―――”塊”がやって来た。

※要するに巻き込まれる側の視点です。

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塊魂~ローリング・ワールド~

 閑静な住宅街。どこにでもあるような景色の中央に佇むのは、子供たちが元気よく遊んでいる公園であった。

 遊具で遊ぶ子供も居れば、砂場で遊ぶ子供も居る。そんな微笑ましい姿を温かい眼差しで見守るのは彼等の親だ。子供たちを見守る一方で他愛のない井戸端会議に花を咲かせる。

 

―――そんな何気ない風景の中に“(それ)”は突如として現れた。

 

「あら? なにかしら……」

 

 公園の一角に現れた球状の物体。

 子供が持ち帰り忘れたおもちゃかと大人たちが視線を向ければ、塊はひとりでに転がり始める。まるで意思を持った生き物かのような動きだ。

 

「風も吹いてないし……やだ、ラジコン?」

 

 趣味の悪い人間が人目に付かない場所から操作でもしているのだろうか?

 そう考えると不安になってきた親たちは、自分の子どもたちの下へと向かう。

 

「ニャー」

「ナーゴ」

 

 しかし、一方で塊に興味を示す生き物が植え込みから現れた。

 親猫に見守られながらたどたどしい足取りで塊の下へ駆ける子猫たち。

 追われる塊と追いかける子猫。なんとも愛らしい光景だ。だが、その油断がイケなかった。

 

「……大きくなってる」

 

 一人の子どもの呟きによって公園にどよめきが奔る。

 全員の視線に晒される塊は、子猫に追われながらも少しずつだが大きくなっていた。

砂、小石、落ち葉、枝―――転がる先に存在する物体を巻き込んでいく。特段警戒することもない自然物だ。そんなものは大抵ガムテープでも簡単に吸着するだろう。

 

「ミ゛ャー!」

『!!?』

 

だからこそ、塊がちょっかいを出した子猫を巻き込んだ瞬間、衝撃が奔った。

 

「きゃあああ!」

 

 悲鳴を上げながらも子供を抱きかかえ公園から逃げる親たち。一方で、自分の子供を奪われた親猫は全身の毛を逆立て『フシャー!』と威嚇する。

 続いて、ネコパンチに次ぐネコパンチが塊を襲う。

 当の塊はと言えば、そんな親猫の猛攻を掻い潜りながら公園を駆け巡る。先ほどの子供たちが使っていたスコップやバケツを巻きこんでいく内に、吸着していた子猫の姿は見えなくなっていく。

 それでも子猫の存在を確信している親猫は臆せず塊へと立ち向かう。

 

―――加速度的に巨大になり、猫よりも大きくなった塊へと。

 

「ニャオ゛ォン!?」

 

 親猫は取り込まれた。子猫同様、一つの塊を形作る糧となったのだ。

 動こうにも動けない。痛みはなく、ただ新たに吸着していく物体がくっついていくという生き地獄だ。

 最後に親猫が垣間見たのは、子猫などよりも一回り小さい謎の生命体。それがとうに1メートルほどにも成長した大玉を転がしているのだ。

 

 親猫は本能で理解した。そして抵抗を止める。

 

 自分は喰われた―――最早抵抗など意味がないと悟ったのだ。

 

 

 

「ナーナーナナナナーナーナー……―――♪」

 

 

 

 すでに取り込まれた生物の抱く絶望とは裏腹に陽気な鎮魂歌は鳴り響いていた。

 

 

 

○○○1分経過○○○

 

 

 

「安かったからついついたくさん買っちゃったわぁ♪」

 

 エコバックにたくさんのリンゴを詰め込んだ婦人が、恰幅のいい体を揺らしながら商店街を歩む。

 そこは懐古の情を感じさせる古き良き街並みという言葉を彷彿とさせる場所だった。今、婦人がリンゴを買い占めた八百屋の他にも、精肉店や魚屋、豆腐屋、それに書店なども立ち並んでいる。

