ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

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もうそろそろ続きました


ナスとピーマンの肉味噌炒め(適量)

 

「というわけで料理教室の開催でございます」

 

 女の声が聞こえた。

まだ年若い女の声。良く知っている彼女の声。よくとおる彼女のいつものように少しうるさいくらいに元気な声が聞こえた。人類最後のマスター。世界を救った一人、そして自分が先輩と呼ぶ彼女が立っていた。

 

「何がというわけだ、だいたい昼食を抜いて来いとはいったいどんな了見だ、事と次第によっては福神漬けの卸をストップする用意があるぞ」

 

続けて聞こえたのは少し年を重ねたような男の声がした。少し小太りで金髪、そして白いコックスーツに身を包んでいるのはカルデアの所長であるゴルドルフ・ムジーク新所長だった。

 

「料理教室をするのにおなか一杯昼ご飯食べちゃダメでしょうが、これから作るのに」

「だいたい何の料理教室だ。私は講師を依頼された覚えはないぞ」

 

昼下がりの食堂はすでに腹を減らした職員たちも帰り、ちらほらと食いはぐれた数人がいるのみ。厨房内に残っているキッチン担当の者たちもすでに洗い物もあらかた片づけたらしく彼らを見守るように近くのテーブルで一息ついていた。

 

「所長の料理教室じゃありませんよ。所長は生徒側です」

 

その言葉に所長はあからさまに眉を顰め、そして何かに思い至ったように顔を青ざめさせていく。

 

「まさか、紅師匠が来ているのか、いやこれは決してか彼女に恐れおののいているとか恐怖しているとかではないぞ。別に腕をなまらせているわけでもなければ教えに違反した行動をしているわけでもないぞ、うん、何も、やましいことはしていない、そうだ、なにもおそれることはない、さぁどんとこいだ」

「でち」

「ひっぃ」

 

とっさに厨房の調理台の下に隠れようとする所長ではあるもののその体躯を隠すにはスペースは足りず、調理台の下に置かれていたボウルや笊を落とすその騒音がすべてを物語っているようだった。小刻みに震えている彼の尻を見ながら彼女は悪戯っぽく笑った。

 

「冗談です。紅女将は今日は来ていません」

「やはりそうか、そういう報告も受けていないからな。それに今日は確かあちらのほうでもケルトの団体が入ってたはずだからそんな時間はないはずだからな」

 

平静を取り繕いながらもまだ膝が笑っている彼へ彼女は薄笑いを浮かべていた。切り替えるように彼は一つ咳ばらいをすると少し頬を赤くしながら言った。

 

「それではいったい誰が講師となるのだ。確かにキッチン担当の英霊たちも料理はうまいが料理教室と銘打つほど力量は離れていないと自負しているのだが」

 

その言葉に近くの英霊たちも異論はなく、しかし彼女の計画をすでに知ってるためか軽めの笑みを湛えるだけだった。

 

「確かに、所長は料理が上手です。それはキッチン班に引けを取らないうえに、私のカレーにはもはや所長の福神漬けは欠かせないところでもあります。しかし、貴方には全く足らないものがある」

「いっ、一体なんだというのだね」

 

彼女から一直線に向けられた指先。そしてにらみつけるような鋭い眼光に彼は少したじろぎながらそう答えた。

 

「それはずばり」

「ずばり」

「ズバリ、初心者の気持ちですっ」

 

パネルカモンっ、という彼女の声にいつの間にかそばへと待機していた錬鉄の英雄がホワイトボードを回し、裏面に書かれていたそれを広げた。そしてそこに書かれていたのはカラフルなペンで書かれたポップ体。

『藤丸立香のお手軽おふくろの味教室、とりあえずれっつクック』

そんな言葉が書かれていた。

 

「意味が分からんのだが」

「これ以上分りやすいこともないと思うのですが」

「私がお前に教わるのか」

「もちろん」

 

教授とは本来知識や技術のあるものから持たないものへ伝えるために行われる行為、しかし今回の場合は技術の劣っている彼女から、彼へ教授を行うといっているのだ。本来は意味のない行為。ともすれば、侮蔑ともとられかねないその発言であった。彼はあきれたように、しかし、少し眉を顰めながらも憤慨することはなかった。

「まぁ当然私より所長のほうが料理が上手なのは周知の事実ですし、正直言って今回所長はおまけです」

「おまけって」

 

頭に疑問符を浮かべている所長、彼女はそんな彼を観てそして彼からは見えない死角へと控える私に視線を送ってきた。

 

「それじゃあ本日の主役を呼びましょうか」

 

彼女の手招きに応じ、彼らの前へと進み出る。いつもの服の上に来た水色のエプロンはアイロン仕立てのように皺ひとつなく、少しかたい裾が歩くたびに膝へと触れた。そばに控えていたキッチン班の面々や職員たち、少し納得のいったような彼の顔、そしていつも見てきた彼女の笑みを受けながら声を上げた。

 

「藤丸立香のお手軽おふくろの味教室、生徒一号、マシュ・キリエライト。本日はよろしくお願いいたします」

 

