『みんな病んでるIS学園』   作:赤空朱海

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主人公のセリフは全て【】です
重要な個所は『』で囲みます


day1 ファーストコンタクト

 掃除を終えたことだし暇だ。

 千冬さんには休むよう言われたが学園のことも気になる。

 少し散歩してみるか。

 

 僕は学園の制服に着替えた後、学園探索の準備をする。

 朝に織斑先生から貰った学園の地図と部屋で見つけた大金の入った財布、それとパスワードが分からず使えないスマートフォンも一応、制服のポケットに入れておく。

 

 向かう先は……どうしようかな……正直決めあぐねている。

 出来るならば自分の記憶につながる場所が良い。だが現状手掛かりになるものも全くない訳で……。それに病み上がりの状態だ、あまり調子に乗るのは止そう。

 

 よし!とりあえず体を軽く動かすために学園内にある公園に行ってみるか!

 

 この気味の悪い自室にいるよりは体を動かした方が良い。

 

【うん!こんな部屋にいたら気分が悪くなる!外の空気を吸いに行こう】

 

 そう決めるとほどけかけた靴紐を結びなおし、地図を片手に歩みを進めていく。

 

 すこし早足気味に歩きながら学園内を見てまわる。

 学園には様々な施設があり、見ていて飽きることはなかった。

 特に面白いと思ったのは学園内に併設された巨大な図書館であった。その規模もさることながら何よりもすごいのは書物の種類と多さであった。

 

【IS学園ってやっぱりすごいんだな……見ていて飽きないよ】

 

 いくつかの記憶に関する書物があったので手にしてみる。本を開くとそこには専門用語や難しい図式などがびっしり書かれていてどうやら理解するのは難しそうだ。

 

 『独学で記憶に関する治療を調べるのは難しそうだ』

 

 僕は立ち読みしていた本を棚に戻すと図書館を後にする。

 後は予定通り公園に行って少し休んだら部屋に戻ろう。あまり遅くなると千冬さんに見つかるかもしれないしな。

 

【学園内に公園があるって、よく考えたらすごいよな……。もう少し体調が良くなったらウォーキングとかに使えるかも】

 

 

 

 その発作は急に体を襲って来た。公園を歩いているときに急激な頭痛と気怠さ、それと意識が朦朧としてくる。

 

【クッ!……うぅ……何だ、急に……】

 

 急いであたりを見回す。

 すると近くに丁度良くベンチがあった。助かった。

 もはや立ち上がることさえ苦しかった。四つん這いの状態で近くのベンチに何とか上がり横になる。そして痛みに耐えるように自然と目を瞑る。

 

(やばいな……病み上がりで急に動いたからかな……どっちにしろ千冬さんの言うことを聞いていればよかった)

 

 目を瞑っていると段々と意識が薄れていくのを感じる。

 僕はその感覚に逆らうことは出来ず意識を手放したしまったのだった。

 

 

「………きて………」

 

 誰かが俺に呼び掛けてくるのが聞こえる。

 耳鳴りが酷くて何を言っているのかよく分からない。

 たださっきまであった頭痛などの発作的症状はなくなっていた。どうやら眠っていたら良くなっていたらしい。

 

 少しずつ耳鳴りが収まっていく。それに伴い声もはっきり聞こえ始める。

 

「起きて!」

 

 震えた声が聞こえてくるのが分かる。

 起きなきゃ……。僕は何とか重い瞼を開けるとそこには少女の顔が見えた。

 茶色い髪にツインテールのその少女は少しだけひとみを潤ませて僕の意識を確保しようとしていた。

 

 僕は何とか一声出す。

 

【えっと、あの、もう大丈夫です……たぶん】

 

「……っ!」

 

 少女は僕が無事であると確認すると思いっきり抱き着いてくる。思わず離れようとするが上手く力が入らない。

 少女の抱き着く力は思ったよりも強い。というかちょっと痛い。

 

「馬鹿!心配したんだから!」

 

 心配した?俺のことを知っている人なのだろうか?僕の記憶にはない人だ。いや、そもそも記憶自体がないため分からないのだが。

 

【あの……僕の知り合いの方ですか?】

 

「何言ってるの?まだ、どこか悪いんじゃ……」

 

【あ、いや、違うんです。実は――】

 

 そこから少女に事の経緯を説明する。決してむやみやたらに話す内容ではないことは分かっている。それでもこの少女は僕のことを心配してくれたのだから話しても良いと思った。だが記憶喪失だなんて信じてもらえるだろうか?

