Fate///EXTheuR-geAr 作:あんころもちDX
また、本作に登場する英霊はもしかしたらハーメルンにて連載されている他作品のFate作品と一部被っている可能性がございますので、そちらもご了承下さい。
2019/5/11:誤字を修正しました。
1stNight【異変】
――ふと、思い浮かぶのはいつも同じ。目の前に広がるのは、遺伝子の渦。
渦は螺旋を描き、虹のような模様を呈しており、所々から砂が零れ落ちている。
地面へと落ちたそれらからは、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。どうして選んでくれなかったのかと、怨嗟にも似た感情が沸き上がってくるのだ。
しかし渦は回り続ける。不要な部位を削ぎ落とし、真に優れたものだけを選別していく。
そうして遺伝子はやがて少しずつ少しずつ、ヒトの姿を形作る。
自分は望まれた存在だ。望まれて生まれてくる存在だ。望まれるままに生まれ育ち、望まれた自分になるべく調整された存在だ。
地面の砂を踏みしめる。声は怨嗟から悲痛なものに、嫉妬を帯びたものになっていく。
――どうして、どうしてお前が選ばれてオレが捨てられるんだ!!
捨てられたそれらの言葉が理解できない。なぜ彼らはそんなに選ばれたいのだろうか。
なぜそんなに生を渇望するのだろうか。
これから自分は生を受け、外の世界へと歩みを進める。
オレをデザインした両親のもとで、両親の望むままのオレとなるために。
――ああ、オレは、一体……何のために
―――――――――――――――――――――――
――ピンポーン――
「………ん」
朝。目覚めるのは自分の部屋。誰かが押した自宅のチャイムの音で目が覚めた。
カレンダーを横目に見て日付を確認する。
今日は1999年の7月1日。木曜日だ。
――ミーンミーン――
耳を刺すセミの音と額から滴り落ちる大粒の汗。例年を越える夏の暑さが否応なしに体に襲いかかってくるのを痛感する。
周りを見渡せば全体が白く設定されたマンションの一室。家具は一切無く、カーテンの隙間から差し込んでくる日の光に思わず眉間に皺を寄せた。
壁に背を預けた状態で眠っていたらしい自分は未だに働かない頭で目覚まし時計に手を伸ばし、そのディスプレイに表示されている数字を見つめる。
時刻を確認すれば、朝の七時。
高校のホームルームまであと二時間。気だるく重い体を起こすと頭の鋭い痛みに襲われる。
「――痛っ……。また、あの夢か」
選ばれなかった自分の怨嗟の声。決してこちらを直接害することはないが、それでも機会さえあればこちらに襲いかかってきそうな雰囲気だった。
黒い泥、その中から這い出そうとヒトの形を成そうとし、しかしすぐに崩れ去る。その様子は禍々しく、同時に薄気味悪さもあった。
この世に生を受けてから何度も何度も夢に見る。そして決まって激しい頭痛と共に目が覚めるのだ。
――どうして、どうしてお前が選ばれてオレが捨てられるんだ!!
「別に、選ばれたかったわけじゃないさ」
誰に対して言いたいわけじゃない。ただ、心からの本心を思わず溢してしまいたいだけだった。
「……」
――ピンポーン――
再び、チャイムが鳴る。こんな時間に自分の家を訪ねてくる物好きがいるとすれば、恐らく二人だけだろう。
自身の傍には昨日の内に用意しておいた制服と鞄があるのを横目で確認して、重い気持ちを振り払うように立ち上がった。
「さっさと準備するか……」
私服を脱ぎ捨て高校の制服を身に通し、再度鞄には必要最低限の教材が入ってるのを確認。
備蓄してるカロリーメイトを口に含んで数回咀嚼して飲み込み、すぐに歯磨きを5分程かけて顔を洗う。
時間にすれば10分少々の準備を終え、玄関のドアに手をかけた。
「……行ってきます」
この家には自分以外誰もいない。両親は自分が幼い頃に既に他界してしまったからだ。
しかし、幼い頃からの習慣からか無意識にそんな言葉を口にしてしまう。
そして、手に取ったドアノブを捻って少年『
「おはよう、
「……おはようございます、
朝日を背に元気よく声をかけてきたのは『
彼女は駆狼の家の隣に家族と共に住んでおり、駆狼の事を小さい頃から何かと世話を焼いてくる。駆狼にとっての幼馴染で一つ年上のお姉さんなのである。
駆狼にとって、家のドアを開けばいつも見るのは二人の幼馴染の顔。蘭花ともう一人。