 利便性で言えば近場に建ったショッピングモールの方が上だろうが、それでも地元の人間に愛されているのがこの商店街であった。

 

 しかし、どうにも先ほどから様子がおかしい。

 

「あら? なにか番組の撮影?」

 

 婦人の前から迫る人の群れ。

 全員が顔に焦燥を浮かべて走る様は迫力満点であり、普段はサラリーマンの夫を尻に敷いている婦人も思わずたじたじしてしまう程だ。

 途中、すれ違った人間と肩がぶつかった拍子にエコバックの中からリンゴが零れ落ちた。そうなれば婦人の顔もリンゴの如く真っ赤に染まる。

 

「なにするのよ、まったく! 映画のエキストラだかなんだか知らないけど、こんな……」

 

 何十、何百、何千と夫を黙らせてきた憤怒の表情を浮かべる婦人だったが、その表情も次の瞬間には凍り付いた。

 目の前に迫る巨大な影。それは道路からえげつない角度で商店街の歩道に突っ込んできた。

 

 暴走したトラック? 猛牛? 否―――塊だ。

 

「ぎゃあああ!?」

 

 咄嗟に身を屈める婦人に対し、塊は何故か一旦静止する。

 それも束の間、急激に高速回転する塊が婦人のエコバックから転がったリンゴを全て掻っ攫い、屈んでいる婦人を器用に飛び越えたではないか。

 

 小学生が運動会で転がす大玉の如き大きさの塊はそのまま商店街を闊歩するかの如く転がる。

 

 八百屋の野菜や果物、魚屋の魚介類、精肉店の肉や惣菜―――呑み込むように食べ物をくっつけていく塊は、まるで嵐のように商店街をあっという間に駆け抜けていった。

 残ったのは茫然と立ち尽くす人間と、商品やそれ以外の小物を奪われもぬけの殻と化した商店だけ。

 

「な、なんだったのよ……一体なにが……?」

 

 九死に一生を得た婦人であったが、未だ拭えぬ恐怖に震えていた。

 一歩間違えれば自分もあの商品と同じ運命を辿っていたかもしれない。

 

「こりゃあ偉いこっちゃ……」

 

 商品を全て奪われた八百屋の店主が呟いた。

 こうしている間にも、(きょうい)は肥大化していく

 

 

 

 そう、まだ終焉は始まったばかりなのだ。

 

 

 

○○○2分経過○○○

 

 

 

「俺、佐藤さんのこと……ずっと好きでした!! 付き合ってください!!」

 

 青春の1ページが歩道橋の上で繰り広げられていた。

 一組の男女が互いに赤面して向かい合い、告白した男子が手を差し出している。世の中の非リア充に恨まれること間違いなしだ。

 

「田中くん……うん、いいよっ。私もずっと好きだったから」

「ほ、本当!? やった!」

 

 告白は見事成功。歩道橋の階段の影から見守っていた野次馬は、片や告白成功に歓喜に湧き立ち、片や悔しそうにハンカチを噛み締める。

 すると歓喜に湧き立っていた者達のうち一人がキスを促す音頭を取り始めた。その一人に続き、喜んでいた者達も悔しさに涙を流していた者達も『キース! キース!』と催促する。

 

 男子学生は羞恥の余りやめるよう睨みを向けるが、一拍置いて袖を引っ張られ、弾かれるように女子学生に振り向いた。

 そこには何かを期待するかのように落ち着きが無くなっている“彼女”が佇んでいる。

 間もなく彼女は瞼を閉じ、そっと自分の顔と共に唇を差し出す。

 

 ここまでお膳立てされれば、男としては退けない。

 恥ずかしさの余り顔から火が出そうな男子学生であったが、意を決し、『自分も』と瞼を閉じ彼女と口付けを交わそうとする。

 

 刹那、一陣の風が吹き抜けた。

 

