あとがきに乗せておきます
「あぁ」
漏れ出るような声が聞こえる。
後悔に濡れるように
慙愧にかられるように
「なんで」
彼女の声が届くことはない。
あたりに広がるのは諍いの叫び、争いの遠吠、そして絶えることない剣戟の輪舞
一つ槍が穿たれる
大地は割け、砕け、その姿は原始へと帰る
「なんでこんなことでみんな争わなきゃいけないの」
少女はそう問いかける。戦場の中を何も持たぬ非力な少女が走る。
二つ弦が放たれる
空は落ち、歪み、その姿は末路を辿る
「みんな今までだってやってきたじゃない。味方だった人を敵に回して、それでも敵とも手を取り合った」
その音にかき消えぬよう声をからし投げかける。
三つ轍が刻まれる
世界は果て、巡り、その姿は流転に至る
「世界は残骸で、人間は残酷で、神様は残響に過ぎなくても」
崩れた大地が彼女を飲み込もうとする。澄んでのところで韋駄天が彼女を救い上げる。
四つ英知が零れ落ちる
理は解け、流れ、その姿は落陽を象る
「それでも私たちは世界を救った」
空から眺めるその戦場は赤く、すでに何度地形が変化したかなど分からない。
五つ祈りが駆け巡る
願いは薄れ、忘れ、その姿は忘却を嘲る
「分かり合えなくても、今までやってきた」
彼女の声は届いているだろう。しかしそれでなお彼らは止まることはない。
六つ狂乱が囀る
言葉は枯れ、割れ、その姿は永劫を忘れる
「だから、そんな私たちが争うなんて、おかしいよ、間違ってるよ、こんな、こんなことで」
「マスター、もう無理だ、この争いは止まらない」
涙を堪えた少女に韋駄天は惜しむように言葉を重ねた。
「この断絶が埋まることはない。最後の一人になるまで終わらない」
「でもだってこんな事で」
七つ剣が振るわれる
そして
「半熟の醤油一択でしょカリバーっ」
「目玉焼きで壊滅させられてたまるか馬鹿野郎っ」
事の発端はその日の朝のことであった。
一日のサイクルが希薄なノウムカルデアにおいて食事の時間というのは比較的重視される物だった。あたりの出入りもなく外界へ外出も用意ではないカルデアにとって体内時計の調節のためにも職員たちは作業に優先して食事をとることを強く推奨されていた。
「まぁ福利厚生って事なんだろうけどね」
依って食事の時間帯というのは必然的に多くの職員たちが顔を合わせることになり軽いミーティングとも雑談ともいえないような会話が行われる。
しかし、今朝に限って少女は遅めの朝食をとっていた。
「昨日は随分時間もかかってたな、新しいマスター礼装の調整だったか」
声をかけて向いに座ってきたのは同じく遅めの食事を取ろうとしていた韋駄天の姿だった。
「そうそう、ワンオフ品だからね。魔術師じゃない私が使うような礼装だし、その分、調整が大変なんだって。ダヴィンチちゃんとムニエルが言ってた」
「ムニエルの野郎は朝に見かけたぜ。徹夜だったみたいだが一応形にはなった見たいで今頃部屋で寝てんじゃねぇか」
「ムニエルもいい加減礼装にフリルをつけようとするのはどうにかならないかなぁ。コスプレじゃないんだから」
「いつぞやメディアが大変なことになってたな。レース編みの礼装みたいなのこさえてたが結局あれはどうなった」
「使える訳ないじゃん、レース編みで野外調査なんてした日には私は木々の木れっぱしのついた毛玉になるよ」
「それはそれでおもしろそうだな」
「おもしろくないって」
「正直アジア系の顔は俺たちにとっては幼く見えるもんだからな。マスターならまだ学生でも行ける行ける」
「無理無理、外見は何とかなったとしても恥ずかしくてできないよ。ミニスカももうギリギリなんだからさ」
「そんな物かねぇ」
「女心は複雑なのよ、大英雄さん」
「来世になってもお手上げだよ」
大仰な韋駄天の姿に少女は少し笑いながらテーブルに常備されている調味料入れに右手を伸ばす。黄色のラベルがつけられたそれ、垂らそうとした先は黄色い目玉焼き。
そして気が付いたのはいつの間にか横に座っていた韋駄天と、彼に捕まれピクリとも動かない右手だった。
「おいおい、マスターともあろうものが間違えてるぜ。疲労が溜まるのは分かるがな」
ほらよ、と彼が差し出したのは卓上に置いてあった白い容器、彼女の手に合った黒い中身とは違い、薄く透明な黄色は水というよりは僅かばかりのとろみを有していた。
「え、間違えたっけ」
彼女は手の中にあるそれを見た、容器の中で揺れるそれは黒く、いつものにおい、そしてはげかけのテプラに印字されたその表記は間違えることのない醤油の二文字だった。
「どうしたんだ」
対して彼の手のに中にあるのはそう、オリーブ油。薫り高く僅かにさっぱりとしたその風味が僅かに漂って来た。
「いやいや、間違えてないよ。炒め物するんじゃないんだから」
「いやいや、英霊じゃあるまいし生きているマスターに間違っても腐ってるもの食べさせられるかよ」
「いやいやいや、大丈夫だって第一こっちのほうがうまいし」
