ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

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続いてしまいました


カレー戦線異状なし

初め、神は鍋と包丁を創造された。

 

鍋の中に形は無く、漠然と空虚なる寸胴が磨き上げられ輝いていた。

それから神は言われた

「食べ物あるように」

するとトレイの中には野菜が生じた。神はそれをよしとせず、香りの強きものと味の強きものとの区分を設けられた。神は前者を香辛料と呼ぶことにし、後者を野菜と呼ぶことにした。

一日目である。

 

 次いで神は言われた。

「圧力鍋の中に水が生じ、水と水の間に区分が出来る様に」

そうして神は空を作り大空を下り鍋の中に溜まる水と大空へと登って行く蒸気を作った。二日目である。

次いで神は言われた。

「香辛料は選び抜かれより合わせたものを砕き一つの場所へと混ぜられ乾いたものが現れる様に」

するとそうなった。そして神はそれをスパイスと呼び、水に溶かされたものをルーと呼んだ。

 次いで神は言われた。

「ジャガイモの芽には毒があり食べると腹を下してしまうので皮は厚めに剥く、ニンジンなど根菜類はちゃんと柔らかく煮えているか確認すること。火の通り具合が均一になるように大きさはなるべくそろえる、しかし、時々少し大きいジャガイモが入っているとくじに当たった時のような気分になり良い。玉ねぎは切っていると硫化アリルが気化して涙が出るので切る前まで冷蔵庫で冷やしておくとよい。ジャガイモ、ニンジンは乱切り、玉ねぎはくし切りにすること」

するとそうなった。

三日目である。

 

 次いで神は言われた。

「最初に切った玉ねぎを二つに区分するように。それの片方はきつね色になるまで炒めることでル―に溶け、もう半分はルーの中にあって固体となり食感にバラエティをもたらすことになる」

するとそうなった。

そして神は木べらで焦げぬよう鍋の底で根気よく炒め、そこへ切った野菜たちを入れた。

四日目である。

 

次いで神は言われた。

「いれる肉は多くの種類があり個人の見解にもよる。宗教上使えない食べ物も存在するためにいささか気を付けなければならないものもある。しかしベーコンやウインナー、ハムなどを入れる場合は注意せよ。ルーの風味と燻製の香りが戦う事があるためにあまり芳しくはない。あれはあれでおいしいがもう少し味の調整が必要となる。案外白身魚のフライとかを乗せてもうまかったりする」

すると羽を持った生き物と鱗を持った生き物が生まれた。そして神はそれらを祝福し言われた。

「多くの種へと増え、海と陸を満たせ。そうすればさらに入れる肉の選択肢も広がるであろう」

五日目である。

 

 次いで神は言われた。

「ジビエなども人気ではあるが入手手段は困難であり一般家庭向きではない。それでも十分牛や豚でも十分おいしい。牛筋などは煮込むほどに柔らかくなるので相性は良い。王道である豚バラは脂身も多少多くともそれを感じさせないので優先度は高い。とりささみなどあっさりとした肉はルーの風味に負けてしまうこともあるので煮込むよりも焼き目を付けた後に添えるなどしてもおいしく頂ける」

すると大地には牛や豚、鶏といった家畜が溢れ、数々の鍋に、それぞれの肉が入れられ、肉に微かに焼き色が付けられるまで炒められた。

次いで神は言われた。

「私に似た姿を持つ人を作りともに食卓を囲ませよう」

こうして神は自分と同じ像を作り男と女を作った。そして神は彼らを祝福し言われた。

「生み増え地を満たせ。共に食事を囲むのは家族が多い方が良い」

次いで神は言われた。

「さぁ、私はすべての大地と海に揺蕩う子を為すすべての野菜と魚と家畜を与えた。それらがあなたの食材となるように。」

するとそうなった。

 その後に神は鍋にすべての食材が水に浸かる分量の三割増し程の水を入れ煮込み始めた。お玉の裏で灰汁を取りながらニンジンが軟らかくなるほどまで煮ると弱火にしてルーを注ぎ込み、とろみが出たら火を止め、味を確かめた。それは非常に良かった。

