ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

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ここまでは続けられます


二輪とトマトと時々うどん 誰かのソーセージを添えて

音が聞こえる

 

強く、早く、そして大きい。

人間では生み出すことのできないほどの唸りを上げるその鼓動はしかし、遠い。

耳鳴りのようにその鉄の鼓動が聞こえる。

段々と近づいてくるその音。

耳馴染みのあるその連続音がどこからか聞こえてくる。

あわただしいエンジンとけたたましいクラクションの音、品のないその暴走の音に眉を顰める。

それはまるで眠りから目覚めるための目覚まし時計のベルの騒音。

夢へと入り込んでくるような無遠慮な侵入者。

しかし、夢にまで見たこの真っ青な空と、どこまでも広がるフロリダの荒野にそんな無粋な物などあるはずがない。

誰もいない一本道を愛馬とともに行く自分、周りに人影もなく、ただ自分の鼓動と鉄の鼓動がシンクロしていくだけ。

お気に入りのライダースジャケットは太陽を照り返し、ブーツは傷一つなく磨き上げられている。おそして、お気に入りのサングラスには夢にまで見た自分だけのルート66が広がっている。

そして彼はつぶやいた。

 

「まるで夢のようだ」

 

 

 

かんっ、と一際甲高い音が聞こえる

どさっ、と何か重いものが落ちる音がした

 

「えっ」

「いってぇ」

 

唐突な痛みに目を覚ます。どうやら腰あたりに何かがぶつかったらしい鈍い痛みが軽く前進を駆け抜けていった。

 

「今度は誰だっ。まだチャーシューはできていないっていう、の、に」

 

彼は飛び起きながら自室への侵入者へ警戒の言葉を発するも最後まで言われることはない。尻すぼみになったその言葉を発したとてその意味はない。何故ならそこは彼の自室ではなく、真っ青な空の下、どこまでも広がる荒野、背中に感じるのは革張りのシートの感触とバイクのエンジンが上げる力強い振動。

そして

背後から追ってくる無数の暴走族と走行中ながらも今現在彼が乗っているサイドカーを無理やり切り離そうと結合部を滅多打ちにしているバイクに乗ったどこかの大剣豪の姿だった。

 

「久しぶり、所長さん」

 

 

 

 

「久しぶりじゃないよっ。ななな、何してんのあんたっ」

 

彼女の刀を遮るように結合部へと覆いかぶさる彼に彼女は快活そうに挨拶を返した。

 

「所長こそいきなり出てきてびっくりしたんだから、なんでこんなところに。レイシフトだっけ」

 

ゴーグルごしの彼女は手にしていた刀を戻しながら背後に迫る追っ手の軍団を一瞥する。

 

「私に効かれても知らんっ、それより前、前っ」

「おっと」

 

彼女は前方の大岩をすんでのところで避けると今度は前を向きながら彼のほうへ少しだけ視線を流した。

 

「何も知らないってことはいつかのマスターとおんなじってことね。眠っている間になんかドリフトしちゃったのか」

 

その一言に彼も大きく眉を顰めた。人類最後のマスターの少女とともに歩んでそれなりに時間もたつが、確かに彼女は時折どことも知れぬ世界へと夢を渡り大活劇を繰り広げている。カルデアで観測できたものだけでなく、のちにレポートとして提出されたものも目に通したことがあるが、それだけで目を覆いたくなるような事件であった事も理解したくない事件であったことも少なくない。技術部とともに高性能ドリームキャッチャーの製作を検討したほどである。

そんな状況に彼自らが陥っているらしかった。

 

「冗談じゃないけどそれよりどんな状況よっ、これはっ」

 

依然として背後に見えるのは黒山の暴走族たち。まるで世紀末とでもいうようなパンクな格好の彼らたちが怒気を纏いながら疾走してくる。

 

「待てヤァ、このアマぁ」

「やつざきじゃぁ」

「あいつを晩飯にしてやらぁ」

「最悪の食い逃げ女をとらえろぉ」

「世界一の美食家であるボスに対して食い逃げとはいい度胸じゃねぇか」

「この世に二つとないスペースウルトラギャラクシーソーセージの窃盗だぁ」

「冷蔵庫が一刀両断されてたぞ」

「丁寧にフライパンで焼きやがってぇ」

 

