ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

2 / 24
なんか続きました


高貴で善良なる中華鍋

 目にしたことの無い火の手が上がる。

 

 見たことの無い様なすべてを焼き払ってしまう様な悪魔の炎。多くの神話で神が人間に与えてきた、人を動物から人間たらしめてきたその現在の炎が揺らめく。煌々と燃え上がるその火柱は時折その火の粉を巻き上げながらそれでも嵐のように踊り、燃える。その熱気は肌を焼き、汗すらも拭い去ってしまう。手をかざせば一瞬で炭となってしまう様なそんな紅炎。

 

「海老の準備はまだかっ、手が遅いんじゃないのかっ。もうっ」

 

そこへと蓋をされるように置かれたのは丸く凹んだ黒い鉄の塊、炎を囲むような鉄製の五徳とこすれ合い、小さな火花をまき散らしていく。軽く揺さぶられ、その甲高い音と火花をまき散らしながら急速に熱せられていく鉄板、程なくして今度は何かが蒸発するような音が聞こえた。鉄板に流し込まれたその液体、腐敗した豆と鳥の亡骸そして草本より抽出した結晶体などを混ぜた赤い液体。

 

「新所長は猫使いが荒いのだ、そんなことではストライキ待ったなし、メーデーを待たずして迷える子羊たちの沈黙も破られることになるのは予想に難くないのだわん」

 

「ふん、ちゃんと給料分の仕事をしてから言うのだ。ほれ、これで貴様の仕事は終わりだ、さっさとあっちに混ざってこい」

「ぶっきらぼうというか、甲斐性なしというか、これではお嫁さんが来るのはあと五年三か月と三日というところだわん」

「英霊の占星術での結婚占いとか洒落にならんことをするなっ、さっさと行けっ」

 

笑いながら出て行く猫から海老を受け取るとそのまま別の熱せられた中華鍋へと放り込んだ。加熱されたなべ底へと達した海老たちが焼かれ、一気に赤色へと染まっていく。そしてそこへとくわえられたのは薄く切られた小さな黄色い皮。

 

「所長ー、おかわりマダー」

「二分も待てんのか、あの一般人は」

 

インカム越しに聞こえてきた少女の声に汗の浮いた額に少しだけ青筋を浮かべながら中華鍋を振るう。赤く染まった海老と、そして豆板醤と鳥ガラスープを煮詰めたソースが絡み合い、程なくして配膳係の少女たちの手には大きなエビチリの皿が運ばれていった。

 

 

 

「まったく、英霊というのは本来食事が必要ないのではなかったのかね。それをあんなに食べて、いくら彷徨海とはいえ資材にだって限りはあるんだから少し位節制したらどうなんだ」

 

それは第三の異聞帯、シンを踏破した一週間後の事であった。これまでの慰労を兼ねた食事会が企画されていた。最初は唯一のマスターである少女がこぼした『おいしいご飯が食べたい』という小さな発言であり、こじんまりした催しだったはずではあるものの、幾人かの扇動スキルを持ったサーヴァントたちやお祭り騒ぎに興じたい者、楽しそうな騒ぎにつられた者など気が付けばノウムカルデア全体を巻き込んだパーティーへと変貌していた。丁度時期としては五月一日、メーデーとも重なり、少女の『雇用主は被雇用者に適切な福利厚生を与えるべきではないか、ボーダーの時も一人でベーコン食べてたし』の発言もあり、当日の食事当番にはいつの間にかゴルドルフ新所長が据えられていた。

 

「いくら英霊とは言え、元は人間だ。嗜好品になったとはいえ食事をするという行為自体は精神的にもあった方が良いものだ。逆に言えば伝説に名を遺した英霊が必要ないはずの食事をとりたくなるほどに美味だったともとらえられるのではないか」

「私もその程度で騙されるほど単純ではないわ」

 

錬鉄の英雄の言葉に新所長は少し赤くなりながらも手渡された手ぬぐいを受け取った。ようやく大方のメニューも出し切り、厨房の中には少しの静寂が戻ってきていた。今頃、宴会場となっている大ホールでは余興でもやっているのだろう、少し前には皇帝とアイドルの金切り声も聞こえてきていた。

 

「お前も宴会場に行って来ても良いのだぞ。まだ十分遅くはないだろう」

「なに、ここでも十分その余韻は味わえる。私にはそれで十分すぎるほどだ」

 

錬鉄の英雄はそう言うとゴルドルフの隣に腰かけた。

 

「まったく、極東の九尾の狐の分霊に英国の女王、それに果ては人類の守護者がキッチンを任される組織なんて時計塔が聞けばひっくり返るどころではないというのに」

「まったく、わがことながらお偉方が聞けば悪い冗談にしか思えまい」

「私だって実際に見てみるまでは信じられなかったさ」

 

ゴルドルフは手に持った水を煽るとようやく息が落ち着いてきたのか、コックスーツのタイを緩めながら一つ息をついた。

 