それが一つ見当たらないことに少し肩透かしを食らう。
「うん。影狼くんは生徒会の仕事があるから、先に学校に向かったみたい。……そんなことより」
蘭花は駆狼の言葉に頬を膨らませる。
「もう、“水芭先輩”じゃなくて昔みたいに“蘭花お姉ちゃん”って呼んでっていつも言ってるじゃん!」
「いえ、先輩は先輩なので。それにこの年齢になってお姉ちゃんって呼ぶのはこう……恥ずかしいというか」
こちらの呼び方に不満を抱く蘭花には悪いが、駆狼にも事情がある。
蘭花は学校では容姿端麗運動神経抜群と男女問わず人気者で非公式のファンクラブまであるほど人望がある。
こうして朝に一緒に登校できるのも幼馴染という事でなんとかお咎めなしで済んでいるが、これが下の名前で呼ぶものならすぐさま放課後に呼び出しがかかるだろう。
それはなんとしても避けたいのだ。
「絶対、卒業までに“蘭花”って呼ばせてみせるんだから!」
「何がそこまで水芭先輩を突き動かすんだ……」
「そりゃあもう、ここまで来たらただの意地ってもんよ!!」
そう駆狼からすれば迷惑極まりない決意を固く誓う蘭花に辟易しつつも、少しだけ笑ってしまう。
年月と共に自分と彼女の関係性は少しずつ変わっていったけれど、こういう何気ない会話から感じる“変わらない”という部分に少しばかりの安心感すら感じる。
「そういえば、高校生になって三ヶ月ぐらいになったわけだけど、今のクラスには慣れた?」
「うん。クラスの連中は皆優しいし、とても楽しいよ」
駆狼がそう言うと、蘭花は「良かったぁ」と安堵の声を出した。
「駆狼がちゃんとクラスに馴染めるか、お姉ちゃんはそればっかりが心配だったよぉ」
そんな事を言う蘭花に対し「あはは」と笑い声を漏らし、悟られないように表情を笑顔で取り繕う。
嘘は言っていない。自分が所属するクラスの面々は皆優しく、彼らは毎日楽しく日々を過ごしているのだろう。
ただし、そこに自分は含まれないが。
というよりも、自分がそこに加わる事に意義を見出だせない。自分抜きでも彼らの世界は問題なく廻り、機能していく。
それはあまりにも自然で、下手に自分が手を出してまで破壊したくないと思ってしまうほどに。
蘭花は駆狼にとっても大切な幼馴染だ。だからこそ、彼女に余計な心配をかけたくない。
「――――……………っ」
そんな時だ。
ふと、強い視線を感じて足が止まり、思わず後ろを振り返った。
「どうしたの、駆狼?」
怪訝そうにこちらを見つめてくる蘭花。駆狼は首を振って笑顔を取り繕う。
「ううん、なんでもない」
―――まただ。
―――また、あの視線だ。
蘭花には笑顔で言ったが、このところ、ずっと感じているものだった。
鋭く自分の背中を射抜き、決して逃がさないと言わんばかりの執着すら感じられる。正直に言えば、気味が悪いとしか言いようがない。
しかし今まで特にこれといった実害はなく、変わらぬ日々を過ごせている。
どうか、今日も何事もなく、平穏に過ぎることを願うばかりだ。できることなら、明日も明後日も、そうであってほしいものだ。
「本当になんでもないの?」
蘭花がこちらを心配するように瞳を合わせてくる。
駆狼は蘭花が合わせてくる視線から少し外しながら曖昧に笑う。
「うん、本当に大丈夫だから」
疑いの目を向けてくる蘭花に対してあくまでも平静を装う。こうやって昔から蘭花に必要以上に心配させないようにしてきたんだ、もう慣れたものだ。
「――――あっ………」
だが、それでも思わず声が漏れてしまった。蘭花はその隙を見逃さなかった。
駆狼に向き合うように顔を近づけてくる。
「あー! やっぱり何かあるんでしょ!!」
「え、いや、その……」
蘭花に対して愛想笑いを浮かべて、一瞬だけ
「そうじゃなくて、屋根に―――」
「屋根?」
蘭花は眉間に皺を寄せて駆狼の視線を辿るように後ろを振り向く。
木造の家が並ぶ住宅街の道、駆狼の言うように家の屋根を注視するが、特に何か違和感があるわけでなく首を傾げてしまう。
「屋根がどうしたの?」
「……」
駆狼は無言だったが、視線を戻した際に目を見開いた。一瞬だけ目を逸らしたその間に、
何の感情もなく、何の望みもなく、何の息吹きもない。
まともな生物じゃない、見てるだけでゾッとしてしまうような感覚が身体中を駆け巡った。
「ううん。少しだけ、気になる――猫みたいなのがいたんだよ」