「ん~……ん?」

 

 期待のままに顔を前へ前へと差し出した男子学生であったが、一向に彼女の唇に触れる気配がない。

 おかしいと瞼を開ければ―――居ない。どこにも居ない。まるで神隠しにあったかのように彼女は彼の目の前から消え失せていた。

 

「は……?」

『田中くぅ―――んっ!!!』

「へっ!? さ、佐藤さぁ―――ん!!!」

 

 遠くから聞こえる悲鳴に導かれるがまま振り向けば、歩道橋の下の道路に三メートル程度の巨大な塊があった。

 モーゼのように車の波を切り開くようにして転がる塊の一部には、ついさっき彼女になったばかりの女子学生が磔の如く囚われていた。

 

「佐藤さぁーん!」

「田中くぅーん!」

「くそー! 佐藤さんを返せぇー!」

 

 奪われたファーストキッスを取り返すべく彼は走る。

 ゴロゴロと転がり、逃げ遅れた軽自動車をも巻き込む塊が成長していく速度は圧巻の一言だった。まさしく壁だ。彼と彼女のファーストキッスには塊という壁がそびえ立っている。

 だが彼は進む。彼女を取り戻さんと。例え勝てないと分かっていたとしても、男には立ち向かわなければならない瞬間がある。それが今なのだ。

 

「あ」

 

 だが、勝敗が決するのは一瞬だった。

 唐突に静止した塊が必死で追いかける彼へ向かって転がり始めたのだ。既に二階建て家屋を超す高さに成長した塊の一転がりは、男子学生の走力程度では逃げられる速度ではなかった。

 呆気なく塊に巻き込まれた男子学生。普通に考えて、これだけ巨大な物体に一瞬でも下敷きにされればミンチ不可避であるが、不思議なことに男子学生は無事であった。

 

 だが、理解が追い付かない。理解不能な物体に巻き込まれ、理解不能な現象に見舞われているのだ。

 半ば無意識の内に取っていた行動。それは叫ぶことだった。

 

「佐藤さぁ―――ん!」

「田中くぅ―――ん!」

「佐藤さぁ―――ん!!」

「田中くぅ―――ん!!」

「佐藤さぁ―――ん!!!」

「田中くぅ―――ん!!!」

 

 ちょうど正反対の位置に囚われている想い人の名。

 まだ辛うじて声が聞こえる。しかし、次第に厚みを帯びていく塊により声は遮られていく。

 

 

 

 塊の中心で愛を叫ぶ少年少女。尚も塊は大きくなっていく。

 

 

 

○○○3分経過○○○

 

 

 

 突如として現れた塊。最初こそ小さな物しか巻き込まなかった塊だったが、自分より小さな物を巻き込んでは加速度的に巨大化し、今や市街地にあるような建造物の大半を超える大きさがあった。

 辛うじてビルや巨大な屋敷はまだ巻き込まれていないが、それも時間の問題だろう。

 

 まだ巻き込まれていない屋敷の所有者―――鬼ヶ島 桃左衛門は黙して座っていた。彼の他には強面の男たちが剣呑な雰囲気を漂わせている。

 こうして彼らが集ったのはほんの少し前の話だ。

 

 ゴロゴロと轟く転がる音に異変を感じ取り、こうして集った彼等。かつてはこの町の土地を転がしたものだったが、まさか本当に転がす存在が現れるとは思わなんだ。

 勝算は限りなくゼロに等しいだろう。だが、彼等にも意地がある。そして思い出もあった。

 使い古され綿が潰された座布団に座禅するかのように座り、鬼ヶ島はこれまでの人生を振り返る。

 

 

 

『父ちゃーん、おんぶしてー!』

『おう、仕方ねえなぁ』

 

『良子! なんだって家から出てくつもりなんだ!』

『うるさい! 父ちゃんがヤクザなんてしてるから、あたしがどんだけ苦労したのか知ってるの!?』

『良子ォ!』

 

