夕暮れ時に竜王国に着くと、そこは人通りの少ない荒廃した町だった。
前線に出されていない女子供は家の中で、今にも崩壊した戦線からビーストマンが流れ込んでくるのではと怯えていた。
男は殆どいなくなり、徐々に女も減って行っている。
そして皆一様に飢えているようだった。
「これは…。」
聖王国と同じか、ずっと酷いようにも見えるその様子は旅行気分だったアインズとフラミーに過酷だった任務を思い出させた。
「アインズさん。今回デミウルゴスさん連れてきたのはきっと大正解ですよ…。」
「本当ですね。取り敢えず漆黒聖典が入城許可を取ったら、一度会議しましょう。」
アインズとフラミーの何かを恐れるような態度にツアーは首を傾げた。
「ビーストマンなんて君達の前では蟻以下だろう?」
その言葉にアインズとフラミーはやれやれと頭を振った。
「お前はまだ解っていない。恐るべきはビーストマンなんかじゃないさ。」
ツアーはこの世界で最も力を持つアインズをして恐るべきと言わしめる謎の存在にわずかに身構えた。
竜王国の城は国内の小高い丘の上に建っていた。
かつては美しかったのだろうと思えるその城の庭は、暫く手入れがされていないのかボサボサと雑草が生え、噴水の水も止められ濁っている。
城内も窓辺や調度品に所々埃が積もり、とてもそんなことには構っていられないとでも言うような切迫した空気を感じた。
「よくぞ参られた。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王殿。我が国の救援要請にお応えいただいた事、心より感謝する。」
豊満な肉体を持つその女王は美しい脚をドレスから覗かせ、胸元のざっくりと開いたドレスを纏っており実に蠱惑的だった。
「あ、あぁ。ドラウディロン・オーリウクルス女王殿。お初にお目にかかる。」
余程その脚と胸に自信があるのだろうかと思わされるその様子に、アインズは目のやり場に困った。
「うむ、まずは紹介しよう。これがうちの宰相だ。まぁ、こいつの名前なんぞ覚えんでもいい。」
女王は隣に立っていた男をぶっきらぼうに紹介した。
宰相は一瞬厳しい視線を女王に送ったが、すぐにアインズへ笑顔を向けた。
「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。紹介の通り私はこの国で宰相を務めさせて頂いております。この度の貴国からの厚いご支援に竜王国全ての民が感謝しております。我が女王陛下はゴウン魔導王陛下の並々ならぬご支援に
チラリと女王を示しながらそう言う宰相に女王は目を閉じた。
アインズはどんな物でもくれると言う目の前の宰相と女王への好感度を大きく上げた。
少し成果を出して腕輪を見せてくれと頼み、様子によってはコレクターとして貰って帰りたい所だ。
「そうか。それは楽しみだな。」
アインズの返事に女王は目を見開いて固まり、宰相はニコニコと嬉しそうだった。
漆黒聖典、ツアー、デミウルゴスも呆然としていたが、アインズからは見えなかった。
「それとゴウン魔導王陛下では長かろう。我が国の者は皆私を神王と呼ぶ。君達もそうしてくれ。さて、それではこちらも我が国から共に来た者達を紹介しよう。漆黒聖典は既に知っているな。」
女王は頷いた。
ドラウディロンは法国にアンデッドの神が戻ったと聞いた時から、今後はもう法国は手助けをしてはくれないと思っていた。
しかし、予想に反しそれまでよりも手厚く支援を行ってくれ、さらに何の見返りも求めない様子にその新しい王へいつも感謝していた。
神聖魔導国から送られてきた番外席次を除いた漆黒聖典フルメンバーと、セラブレイト率いるアダマンタイト級冒険者チーム、クリスタル・ティアによって一時はその戦線は僅かに押し戻す程だった。
だが幸運はそう長くは続かなかった。
押し返されたことにビーストマンは危機感を持ったのか、これまでよりも大量の者が前線に投入されるようになった。
そしてまた力が拮抗を始めたある日。
忌々しい
その日から自国と王を守る必要があると漆黒聖典は一人残らず引き上げた。
神王が目覚めた今、神王の元へ嫁ぐ事によって両国家の絆を永遠のものにし、恒久的な支援を竜王国へもたらす。
一言で言えば政略結婚を申し入れる予定だった。
最初に宰相がそれを確認すると言っていたが、魔導国はそれを良しとするようだった。
「まずは私の友人たるフラミーさんだ。君には私達の関係を正しく理解して貰いたいし、解ってもらえると信じてあえて最初に紹介する。」