だが、駆狼にとってその感覚は決して不快なものじゃなかった。むしろ、心が渇望しているような欲求さえ沸き上がってくる。
「ふーん、猫ねぇ。駆狼が気になるぐらいだから、きっと凄い綺麗だったのかな」
「綺麗……うん。綺麗だったよ、凄く。白くて、赤い瞳が」
何も感じさせない禍々しいくらいに濃く赤い瞳が、とても純粋で、堪らなく魅力的だった。
その後は、何の滞りもなく、他愛ない会話をしながら彼らの通う学校へと向かった。
彼らの住むこの『夏川町』は四国地方の片田舎に存在する小さな町であり、全体面積の8割近くが山林で囲まれた自然豊かなのが特徴である。
特産品は土佐茶、場所の見所としてはかつて隕石が落ちたことで形成された巨大クレーター『星ヶ孔跡地』が観光場所として有名である。
そうして歩くこと約15分、彼らは自分達の学舎である『集命高校』に到着した。
規模は生徒総数450名と小さいものの、山に囲まれた自然溢れる学校である。ただ、年々生徒数が減少傾向にあり、廃校になるのではという話がチラホラと出ていたりする。
「お。蘭花姉さんに駆狼じゃんか! おはよう!」
すると、駆狼と蘭花の元に少年『
彼は二人の幼馴染であり、駆狼とは学年が同じであるもののクラスが違う。
気さくな性格と爽やかな見た目から、蘭花と同様にファンクラブがあったりする。現に今も多数の女生徒に囲まれていることから、その人気が伺える。
駆狼と蘭花はそれぞれ影狼に対して朝の挨拶を返す。
「おはよう」
「おはよう、影狼くん! 今日も相変わらず人気者だね!」
蘭花のその言葉に「あはは……」と苦笑いしながら周りの女生徒達に「ちょっと彼らと話があるから、また後で」と言い聞かせて彼女達を立ち去らせる。
その様子を見て駆狼は尋ねる。
「影狼、いいのか? 何か彼女達と話してたようだけど」
「いいんだよ」
駆狼の問いに影狼は肩を竦めながら言う。
「毎回毎回群がってくるんだ。正直な話、僕からしたら迷惑でしかない」
うんざりしたような声に対し、蘭花は「あー!」と影狼に指差す。
「影狼くん、女の子をそんな虫みたいに言っちゃダメだよ!」
「虫だなんてそんな大袈裟な。それに、もし虫みたいな発言に聞こえたのだとしたら、虫は虫でも美しい蝶としてですよ」
「もう、口ばっかり達者なんだから!」
そう言うと、蘭花と影狼は互いに笑い合う。なんてことはない、幼馴染同士の軽口の言い合いである。
「それにしても、今日は早いんだね。早朝に生徒会の仕事をするなんて珍しいよね」
いつもならば、駆狼と蘭花と影狼の三人で登校するのが習慣なのだが、今日は影狼は早朝に生徒会の仕事があるために二人と登校できなかった。
その事に対して、影狼は申し訳なさそうに頭を下げる。
「あぁ、はい。今日やってくる転校生との顔合わせがありまして……すいません」
「ふーん。それで、もう顔合わせは終わったの?」
「ええ、先程終わりました。……あ、そうだ」
影狼は何か思い出したように駆狼の方に顔を向ける。一方の駆狼は首を傾げる。
「駆狼。件の転校生なんだが、お前のクラスの所属になりそうなんだ。色々と面倒を見てやってくれないか?」
「そういう事なら、分かった」
影狼の言葉に素直に頷き了承すると、影狼は「助かる」と安堵の声を漏らす。
「それと悪いんだが、可能なら放課後にその転校生に校舎内を案内してやってくれないか?」
「ちょっと、影狼くーん?」
蘭花はジト目で影狼を睨み付ける。
「駆狼は放課後にバイトがあるのよ。それに、そういうものこそ生徒会長様の仕事なんじゃないの?」
「いや、これでも生徒会の仕事や剣道部としての部活動が立て込んでまして。特にうちの部活の他校との練習試合の日程調整が多くて……」
影狼が蘭花に言い訳がましく理由を並べていると、駆狼は「構わないです」と淡々と述べる。
「放課後のバイトまで時間がありますから、いい時間潰しになりますよ」
「えー、ホント?」
蘭花は駆狼を訝しげに見つめるが、駆狼はあくまで「問題ないです」と意見を曲げるつもりはない。
すると、「蘭花ー!」と蘭花を呼ぶ女生徒の声が校舎の二階の窓から聞こえてきた。
「あんた、今日日直でしょー!」
「……あ、忘れてた」
どうやらクラスメイトのようで、蘭花は顔を青くする。
影狼は「やれやれ」と肩を竦める。