『ほーら。この顔が怖い怖いがお爺ちゃんだよー♪』

『はーい、お爺ちゃんでちゅよー!』

 

 

 

「……ふっ。てめえら、覚悟は出来てんだろうな」

 

「親父ィ!」

「やるんですか、あのデカブツ相手に!?」

「儂らはいつでもいけますよ!!」

「カチコミじゃあ! あの玉っころ、シバき回したるわボケェ!」

 

 組の長たる彼の言葉を受け、組員の男たちは各々の武器を片手に立ち上がる。どうやら意気は十分のようだ。

最早言葉は不要。鬼ヶ島はドスとハジキを手にし立ち上がる。

 

「行くぞてめェらァ!!! あの玉っころに極道の覚悟見せつけてやれェ!!!」

『うおおおおおおお!!!!!』

 

 

 

 この後滅茶苦茶転がされた。

 

 

 

○○○4分経過○○○

 

 

 

 今日も今日とて国会では討論が繰り広げられている。

 政策を雄弁に語る与党に対し、野次を飛ばす野党。様式美と化している光景に今更あーだこーだと騒ぐ者は―――そこそこ居たり居なかったりだ。

 そんな中、この国の中心となっている総理大臣である男は、年季の入った皺を浮かべて国会を睨み渡した。

 

(寿司食いてえ)

 

―――まったく関係ないことを考えながら。

 

「総理!!」

「なんだ、国会中だぞ!」

 

 自覚の足りない総理に代わって場の空気を一変させたのは、どこにでも居そうな秘書だった。

 厳格な国会討論中への乱入に年老いた議員が『最近の若者はなっとらん』とカンカンに怒りながら秘書を叱りつけるも、秘書もまた退けない理由があるのか、一旦たじろぎつつも気を取り直して口を開く。

 

「至急、お耳に入れたいことが!!」

「……一体なんなんだ?」

「か、塊が……!」

「なに?」

「かたまりゃびゃ!?」

 

 秘書が言葉を紡がんとした瞬間、国会議事堂の窓の奥で眩い光が瞬いた。

 次の瞬間、国会議事堂そのものもそこに集っていた議員共々、まるで排水溝に流れ込む水のように吸い込まれる。抵抗する間もなく自由を奪われ、追いつかない思考を必死に巡らせて議員たちは騒ぐ。

 

 だが、今ばかりは野党の野次も鳴りを潜める。

 得体の知れない物体に取り込まれた恐怖と、身動きが取れぬ磔のような状態のまま転がされる恐怖。二つの恐怖が人生の酸いも甘いも味わい、清濁併せ吞んできた議員を混乱に陥れたのだ。

 

「ふむ……」

 

 ただ一人、総理だけは静かに口を一文字に結んでいた。

 取り乱す素振りを見せることなく、絶え間なく視界を覆ってくる物体の数々を目の当たりにしながら、彼はようやく口を開く。

 

「寿司……食いたかったなぁ」

 

 この日、内閣は総辞職に追いやられたのだった。

 

 

 

○○○5分経過○○○

 

 

 

「皆さん、見えるでしょうか!? 空からの生中継の最中に突如として現れた謎の物体を……きゃあああ!!!」

 

 空を飛ぶヘリコプターでさえ、その巨体に見合わぬ軽快なジャンプによって肉迫され、あっけなく塊の一部と化す。お茶の間には取り込まれたヘリに乗っていたリポーターたちの混乱し、果てには発狂する光景が暫しの間流れ、ついには映らなくなった。それだけで日本のお茶の間がどれだけ凍ったのか計り知れぬだろう。

 都心の建物や木々といった自然物さえ取り込んだ塊は、その進路を海へと向けていた。

 

「よ、よろしいのですか……!?」

「構わん、全責任は私が取る! あの未確認物体を止めるためだ! 上の指示など待っていたら手遅れになる!!」

「イ、イエッサー!!」

 

