遭難した少女のお話。

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新元号・アザラシ祭りの作品です。


笑う海豹

その少女は先程まで山登りをしていた。

今現在は一時間ほど前に山道から外れてしまったため、辺りに草木が生い茂り陽の光が届かぬ山の中を1人さ迷っているのだ。

無論携帯の電波マークは圏外表示。

大声を出しても虚しく消えていくだけである。

念の為と持ってきていた方位磁針も富士の樹海のように意味を成さずただくるくると回転している。

少女の体は転んだり、木の枝などにより切り傷、擦り傷、大小様々な傷がついている。一番の重症は脚にある切り傷、誰が見ても少女の歩みを邪魔している。

身体から血を流しながらも道を探しているのは強固な精神故か、傷を負いすぎ神経が麻痺したのか、はたまた他の理由か。

少女は肉体的にも精神的にも限界な身体で道を、人を探しながら歩く。

 

それから何時間経った事か。

高くそびえる岩肌と共に天然と思われる小さい洞穴を見つけた。

少女は誘われる様に洞穴に歩み寄り、入っていく。

洞穴で座り込みながら外を除くと日が傾き人の闊歩する時間が終わるとばかりにただでさえ暗い森の中が更に闇へと塗り変わっていく所だった。

 

「はぁ……」

 

まるで未来の自分に対して呆れるかのようなため息をつく。

落ち着いたからか、ここがどこなのかもわからないそんな不安が突然押し寄せる。

もう一度少女は外を見る。

外は完全に闇に染まり、人の時間は終わっていた。

その闇が少女の不安を増幅する。

 

少し、時間が過ぎる。

ふと、何かを思ったのか洞穴の奥へと進んでいく。

持っていた懐中電灯をつけながらゆっくりとゆっくりと進む。

相当深い洞穴だったようで進めど進めど終点にはつかない、広さも一定で天然の洞穴かも怪しくなってくる。

少女が何気なく洞穴の壁を懐中電灯で照らすと何処の文字かもわからない、文字でもないのかもしれない文様のような物が壁に絵が描れていた。

見るだけで不気味さ覚える。

どこも冒涜的では無いはずなのにどこか冒涜的に見えてくる文様。

見るだけで正気が削られる様な文様から目を逸らしながら遭難した不安のせいだと削れる精神を落ち着かせ、また歩み始める。

 

相当進んだ、筈であった。

携帯を見た時の時計でも数時間過ぎていたが、未だ終点は見えない。

定期的に先程の文様のような物を見つけるが少し形が違うので空間が歪むなどで同じ所を通っている訳では無いようだ。

少女は空間が歪みループするなどという非現実的な発想に行き着く頭を振り進む。

 

そこは突如として現れた。

まるで部屋の様な空間で中央に机がありその横に本棚がある。

何よりも重要なのは人骨が転がっていた事だ。

少女が人骨を見て取り乱さなかったのは今まで偶に見てきた冒涜的なあの文様で少女の精神が狂気に傾き始めているからであろうか。

冷静と言えるのかはもう誰もわからない精神で物色を始める。

まず目にとめたのは机の上、血で円を中心に図形が組まれ描かれるそれは魔法陣などとそう名付けられる物のようであった。

今度は本棚を見る。

本棚には分厚い本が一冊納められていた。

手に取る。

この本からも冒涜的なナニカを感じ、直ぐに戻す。

体が、魂がこの場は不味いと叫ぶ。

しかし好奇心に負け、もう一度その本を手に取る。

題名は「seal fesutexibaru」

あざらし祭り。

ここまできてこの題名はなんだとばかりに少し少女の顔に笑みが浮かぶ。

そして冒涜的な気配にも慣れたのか、その本を読み始める。

自分の顔が歪んだ笑顔のままだと知らずに・・・。

 

さらに数時間経つ。

読み終えた少女は机の上にある魔法陣に目を向ける。

見た時は意味がわからなかったが今はその陣の意味を理解出来る。

海の豹、と書いて海豹。

人が知るあざらしとは違い本に書かれていた海豹は一言で表すと魑魅魍魎。

要するに化け物であった。

それと共に昔一国をおさめていた神でもあったようだ。

それを呼び起こす儀式。

その為の陣の様であった。

海豹を従えることが出来ればこの世を支配する事も出来る、そのように思える事が書き記される本を読みここにある骨の持ち主は呼び出そうとしていたようだ。

なぜ呼び出さずに死んだのかは寿命か病か、それは関係ない、こんなものをこの世に残すことは出来ないと少女は陣を消す。

少女の心境はこんな場所からすぐにでも逃げ出してしまいたい、そういう思いであった。

そこで、外は明るくなったかな?