「駆狼の事を気にするより、自分の事をもっと気にした方がいいんじゃないですか?」
「うぐぅ……。覚えてなさいよ、影狼くん……」
蘭花は悔しげにそう漏らしながら、「今行くー!」と校舎内に駆け込んで行った。
一方、残された駆狼と影狼は互いに向き合う。
「ところで、駆狼。蘭花姉さんじゃないし、頼んだ側としてはなんだけど、本当に放課後に校舎内の案内を引き受けて大丈夫なのかい?」
「ああ、問題ない」
「とは言うけど、部活の助っ人も頼まれてるんじゃなかったか?」
「……」
無言で押し黙る駆狼に、影狼は「相変わらずだな」と嘆息する。
「それも、時間があるから問題ないと言うつもりか?」
「……ああ。帰りのHR終了から部活まで30分あるから、20分で校舎内を案内すれば何も問題はないだろう?」
「……断ればいいだろ。それで全部済む話じゃないか、お前一人に負担を強いたって何の意味もないだろうが」
駆狼は眉間に皺を寄せた。影狼の言葉がまるで理解できなかった。
「影狼、お前も言ってたじゃないか。どこの部活も他校との練習試合に勝つために戦力を必要としてるんだ。うちの学校はただでさえ人数が少ないわけだし」
「だからこそだ。お前一人に頼らなきゃ勝てないような弱小校の部活に、何の意味があるって言うんだよ」
「意味ならあるさ」
駆狼は小さく笑いながら、自分の心情を述べる。
「皆はそれでも“勝ちたい”と……そのために俺という存在を必要としてくれてるんだ。その
そのあまりにも迷いのない言葉。それでいて、歪な言葉。
何とも言い難い表情を浮かべる影狼は「はは、そうかよ」と鼻で嗤う。
「お前がそこまで言うなら、僕からこれ以上何か言おうとは思わないけど……。ま、その病気染みたお人好しをどうにかしないと、本格的に身体を壊す事になるよ」
「ああ、善処するよ」
善処する、そう口で言いながら幼馴染にはその気が全くない事を影狼は知っている。
幼馴染なのに、コイツには蘭花の言葉も自分の言葉も届かない事に、思わず拳を強く握り締めた。
「なら、僕はこれで失礼する。そろそろ朝のHRだしね」
去りながら、もう一つの苛立ちの理由が脳裏に過る。蘭花の顔が思い浮かんだ。
(――駆狼は呼び捨てで、僕は影狼
同じ幼馴染なのに、蘭花の関心はいつだって駆狼の方を向いている。
自分だって、駆狼と同じだけの時間を彼女と過ごしてきた筈なのに、それがどうしてここまで差ができてしまったのか。
駆狼が無茶をする度に蘭花は心を痛める。それが、何よりも許せなかった。許せるわけがなかった。
「僕は、お前の“影”なんかじゃ……ない」
――――――――――――――――――――――――
ところ変わって駆狼のクラス。既にクラス内でも転校生が来る事が伝わっているのか、騒然としている。
男子側は“転校生は女の子なのか?”“だとしたら可愛いのか”だったり、女子側は“イケメンだといいなー”と笑っている。
そんな中、後方の窓際の席に着いている駆狼は興味なさそうに窓の外を見つめている。
考えているのは、今朝の事。蘭花と共に登校中に見かけた、あの存在。
民家の屋根の上に腰かけていた――あの少女。日本人離れした西洋系の顔立ちに雪のような白い髪と白い肌。
そして何よりも駆狼が強く惹かれたあの赤い瞳。血のような濃い赤で、白い髪と肌がそれをより強調しそれでいて――その瞳には何も無かった。何の感情も、何の意志も、何の願望すら無かった。
それが、とても悲しくて、美しかったと感じた。
「えーと。知ってる者もいると思うが、このクラスに転校生がやって来る事になった」
すると、一ヶ月前から駆狼のクラス担任を勤めている新任の『
少し日焼けした爽やかな容姿をした男性で、担当科目は数学から体育まで何でもござれなため、慢性的な人材不足である集命高校の教師陣から大変重宝されている。
性格も明るく、老若男女問わず人気者な先生である。
そして、そんな弓人の傍には一人の少女がいた。恐らく、彼女が件の転校生だろう。
転校生の姿を見たクラスの面々は「おぉ……っ!」と感嘆の声を漏らした。
弓人は転校生に言う。
「名前を黒板に書いて皆に自己紹介しなさい。……あ、名前はアルファベットじゃなくてカタカナで頼むよ」
「……分かりまし、た」
少女はたどたどしい口調で頷くと、黒板に自分の名前を書いていく。チョークの音が教室に響き渡る。
名前を書き終わると、クラスの面々に振り返って口を開いた。
