、ブラン・シスタート・ラッセがこうも必死で食い付いてくるには理由がある。

 彼は夏草海原との百年戦争を黙っていた議員の一人だった故、神の不興を買って裁きへ――というシナリオを心底恐れているのだ。

 しかし、議員達の顔も名前も覚えていないアインズにそれを察する術はなかった。

 アルベド達は歓迎されることを当たり前だと思っているようだし、アインズに加勢してくれる者は一人もいない。

 

「陛下!!必ずやお楽しみいただけるよう力を尽くします!!」

 

 ダメ押しのように言葉を発せられる。

 アインズは特大のため息を吐きそうになるのを堪え、静かに頷いた。

 突然現れ、金を払ってもらって貸しているはずの交易用幽霊船を貸せと言っている後ろめたさがアインズを動かした。

「……わかった。ただし、二時間までだ。いいな」

「ははぁー!!」

 

 もちろん、「フラミーもきっとどこかで歓迎されちゃってるよね」そう思ったのも事実だ。

 優しいフラミーが歓迎を無視して飛び去っているなど、露知らず。




まーーたご無沙汰してます!!
ちょっと短いですが、上げちゃえー!(乱暴

夏の話ですが、原作新巻が出たので加筆修正のお知らせです!

1-#5 世界をわたる力
 最新巻で料理長が出てきたので、大幅加筆修正しました!料理長の暑苦しさがすごいです!(1000字程度

1-#12 初めての冒険とエルフ
 最新巻の情報を交えつつ、アウラとマーレのはじめての旅を肉付けしました!(3000字程度

1-#22 閑話 カメラの完成
 エルフの王、通称邪王の名前を更新しました!(300字程度,ちょい追記

1-#25 ずっとあなたを探してた
 番外席次の生い立ち、真の名前を追記しました!イオリエルの事、妹として迎えたくなっちゃうわけだね(;ω;)(5000字,もはや一話分

試される紫黒聖典
3-#8 脱落者
 番外席次の戦闘シーンを加筆しました!新刊の描写を増やしたので、びっくりの力がいっぱいです!


それから、ユウキング様に三次創作をいただきました!
魔法のない国を眠夢より早く読めますぜ!!
https://syosetu.org/novel/300138/

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