ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

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ちょっと続きました


Study in dark dark Black

 夜の闇に揺れるのは頼りない小さな火の光だった。

 

小さなオイルランプの風よけガラスの中で小さく赤く揺れている。

ぼう、と照らし出す灯が届くのは人の歩幅ほど、闇を紅く色づけた程度のもの。

サイドテーブルに置かれた小さな灯台の上から見えるのは大きな本棚と机と小ぶりなタンス

そして一人分の影。

かたかたと聞こえる物音

青白く光る人影

口から洩れ捏小さな笑い声

無音に近いその部屋の中、小さなオイルランプの炎だけが怯えるように、しかして立ち向かうように揺れる。

しかしその炎はあまりにも小さく、弱く、そして遠い。

震えるように揺れるその炎に青白い人影は大きく映し出される。

白い死相の浮かぶ影、光を通さないような白く反射するその目

ただその深みに落ちれば上がってこれぬという確信がある

それはさながら蜘蛛にとらえられた鮮やかな蝶のように

 

しかしそれでも

そしてそれはその炎が大きく燃えた時だった。

 

「完璧だ」

 

白いその影は少しの感嘆とそして倦怠を含んだ声でつぶやく

そこに失敗はなく、同時に勝利などない、否必要などない。

水が流れれば高きから低きへと流れるようにただそれだけですべてが成るその計画を。

人の行動など聞くまでもなく

人の怠惰など見るまでもなく

人の悪意などこの身のように

生前すら、そして死したこの身となってすら変わることなく、ただ手慣れた児戯に等しき手慰みを一つ

幾人もの害意あるものを導き

幾人もの殺意あるものを送り

そして

彼の名探偵すらも欺いたその手腕にて書きあげられたそれは。

 

 

「マスターの期末テストが完成したよぉーん」

 

 

「電気くらいつけたらどうなのだ」

 

ぱちりと電灯のスイッチの音とともに開いた扉、そこにはカルデアの新所長となった男が立っていた。

英国のアパートの一室を用いたような部屋の中、部屋の中央ほどに置かれた椅子には闇のフィクサーが座り、テーブルの上に開かれたノートパソコンには出来上がったばかりのテストが映し出されていた。

 

「だいたい、あれも、もう期末テストだなんだという年頃でもないでないだろうに」

 

彼の持ってきたティーセットから香ってくる紅茶を楽しみながら教授は得意げに笑った。

 

「確かにそうかもしれないがね、あくまでそう銘打っているだけだヨ。そっちのほうがマスターも親しみやすいんじゃないかとネ」

「あの小娘のことだ、一夜漬けとヤマ張りでなんとか乗り切っていそうでもあるのだが」

「その様もありありと思い浮かぶねぇ」

 

少しミルクを入れようとした教授を彼の声が止めた。

 

「ミルクティーではせっかくの軽食が甘くなりすぎてしまう」

 

彼が取り出したのはバスケットの中、山に積まれた上げ芋のチップス。ところどころに見える黒いてんはごまらしい、飴がかけられたのか表面がてかてかと光を反射している。

 

「ジャガイモじゃないね、縁の紫色の皮、スイートポテト、日本語だとサツマイモであっていたかな」

 

教授の見分に彼は、そうだ、と素直に返しながら自分の分の紅茶を用意する。

 

「大学芋というのだそうだ。本来ならばもっとサツマイモを大きく切りゴマとあめをかけるのだそうだが、軽食ならばこのくらいの薄切りのほうがちょうどよいだろう」

「アラフィフには油物はつらいのよ」

「ならばその手を止めてから言ってはどうだ」

 

おや、と手を止めた教授はそそくさと手に持っていた一枚を口の中へと放り込んだ。

 

「それで、どうなのだ」

 

彼の言葉に教授は映し出されたモニターを彼へと向ける。途端に眉を顰める彼に得意げに笑いかける。

 

「どうだね、これ以上ないほどの力作であると思うがどうかネ」

 

食い入るように見つめる彼の顔に浮かぶのは疑問の表情、魔術師として、さらにはそれを成すための資産家としての高等教育は一通り受けてはいるもののそんな彼でも画面に映る設問は十分に難解に思える。

 

「これは一般人でも解けるものなのかね」

彼はこれを受ける赤毛の少女のことを思い出し、そう問いかけた。

「もちろん、私がなんと呼ばれているか知っているだろう」

 

 

 

ジェームズ・モリアーティー

名探偵シャーロックホームズの天敵であり、彼の解決した事件のフィクサーでもあった犯罪界のナポレオン。どの事件からも彼の足取りをたどることはできず、ホームズがその命をとして討ち果たした帝王。

 

 

 

そして何より、此度重要であったのはその彼の表の顔、つまり大学の教授であったということだった。

 

 

「いやぁ、久しぶりにテストなんて作ったけどやっぱりこれはこれで楽しいものだ。初等とはいえ美しい数の世界へとつながる一歩だからね、より美しい回答となるような問題作り、そして何より、一夜漬けのぼんくら学生が単位を落としたことを確信するあの表情、滑稽極まりない」

「さぞ嫌われた教授だったのだろうなぁ」

 

彼が一時期過ごした時計塔とはまた違った方向での偏屈者であるらしい。しかし、目の前の数学者も、そして時計塔に巣食う傑物たちもどこか似たような変質が匂ってくる。その表情に良く知る先輩を思い出し震える彼をよそに教授は言った。