「『グレーテ・レーナ・フランツィスカ・クロイツェル』で、す。長いの、で、“グレーテ”と呼ん、で、下さい。よろしく、おねがい、しま、す」
頭を下げ、そう言う少女――グレーテにクラスの面々は控えめな拍手を贈る。
「クロイツェルはドイツからやって来て日が浅いため、まだ日本語が不慣れなんだ。少しずつ慣れていくためにも、クラス皆で彼女を支えてほしい」
そこで弓人は後方の窓際の席に目を向ける。何かに想いを馳せて窓の外を見つめている駆狼を見て小さく笑う。
「そういうわけで、クロイツェル。後方の窓際の空席に座ってくれ」
グレーテは頷くと、静かに歩きだして駆狼の席の隣に立つ。
「明日空。クロイツェルの事、色々とサポートしてやれよ」
名前を呼ばれ、駆狼は窓から視線を外して周りを見る。クラスメイトの視線が自分に集まっており、そして―――。
「……っ!」
「よろ、しく」
グレーテに話しかけられ、思わず顔が強ばる。
あの時の、赤い瞳とまた目が合った。
「……よろしく」
駆狼の言葉を聞くと、グレーテは席に着いた。
(彼女は、今朝の……)
今一番気になる存在。登校中に目にした少女。
それが何の因果か、駆狼のクラス、駆狼の隣席に現れたのだった。
時は経過し、放課後。
授業中は隣席という事もあり、グレーテに教科書を見せたりし、滞りなく一日は経過した。
グレーテも特に問題行動を起こすわけでもなく、まるで今朝の事は何も無かったかのようにすら感じる。そう、登校中に見かけた彼女の姿は自分の幻覚だったんじゃないかとすら思えてくる。
そう思いながら、駆狼はたくさんの女生徒達に囲まれているグレーテに目を向けた。
どういう経緯で日本にやって来たのか、ドイツではどんな暮らしをしていたのか、ドイツ人の彼氏はいるのかと、彼女達のグレーテへの興味は尽きないようだ。
駆狼は教室に備えられた時計に目を向ける。時刻は16時を少し過ぎた程度だ。
(あまり悠長にしているわけにはいかないな)
影狼に頼まれた校舎案内をしたいのだが、さて、グレーテに取り囲む彼女達をどうしたものか。
「はは。この町は閉鎖的だからか、凄い人気だな」
そこへ、弓人が駆狼の元に歩いてきた。
「桝田先生、これから職員会議じゃなかったんですか?」
「まあな。だけど、困ってる生徒を見過ごすわけにもいかないんでね―――皆!」
弓人が女子生徒達に声をかけると、彼女達は一斉にグレーテから弓人の方に視線を移す。
「何ですか、先生ー?」と全員首を傾げている。
「クロイツェルはまだ転校してきたばかりなんだ。あまり拘束しすぎるのも酷だぞ」
「えー、でももっとグレーテさんの事を知りたいんですもん!」
「それなら、明日でもいいだろ。人間関係は日々の積み重ねで築き上げられていくものだ、ゆっくり時間をかければいいんだよ」
弓人は「それに」と駆狼の背中を押す。
「明日空は遡夜生徒会長にクロイツェルの校舎案内を申し付けられてるんだ」
「え、そうなんですか!?」
女子生徒達は互いに顔を見合わせると「それだったら長話はできないね。明日空くんも忙しいだろうし」と早々にグレーテとの会話を切り上げる。
「じゃあ、グレーテさん! 明日、絶対一緒にクレープ食べようね!」
「了承、した」
女生徒達はグレーテに手を振ると、教室から走り去るように帰宅していった。
その様子を見届けると、弓人は屈伸しながら「それじゃあ」と声を漏らす。
「俺も職員会議に行くとするかね。明日空、しっかり校舎案内しとけよ」
「はい。ありがとうございました」
駆狼からの感謝の言葉を受け取り、用事が済んだので早々に退散する事にする。
だが、その前に一言だけ残す事にする。
「明日空。今日から7日間は
「……はい」
その言葉に、駆狼は少し苦虫を噛み締めた表情を浮かべて返事をした。
「ここが体育館で、向かいが音楽館だよ」
あの後、駆狼はグレーテを連れて校舎内の案内をひと通り行った。
一学年から三学年までの各フロアの教室、二階の奥にある保健室、三階の西側にある調理室と理科実習室。
そして、体育館と音楽館。
特に体育館では剣道部の面々が部活中であり、副将の影狼の掛け声が響いていた。
「めぇぇぇん!!」
「っぐ!!」
影狼の一撃が当たり、見事に一本を取っていた。
その光景を駆狼は黙って見ていると、グレーテが口を開く。
「校舎案内は、これで、終わり……?」