「いやいやいや、絶対こっちのほうがいいって、ケイローン式だぜ」
「いやいやいやいや、こちとら天地開闢からの教えよ?、体は醤油でできているのよ」
「いやいやいやいや、今を生きるからこそ、この新鮮で芳醇な薫り高い油をこそマスターは取るべきだろうが」
「いやいやいやいやいや、大体油をそんなにかけるかっての年頃の女の子に油食べさせようとするんじゃないよ」
「いやいやいやいやいや、オリーブオイルの油は不飽和脂肪酸だからむしろダイエットにいいはずだからな、太ってるのはむしろマスターが日頃食いすぎてぇ」
その拳は音を置き去りにした。
最速の英霊を上回り、その先を紡がせることはなかった。
座っていたはずの少女の体は瞬きのうちに彼の右側へと回り込み、既に降りぬかれた拳は巨漢の韋駄天を殴り倒していた。転倒した偉丈夫は机へとぶつかり音を上げ倒れ伏す。十秒間、その巨体は動かず、そしてその後ゆっくりと立ち上がると再び自分の膳の前へと戻るとそのまま座った。少女もまた彼と同じように座る。一方はその手に醤油を、もう一方はオリーブ油を手にその目玉焼きへとかけるとそのまま飯を掻き込む。五分と経たず彼らの茶碗はきれいさっぱり空になり、そして
「「戦争の時間じゃァ」」
かくして火蓋は切って落とされたのだった。
「しかし、ここまで大ごとになるとは」
「醤油派の日本サーヴァントとオリーブオイル派のギリシャ系サーヴァントまでは想定通りだったんだが」
あたりを見渡せば円卓の騎士やインドの神性、アメリカ近代サーヴァントまで入り乱れた神話大戦の様相を呈していた。
「マーマイト、カレー、ケチャップ、塩コショウ、チリ、ナンプラー、世界は広いというか雑多というか」
あたりに漂うのは無数に入り乱れた調味料たちのにおい。鼻につくそれ、しかし一瞬のうちにそれは誰かの一撃の余波によって消し飛ばされる、ついでというように彼女たちがたっていた大地とともに。
「なんてしょうもないきっかけで戦争って始まってしまうのね」
「いつの世もそんな物さ。きっかけは些細なもの。しかしその憎悪は積み重なったもの、傷つき膿んだ目には目の前の者は見えない。何も見えないうちにまだだれかを傷つけている。戦争なんてそんなものだ」
「私たちにはもう止められないのね」
「もう燃え広がってしまった」
「かなしいね」
「ああ、かなしいな」
「何馬鹿なこと言っとるか。お前らが原因じゃないかっ」
「やべ、ばれた」
ウマに引き連れられた彼は大きく息を切らしながら少女たちの下へとたどり着くと、元凶である二人を一喝する。
「大の大人が目玉焼きの調味料で喧嘩してんじゃないまったくもうっ」
「返す言葉もございませんな」
「なんで偉そうなんだ貴様は」
「まぁまぁ、ここは俺の足に免じて」
「同罪だ馬鹿者」
大きなため息を着いた彼はつけた通信機にいつも通りに連絡を飛ばす。
「一瞬サーヴァントへの魔力供給をストップだ、ここまで暴れれば多少の気は晴れただろう」
「今回はそれなりに大騒ぎなのに案外落ち着いてますね」
「慣れた、英雄たちの大喧嘩なんぞ慣れたくもないがな」
「いいねぇ、本気じゃないとはいえ、英霊たちの諍いを止めたとありゃそのうちアンタも座に呼ばれかねねぇぜ」
「ずっとお前たちの尻ぬぐいなぞごめん被るわ」
「でも結局の根本原因ってかわってなくない」
「食卓にそれぞれ調味料を常備すれば済むだけのことだ。それにたまに各土地の郷土料理も出すようにしよう、文化交流だ。好き嫌いはどうにもならんがそういうのもあるのだと知れば多少はマシになるだろうさ」
「それが今回の落としどころか」
「物語の主人公ならば彼らを中心に回ればいいが、残念ながらここは地球なのでな、地軸は一本で回っているのだ。別の暮らしと趣味と趣向があり回っている事を体感してもらわなければならん。少なくともこのカルデアにいるうちはどんな英霊も職員にすぎん、役割は守ってもらうさ」
僅かに震えたような声色とは裏腹の言葉。韋駄天は少し感心したように弾んでいた。
「落としどころのタイミングと見極めが上手い軍師は重宝されるぜ。発端にばかりこだわると直ぐに足元をすくわれる。それが勝者側でも敗者側でもな」
苦い顔をした彼は彼を薄くにらみながら不愉快そうに鼻を鳴らした。
「こんなにもしょうもない争いなら勝手に落っこちてしまえ」
「こりゃまた失敬」
いつの間にか鳴りやんだ剣戟の音を背に彼は帰っていく。
「まったく、調味料などなんでも美味いだろうに、固焼きのサニーサイドアップならばな」
「「あ」」
「あ」
「だから目玉焼きには半熟醤油だって言ってるでしょカリバーっ」
そして戦争の歴史は巡っていくのであった。
ソースもおいしい
稚作を果たしてまだ読んでいる人がいるかはわかりませんがアンケートをつけてみました
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