たん
何かの音がした。小さな、小さな音が。
それは弾む音、リズムを奏でるステップの音
とんとん
何かの音がした。少し小さな、少し小さな音がした
それは歩く音、小道を抜けるかけっこの音
かさり
何かの音がした。少し大きな、少し大きな音がした。
それは潜む音、透明になる魔法の音
どんどん
何かの音がした。大きな、大きな音がした。
それは訊ねる音、扉をたたくお客の音
きぃと開く、扉は開く
お客は訊ね、主人は答え
貴方は串刺し、私は物取り
悪魔は群れる、ランタンもゆる
葬列長く、老い先短く
一行行は夢半ば
まだ見ぬ冥府の果てまでも
「これはなんの歌だね」
「モーツァルトが作ったみたいですよ」
「さらっと怖いこと言うんじゃないよ、この楽譜いくらで売れることになるやら」
「本物って信じられるかは微妙じゃないですか」
「それはそれでもったいないような」
「まぁ正確に言うならモーツァルトが作ったのをサリエリ先生が随分書き直したみたいですけど」
「それはそれで意外というか、カルデアのサリエリならばよりモーツァルトの作品に手を加えないような気がするのだが」
「元々が子供たちが歌いたいって発注だったんですけど、まぁなんというか」
「そこまで言って区切るんじゃない、余計気になるじゃないか」
「そうですね、例えていうならばあの男は自分の尻を嘗めろと謳う曲を作った男ですよ」
「成るほど、察した。それ以上言う必要はない」
「聞きますか、原曲、具体的に言うと父親の留守中に母親が間男を連れ込んでいるのを発見してしまい性癖のねじくれまくった少年の歌」
「いうなって言ったじゃないっ」
時刻は午後十時を回ったころ、食堂には数人のサーヴァント、そしてマスターとカルデアのスタッフが集まっていた。すでに夕食も終わり、多くのサーヴァントたちは自室なり談話室などで歓談しているころ、既に消灯した食堂の中に再び人影が集まっていた。
「子供たちの様子は」
「うん、もう眠ったみたい。昼間にこれだけ気張って飾りつけしたんだから疲れてたのかもね」
食堂の蛍光灯が付くと、そこにはオレンジ色、そして紫色を基調とした無数の飾り付けが施されていた。壁にはラメの入ったようなきらびやかなモール材が張り付けられ、そのところどころにはお化けや骸骨を模した大きな模型がや紙細工がつられている。どこから持ってきたのか分からない木桶や椅子には魔女や尖った目や口にくりぬかれたかぼちゃが所狭しと積み上げられていた。
「如何に英霊とはいえど子供は子供ということか」
新所長はその言葉に小さく息を吐き、そしてわずかに眉を寄せた。
「難儀なものだな」
「ゴッフ所長ー、始めちゃうよー」
呟きは赤毛のマスターの号令に流されてどこかへと消えた。
夜の厨房に甘いにおいが立ち込める。
クッキーやキャンディー、チョコレートにかぼちゃのパイの濃い匂いがあたりを包む。その日は十月三十日、ハロウィンを翌日に控えた真夜中。小人となった大人たちはいたずら悪魔の魔の手から逃れるために、その小さなモミジの手に分ける甘いお菓子を焼き上げる。子供たちに秘密の工房、そんな甘い香りの中から彼は一人抜け出し椅子に座ると手にしていた水を口にふくみ一時の休息をとる。
ぱしゃ
小さく光り、そして消えた。
一瞬の光にたじろぐこともできず少しぼやけた視界はすぐに戻ってくる。
「私に写真写りの良い角度はあるのだがそれはどうだね、ゲオルギウス殿」
「意識する表情も美しきものですが、何気ない意識の端々に現れるその趣も又良いものです」
カメラを手にした男はそう笑いかける。その様子に彼も又つられて小さく笑った。
「少し形の悪いのだが一つどうだね」
彼はポケットの小さな紙袋から少し罅の入ったクッキーを彼へと手渡した。
「ありがとうございます、ラングドシャですか、これは子供たちも喜ぶでしょう」
そういって彼は祈りをささげるとそのままクッキーをカメラに収めてから口へと運んだ。
「おいしいです」
「子供たちの飾り付けは取らなくてもいいのか」
「お昼に飾りつけをしていたジャックたちとともに存分にレンズに納めさせていただきました」
彼の見せてくれたカメラの液晶には笑う子供たちがあふれる。
「いいのか」
「何がですか」