 進路の先―――大海原を悠々と突き進むのは、雄大な海に負けず劣らない無骨な雄々しさを振りまく数隻の戦艦だった。

 今日、偶然近場で演習を行っていた彼等は、塊が建物を巻き込んでいき巨大化していく一部始終を遠目から目にしていたのだ。

 

 故の緊張。故の恐怖。

 まるでCG映画の一場面を見ているような気分であった。しかし、現実だ。塊が転がることよって響く轟音と振動により波はいつも以上に荒れ、海鳥は陸から逃げるように羽ばたき、魚も群れをなしては遠洋へと去っていく。否応なしに異変を肌に感じ取った瞬間だった。

 夢ならば冷めてくれと願っても、あの塊が消える様子はない。

 ならば、自分たちの手で消すしかないではないか。

 

「1等海佐! 砲撃の準備、整いました!!」

「ようし……撃《て》ェ―――!!!」

 

 高性能のコンピュータによる正確無比な砲撃の嵐が、大海原を割るように突き進む塊目掛けて放たれる。

 複数の戦艦からの攻撃だ。自分たちが自衛隊に属している間、演習以外で使う日が来ないことを切に願っていた兵器を、今まさに国を、国民を、愛する人たちを守るべく用いたのである。

 そんな彼等の真っすぐな思いが宿っているかの如く、放たれた弾頭も真っすぐと直撃コースを進んでいた。

 

「直撃しました!」

「敵影は!?」

「っ……け、健在!! 敵影、依然健在です!!」

「なんだとっ!?」

 

 しかし、塊は彼等の勇気凛凛たる意志の宿った攻撃を受けても尚、何事もなかったかのように蹂躙を続けていた。

 

「当たってる筈なのに……いや、これは……取り込まれてる!?」

「あのデカブツ、頑丈とかそんなチャチな次元じゃねえ……こっちの攻撃を無力化してるんだ……!」

「い、1等海佐! 我々はどうすれば……!」

「ぐ……!」

 

 砲撃が効かない。取れるだけの攻撃手段をとっても、迫りくる塊にはその巨体を更に肥えさせる糧にしかならぬという訳だ。

 生身の人間が喰らえばミンチになり、例えコンクリートの建物が喰らっても瓦礫と化すほどの威力を、あの塊は鉄を磁力で引き寄せる磁石のように絶妙な加減で己の身にくっつけていくのである。こんなふざけた話があろうか?

 

「最早、人の手に負えん代物ということか……っ!」

 

 血が滲み出る程に唇を噛みながら拳を握る。

 迫る塊が起こす大波が船体を大きく揺れ、多くの者が体勢を崩してしまう。その間も迫りくる塊は戦艦の前にそびえ立つように静止した。

 巻き上げた海水が瀑布のように甲板に降り注いでは、また大きく船体を揺らす。

 

「化け物め……!!!」

 

 怨嗟の声を漏らすも、その呟きさえも塊に呑み込まれるように掻き消された。

 

 

 

 全ては遅過ぎたのだ。

 

 

 

○○○10分経過○○○

 

 

 

「見ろよ、あんな青かった星が……美しかった星が……」

「俺達の星が……滅んでいく」

 

 地球は青かった。人が自分たちの住む惑星をそう称するには宇宙という新天地へ足を運ばなければならなかった。

 かつては夢物語。しかし、今となっては定期的に国際宇宙ステーションに人が送られて重力下では出来ない実験等を行っている。

 

 だが、そんな場所が―――人類が宇宙へと進出する足掛かりの拠点である場所が、まさか人類最後の砦になるとは思ってもみなかった。

 最初はただ綺麗だと眺めていただけだ。写真などではない、肉眼で眺める地球の姿は一入である。

 

 しかし、突如として命が芽吹く緑が()()()()

