自然界より生まれた森の黒真珠の正体とはなにか
灼熱のカルデアに走ったその一報はすぐさま全職員へと伝えられた。瞬く間に広がっていくその黒真珠の噂はまさしく熱病のように知れ渡っていった。
人間の欲望と堕落渦巻くラスベガスを席巻する宝玉の存在を聞くつけた我々ロコモコ探検隊はすぐさま、その調査へと乗り出した。
少年の見たという輝く黒真珠の情報を頼りに歩を進める我々調査隊を追い詰めるのは厳しい自然だけではない。
謎の原住民との遭遇や、悪徳カジノによる陰謀、そして世間を脅かす水着浪人七重苦の正体とはいったい何なのか。
無数の困難を掻い潜りついに我々探検隊はついにその正体へとたどり着いたのだ。
カルデアスペシャル
ロコモコ探検隊 甘き誘惑の黒真珠タピオカ
「まるでお祭りのようですね」
「夏の祭り、というのならば確かに間違ってはいないのであろうよ」
「たしかに私たちの知っている夏まつりとはずいぶん違うものではありますが」
苦笑にも似た年若い女の笑い声は直ぐに雑踏の喧騒に消えていく。
南中にほど近い正午の太陽は彼らを真上から照らし出す。乾いた風と焼けるような太陽、そしてあたりから聞こえる無数の人々の足音、姦しくも楽し気な話し声、客を呼び込む店員たちの底抜けに明るい呼び声。そしてどこからともなく聞こえる歓声。普段のカルデアでは感じることのない無数の話し声、広場には無数の観光客が行き交い、そして 思い思いの場所へと歩を進めていた。
「少し小休止といたそうか。何やら町のほうでは茶に牛の乳を入れた『みるくてぃー』なるものが流行っている様ではあるが」
「冷やした麦湯を持参いたしました、但馬守様もいかがですか」
「ありがたい、頂こう」
広場の端、小さな日陰となっているベンチを見つけると、二人は手ぬぐいでその汗をぬぐいながら町のほうを眺めていた。
「賭場の近くと聞いていたのであまり治安が良くないのではとも思っていたのですが、杞憂だったようですね」
「それがこのらすべがすという土地の特色やもしれぬな。世界有数の歓楽街なればこそ、徹底して付け入る隙を潰すのだろう。賭場には金が集まりやすく、胴元は金を貯め力を持つ。なればお上にも意見しやすかろう。その意味ではお上への口利きなく権力者の協力で成り立っているこの土地はなかなかに稀有な例でもある。敵対する者に弱みを見せぬということは口利きすら必要ない事の表れやもしれぬ」
「ムニエル殿に頼み、水着剣豪とやらの取り仕切るかじのからは幾分遠い場所にれいしふとしてもらったとはいえ、この治安の良さは予想以上ですね。それだけ獅子王殿の支配力が強いとも言えますね」
アメリカ西海岸、水着獅子王によって作られたラスベガスの一角、小さな噴水広場のベンチには年若い女武者と、アロハシャツの老父が小休止を取っていた。
「しかし、但馬守様。その恰好は」
いつもの服装とは違い、オレンジ色のアロハシャツに紺のハーフパンツの男は自らの服装を顧みる、破れも汚れも見受けられない。少しだけ不思議そうに彼は彼女へ視線を送る
「出立の際、ムニエル殿より借り受けたのだ。真夏のらすべがすに紋付き袴というのも風情が無かろう。郷に入っては郷に従えということよ」
何事もないように言う彼の服装に不備はなく、その姿だけ見れば誰よりも風情を理解し、場に溶け込んでいるようにも見える。
「そういう、ものでしょうか」
「そういうものだろう」
しかし、漏れ出るその剣呑な気配と鋭い殺気は彼らを中心とした五メートル圏内に人を寄せ付けさせてはいない。そのことに少し気疲れしたように薄く笑うと、彼女は区切るように小さく咳ばらいをひとつついた。
「それにしてもいかんせん情報が少なすぎる様にも思います」
「少なくとも食べ物ではあるのだろうな。でなければ食べたとは言わぬだろう」
「小太郎殿も一度戻ってきて、また直ぐに出て行ってしまったようで。段蔵殿も何やら所要とかで今留守にしておられますのでもう一度聞くことも難しいでしょう」
「やはり」
小休止から立ち上がると、男はゆったりとした足取りで再び歩を進めた。
新たなる謎へ迫るため。未知なる神秘を辿るため、そしてなにより
「待つよりも自らで調べたほうが早かろうな。その『たぴおか』というものの正体は」
まだ見ぬタピオカを食するため、ロコモコ探検隊は一路西へと飛んだのだった。
事の発端は三日前のことだった。
夏の騒ぎから遠く離れたカルデアで余暇を過ごしていた時のこと、彼女の下を訪れたのは懇意にしているからくり女忍者こと加藤段蔵だった。