六日目である。

 こうして世界は完成した。そして七日目までに行われたすべての調理を終えられ神は七日目を祝福され、完成したそれを食べた。

 これは、天と地とカレーが創造された日における歴史である。

 

 

 

「というわけでカレーを作ります」

「何がというわけだ。馬鹿者」

 

ノウムカルデアの厨房、時刻は午後四時、夕食の準備にしては些か早すぎる時刻だった。明るい厨房の中には白く真新しいコックスーツと異様に長いコック帽子から綺麗な赤毛の覘く少女と太った新所長の姿があった。

 

「大体いきなり現れてカレーを作るとは何事だ。それにさっきの似非旧約聖書はなんだ。バチカンになんて言われても知らないぞ」

「魔術師ってだけで教会には喧嘩を売っているようなものなのに所長ってば意外と小心者」

「誰が小心者かっ、獅子心王ならぬ不死鳥心のゴルドルフと言われた私だぞう。火にくべられたとて灰から再び生まれ変わるのだ」

「一度木っ端みじんにはなるんですね」

「話をすり替えるなっ、だから何なのよ。その魔本は」

 

少女の小脇に抱えられていたのは一冊のハードカバーの本だった。小麦色の皮の装丁がされ、その滑らかさからはそれがいかにも高級であることが見て取れた。厚さは辞書程もありページ一枚も幾分薄く、少し剥げつつあり他の文字は読めないもののCの文字が金色で印字されていた。数千ページはあろうかというほどの代物だった。

 

「それになんかただならぬ魔力も生み出してるし、何それ、なんでアーティファクトなんて持ってるんだっ。悪魔の書かっ」

「失礼なっ。これは私が信仰するカレー教の聖典の写本を師である伝道師マルシェより賜ったものです。キリスト教で言うなら聖書、イスラム教で言うならコーランです」

「無駄に敵を作りそうな宗教を作るんじゃないっ。第一節から聖書のパロディってもはや薄い本以下じゃないの」

「そんじょそこらのソリッドブックと一緒にしないでください。ちゃんと世界の成り立ちから歴史、この世の滅亡、予言、スパイス研究、カレーに合うおコメの品種の調査、全国にある名店のカレーのレビューとその特徴や店長へのインタビュー、自作カレーのレシピなどなどこの世のありとあらゆることが記されているのですから。しかも金銭的な利潤ではなくあくまで真の信仰の布教のために本の製作費以外は受け取らない頒布という形を取っているのです」

「むしろより同人誌感が強まったんだけど、それに今日のレシピはもうサバの味噌煮に」

「カレーシフトセッートっ」

 

ゴルドルフの言葉を遮るように広がったその声に反応するようにキッチンスタッフが動いて行く。一瞬で厨房の中には山となったニンジンとジャガイモ、玉ねぎと各種肉、コンソメなどが山となり、取り出されていく。

 

「何この統率された動き」

「それでは第百四十二次大カレー作戦開始を宣言するっ。者ども、かかれぇいっ」

 

その声と共に響き始めたのはだだだと銃声のような轟音だった。リズムを刻むように聞こえるその音色。よく見ればそれが無数に切られていく野菜たちだというのが分かる。一瞬にして玉ねぎは細くくし切りにされ、ニンジンとジャガイモも乱切りにされていく。

 

「カルデアはあまり外界との接触も余りありませんでしたし、日付の感覚も薄くなりがちなんです。だからいつも毎週日曜日はカレーの日なのです」

「なるほど、確かにちゃんと今を生きるというのは大切なことだからな」

「それに経典にも日曜日はカレーを食べると書いてありますし」

「台無しだぞ」

 

流されるようにため息をついたゴルドルフも又野菜を切り始めようとするがその手はすぐに止められた。

 

「下準備はわれらに任せて、所長はマスターの補佐に回るとよいだろう」

「補佐だと」

 