まるでその美しい女神が女王との間の障壁にはなり得ないとでも言うような物言いにドラウディロンは覚悟を決めなければいけないと思った。
「よろしくお願いします、フラミーです。」
女神も当然納得済みらしい。
「そしてシャルティア。」
「ナザリック地下大墳墓が第一、第二、第三階層守護者。シャルティア・ブラッドフォールンでありんす。」
豊満な胸だがまだ少女だ。守護者と言っているが恐らく寵姫だろう。
女神は殆ど胸がないため関係を持たないのかと思わされる。
神王は巨乳が好きなようだ。
だとしたら宰相の狙いはピタリとあっている。
そんなことをげんなりと考えていると神王が次の者を紹介した。
「デミウルゴス。」
「ナザリック地下大墳墓が第七階層守護者、デミウルゴスです。聖王国も私が管轄、守護しています。よろしくお願いします。」
一瞬
ドラウディロンはどんなに良い王でもアンデッドよりもこう言う者が相手の方が良かったと泣きたくなる。
しかし理知的な雰囲気だし、嫁いだ後にうまく助けになってくれるだろうか。
「これは非常に頭が回る。恐らく助けになるだろう。」
まるで心を読まれたかのような返答に一瞬驚く。
「あ、あぁ…。ありがとう。ところで、デミウルゴス殿は何という種族の亜人なんだ?」
「デミウルゴスは悪魔だ。」
何ともないというように告げられた神王の言に、ドラウディロンと宰相はヒッと声を上げた。
「あ、あくま…!?管轄が聖王国…ではこの者は…!?」
「あぁ。そう心配しないでくれ。これは私の友人が創造した者だ。普通のそこらへんの荒くれた悪魔とは丸っきり違う存在だし、当然
ドラウディロンと宰相はあまりの話に目を剥いた。
魔導国の身内であろう鎧を着込んだ戦士も「そうなのか」と声を漏らしていた。
「なん…だと…?召喚ではなく創造?神王殿のご友人は生命を生むことができるのか…?」
「私の創造主だけでなくアインズ様もそのお力をお持ちです。アインズ様のご創造された者はナザリックの――。」
「よせ、デミウルゴス。私の生んだ者の話はいい。」
「失礼いたしました。」
ドラウディロンと宰相は目の前の者達の行う想像以上の話を、信じきることができなかった。
それでも、後ろの漆黒聖典達はその通りだと言うような顔で頷いている。
これが宗教か、とドラウディロンは一度その情報は置いておくことにした。
「…ではそちらの鎧の君はどこの守護者なんだね。」
ドラウディロンは半ば投げやりに聞いた。
どうせ宗教家達はまた創造だ守護だの何だのと言うのだ。
「いや。僕は守護神じゃないよ。アインズとフラミーを守るけどね。」
妙に聞き覚えのある声にドラウディロンは目を細めた。
それに神々を呼び捨てにする態度は神聖魔導国の者らしくなかった。一体何者なのか。
「…私は貴殿と会ったことがなかったかな…?」
「あるとも。ドラウディロン。僕は――ツァインドルクス=ヴァイシオンだ。」
鎧がそう名乗るとドラウディロンはガタンと立ち上がった。
「な…な…!貴様!!よくもぬけぬけと私の前に姿を現わす事ができたな…!!」
ドラウディロンの激昂とは裏腹に、鎧は飄々と返して来た。
「ん?何故だい?君が赤ん坊の頃から知っているけれど、僕たちの間に特別何かが起こったことはないと思うんだけれどね。」
ドラウディロンはもう我慢できなかった。
「貴様が魔導国を襲ったせいで――!!」
今にも掴みかかろうと歩みを進め出した女王を宰相は慌てて止めた。
「お、おやめください女王陛下!」
「離せ!!こいつ!!」
「――この!やめ!やめろ!!」
宰相は女王の暴走に慣れっこだとでも言うように羽交い締めにした。
激しく揺れる胸が鬱陶しい。
ここ最近はずっと幼い姿で暮らしていたのだ。
「おやおや怖いね。それは八つ当たりじゃないかな。」
ツアーが腕を組んで可愛らしく小首を傾げると、ドラウディロンの中には益々怒りが湧いて来る。
いや、八つ当たりだと本当は解ってるが、これが神聖魔導国を襲ったせいで立ち去った漆黒聖典の穴はあまりにも大きすぎた。
ビーストマンが以前より増えていた事もあり、その波は一般人に止められる筈もなく、それまで街としての体を何とか成していたのが、男女構わずほとんどを前線に投入した為最早ここは死の国にならんとしている。
もう始原の魔法で全てを葬ってやろうと考えていると――ある春の日、突然魔法は消えた。
瞬間その身を幼くしていた魔法も消え去り、その場で服を破いて体は元の大人の女性に戻った。
今でもセラブレイトのあの汚物を見るような目を覚えている。
そうしてセラブレイト率いるクリスタル・ティアすらこの国を去った。