「ハロウィンはケルトの行事だろう、それをこう楽しむのはどうなのだろうなと思ってな」
彼は小さく笑った。
「幼子たちが汗を流し、楽しもうとしている祝い事に水を差す、それこそお認めにはならないでしょう」
「そんなものか」
「そんなものです」
「そうか」
彼は半分理解し、半分困ったような顔のまま納得したようだった。厨房の中でもひと段落付いたように手の空いたものから休憩をとっている。
「あらぁ所長、もうへばったっていうわけ」
いつもの露出の多い服装ではなく、コックスーツに身を包んだのは先ほどまで自分と同じ厨房に立っていたコノートの女王だった。
「英霊のスペックと同じ領域で考えないでほしいのだが」
「そんなんで熱い夜が過ごせるかしら」
「私にも選ぶ権利はあるぞ」
「あら生意気ね」
「私とて名門ゴルドルフの男。その手のハニートラップの一つや二つ」
「それでコヤンスカヤなんて狐に化かされたと」
椅子から崩れ落ちるように床へと倒れこみそうになる、しかし澄んでのところで体勢を持ち直し立ち上がる。平静を保ったわけでなく、ただコックスーツを床につけるような愚を許さなかった情景反射に近い動作だった。
「落ち込んだ顔も一興ですよ」
「そこ、さらっと傷口に塩を塗らないっ」
にこやかに笑う聖人に鋭い視線と注意を向けるもその笑顔の牙城を崩すには至らない。
「もうほこりが立つじゃない、厨房で暴れるなんてなってないんじゃないの」
「貴方も、どこ口が言うのだ」
「私過去は振り返らない女なの」
そういって彼女は手にしていた小さなお盆から一つを彼らへと差し出す。
「バームブラックか」
一口大に切られた小さなケーキ、ケーキというよりもパンに近いようなそれにはレーズンやイチジクといった無数のドライフルーツが仕込まれていた。
「そう、まぁ一応私はこれ作っとかなきゃね」
「それにしても私としては少し意外だったのだが」
「何が」
「いうなれば貴方がこのお菓子生産に加わってくれるというのが意外だったのだ」
「そうかしら、私は私がしたいようにしているだけよ」
「そんなものか」
「そんなものよ」
「そうよねぇ、メイヴはスカディ様のために参加しているのだものねぇ」
「ちょっと、何言ってるのよ、エウロペっ」
「あら、内緒だったかしら」
「稀代の女王もヨーロッパの母には形無しか」
「っ、もうっ」
彼女は自分でも一つバームブラックを手に取り再びしゃべりだそうとしたエウロペの口の中へと放り込むとそのまま厨房の奥ふかくへと連れて行ってしまった。
「ああしていると、どこにでもいる少女のようにも見えるものだな」
「サーヴァントは全盛期で呼ばれる訳ですから、実際の外見年齢と一致するわけではありません。しかし、外見に引っ張られるということもあります」
「そう考えるとやはり子供の姿をしたサーヴァントは子供なのだろうか」
「ここカルデアにも随分サーヴァントも増えましたからね、一概にいうことはできませんが間違ってもいないようにも思います」
「アンデルセンあたりが効いたら特大に皮肉を返してくれそうだな」
二人はコーヒーで口を濡らしながら小さく笑いあう。
「とりあえず、この飾りつけを楽しんでくれた子たちが喜ぶ分のクッキーは焼くこととしようか」
「エリセも混ざっていました、本人は少し照れた様子でしたがそれでもいつもより柔らかく笑った顔が取れましたよ」
「14だったか、彼女は」
「ええ、現代でいえば中学生ですか」
「まだ親の庇護下で学んでいるような年だろうに」
彼はそういって部屋の中を見回す。
「新所長、そこまででやめておきましょう」
時代が違えば、環境が違えば、けれど彼らはここにしかいない。
「大人たちは子を憂う」
けれど
「大人が思うより、子供たちは強い」
「ああ、もうずっと見てきたよ」
漂白の大地を駆け抜ける子どもたちを、彼は見た。
「それはあなたもですよ、ゴルドルフ・ムジーク」
彼はクッキーに似た小さな硬貨を彼の殻になった紙袋へと落とした。
「小さなお菓子、されどこの一つが誰かを笑顔にするのなら、それは主の奇跡と何ら違うことない」
「そんなものか」
「そんなものです」
甘い匂いと、次のクッキーが焼きあがるブザーの音が聞こえた。
トリックオアトリート