エンジンと風切り音の中、耳をすませば聞こえる彼らの怒号、横を見れば無邪気に舌を出しながら笑う大剣豪。

 

「てへっ」

 

おもむろに彼は後方、追手たちのほうへと向き直った

 

「こいつは渡すから、私は完全に無関係でーすっ。こいつの命はどうとでもして構わないからぁ」

「なっ、所長ともあろうものが仲間を売るのですかっ」

「知らんっ、うちにそんな食い逃げの小悪党など聞いたこともないっ、みなさーん、食い逃げ犯はこいつでーす、引き渡すから私は助けてー」

「ここまできたら一蓮托生でしょうっ、あ、ちょっと、運転に割り込んでこようとしないでよ、危ないっ」

「貴様といるほうが危ないわっ。夏にあれだけのことをやらかしておいて今度は食い逃げだとっ、始末に終えんわっ」

「仕方ないでしょっ、こっちの世界に来たと思ったら大型の冷蔵庫の中なんだもの、寒いし出口には鍵かかってるし、切るしかないでしょうが」

「うむぅ、それなら」

 

納得しかけたところに股も後方からの声

 

「他にもでっかい肉もあるのに、冷凍庫のなかの一番奥の開封厳禁の張り紙がされた肉にまで手を出しやがってぇ」

「そりゃあ、開封厳禁って書いてあったら開けるしかないでしょう」

「ギルティ」

 

再燃したその言い合いの終止符を打ったのは小さなぷすんという音、それはつまりガス欠の音だった。

 

「ということはつまり」

 

炎天の荒野にて地獄のマラソン大会が始まった。

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った」

「私も」

 

すでに火も暮れた頃、ようやく追手の姿が見えなくなる。彼らは走り続けた体を休めるように近くの洞穴へと逃げ込んでいた。荒野の空、雲一つない夜空に月はなく代わりに小さくそして白く巻かれた星たちの砂粒が輝いてる。昼間と比べ幾分と下がった気温はまだ熱を持つ体を冷ますように少しづつ熱を抜いていった。

 

「焚火は厳しいかな」

「煙を隠す魔術はある、気にするな」

「便利な魔術もあるのね」

 

バイクから持ち出してきていたバッグの中身を確かめながらとりだしたライター、星だけの夜空の中灯の橙色の光が燃え始める。

 

「はいよ、晩御飯」

 

その声とともに放り投げられたのは小さなほうれん草の缶詰。

 

「これは素材であって料理ではないのだが」

「他に食べられるものも、ないんだ、し」

「なんだ今の間は、そしてしゃべるならこっちを見ながらしゃべれ、目が泳ぎまくっているではないか」

「いやほんとほんと、他のなんてないから、全然ないから、あっ」

 

彼の視線に耐えかねたのかあとずさりした彼女の足元、暗がりの中にあった小さな石に躓き体勢を崩した拍子に彼女の胸元からこぼれてきたのは小麦粉とそして燻製の香り漂う小さな包み。体勢を崩した彼女より先に足元に転がってきたそれを開いた。その中にあったのは二玉ぶんのうどん、そして一本のフランクフルトソーセージだった。

 

「これは」

「てへっ」

「一本くらい返したら収まりつかないか」

「一本くらい返したところでどうにかなる量じゃないと思う」

「元々何本くらいあったの」

 

彼女はにこやかに右の人差し指と中指と薬指を立てる。

 

「三本なら一本返せば」

「ううん、三十本」

 

気恥ずかしそうな盗人大剣豪に落ちたのは雨もない荒野に響く大きな雷だった。

 

 

 

 

「考えれば考えるほどあほらしくなってきた」

 

しょんぼりと正座する大剣豪の前、魔術によって安定した火勢の焚火へと持参していた寸胴に汲んできた水を湛え火にかけ、ほうれん草の缶詰二つを開いた。

 

「ええい、もう知らん、あとのことなど明日の私が考えればいいことだっ」

 

半ば叫びながら彼は手にしたナイフでソーセージを一口大に切っていく。

 

「これで所長も共犯者ですな」

 

正座のまま悪い顔で笑い始めた彼女にげんこつが落ちる。

 

「でも、ソーセージでなに作るの、ほうれん草と炒めるとか」

「自分が持ってきたのだろう」

 

そういって彼はうどんを取り出し煮えたぎる寸胴の中へと放り込む。

 