「夏季休業の前に小太郎殿が髪と関節によい油をくれたのでそのお返しの相談にいらしたのですがその折に、話が出たのです」
彼女によるとマスターとともに風魔の棟梁がラスベガスに発生した特異点調査へと赴き、調査と同時に夏季休業をそこで過ごしているということだった。
「準備などために一度小太郎殿がカルデアに戻ってきたときに話していたことらしいのですがどうやら『らすべがす』では『たぴおか』というものが流行っており、マスター殿も大層気にいっていらっしゃるということらしいのです」
「主殿の御用達ならばその詳細を知っておきたくはあるのだがな」
そういってあたりを見回すもやはり彼の鋭く見える視線を向けたそばから蜘蛛の子を散らすように人が減っていく。無論、彼らが訊ねることのできる人も又逃げるように歩を早めていってしまっていた。
「このありさまでは道案内も頼めそうにはない」
「柳生殿が最初にこの特異点へマスターとともに赴いていればこのような面倒な状況にはなってもいないのですか」
声にも、動きにも表れはしないものの、どこかその雰囲気が消沈しているようにも見える。今夏、ラスベガスに発生した水着剣豪七番勝負の気配を察知した彼はマスターへの同行を言葉巧みに掻い潜り面倒事を避けたばかり、そんな彼がラスベガスへと赴き、マスターの下を訪ねるのはいささか以上にバツが悪いらしかった。
「不徳の致す限り」
「私も興味もございましたし、異郷の地というのもなかなかにありがたいものでございますから、ちょうどよい余暇となりまよしょう」
道を行きながら、彼女は笑うと、彼も又つられるように少し笑う。
「しかし、それにしても『たぴおか』に関する情報がこうも少なくてはな」
「閃きましたよっ。但馬守様」
長考の姿勢に入ろうとした男に彼女は大きく手を挙げるとそういい切った。
「今、但馬守様が着ているアロハシャツも日本の着物を縫い直したものと聞いたことがあります。この『ラスベガス』とやらもどうやら近年になって発見され、発展してきたもの、優れた異文化を吸収しやすい土壌であることは明白です。さらに此度は特異点に変貌している。つまりその原因がこの『たぴおか』に詰まっているのです」
「その心は」
「もとより『かじの』というのが妙だったのです。仮にこの街を支配したとて確かに狂気渦巻く退廃の都ではあってもそれは富めるものが富み、貧しきものがさらに貧しくなるだけ。総量としては目減りしていくだけ、ぜろさむげーむというやつです」
「ならばなぜ『かじの』にしたというのだ」
「いつの世も流行りものには悪い虫が付くもの、熱に浮かされ稼げるだけ稼ぎ、そして正気に戻る前に忽然と姿を消す。そして舞台は賭場の街。ならばあの人が動くのは必定」
「まさか、そんなはずは、いかに彼といえども」
「そうです、そのまさか、そして何より私たちが探しているのは『たぴ岡』です」
彼女が力を込めて言い切ったその言葉に男は大きく頭を抱えた。
「彼の御仁とて、英霊の座に刻まれた人理の守り人。かような浅はかな、いいや、浮ついた、これも違う、見え透いた、軽率な行いは考えにくいのでは」
「流石に突飛すぎましたかね。第一に岡田殿がこちらに来ているかということも確かなことでは」
その言葉を遮るように二人の間を少年が走り抜けていった。
「急げよ、あっちで水着浪人の岡田以蔵が打ち首になるんだってよっ。なんでもタピオカじゃなくてカエルの卵入れて売ってたのがばれたんだってよっ、これは見逃せないぜ」
ラスベガスの太陽はまだ明るく輝いていた。
「阿呆め」
「しかし、まったく、こうも大ごとになるとはな」
「まさか、岡田殿がやはり博打で借金を作った相手が特異点と化したらすべがすを水着浪人の力を使い新たなローマへと塗り替えようとしていたシーザー・オルタだったとは。シェイプアップし神祖殿の力を借りることができたカエサル殿の力が無ければ危ないところでしたね」
「一刀斎はおろか、まさか、身を持ち崩した二天道楽を相手にするとは思わなんだ」
「聖杯を鍋替わりにしたのはまだしも、まさかうどん代のために質に入れるとは思いませんでした。舌の根も乾かぬうちになんと申しますか。あの方らしいといえばあの方らしくもあるのですが」
いつも以上に明るいように取り繕った彼女の声、そして、深いため息が響く。
響く。
響く。
そしてそれにぶつかって消えた。
「それにしても、つぶしたシーザー・マフィアがため込んでいた白い粉、どうやらただのでんぷん質だったようですね」
