ゴッフ料理長の厨房   作:廓然大公

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どうしてか続きました


ラーメン二万海里

 ぐらぐらと湯の沸き立つ音がする。

 子供、いいや大人が一人入れるほどの大きな寸胴の足元を青く大きな炎があぶっている。換気用の大きな扇風機が耳障りなほどの騒音を奏で、勢いよく噴き出るガスと燃え盛る炎の焦げる音がさらにその音を重ねてくる。真っ白に照らされた厨房の中を占める三つの大きな寸胴。ぼこぼこと泡立ちながら煮えたぎるその熱湯からは目に見えない水蒸気がその光を歪め、先の景色を縦横無尽にたわませる。鍋を離れた水蒸気たちはすぐに湯気となり厨房の中へと薄い雲を作る。蛍光灯の白い光を受けもうもうと換気扇へと流れていくその下には一人の男が立っている。黒いTシャツに前掛け、タオルをねじりその金色の頭に結び付けた小太りの男。

 

 彼は求めに応じて振りざるへとまとめられたそれを放り込むと鍋一杯にゆだっているその地獄へと放り込む。ざるの中、微かに黄色いその麺は一気にほどけ踊っていく。一気にそして花の啓くように色づいていく麺。時間はきっかり一分十二秒。鍋のふちにかけられている二十いくつのざるを時計を見ることなく確実に揚げていく。機械のように精密に、そして素早く、そして丁寧に。

 

 ときは来た。無造作に、しかし流れるように振りざるをあげるとそのまま軽く、小さく、手首を振る。いいや違う、腰から、肩から、肘から、そして手首からざるへとその小さくも確かな揺れは伝わり、目に見えることはなく一瞬の隙にざるは振られ同時に麺に残っていた最後のお湯が切られる。

乾燥の時間は短く

振りの衝撃は小さく

そして麺の触感と味を壊さぬように求められた最適解。

ゆっくりとざるからどんぶりへと移されたほどけるような黄金は湯気を纏いながら移され。そして琥珀色に輝くスープを浴びる。ここで作られた醤油と昆布と、そしてあれからとったどこにもないしょうゆベースのスープ。門外不出の研鑽を積まれたそのネクタルが食欲をそそる。二度三度、麺となじませるように絡ませる。和わらかな小麦と醤油そして出汁の匂いを纏っていく。

彼らを彩るのは青ネギとメンマ、そして黒光りするほどの味を吸った煮卵のみ。シンプルで、しかし同時に逃げることのできない味。

出来上がった赤いどんぶりがテーブルの前にどん、と置かれた。

息を吸い、その香りを体いっぱいに吸い込む。

そして割りばしへと手を伸ばす。ぱきり、という破砕音とともに少しのヒノキの香り。

手を合わせる。

小さくつぶやいた言葉を共にスープとと絡み合い亜麻色に輝く麺を勢いよくすすった。

そして

 

「店長、すっぱいぞっ」

「店長じゃないっ、所長だっ」

 

小太りの店長、いいや所長、ゴルドルフ・ムジークは厨房の中、大汗をかきながら、またしても笊を振っていた。

 

 

 

 

 

 

「ラーメンが食べたい」

「何を阿呆なことを言っているのだ」

 

第四のインド異聞帯から帰還し数日。無数の検疫検査と報告書の山を片付け、目には疲弊したようなくまを残しながら少女がつぶやいたのはそんな言葉だった。

 

「いいじゃん、もう一年近く食べてないんだから」

 

「ラーメン、ですか。中国の刀削麺にその源流を発するというめん類ですね。スープとその麺の性質にもいくつもの種類があり、その味は多岐にわたるともいわれてますね。前のカルデアにはありましたけどそういえばノウムカルデアにはありませんね」

梅干しのおにぎりをじんまりと睨みつけながら眉を顰める少女に後輩は軽く説明するように言った。

 

「なんでラーメンはないんですか」

 

汎人類史とは異なった歴史をたどった異聞帯。その中で育ったウイルスや菌、風土病など予防できる以上の病理の危険性が残っている。人類の最後の砦となったこのノウムカルデア、異聞帯から帰還した面々には一定期間の検疫隔離処置が施される。その隔離からようやく解放された朝、マスター、デミサーヴァントの少女、そして所長が少し遅めの朝食をとっていた。

 

「手間がかかる、そのひとことに尽きる。料理には正解などないがラーメンは魔境だ。スープも塩、海鮮塩、カニ塩、鶏がら塩、豚骨、豚足、大蒜豚骨、醤油豚骨、鶏がら醤油、カツオ醤油、魚醤、麺も細めん、太麺、縮れ麺、卵麺、かた、ばりかた、はりがね、無数の選択肢から一つだけ作ればそれこそ戦争が起きるからな。割に合わん」

 

「確かにルルハワでもラーメン町ができてましたからそれ全部を網羅することは現実的に不可能ですしね」

 