苦笑いをした赤い英霊の視線に従うといつの間にか厨房の端、廊下へと続く扉の前に立ちながら手招きをしていた。

 

「あれで案外子供っぽいところもあるのでね。我らがマスターは」

「まったく、面倒な奴め」

 

ため息をつきながら少女に誘われ厨房を出て行った。

 

 

 

「これは」

「ふふふ、内緒ですぜダンナ。何しろこれほどの上物だ。末端価格百は下らない代物ですぜ」

「なぜわざわざ危ない言い方するのだ。確かに黄金より値の付いた時代があった分なんとも言い難いが」

「雰囲気ってやつですぜ、旦那。それにようやくここまでこぎつけたんだから」

 

厨房から出て数分、たどり着いたのはノウムカルデアの端に併設された異様に明るい部屋。そう言って少女が見つめるのは緑に茂った小さな植物たち。そこはノウムカルデアに設けられた試験農場だった。彷徨海にいるものは半ば人外へと片足を突っ込んだような者たちではあるもののやはり食事をとらなければならない者たちも少数ながら存在する。そんな者たちのために細々と活用されていた農場であった。

しかし、カルデア一行が到着したことでより一般食料の必要性が生じ、特にゴルドルフによって持ち込まれた多くの野菜の種などが植えられ、カルデアの食料のレパートリーを豊富にしている生命線でもある。現在も拡大しつつある試験農場の端、少女が畑から続く倉庫から取り出してきたのはいくつかの小さな缶。既に開けられていたその中に入れられていたのはいくつかの香辛料だった。

 

「赤トウガラシとパクチーは元から上手くいってたんだけど、ようやくウコンとクミンが上手く育ったからようやく中止されていたカレー祭が開催できるというわけさ」

 

ただでさえ食料のバラエティの少ないノウムカルデアでは食材は少なく、香辛料や調味料といったものはそれだけで種類も量も無い。

しかし、種があれば育てることは出来る。

 

「聖典の付録、『ゼロからできるスパイス調合』のスパイスの種が使えるなんて思いもしませんでした。急速成長用の魔術も記されてましたし」

「ほんとに何なの、あの魔導書、時空間魔術とか魔法の領域なのよっ」

「すべてはカレー神、ラヤーンの思し召しでございます」

「絶対その神、邪神だと思うぞ」

「ま、とりあえず前みたいにカレー祭が出来るわけだしそれで十分だよ」

 

 

そう言う彼女の表情は確かに笑っていた。年相応の少女のように明るく、快活に、柔らかく。

異郷の土地で物を育てるということがどれだけ実らぬことかは彼自身が一番知っている。どれほどの失敗を経たのか、

どれほどの失望を得たのか

それを彼女が言葉にすることは無く、誰にも伝えることは無い。

隠す様に後ろに回した手、爪の間に入り込んだ取れることの無い土が残っている。

何も言わぬ少女

そしてそれでもなお少女が育てたもの。

多くを失い、戻らないことを知った少女が求めたいつもの食事。

それは値千金になど代えることのできない魔法に等しい。

だから

 

「どれ、今の配合を見せてみろ、足りないものをいくつか私の私物の代用品で賄うとしよう。ケチャップとインスタントコーヒーで些かごまかせるだろう」

「まじで、いいの」

「まだ正確な分量も決められていないのだろう。スパイスも色々と足りていないからな、今回は特別だ」

「なんか太っ腹だね」

「その邪神の経典には皆で楽しく食べるのだとお前が言っていたのだろう。ならばお前が笑っていなければ始まらんだろうが」

 

少女はその言葉に少しだけ呆気にとられる。

そして少女は少しほおを赤く染めた男へと笑いかけた。

 

「ありがとさん、所長」

「敬語を使いたまえ、敬語を」

 

 

程なく懐かしいカレーの匂いがカルデアを包んでいった。

 




最近これまでにない程のお気に入りをいただいておりとてもうれしく思っております。
楽しんでいただけたら幸いでございます

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報告ありがとうございました
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