ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

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短いですが続きました


12粒分の夜

 あと少しで日付は変わる。

 

 

 昨日の騒ぎが嘘とでもいうように厨房には残ったような甘い残り香が未だに漂う。

 甘ったるいにおいを嫌ったのかそれとも別の理由なのか、いつもより心なしか少ない夕食も既に終わった。贈り物を送る彼女と、それに対する返礼をする英霊たち。その準備と贈答も既に全て終わった。年々増えていく英霊たち一人ひとりのために作る彼女のやつれた表情は既に無く、部屋に積み重なった品々の中で埋もれている時分。

 

 

 それは一人の英霊だった。

食堂に併設された小さなラウンジにその影はあった。他には誰もなく、ラウンジ中央に設置されていた小さな植木を眺めながら呆けるように、彼女は座る。

 

「また誰か用意してなかったやつがいたか」

 

彼女の後ろから現れたのはカンテラを持った所長の姿だった。いつもの指揮服ではないコックスーツ、それも朝からずっと着た押していたのか服は柔らかく、動きの皺が深く折りつけられ、同時に染みついたような甘いにおいが漂っている。それだけ今日という日が忙しかったということを表しているらしい。

 

「すいません、所長。ちょっと台所を借りていました」

 

彼は彼女の前、机の上に置かれたそれを見つける。手のひらほどの小さな箱、それは赤いチェックの包装紙にくるまれ、同じく真っ赤なリボンによって飾られていた。

 

「別にそれ自体はかまわんがそう呆けていいのかね。もう今日が終わってしまうぞ」

 

彼が腕時計を確認すればあと十分ほどで日付が変わる。今日というバレンタインデーが終わってしまう。彼は少し眉を顰めたようにしてうなった。

 

「確かにこの時期の厨房の忙しさやら予約やらは大変なものだが別に遠慮するようなものでもないのだが。作る時間と場所がないというのは問題だな」

 

深く考え込み始めた彼に、彼女は慌てて首を振った。

 

「違うんです。マスターへの贈り物は渡しましたし、これはマスターへというわけではないので」

「じゃあ、誰か他の英霊や職員へ、まさか私へか」

「子供サーヴァントからもらってたのみましたよ、それに職員一同からも。あと個人的にマスターからも貰ってたのにこれ以上はいやしんぼって言われちゃいますよ」

 

それを言われた彼は子供のように小さくうなだれる。

 

「確かにいまのは不誠実だった、失礼した」

 

きっちりと頭をさげる彼の生真面目な対応に彼女は笑う。

 

「まぁでも他の英霊へっていうのは当たらずとも遠からじですかね」

 

その言葉に彼は少し驚いたように彼女を見た。

 

「友チョコとかいうのかね。十二勇士ならばアストルフォか」

 

「あーちゃんには普通にもうあげました。上げないと面倒くさいから」

 

ああ、と納得したように彼は頷く。

 

「しかし」

 

と彼は少しだけ困ったように眉を顰めた。

 

「なんというかほとんどの職員が英霊という中で色恋沙汰に対しての考慮をすることになるとは思っていなかったのでな」

「というと」

 

彼女がそう突っ込むと彼は少し居心地が悪いように歯切れが悪くなる。

 

「なんというかだな、その、端的に言ってしまえば英霊が新たな色恋をするとは思っていなかったのだ」

 

彼は意を決したように、自分の非を告解するように口を開く。

 

「確かにに多くの英霊が愛によって生きていたのは知っているがそれが伝説の中でもモノと思っていてな。新たな恋というものに疎くなっていた」

 

失敗したように彼は苦い顔をする、それは考えていなかった自分を恥じているような対策を怠った事を憂いているような、面倒事を押し付けられ憤慨しているような表情。

 

「そんなに面倒なのですか」

「職場恋愛はそれはもう面倒だとも。特に課が同じであるとさらに面倒でな。周りに知られていないなら知られていないで微妙な事に一憂し、周りに知らせているならばそれはそれで周りも気を使ってな。さらに別れたとなればもう地獄絵図だ」

 

思い出したくもない、そんなように彼は身震いする。蛇に睨まれたカエルのように首を埋めている。

 

「確かに恋は全ての事へのエネルギーにもなりうるが同時に行き場を失った時の爆発力も桁違いだ。確か君のところのローランもそんなんだったじゃないか」

 

女に振られ、全裸で駆け巡った彼女の仲間を思い出すと彼の言葉は確かに間違いないらしく思えた。

 

「自由恋愛であるとは思うがプライベートだけにしてよ、というのが本音だ」

 

彼の愚痴にも似たそれはまさしく管理職の悲哀という相応しく、気苦労に疲れた姿ではあるが彼の愛嬌にどこか笑いがこみあげてくる。

 

「個人的には周りと私に迷惑をかけない範囲でやってもらえると助かる」

「違いますよ所長、ここにいる誰かにあげるものではないものです」

 

包装されたのは確かにチョコレートでそれは力の入った本命で、愛した人へと送られるそれは、しかして届けられることはない。

 

「ロジェロはここにいませんから」

 

 

 

十二時の鐘が鳴る。

恋人たちの日は終わり、また何でもない二月十五日が始まる。

 

 

「さて」

 

そういって彼女はその包みを剥がす。綺麗な赤い包みをわざと破るように。粗雑に、汚く。

 

「贈り物じゃなかったのかね」

「もうバレンタインは終わりましたから、これはもうバレンタインのチョコではなく、ただのチョコです」

 

黒い平箱を開ければ出てくるのは十二個の黒いチョコレート。

 

「恋人の日のうちに来ればあげましたけど、今年もまた来なかったのでこれは今年も私の物です」

 

彼女はそういってそれを一つ口の中へと放り込んだ。

 

「ついでに所長にも一個あげます」

 

彼女はそういって彼の口へと黒いチョコレートを一つ食べさせる。丸いミルクチョコレートのまろやかな甘さが広がる、そして溶けだし崩れたチョコレートの中から香るのはラム酒とレーズンの香り。

 

「洋酒入りチョコレートか」

「いいでしょう。前にマタハリさんに教えてもらったんです」

 

僅かなアルコールは酔いを呼ぶほどではなく、けれど少しだけ笑いを零させる。

 

「いつもは私が迎えに行ってるから、たまには迎えに来てくれないかな、なんて」

 

黒い二つ目を眺め、そして放り込む。

 

「恋人の日を邪魔するのも、何もしないのもそれはそれで嫌なので、恋人の日が終わって、新たな日の朝が明けるまでのこの夜だけは、ちょっとだけ好きなようにしても罰は当たりませんかね」

 

疑問形で返す彼女に彼は笑った。

 

「そうさな、まぁ。上司として部下の恋愛の愚痴くらいには付き合う度量はあるさ」

 

十二粒分の夜がそうして溶けて更けていった。




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