様々なリゾートが混在していたあのルルハワアイランドの一角に存在したラーメン町、町一つがすべてラーメン店であり古今東西全てのラーメンがそろっているともいわれていた。ノウムカルデアの物資では到底再現することはかなわない。

 

「醤油ラーメンだけでもなんとかならない、醤油なら所長とエミヤとキャットが作ってるのがあるじゃん」

「醤油だけでラーメンが作れると思ってるのなら全国のらーめんやに殴られるぞ。ほかにもいろいろと足らんものがあるのだ」

 

平に頭を下げる彼女に彼は依然として首を振る。

 

「私とて作ろうと思えばやっている。しかし、もとより備蓄が少ないのだ」

「確かに、そういわれてみれば和食系の食事は少ないような気がしますね」

 

食堂に掲げられたメニュー表にはラーメンだけでなく、うどんの文字も失くなっている。

 

「武蔵ちゃんがいれば真っ先に気が付くとは思うんだけど。でもうどんはどうしてないの。ラーメンほど種類が多いわけじゃないのに」

「出汁が足らんのだ」

「だしって出汁のこと」

「特に鰹節、顎だし、煮干しだしといった海鮮系の出汁の備蓄がもうなくなってしまったのだ」

 

小さく頷く所長の額には苦悶のような深いしわが刻まれている。忸怩たる重いがにじみ出ているのだろうかため息に似た感情が混じっているようにも聞こえる。ノウムカルデア初期にはうどんもあった。しかし、どうやら帰還したサーヴァントの量は予想より多く、備蓄はあっという間に減ってしまったらしい。

 

「どこぞの騎士王も騎士王だがそれにつられて調子に乗る者も調子の乗る者だ。まったく」

 

食堂の端、そして厨房の奥、耳ざとくその言葉を聞いたらしい青い少女と赤い青年がちらりと視線をそらした。

 

「でも農場もうまくいってる感じだし、養殖とかできないの」

「植物の種のようにうまくいくわけではないからな。いかに生け簀を作ったとしても元となる稚魚がいなければどうしようもない」

 

漂白化された地球に海はなく白い大地が広がっているだけ。稚魚を採取しようにもその元となる稚魚すらも漂白され姿形はのこってはいない。肉類はこれまでの異聞帯からも採取することはできた。行く手を阻むワイバーンや聖獣を片付け、そしてその一部を格納庫に保存し持ち帰ってきている。しかし、魚となればそうもいかない。目には見えないほどの微細な稚魚を捕まえることも、魚をとらえることも何が起きるかわからない異聞帯では漁業にいそしむほどの労力を割くことは現時点でもできていないのが現状だった。

 

「それに植物のように成長の促進だって簡単には行えない。漁でもしてとってくるのが一番簡単ではあるが神代の海をかけるにはそれ相応の船がなければやってられない。そしてそんな漁船をわざわざ作っている余裕は今のカルデアにはない」

 

地球のテクスチャへと張り付いた特異点とも呼べるこの彷徨海、確かに絶海の孤島ではあるもののそれは同時に神代の脅威をはらんだ海でもある。

 

「故に今は肉料理で我慢、あれ」

 

ふと、電気が消えた。

一瞬真っ暗になる食堂、そしてまた一瞬にして目の端に光をとらえた。

 

「私がその程度の事情でラーメンをあきらめるとお思いかね」

「何をやっとるんだ」

 

真っ暗な食堂の中ピンスポットが当たっているのは先ほど目の前にいたはずの藤丸、どこからか取り出したビールケースのえうに仁王立ちしていた。振り向けばマシュが生真面目そうにピンスポットを彼女へとあててた。

 

「確かに現状でも必要最低限の食事は賄えるでしょう。それなりにおいしい、それなりに満足、それなりに幸福。しかぁし、私たちは禁断の果実へと手を伸ばしたアダムの末裔。知恵を手にした霊長類、つまりっ」

 

どこかを力強く指差しにやりを笑った。

 

「持てるすべてをかけて欲望を満たす。さてかもぉん、ニューカマーっ」

「すごく出ていきたくないんだけど、でなくてもいいかな」

「先輩も乗ってますし、少しだけ付き合ってくれませんか」

「仕方ない、同じ神を持つ兄弟の頼みか」

「裏話が聞こえているのだが」

 

その言葉を消すように新たにスポットライトの元には白い少年の姿があった。

 

「紹介しよう、彼こそが七つの海を知り尽くしたキャプテン・ネモ」

 

人類史に名を遺す船長ので英霊、そして彼が操るのは全ての海を渡ることのできる最高の潜水艦、ノーチラス。

 

「つまり何が言いたいのかね」

 

彼女はしたり顔でいった。

 

「カルデア海洋部漁業資源確保作戦、プロジェクトノーチラス発動っ」

 

男は深くため息をついた。

 

 

 

 

 

『あーあー、こちらカルデア、試験潜航艇アンモナイト聞こえますかー、定時報告どうぞー』

「こちらアンモナイト、感度良好、オールブルーこれより待機時間へと入る、どうぞー」

『りょうかい、それじゃあ神代の海をゆっくり楽しんでねぇ』

 