小さな拍手とともに始まった。

 

「なるほど、キリエライトに教えるついでというわけか」

「一対一で教えるっていうのもそれはそれでつまらないし、一番暇そうな所長に生徒をお願いしたというわけです」

「これでも今後の計画の作成とか、これまでの経過報告とかまとめたりいろいろと忙しいんだけどっ」

「まぁまぁ、ある程度まとまってあとは技術部方面の整備と機器の調整のほうが重要って頃合いだと見ましたがいかが」

 

詰まったように答えない彼、どうやら図星であったらしくそれ以上のコメントは避けたらしい。

 

「それで、これはいったい何をしているのだ」

 

話題をそらすように彼は今自分の手の中にあるラップに目を落とす。手のひらに載るほどの小さく切られたラップに右手で持ったスプーンを用い小さく山を盛るそこへ薄茶の粉と乾燥ワカメとネギを載せ小さな球となるようにラップを包み込んでいく。流れ作業のように作っていくその小さなラップ玉もキリエライトのそばにはすでに五十は作られていた。

 

「なにって味噌玉をつくっているのですよ」

「普通の味噌ではないのですか」

 

所長の代わりというようにキリエライトは新しいラップへと取り換えながら彼女へと問いかけた。

 

「これはただの味噌ではないのだよ。これが何かわかるかな」

 

彼女が掬ったのは薄茶の粉、彼女に勧められるがまま二人は手を差し出すと、手のひらにその粒を少しだけ載せた。二人ともおもむろにそのその匂いを嗅ぐとその顆粒と口へと運んだ。

 

「顆粒だしでしょうか、カツオの様な香りもします」

「正解、つまりこの一袋の中には出汁と味噌とワカメとそしてネギというみそ汁に必要な基本食材が入っているから、食べるときはこれを器に入れてお湯をかければもうみそ汁ができるというお手軽ミラクル食品なのだ。忙しい朝も温かい汁物が簡単にできるというわけなのだ」

 

彼女は出来上がった味噌玉たちを冷凍庫へとしまい込んでいく。

 

「確かに良く市販されている顆粒だしの味によく似ているな。まさかわざわざ作ったのか」

 

彷徨海には当然顆粒出汁の搬入などなく、備蓄などない。漂白化された地球上で購入できることはない。つまり自作するしか入手方法はない。

 

「もちコース。サンプルっていうか非常食として少しは本物も残っていたからね。シオンに頼んで成分分析してもらってあとは何とか試行錯誤で頑張った。いやぁ企業秘密を知っちゃったぜ」

 

サムズアップする彼女とともに錬鉄の英雄は少し自慢げにうなづいていた。

 

「鰹節から抽出したエキスと各種調味料を細かく砕きそれらを調合する。まったくここまでの芸術的工業製品を作り使うくらいなら普通に出汁を使ったほうが早いだろうが」

「そこなのだよ所長」

「なれなれしいぞ下っ端」

「今回のキーワードは初心者の気持ちといったでしょう。それに目的はマシュに家庭料理を教えようというものなのですよ」

「しかし、さすがに遠回りではないか、普通に出汁からとればいいではないか」

 

彼女はちっちっと舌を鳴らしながら人差し指を振った。

 

「確かに所長の様な人にはそれでいいでしょう」

 

しかぁしっ、と彼女はわざわざ振り向きざま天を指さしながら吠えた。

 

「世の中のオカンやオトンは料理人ではないのです。特に男女平等主義が浸透し、共働き世帯、核家族化が進み、子供たちは塾へ、大人たちはぶらっくな会社へと赴く時代。毎食毎食わざわざ出汁とっているような時間はないのです。家庭料理三大原則のうちの簡単であると、短時間で済むという二つものタブーをすでに犯している。貧乏暇なし、猫灰だらけ。それでもご飯はちゃんと食べたいそういう家庭にはこういった簡単食材は欠かせないのです」

 

力強く顆粒だしを掲げながら彼女は力説していた。

 

「花嫁修業というようなものは前時代的といわれるようになり、それでなお毎食外食というのは家計に響く、子供たちにもちゃんと食べさせなきゃいけない、しかしみんながみんな料理上手なわけではない。しかし、嘆くな国民よ、我々にはほん格だしも鍋角もクックドゥードゥルドゥーもついているっ」

「あいつはいったい何へ語り掛けているのだ」

「楽しそうだからいいんじゃないですか」

「お前もお前で大物だなぁ」

 

見えない観衆たちへと語る彼女へと視線を向ける、いつも通りの彼女の姿に笑いながら最後の味噌玉を詰め終わった。

 

「先輩。終わりましたよ」

「私はこの味噌玉を持ち国政へと、え終わった。そう、ありがとう。まぁ簡単に言えばこのおふくろの味っていうのはより実践的家庭の味ということです。まず用意するものは近くのスーパーってことで」

「それでいいのか現代日本」

「それが最適化の過程ならば何ら問題ないのでは」

「きみもバッサリ行くね」

 