「阿片や麻薬の類で無かったならば良しとするべきか」
彼らの前、カルデアの倉庫一つにうずたかく積まれたのは真っ白いでんぷん質の粉が目いっぱい詰め込まれた袋の山。消滅させたシーザー・オルタから押収した物品がそこには詰め込まれていた。用途不明、使い道不定のその粉の山が何も言わず彼らの目の前に詰まれている。
「果たして、『たぴおか』とは何かわからずじまいか」
「それどころではありませんでしたから仕方ありません。縁があればまた出会う日もございましょう」
倉庫から出かけようとしたその時だった。
「らすべがす、らすべがす、漂白化したんじゃなかったの、一刻も争う世界修復の旅じゃなかったっけ。なに水着剣豪七番勝負って、私か、私がおかしいのか、私が間違っているの」
「所長殿」
「ひぃっ」
廊下の端にうずくまった白く丸く、金色の毛が生えた謎のつぶやき生命体は見まごうことなきカルデアの所長に間違いなかった。
「夏の乱痴気騒ぎはカルデアの伝統のようなものです。白昼夢を見たようなものだと気にすることはありませんよ」
彼女の声に所長は少しだけ正気を取り戻したように一つ咳払いをするとゆっくりと立ち上がった。
「あーあー、失礼、醜態を見せた。うむ、気にしても仕方ないことは気にしないことが良いな、確かにそうだな。助言感謝する」
頷く老父にまたしても所長はふと驚いた顔を向けた。
「今まで君たちはどこにいたのかね」
「ちょっとらすべがすのほうに、それがどうかしましたか」
「いいやねタピオカの匂いがするもんだから」
カルデア各所で小脇に抱えられ運ばれていく所長の姿が見られたという。
「タピオカっていうのはもともと南アメリカ原産のキャッサバっていう芋のでんぷんから作られたものだ。そういう点でいうなれば芋餅に似ているな。中華料理ではココナッツミルクに入れたり、デンプンということで冷凍うどんにこしを持たせるために入れられたりしていることもある」
所長は沸騰したお湯に砂糖とキャッサバ粉を入れると力を入れながら鍋をかきまわし、透明になっていくそのタピオカを練っていく。
「ラスベガスで流行っている大粒の黒いタピオカっていうのは黒糖が入っているから甘い、普通だとただのデンプンの塊だからな。あまり味はない。タピオカミルクティーはそういう意味では味を補ってもいるのだろうな」
「じゃあ流行っているタピオカとはミルクティーのことだったのですか」
「見つからぬはずだな」
「なんだと思っていたのだ」
「ロコモコの件もありましたし、てっきり丼ものだと」
少し恥ずかしそうな二人に苦笑が洩れる。
「まぁわからんでもないがね」
鍋から取り出した透明なタピオカを細く伸ばし、切り分け、そして一つずつ丸く整形するとそのまま沸騰しているお湯へと投げ込んでいった。
「それと知らずタピオカを求め、最終的にそれと知らず手に入れてしまうあたり、さすがというかなんというか、まぁなんにしても良い余暇にはなったかね」
「ええ」
「久方ぶりに心躍る仕合もあったのでな」
「物騒ではあるな」
そういって出されたミルクティーは彼女たちの予想に反し甘くはない。
「麦湯か」
彼は頷いた。
「タピオカ麦茶オレとでも名付けるかね。濃く煮出した麦茶を牛乳で割る、麦茶の風味と牛乳の柔らかさ、それにアクセントとして少し甘いタピオカが来る。黒糖タピオカも普段より甘くはしていないから少し大人の味というのかもしれんな。それに」
「それにとは」
「タピオカは元が芋だから炭水化物、それに黒糖という糖質、ミルクティーにするときに甘くするため加えられた砂糖、時にはその上にアイスやらソフトクリームやらチョコソースなんてものがかかっている。それが牛乳や、紅茶のように手軽に一日に何杯も飲まれるということは」
「つまりカロ」
青ざめた彼女の言葉を遮るのはカルデアすべてに響き渡るような最後のマスターの悲鳴だった。
甘き誘惑の黒真珠タピオカ
古来より人々の食を助けてきたキャッサバが姿を変え、新たな一大ムーブメントを起こしていた。
人の腹を満たし、飢えをしのいできたその黒き真珠は飽食の時代にいったい何を告げようとしているのか。
黒糖、紅茶、牛乳、世界中の多くの食文化と出会い、そして進化してなお人々を誘惑するその黒真珠は確かに人間の求める願いの在り方の一つ。
そして体重計に表示されたプラス三キロの表示もまぎれもないこの世の真理だったのだ。
甘いものもほどほどに