切れた通信に深い溜息をつきながら、所長は前面に広がるくらい海を眺め始めた。何もない黒い海はそれが神代であるか、現代であるのか判別がつくことはない。未開の深海、宇宙と同程度に未知の溢れる地ともいわれる深海ならばそれは現代であっても神代の名残を残している、そんな風に思えた。

 

「インドでの励起はうまくいったようだね」

 

横から声をかけてきたのは白い少年の英霊、シオンによって呼び出された英霊、キャプテン・ネモだった。

 

「本来ならばこんな軽装の船で深海に潜ろうとすればこの半分でも耐えきれないだろうに」

「伊達に英霊やってないからね」

 

葉巻型の小さな潜水艦のなかに五畳ほどの空間と前面には大きな強化ガラスが張られている。そして潜水艦の中央に飾られている白い衝角がこの船をノーチラス号にとどめていた。

 

「ボーダーをこの前みたいに使ってもいいんだけど、それはあまりにもリスキーすぎるからね、試験運行程度にはちょうどいい」

 

小さなノーチラス号、試験船アンモナイトの中にはキャプテン、マスター、そして所長の三人の姿があった。インド異聞帯で本来の力を励起させたキャプテン、今回の作戦はその効果のほどの調査、そしてマスターではない藤丸とキャプテンとのパスのリンクがつながるかを調査する実験との合同作戦であった。

 

「それならば私が乗るのはリスクが高いとは言えないのかね」

「所長はいてもいなくても別にどうでも、ちがった、所長のたぐいまれなる操縦技術は操舵手としても十二分に有用だからね」

「いまいてもいなくてもいい暇人といわなかったかね、どうだねっ」

「冗談だよ、それに船長だけじゃ船は回らない、所長はどうせボーダーから出ないんだからこういう内部の作業をやることになるだろうし、手慣れておいてもらえると僕も助かる」

 

所長の知るドラッグカーの内装ともボーダーとも違うその操縦席は確かに少しばかりマスターするには時間がかかりそうでもある。深海に潜ってからすでに三時間、既に流し網も仕掛け終わった。もう少しすればその網を引き揚げることとなる。小さなマニュピレーターの操作にも少しだけ慣れ、そして残るのはあと一つではあるが。

 

「まったくいい気なものだ」

「あそこまで船に弱いとは僕も思ってなかったよ」

「ちぃがぁう、まだなれてないだけ、まだなれてないだけぇ、うっ」

 

消え入るように聞こえる彼女の声、明らかに青い顔をした彼女はエチケット袋を片手にこの世の終わりをつぶやいていた。

 

「これじゃあ、ほんとにダメなんじゃないのか」

「まぁ船乗りも吐いて乗って吐いて、慣れるしかないから。とりあえず次からはエチケット袋は多めに用意しておくことにするよ」

「さめがぁ、さえがぁくるぅ」

 

うわごとのように繰り返す少女に憂いを込めた視線を配る。

 

「それにしても神代の魚を食べるというのはいささか命知らずでもあるのだが」

「カルデアはウルクに行ったんだろう、なら似たようなものじゃないか」

「しかし彷徨海だからな。神代とはいえどんな魚が取れるものやら」

「時計塔の連中が効いたらおおわらわになるだろうね」

「違いない」

 

その言葉とともに聞こえたのは網の巻き上げを知らせるタイマーの音、そして船外から響くのは網を巻き上げるモーターの駆動音だった。

 

「一つ聞いてもいいかな」

「なんだね」

「彷徨海の海っていうのは神代の海ってことだよね」

「まぁそうだな」

「ってことはその昔の生物がいるわけだ」

「そうだな」

「海にいるのは魚だけじゃないよね」

 

振り向くとキャプテンの視線の先、三次元ソナーには波の音波を遮るような大きな黒い点の数々が近づいてきていた。

 

「例えばサメの祖先のメガロドンとか、鯨の祖先のバシロサウルスとかあとは」

 

そして、目の前には無数の触手がうごめいていた。

 

「伝説に語られるようなクラーケンとか」

「全速反転っ、全速後退っ、早く逃げるんだよぉ」

「ひゃっはぁー、冒険っていうのはこういうのじゃなくっちゃあなぁ」

「なにこの子、一気にテンション上げてるんじゃないよっ」

「揺らさないでぇ、ゆらさないでぇ、うっ」

 

小さな悲鳴は海の底へと消え、白い小さな一角が星のように逃れていった。

 

 

その日から変わったことは二つ

一つ目は訓練メニューにアンモナイトを操り怪物たちから逃げる水中操作研修が増えたこと

二つ目は食堂に新たなメニューが増えたこと、その名前はアンモナイトらーめん

 

 

「やはり冒険の後のラーメンは格別だね、特にこのイカ天がいい」

「所長、まだ口の中すっぱいんだけど」

「うがいしてこい馬鹿者」




所長のラーメン屋のおやじ感

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