次の工程のために取り出した包丁はおもむろにナスの蔕を落とし、まな板を力強くたたいた。

 

 

 

「これで汁物はできたのであとは適当に納豆なり漬物なりサラダなりとごはんと常備菜のヒジキ豆あたりでも出してあとはメインディッシュですよ」

「まぁ一汁三菜か。確かに家庭でそれ以上毎食というのは厳しいか」

「時間があれば作れますけどね。それにこうして時間がある時にストックを増やしていけば形にはなりますし」

 

 彼女がきゅうりの浅漬けの味を確かめる。満足いったように小さく頷いた。三杯酢、素人でも簡単にできるその調理法、しかし簡単であるからこそ深く、その分見極めが自分にはまだできない。まだ彼女の様な味は出せない。

 

「家庭料理とはいっても料理が好きでもない人には苦痛であったりもしますからね。簡単で美味しいならそれが絶対正義ですよ」

「そんなものかね」

「そんなものですよ」

 

そういいながら彼女は手早くなすびを切っていく。一口大になるようにそろえて、慣れたように鼻歌交じりで、包丁を小気味よく奏でていく。

カルデアに家庭料理はない。

カルデアは家庭ではなく国連直轄の人理保障機関いうなれば仕事場。心休まる家庭との対極ともいえる。栄養は管理されメニューは決められ、そして何の思いも持たずに食べる。健康に職務に励むためのエネルギーの効率的な摂取。栄養補給というだけの様な食事にそれ以上の価値はない。デミサーヴァントとして作られた自分、ここで作られ生まれた自分。母もなく、父もなく。製造されただけの自分にとって食事とはそれだけのもの。

『それはいかん。まったくもっていかん。女子たるもの得意料理の一つや二つ持っていなければだめだよ。男は胃袋からつかむというのは一番てっとりっ早いけどそれ以上に自分で好きなもの作れたほうがお金もかからないし、カロリーも抑えられるからね。代わりに私は好きなもの食べすぎて最近太ってきちゃったけど』

おふくろの味を知らない私に彼女はそう言って包丁の持ち方を教えてくれた。芋の剥き方も、具材の切り方、魚のさばき方、灰汁の取り方、煮物、焼き物、漬物。

エプロンをして、鍋をかき混ぜて、そして豪快にもフライパンをふるう。その姿は本で読むところの母のようでけれどそう言えば彼女はそんなに年取っていないと膨れるだろう。ならば姉のように、しかし血のつながりなどなく。

 

 

母と呼ぶには年若く

姉と呼ぶには遠すぎる

だから

 

 

「先輩、ピーマンの準備できました」

「おう、早いね、それじゃあ、今切ったナスをすでにフライパンで火を通して脂が透き通ったくらいになってるひき肉に加えちゃう、んでうまいことナスにも火が通ったらこの味噌とみりん、醤油、酒を混ぜた調味料と水を入れる」

「分量は」

「適量」

「そこを適量って言ってしまったらもう料理教室ではないじゃないか」

「家庭料理なんてそんなものよ。いちいち計ったりしません。目分量と勘です。代々オカンよりこのくらいと教えられてきた由緒正しい分量です。所長もそうでしょう」

「まぁ経験則から来る目分量といってほしいが」

「それに人の好みっていうのは違いますから。家庭料理三大原則の最後の一つは家族が喜んでくれること。それはもう千差万別です。自分で見つけましょう」

「最後の最後で投げたな」

 

少しあきれたような彼の声と、それを笑う彼女の声はいつものように溌剌としていて大きくて面倒くさくてそしてどこまでも晴れやかに聞こえた。

 

「あとはちょっと全体的に煮立たせてピーマンを投入。私はここでラー油とかちょと入れますが辛ければゴマ油とか入れてもいいです」

そしてまた火をつけ最後の火を入れた。

「これで藤丸特製ピーマンとナスの肉味噌炒め定食の完成」

 

フライパンから盛られた皿と、そして自分と同じ小鉢と椀とそして湯気の立つごはん。先輩と所長と、そして遅めの昼食として同じものを前に、同じテーブルへと座っていたキッチン班の彼ら。

なんでも選べる食堂で、なんでも食べることのできる食堂で、同じものを同じテーブルで食べる。

それはまるで

 

 

「どうしたの、マシュ」

「いいえ、なんでもありません、食べましょう」

「え、なに今日はマスターが昼飯作ってんのか」

「え、マスターの手料理ってこと」

「おまえはさっき食べてたろうが」

「ダイエットはまた今度でいいかしら」

「おじさんもくいっぱぐれちまってなぁ」

「雑種の腕がどれほどか見てやるとするか」

「一口ほしいって言えばいいのに、素直じゃないなぁ」

「デザートはどら焼き所望」

匂いにつられたような彼らに苦笑を漏らし、再び混み始めた食堂はいつもの喧騒を奏でる。

「それではみなさん、お手を拝借」

そして、両の手を合わせた。

 

 

 

たぶん

いいや

間違いなく家族の食卓だった。

 

「いただきます」




そういえばマシュについてあんまり書いていなかったので
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