などまともな思考を数時間ぶりにして洞穴の出口へと歩き出す。

 

外は明るくなっていた。

少女はこれからを考える。

この後、無闇矢鱈にさまよっていているのか、それともこんな所に残るかと。

数分まよった結果、洞穴から出ることにした。

荷物と言ったところで背にリュックサックを背負っているだけなのですぐに出る。

 

しばらく歩いていると何が見えた気がした。

恐らく気の所為だと己に言い聞かせ進むと背後になにかがいる気がした。

あんな本を読んだ後だ、どんな魑魅魍魎がいるものかと振り向くと数匹の狼であった。

どちらにせよ逃げなければならない。

少女は走り出す。

走る、走る、走る。

草に隠れ見えなかった石に何度も躓きそうになりながら走る。

木で肌が傷つく事も気にせず森の中を駆けた。

 

どれくらい経ったのか。

未だ少女は狼に追われ続けている。

少女の身体はもとより限界を迎えている。

このまま逃げ続けた所で追いつかれ、食われるのは疲れた少女が1番わかっていた。

いっその事、持ってきたナイフで首を掻っ切った方が楽では?などと考えてしまうのも仕方がない程だ。

走りながらポケットに入れていたナイフを取り出す。

ナイフと言っても十徳ナイフという奴だ、抜き身のままポケットに入っていた訳では無い。

十得ナイフのナイフを出す。

後は頸動脈を着るなりすれば楽になれる、それだけだ。

少女も生き物だ。

死への恐怖はある、というよりあるから狼から逃げているのだ。

しかし、今少女に与えられている選択は「楽に死ぬ」か「助かる可能性にかけて苦しく死ぬ」のどちらかだ。

悩む暇などほぼ与えられてなどない。

次の瞬間には後ろの狼に飛びつかれ食われているかもしれないからだ。

逃げながらも迷う、走る、迷う、駆ける・・・転ぶ。

 

「ひゃっ!」

 

今まで何度も躓きかけていたのを必死に耐えていたが今度は迷いながらだ、咄嗟に反応などできるわけがない。

結果、少女は石に躓き転んだ。

しかも最悪の形で。

転んだ先は崖頭から落下していく。

落下しながらも少女は足掻く。

空を掻く。

 

奇跡的に体勢が変わったおかげか頭は打たずに済んだ。

しかし、身体は動かない。

力を込めても一寸たりとも動くことは無い。

息も苦しい。

 

「げほっがは・・・うっ」

 

出てきた咳からも血が出てくる。

少女の命は風前の灯火。

少女が自分が落ちた崖を見るとだいぶ高いのがわかる。

狼は追っては来ないだろう。

追ってきたところで狼がここに来る前には自分はもう物言わぬ死体となっているのだ。

そう考えながら霞んできた視界でもう一度崖を見る。

死にかけで吹っ切れたのかよくこんな高さから落ちて即死しなかったななどと苦笑する。

少女の意識が掠れていく。

その中、辛うじてまだ見える視界に何者かが映る。

狼が追ってきたのか、死ぬ前に食われるのは痛そうだしやだ。

そう考えてながらもソレをよく見る。

狼では内容だ。

人でもない。

どちらかと言うと昔、水族館で見たアザラシのような・・・。

 

「っ!」

 

そこまで至った思考が少女の掠れゆく意識を無理やり戻す。

もう一度ソレを見るとソレは海豹だった。

その時、少女は気づいてしまった。

あの人骨の持ち主は寿命で死んだわけでも病に倒れた訳でもなかった、と。

少女は見落としていた。

あの人骨の破損が多すぎる事を。

おそらく、あの人骨の持ち主は海豹を呼び出すに至ったのだ。

だが、扱いきれずに海豹に食われて死んだのだ。

気づいてしまったがもう遅い。

少女が気づいた時にはもう海豹は少女の右腕を食らっていた。

いつの間に食らったのかは理解が及ばなかったが少女は自分が落下したあとに何も出来ず死ぬ訳でも追いついてきた狼に食い殺される訳でもなく海豹に食い殺される運命にあることを悟った。

もう少女には叫ぶことも出来ない。

ただ己の不幸運命に嘆き、泣くことしか出来ない。

涙だけでなく死にかけていた身体も合わさり急速に視界が奪われていく。

一度引き戻された意識も遠のく。

死にかけ、朧気な視界と意識の中少女が見たものは、海豹の嘲笑うような顔だった。



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