 

「これが案外そうでもない、普通に勉強していれば引っかからなければ難しいものではないからね」

「引っかからなければ」

 

彼が繰り返したその言葉に教授はにやりと笑いながら彼の用意したスナックを口へと運ぶ。

 

「トゥーレが出してきた問題もなかなかに難しかったが、あれはちゃんとそれまでの学習という下地があったものだが、ほんとにあの娘の知識で解けるのか」

「基本的には高校数学があれば解けないわけではないし、それにこれまでの秘策もあるからネ」

 

教授の意味深なウインクに彼は少しだけ背筋に悪寒を感じながら、それを払拭するかのように紅茶をぐびりとながしこんだ。

 

「秘策とは」

 

恐る恐る訊ねると教授は得意げにポケットへと手を伸ばす

 

「これだよ」

 

彼が取り出したのは小さなカセットテープとウォークマン。

 

「これには私お手製の出る順数学生講義の音源を録音していてね、睡眠学習がてら眠ったマスターに聞かせているのさ」

「眠った女性の部屋へと侵入する成人男性ということの事件性について悪属性に道徳を説いても無駄なのだろうか」

「やってるのはいつもベットに潜んでる女の子たちにお願いしてるから」

「眠っている間に聞かされるおじさんの声というのもなかなかにぞっとしない話なのだが」

「巌窟王君にも渡してあるから、夢の中でも講義がうけられるネ」

「名探偵を呼んでこなければ」

 

じょうだん、じょうだん、と食い下がられる教授に大きく一つため息をついた。

 

「それにしても君もなかなかにお人好しだねぇ」

 

紅茶を飲んだ後に彼は本腰を入れたように問題へと目を通す。元来の知識はあったとしても聖杯によって与えられた現代常識がすべて過不足ないかといわれればそれは正しいとは言えない。ましてこの問題の作成者は稀代の犯罪王であればマスターの少女に解かせる前に誰かの査読が必要なことも決して無理からぬことでもある。それでもなお問題作成を依頼するに至った理由。

 

「わざわざこんなものを作らせた理由というのを聞かせてもらってもいいだろう」

 

問題で止まったのか彼はじっと答案を睨めつけながらつまらなそうに返事を返す。

 

「わざわざわかっていることを言う必要もないだろう」

「いやいや、ちゃんと口に出して言うことは大切なことさ、それが良きにしても悪しきにしてもね」

「貴方が言うと言葉が鉛のように重いのだけれどな」

 

再びペンを動かした彼はただ言った。

 

 

 

「すべてがおわった後のためだ」

 

 

 

 国連の組織と銘打っているもののその実態はアニムスフィアの運営する工房であったカルデア。時計塔におけるロードの管轄であった組織ではあるもののそのロードは死に、その後継者たる娘も又既に倒れた。そうなれば雪の積もるあばら家のようなもの、いともたやすく潰れる。たとえそれが誰が実感することはなくとも世界を救った組織だとしても、いいやだからこそ解体されるはずだった組織。

彼とて、その利権が金を生み出すと睨んだ死体狩りのうちの一人。それがたまたま今もこうして残ったカルデアを運営しているに過ぎない。

 

「確かにカルデアは私が買い取った。しかし、生憎とムジーク家にはアニムスフィアほどの力などない。忌々しいがそれは紛れもない事実だ」

彼は画面に映し出された問題を解かんと気いるように見つめながら雑記帳にペンを走らせていく。

「仮に人理再編を行い、かつての世界が戻ってきたとしても、ここは以前ほどの独立性は持てん。より国連や時計塔の力が及び、影響を受ける。正規の職員や魔術師たちが来るようになり、公明正大な公的機関になるだろうよ」

 

彼の言葉を教授は愉快そうに微笑みながら聞き届ける。

 

「融通など通らず、バイトなんてもってのほか。責任者が私でなくなる可能性だって考えられる、そうなれば一般人より選ばれた補欠のマスターなど如何にコネがあっても首になることなど間違いない」

 

ならば

 

「正規の手続きで試験を受け、面接を行いそして合格した者がいられぬ道理などないだろう」

 

教授は深いため息をついた

 

「マスターの経歴を詐称するなり、周りを整えてここに残らせることなんて私にとっては造作もないことではあるのだがね。生憎と今回はキミたち自身がそれを望まないなら計画の破綻は目に見えているからネ、大人しく付き合うとするヨ」

「恩に着る」

「まぁ、君たちが抗おうとも壊されない計画なんて朝飯前に建てられるんだがネ」

「だからあなたが言うと言葉の重みが違うだろうにっ」

 

解けない問題に知恵熱でもあげたのか少し赤くなった彼の顔。

 

 

そこには世界の平和も

 

世界の崩壊も

 

そして唾棄すべき悪もなく

 

あるのはただ真理を目指す学徒の姿のみ

 

手を伸ばしつまむは思考のために必要な糖分

 

ぱり、と甘く小さな音が聞こえた。

 

 

 




家にいなければならない時間が増えた方が多くいらっしゃる今日この頃、本来であれば完結した作品ではありますが、新しく書きました。
稚作ではありますがこの作品が誰かの楽しみになればと思います。
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