慌てて神聖魔導国に応援を要請する手紙を、まともに大人の言葉で書いて送った。
宰相には国民の命よりも本来の姿であることの方が大事なのかとなじられたが、あまりの事態にそんな事には構っていられなかった。
「
堪らずドラウディロンは叫ぶ。
「陛下!こら!評議国の助けも得られるならそれに越した事はないです!やめろ!」
宰相の言葉は最もだ。しかしこの竜王だけは許せない。
やり場のない今までの怒りを全て清算するかのようにドラウディロンは吼えていた。多くの命が失われたのだ。愛する者も、愛した者もいただろう。皆がまだ生きたいと願い、明日を夢見たはずだった。
「評議国でも皆がそう言うよ。僕がエ・ランテルでアインズを襲わなければこんな事にはならなかったとね。僕は反省しているとも。」
落ち着き払ったその様子に、ドラウディロンの怒りは収まるどころか膨らむ一方だった。
「貴様を殺して始原――……くそ!今すぐにでも評議国に行きたいものだ!」
一瞬始原の魔法が取り返せるとしたら、と言いそうになったが、力を失ったことは決して誰にもバレてはいけないと思い直し飲み込む。
宰相にすらそれは知られてはいけない。
世界中の竜王が力を失った事を隠して生きていることなど知る筈もなく――。
「そうかい。僕も世界を守る為に必死だったんだけどね。こんな国一つではおさまら――」
「騒々しい!静かにせよ!!」
辺りはしんと静まり返った。
神王の言葉は大気をビリビリと震わせるようだった。
この者は生まれ持っての支配者、いや。まさしく神なのかもしれない。
竜王と、竜王の血を引く者をたった一声で黙らせることのできる存在が他にいるだろうか。
「オーリウクルス殿の言は最もだ。お前はもっと反省しろ。ツアー。」
その瞳は竜王国の為、共に怒りに燃えてくれているようだった。
「悪かったよ、アインズ。」
「オーリウクルス殿と、フラミーさんにももう一度謝っておけ。いい機会だ。」
「悪かったね、フラミー。…それからドラウディロン。」
神王の言葉に途端にしおらしくなる姿に、ドラウディロンは少しだけ溜飲を下げた。
何故か女神にも謝っているのが謎だが。
この王の下に嫁入りすればこいつを扱き使えるかもしれないと心の中でほくそ笑む。
「ふん。まぁいい。神王殿の顔に免じて今は許そう。」
「それは助かるよ。」
ようやく場は落ち着きを取り戻し、神王がドラウディロンへ視線を向ける。
「それで?貴国はこれからどうするつもりかな。」
ドラウディロンは少し考えてから答える。
「漆黒聖典を再び前線に送らせてはもらえないだろうか。せめて最後のこの都市だけでも守りたいのだ。」
神王は顎に手を当て考えた。
「ん…焼け石に水だな。今の状況で漆黒聖典だけを送り出せばこの者達の命が危ぶまれる。」
慈悲深き王の言葉に漆黒聖典は頭を下げた。
ドラウディロンと宰相はやはり婚姻などの特別な約束を結ばなければこれ以上の支援を求めるのは難しいかとほぞを噛む。
「そこで――」
「いや!兎に角、今日はもう遅い。」
まだ覚悟の決まらないドラウディロンは思わずその言葉を遮ってしまった。
宰相に頷いて見せると宰相は続けた。
「良ければ晩餐をご用意しております。皆様はあちらへ。我々は済ませておりますので、魔導国の皆様でどうぞ。ゲストルームには後ほどご案内いたします。」
「すごい風格でしたね。」
「あぁ…あれは確かに神なのかもしれんな…。」
神聖魔導国の面々の立ち去った部屋で宰相と女王は感想を言い合っていた。
「女王陛下。今夜が国の命運を左右しますよ。何としても神王陛下を手に入れてください。あちらも元からそのつもりのようでしたし、これは好機です。」
「ち。平気で女王を差し出しやがって。」
女王はスレていた。
「あの神はそもそも生殖できるのか?死の神と竜人なんて異種にも程がある。」
「とは言え女王陛下の曽祖父様、
「それを言われると弱いな。はぁ。生まれてくるのは
それを聞いた宰相はプッと笑った。
「お前!!笑ったな!!この!!」
女王が宰相の首を締めると、外から声がかかった。
「神王陛下が、お先に寝室に入られました。」
女王と宰相はポカンとすると、視線を交わし、言葉の意味を理解する。
宰相は女王の自分の首に絡まる手を外させると力強く握りしめて簡潔に言った。
「がんばれ!!」
女王は訪れるであろう生まれて初めてのその時に顔を赤くしながら、まるで自分に言い聞かせるように返した。
「た、民のためだ…!!!」
次回#3 ドラウディロンの来訪
ツアーがアインズ様を怒らせたせいでドラウディロンが大人形態だよ!!
もっと反省しろツアー。