 目を疑うような光景に、宇宙飛行士は誰もが母なる星を見つめた。地球の表面を転がる玉―――否、塊が無情にも人を含めた大地を地球から剥がすという光景を。

 

 まだドッキリだと言われた方が信じられるだろう。

 『部屋ん中にプロジェクターを仕込んだ奴は誰だ?』というボブのジョークも、つい先ほど切羽詰まった通信が届き、すぐに途絶えたことで誰も笑えなくなった。

 これは現実だ。悪夢などではない。

 

「ハハッ、なんてこったよ……来月は結婚式だったってのに」

「こんなことって……」

 

 ステーション内は葬式に等しい空気が流れていた。死人を送り出す際はお祭り騒ぎすることも少なくないアメリカ生まれのマイケルでさえ、絶望で打ちひしがれた様子のまま、宙に浮かぶ埃の数を数えている。

 

「どうするの……? 地上からの補給がなくなったら私たちは……」

「酸素がないんだったら、そりゃあ地球に……」

「馬鹿言うな! あんな海しかない星のどこに下りろってんだ!」

「こんな時に喧嘩なんて止せ!」

 

 平静で居られる者など誰一人としていない。

 そして理解する。所詮、自分たち人間は地球という大地に足が付いていなければ、宇宙という広大な空に羽ばたくことさえ出来ない矮小な人間だと。今知った。知ってしまった。叶うことならば、知らずに居たかった。

 

「あ……おい」

 

 虚ろな瞳を浮かべていた宇宙飛行士の一人が窓の先を指さす。

 

「近づいて来てるぜ……ハハッ」

 

 焦点が合わぬままそう呟いた一人は、狂ったように引きつった笑い声を上げて奥へ消え去っていく。

 一方、彼の言葉を聞いていた者達は背筋に悪寒が奔る感覚に躊躇を覚えたものの、意を決し窓の外を覗いた。

 そこには、言葉通り宇宙への進出を始めた塊があった。刻一刻と塊は巨大になる―――否、近づいてくる。

 

―――まさか、()()を狙って……?

 

 だとすれば、あの塊は意思を持っており、積極的に取り込めるものを吸着していこうとする行動原理があるのだろう。しかし、今となっては後の祭りだ。分かったところで打てる手などない。

 

 奴は際限なく成長していく塊《ばけもの》だ。

 この宇宙と同じ次元の存在。広がる続ける宇宙と、大きくなり続ける塊。やがてあれは地球から見上げた星々さえも取り込んでいくだろう。

 そして散った星々は一つに還る。

 それはまさしく小宇宙《コスモ》。あの塊に宿る物は多い。最早、『混沌』と評した方が手っ取り早い。

 

「ナーナナナナーナーナー……」

 

 遥か昔の日本において、あの世とは“個”を保てなくなった存在が混じり合う場所だと信じられていた。

 その伝承に則れば、成程、あの塊ほど“個”ではないと言い切れる物は存在しないだろう。

 

「ナーナナナナーナーナー……」

 

 ともすれば、あの世と同質とも言える塊はまさに魂の行き着く場だ。

 仮にあれに呼称を付けるとなれば、一つだけ相応しい名がある。

 

「カタマリダマーシー……」

 

 

 

 『塊魂』

 

 

 

○○○●分後○○○

 

 

 

 

 閑静な住宅街。どこにでもあるような景色の中央に佇むのは、子供たちが元気よく遊んでいる公園であった。

 遊具で遊ぶ子供も居れば、砂場で遊ぶ子供も居る。そんな微笑ましい姿を温かい眼差しで見守るのは彼等の親だ。子供たちを見守る一方で他愛のない井戸端会議に花を咲かせる。

 

―――そんな何気ない風景の中に“(それ)”は突如として現れた。

 

「あら? なにかしら……」

 

 

 

―――魂とは輪廻を巡る。

 

 

 

☆お わ れ☆

 



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