「え……ああ、うん」
首を傾げるグレーテに対し、頷く。そこで改めて、駆狼はグレーテの姿を見つめる。
何の感情すらも映し出さない赤い瞳に、夕陽の光を反射する穢れのない無垢な白髪。この日本では滅多にお目にかかれないであろう色彩に目が奪われてしまう。
「さっきの、満月週間、って……なん、ですか?」
「……満月週間」
その言葉を聞くと、いつもこの時期になって自分の中の何かがざわつくことを否応なしに思い出してしまう。
「この夏川町は昔、隕石が落ちたことで有名なんだ。それが原因かは分からないけど、それ以降、夏の中頃になると7日間連続で満月が浮かぶ現象が起きるようになったんだ。だから、満月週間」
「……満月が、7日間連続で」
「ああ、普通あり得ないだろ? だからこの時期になるとたくさんの観光客がこの夏川町にやって来るんだ」
この小さな片田舎の町も、その観光事業でなんとか成り立っているという状況だ。
「ただ、満月が7日間連続で出るだけじゃなく、夏なのに夜が長くなるんだ、不思議なことに。だから、この満月週間では女性はなるべく早く帰宅するのがここの習わしなんだ」
「そう……」
グレーテは納得したのか、はたまたそうでないのか。とにかく相変わらず表情の読めないまま赤い夕空を見上げる。
「貴方も、早く帰った方が、いい」
空を眺めたまま、彼女はそう呟いた。駆狼も思わず「え?」と首を傾げてしまう。
「それは一体、どういうこと?」
「夜は、騒がしくなるだろうから……」
風で彼女の白い髪が靡く。赤い瞳は何も映さず、夕陽の光を背後に受けて小首を傾げるような所作で駆狼を見つめた。
そのどこか幻想的な光景に見惚れつつも、彼女の言葉で駆狼はどこか不安を抱く。彼女の言うとおりにした方が良いと本能が囁く。
――――だけれど。
「ごめん。今日は用事があるから、早くは帰れない。勿論、なるべく早く帰るようにはするけれど」
自分にはやらねばならないことがある。これは仕事でも何でもなく、自分の中の自分が求めたこと。
部活の助っ人に、放課後のバイト。
たとえ自分が発した警告であろうと、これを覆すことはできない。
「…………そう」
彼の言葉にグレーテは小さく頷いた。ただ、それは「警告はしたぞ」という意図があるように感じられた。
その真意は分からない。
彼女は自らの発言の意味を言うことなく、そのまま駆狼に背を向けて歩き出す。
「校舎案内、感謝、します」
ただそう言い残して。
駆狼もその背中を見つめるが、やがて彼女の進行方向とは逆の方向へと歩みを進める。
自分のやるべきことをやるために。望まれたことを望まれるがままに行動するために。
――――――――――――――――――――――――
時刻は午後10時。学校での部活の助っ人を終え、放課後の喫茶店のバイトも無事終えられた。
「お疲れ様でした」
祖父の知り合いである人がマスターをしている喫茶店を後にした駆狼は、辺りを見渡す。
周りはすっかり真っ暗で、人の気配が感じられない。
「痛っ……」
まただ。また、あの頭痛だ。頭を刺すような鋭い痛み、体の中から何かが奮い立つような嫌な感覚。
――戦え――
そんな声が聞こえるような気さえしてくる。何か、この内なる闘争本能を刺激するような感覚だ。
「早く帰って、寝るか」
幸い、今日の授業では課題は出ていない。帰宅したらすぐにシャワーを浴びて寝ることにしよう。
そう思って自宅に向かって歩みを進める。
建物が建ち並ぶものの、十分に舗装されていない道。少ない街灯。辺りに響き渡るのは自分の足音のみ。
もう夏だと言うのに、夜の風は妙に肌寒くどこか寂しい印象を与えてくる。
「……~……ぉ……~~~……」
そんな時、ふと人の声が耳に入ってきた。
その声は小さく、人の営みが溢れる日中ならば容易くかき消されてしまうようなぐらいにか細いものだった。
普段なら通り過ぎていただろう。だがなんとなく、今回ばかりはそちらに足を向けるべきだと自分の中の誰かが告げた気がしたのだ。
ひと気のない路地裏に入り少し歩くと。
(あれは……)
一人の少女が魔法陣に立っているのが見えた。思わず身を隠したまま様子を伺う。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この
魔法陣から光が発生し、少女の周りを包んでいる。
(クロイツェル……?)