「大方の英霊は自分で調理することくらいはできるだろう。少なくとも自分の腹を満たすことくらいはな。故に今、こうしてキッチンに立っているものは、そうだな。いうなればお節介焼なのだろうよ。見ていられない、そうしなければ自分が救われない、私も含めてそんな者たちだよ」

「世界で一番お節介焼の守護者がそう言ったところで面白くもなんともないわ」

「そうかもしれん」

 

鼻白んだゴルドルフの言葉に錬鉄の英雄はニヒルに口元をゆがめた。

遠くでは出し物が終わったらしく歓声とも悲鳴とも取れない拍手が響いてくる。次の出し物は夫婦漫談らしく三味線の出囃子が聞こえてきた。

 

「一つ質問なのだが」

「それは雇用主へメーデーの要求という事か」

 

その言葉と声色だけで随分といじめられたらしいことが見て取れた。元より今日のキッチンも彼一人に任せようという無理難題も発生しようとしていたほどで、キッチン班も今日はあくまで手伝いという肩書でもある。愛されているというべきか。なんというべきか。

 

「いいや、只の雑談さ」

「そうか」

 

少し安堵したような彼の言葉に少しだけ憐憫を感じながら問いかけた。

 

「どうして中華料理を選んだのだ。作り慣れているようではあるが、いつもの牛肉やパスタといった料理の方が得意なのではないか」

「特に意味などない。昔の家庭教師に仕込まれた腕が鈍っていないか試しただけの事だ」

「特に意味などない、か」

 

そう言う彼は取り出してきた氷で腕を冷やしていた。それだけで今日一日でどれだけの中華鍋を振って来たかが見て取れる。特に意味などない、その程度であの料理は、いいや満漢全席は作れるはずはない。満族と漢族の料理の集大成とも言われる四十八珍の中国料理のフルコース。この物資の限られたノウムカルデアでそれを再現しようとするならば調味料からの作成が必要となり、その原材料も限られている。どの食材を組み合わせ、そして元の味を再現するか、それだけでこの料理に彼がどれだけの熱量が加えられているか見て取れた。

 

「満族と漢族の全ての家族の胃袋を満たす料理、という説は些かロマンチシズムが過ぎるか」

「満漢全席の語源か、そんな由来聞いたことも無い」

 

いつもよりその反応は薄く、尊大ないつもの姿は鳴りを潜めていた。

 

「雇用者から労働者への下賜にしてはその心意気は中々なものだとは思うがね」

「そんなものではない」

 

呟くように彼は言った。

 

「私があの子たちの家を奪ったんだ」

 

ゆっくりと彼は確かめる様に言った。

 

「知らなかったとはいえ私がカルデア襲撃の一因になったことは確かなことだ」

「しかし、あくまであなたは何も知らなかった。コヤンスカヤと言峰に乗せられていたにすぎない」

「確かに、私が断ったとしても彼女たちは別の誰かを祭り上げここを襲撃していたかもしれない。でもそれはもしもの話だ。現実には私がここを買収し、襲撃を引き込み、そしてあの子たちの仲間と家を奪った」

 

 

祈るように、震える様に彼は唱える。

告解というには尊大で

宣言というには無力で

懺悔というには善良すぎた。

 

 

「年端もいかない子供たちが世界を救った。それだけで十分だ、十分すぎる。一人の人間としても、そして英雄としても。けれどその上に地球の生存をかけて世界を滅ぼすなんて背負い過ぎるにきまっているんだ」

 

怒りのように少しだけ噛みしめたようにしかし、水の波紋のように静かに響く。

 

「あの子たちなら背負えてしまうことがさらにどうしようもない。当人たちもなんでも背負い込んではいはい答え過ぎだ。まったく日本人はどうしてノーと言えないのだ」

「否定はしないがね」

「だから私が新たな家を作ってやる。それだけだ」

 

喋り過ぎた、そんな風に顔をゆがめたゴルドルフは気恥ずかしくなったのか、急ぎ足で鳴りだした宴会ホールからの連絡電話を取りに行った。善良さだけでなく誠実さを持ち合わせた戦闘能力のない強い人間。

 

「まったく面倒な生き方をするものだ」

 

 

『いい  、エビチリはここで隠し味に柚子の皮をほんの少しだけ入れるの。これが入れすぎると雑味になるし風味の邪魔になるからほんの少しだけ、これが会得できるまで免許皆伝なんて遠い夢だと思いなさい』

 

 

いつかの思い出はもう色褪せてしまった、それでもどうやらまだ息づいているらしい。

「はぁ、もう食べきっただとっ。二十人分は…、誰だっ、そんなに大食いなのはっ」

奥から聞こえてきた声に彼は立ち上がった。

 

「兄弟子として少しだけいいところを見せても構わないよな、  」

 

錬鉄の英雄は少しだけ笑いながら再び厨房へと入って行った。

 




意味深な空白はお察しください

誤字訂正を行いました
報告ありがとうございました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。