「ざるうどんにソーセージは食べ合わせとしてどうなの」

「出汁なんぞ携帯しとらんわ」

 

代わりに彼が取り出したのは朝食用に用意していたはずの真っ赤なトマトジュースだった。火にくべられたフライパンの中に注がれたトマトジュースと鍋とともに上備してあった固形コンソメ。だんだんと煮立ち、コンソメの形がなくなっていく。少しに詰まった微かな酸味を含んだソースがあたりに香りを広げていく。

 

「くっ」

 

そこへ何かを想い切るように彼は顔を歪めながら切ったソーセージと缶詰のほうれん草を入れ絡めていく。

 

「そして」

 

ちょうど茹で上がったうどんの麺をソースの中へと放り込み、そして炒める。鉄板の上、湯切りなどしない麺から滴るゆで汁が一瞬にして沸騰する。くつくつと泡立っていたソースは麺とともに大きくその色を変えていく。白いうどんへとゆっくりとトマトの赤みが移る。焼き色のついたソーセージと深い緑となったほうれん草が躍る。荒野の夜空の中、聞こえるのはただフライパンの焦げていく音だけ。

 

「できた」

 

皿の上に盛られたそれはトマトソースの赤色とほうれん草の緑が映える。

 

「うどんナポリタンというところか」

 

少し冷えてきた外の空気の中、トマトの匂いを含んだ湯気が空へと昇っていく。

 

「さっさとくえ、冷めてしまう」

「食べてもいいの」

 

依然として反省の正座のままの彼女は差し出された皿を少し驚いたように受け取った

 

「反省はしてもらうが飯の恨みは恐ろしいからな。それに戦闘になれば私を守ってもらわねばならないからな、ほんと守りなさいよ、団子とかあってもよそ見するんじゃないよ、ほんとに」

 

フォークに巻き付けた麺の先にソーセージを差し、頬張りながら胸を張った。甘く少し焼うどんのような、ナポリタンのような心地よさが広がる。

 

「不肖、新免武蔵守藤原玄信、一宿一飯の恩義は忘れませんとも」

 

フォークを刀に見立て、それを握りこむようにサムズアップして見せる。

 

 

 

空へと至り、そしてなお先へと進む先をその瞳に見据えながら。

彼の剣豪はこの空の下、果てなき旅路の半ば。

荷物を持ちえぬ彼女の持ちうる土産。

いつか、酒でも酌み交わしながら語るそんな足跡ひとつ。

 

 

 

 

「ほんとかなぁ」

「全くです、事の発端は忘れているんじゃないでしょうか」

「まったくもってそうだぞ、夏のことといいツーアウトだ」

「今度から彼女の分のデザートは私が申し受けましょう」

「二人ともひどい、確かに私が盗まなければっ」

 

とっさに振り向いた視線の先、もう一人分のナポリタンを食むのは風景に似合わないセーラー服を着た金髪アホ毛の眼鏡少女。どこかで見たようなその姿。

 

「なんですか、二人して私をじろじろ見て」

「お前はなぞの」

 

しかし彼らの言葉は遮られ、そして彼らの下へなだれ込んできたのは昼間にさんざん見飽きた暴走族の連中。

 

「ボス―っ、やっぱりみつからな、あっ、こいつらですよ、こいつら、ボスのソーセージ盗んだ奴らっ」

「もう食べてる、なかなかにデリシャス。でも別にいいかな。普通のばいえるんでいい」

フォーク先のソーセージを咀嚼しながら眠そうな返事を返す。

「ボス?」

「ボス」

 

彼の質問に興味なさそうに彼女は生返事を返す。ソーセージ窃盗の罪が許され、そして彼らがあっけにとられている間に空になった皿を置くと、彼女は取り巻き立ちを塗らうように視線を向けた。

 

「それでおはぎは」

「おはぎ?」

 

新たな単語に彼はもはや声のほうを向く人形と化していた。

 

「確かにスペース歌舞伎町のナンバーワンキャバ嬢に納入予定の品を手に入れていたのですが、それもソーセージと一緒に」

 

一党の目が向かう先はかの大剣豪

 

「てへっ」

 

 

 

 

これがかの第一次スペース甘味大戦、発端のあらましである。




これと前のとあともう少し書いてセカンドシーズン的なのをしようとしてやめたやつです
暇つぶしになれば
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