今朝、駆狼の学校に転校してきたグレーテがそこにいた。
彼女は駆狼に気づいた様子もなく、何者かを呼び出すための詠唱を淡々と紡いでいく。
しかし。
「悪ぃが、召喚前にリタイアしてもらうぜ」
凛とした少女の声、グレーテのものとは違う。グレーテと違い、もっと人間的な感情を含んだ声だ。
そう思った次の瞬間、グレーテの身が一本の青い槍に貫かれた。
「っ!?」
駆狼は思わず駆け出した。何もかも意味が分からなかった。
彼女が槍に貫かれたことも、自分が駆け出したことも。
逃げるべきだ、何も見なかったことにして逃げるべきだったのだ。だが、それができなかった。
倒れる彼女を受け止め、駆狼は必死に彼女に声をかける。
「おい、しっかりしろ! 今、救急車を――」
救急車を呼ぶ。その言葉を口にできなかった。何故か。
背後から首筋に突きつけられた黒い槍の先によって、駆狼は身動きが取れないでいた。
「マスターから、目撃者は一人残らず殺せって話だ。運がなかったな」
「っ――」
声の主の姿を確認するために振り返ろうとした――が、それも早く声の主はグレーテの身から青い槍を乱暴に引き抜くとすかさず駆狼の心臓目掛けて黒い槍を刺し貫いた。
「―――ぁ……っ!!」
貫かれた胸を押さえながら、駆狼はグレーテ共々地に伏した。
倒れた彼が見たのは、こちらを見下ろす赤い甲冑を身に纏った黒髪の少女。
両手に青と黒の槍を携えた少女だった。
(一体……何なんだ……)
それだけ確認して、駆狼の意識は暗転した。
「んじゃ、さっさと聖遺物を破壊すると――っ!?」
殺気を感じた甲冑の少女はその場から飛び退いて辺りを警戒する。
「テメェ……」
気づけば、倒れた駆狼の前に立つ一人の青年。白く長い髪に、目には目隠しの布が巻かれている。
青年は駆狼の体に触れると、自身の目元を右手で押さえながら「遅かったか……」と呟く。それはどこか悔しげで、とても静かな怒気を含んでいた。
甲冑の少女は目隠しの青年に問う。
「何者だ!!」
「……」
青年は少女の問いかけに答えることなく、その長髪を両手の指の隙間で掴むと髪の毛を抜いていく。
指の隙間から地面に向かって垂れる髪の束。それを一振りすることで髪の束は瞬く間に十字架を模した刀剣である黒鍵に変貌した。
そのことに目を見開いた少女は、少しばかり口角を上げる。
「この気配、アタシと同じサーヴァントか。剣を使うからには、
「……そう言うお前は
赤い甲冑の少女――『ランサー』と目隠しの青年――『セイバー』は互いに向き合って己の得物を構える。
「いいねぇ、この感じ。暗殺紛いな仕事は本来
「無駄口が過ぎるぞ」
セイバーは一気にランサーとの距離を詰めると黒鍵でランサーの二槍を弾き飛ばそうとする。
ランサーはそれに反応して黒い方の槍で黒鍵を受け止めると、青い方の槍を上空に向かって投げ飛ばす。
「
「っ!」
宙に投げ飛ばされた青い槍――『
セイバーは一旦ランサーから距離を取って
弾き飛ばされた
「ご挨拶どうも!
黒い方の槍――『
「早くも宝具を晒すとは、不用心な奴め」
一方のセイバーは黒鍵を構えたまま、空中で回転するように飛び上がると、そのまま黒鍵を投げ飛ばす。
投げ飛ばされた黒鍵が空中で
黒鍵は砕け落ちるものの、
そのことに、ランサーは目を見開いた。
「……どういうことだ? その剣からは魔力のようなものは一切感じなかった。にも関わらず、
「身体技術も極めれば伝説の武器に及ぶ。それだけの話だ」
「……言ってくれるじゃねえか」
自身の宝具を早々に晒したランサーと、まだまだ手の内を隠し通すセイバー。
そのことにランサーは久々の闘争心で沸き立つ。
「良いねぇ、これだよこれ。これこそ、聖杯戦争ってもんだろうが!」
ランサーはまるで獣のように飛び上がり、セイバーへと攻撃を仕掛けていく。
ランサーとセイバーの戦闘が始まった一方で、倒れていたグレーテもまた
そのまま上体のみを起こして
「核への損傷甚大、作戦行動は可能」
そのまま辺りを見渡すと、立ち上がって魔法陣の上に置かれたままの聖遺物を掴み取る。
「損傷状況から『
そうして、血を流して倒れている駆狼を見下ろす。
「プランB、『第三者の協力を得る』に移行する」
倒れている駆狼に近寄ると、彼の腹部に聖遺物『悪魔のベルト』を巻き付ける。
「反英霊『ペーター・スタブ』のベルトの装着を確認、詠唱を継続する」
彼の体を抱き上げ、魔法陣の中央に置く。
グレーテはぎこちない足取りのまま、中断していた召喚詠唱を口にする。
「誓いを此処に。我は
すると、その様子を目ざとくランサーが気づく。
「あの女、死んでなかったのか――くっ!?」
「彼女の邪魔はさせない」
ランサーの行く手を阻むかのようにセイバーが立ちはだかる。
「どういうつもりだ。あの女はテメェにとっても敵だろうが」
「そんなものは関係ない。オレが間に合わなかった以上、これは避けようのない運命の始まりだ」
「何を言って――」
「汝三大の
セイバーの発言の意図をランサーが問いかけようとした瞬間、グレーテの詠唱が完了した。
その次の瞬間、光が駆狼の体を飲み込む。腹部に巻かれた狼を模したベルト。
目が閉じられていたベルトの瞳が開くと同時に、駆狼の瞳も開く。だが、その瞳は普段の色とは異なる怪しく輝く金色。
「バカな……アイツは、確かに
「……」
ランサーの取り乱す声。一方でセイバーは駆狼の様子を静かに見守る。ただ、とても複雑なのか、拳を強く握り締めていた。
「ぁ―――――」
駆狼はまるで屈伸するかのように立ち上がると、上空を見つめる。
黒い空には大きな満月が浮かんでいる。
「ぅぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
満月を見た瞬間、駆狼は雄叫びをあげる。それは鋭く、まさに満月に吠える狼そのもの。
悪魔のベルトはそれに呼応するかのように瞳が光り、ベルトから侵食してくる黒いものが駆狼の体を飲み込んでいく。
雄叫びをあげながら、駆狼の体が少しずつ、少しずつ作り変えられていく。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!!」
メキメキと服が破れ、筋肉が膨張。体全体に灰色の体毛が生え始め、顔付きも人間から狼に変貌していく。
その異様な光景に、さっきまでセイバーと戦っていたランサーは矛先を駆狼の方へ向ける。
「あの女、アイツに何しやがったんだ……?」
セイバーもまた、黒鍵の剣先を駆狼に向ける。
「運命は、変えられない……」
それは諦めにも似た切ない声音だった。
そうして、完全に駆狼の姿は人ではない異形にへと変わり果てた。
その容姿を一言で言い表すならば、まさに『灰色の狼男』と言ったところか。
グレーテはまるで諭すかのように、駆狼に命令を出す。
「私が貴方のマスター。行きなさい、
狼の咆哮が、ランサーとセイバーに迫る。
【次回予告】
「昨日のは、夢……?」
「ねえ、『トンカラトン』って知ってる? 今、ちょっとしたブームなんだってー」
「謎の失踪事件。行方は掴めず……か」
「トン」
「トン」
「カラ」
「トン」
「――――トン、カラ、トン」
次回、【怪異】
――明日の空に、狼は駆ける。