 

【――それで今、記憶がないんです。すいません、覚えてなくて…………】

 

「……それじゃあ、私のこともまったく?」

 

【ごめんなさい……覚えてないです】

 

 正直、結構きつい。自分にもそうだが相手のことを無碍にしているようで心苦しい。

 俺の言葉を聞いた少女は顎に手を置き、何かを考えるそぶりをする。

 

「……そっか、覚えてないんだ」

 

【本当に、ごめんなさい】

 

「…………」

 

 少しの沈黙が間に入る。空気が重くなっていくのを感じる。

 どうしようなんて言えばいいのだろうか?全く思いつかない。そんな考えで頭がいっぱいの僕より先に少女が沈黙を破る。

 

「……うん!覚えてないなら仕方ないわよ!だから……だから、そんなに悲しそうな顔はしないの!私の名前は鳳鈴音、あんたの幼馴染よ。だから敬語も無し、いいわね?」

 

 その言葉に肩の力が抜けていくのを感じる。正直、ホッとした。

 

【……うん、よろしく鈴音さん】

 

「鈴音さんって、あんたねえ。鈴で良いわよ。前もそう呼んでたんだから」

 

【わかったよ、鈴】

 

「歩けるようなら寮まで送っていくわ。立てる?」

 

 その言葉にベンチから立ち上がってみる。少しふらつくが何とか帰れそうだ。そんな俺を見て鈴は焦ったように俺の体を支える。

 

「まだ少し調子が悪そうね。倒れると危ないから手を繋いでゆっくり行きましょう」

 

 そう言って笑顔で鈴は僕に手を差し出してくる。正直少し恥ずかしいがもしもの時のことを考えるとやはり手を繋いでいた方が良いかもしれない。

 どうやら僕はかなり寝ていたらしく辺りは日が落ち少し暗くなっていた。

 鈴の手は僕よりも暖かった。

 

「にしてもあんた本当に性格変わったわね。前は僕なんて言葉使わなかったし……何だか前の時よりも落ち着いた雰囲気が出てるわよ」

 

【千冬さんにもそう言われたよ】

 

「……千冬さんにねえ。私は昔のあんたも好きだったけど、今のあんたも好きよ。だからさっきみたいに倒れる無理してまで記憶を取り戻す必要はないんじゃない?」

 

 僕の体調のことを心配してくれるとは幼馴染というのは本当のことかもしれない。

 僕はそっと頷く。

 

「今日の夕食はどうするの?」

 

【千冬さんと食堂で食べることになると思うよ】

 

「もし良かったら、私が何か作ってあげようか?今の状態で人混みの中に行かせるのは心配だしね。うん、そうしなさいよ!」

 

【そうだね、千冬さんに相談してみるよ】

 

 そんな話をしながら歩いているといつの間にか、自室に着いていた。

 鈴は僕をベッドに寝かせて、その横にイスを持ってきて座る。

 どうやら看病するようだった。

 さすがにそれはもうし訳ないと思い断ろうとしたが押し切られてしまった。

 

「あんたは今日倒れたんだから少し横になってなさい!」

 

 そう言われて渋々、仮眠をとるのだった。

 

 

 目を覚ますと良い匂いが僕の鼻へと漂ってくる。どうやら鈴が夕食を作っているようだ。千冬さんもおり、目を覚ました僕に気付いて誰かを呼ぶ。

 

「おい、一夏。目を覚ましたみたいだからお前も挨拶しろ」

 

 そう言うと台所の方から一人の青年がこちらにやって来る。逞しい体にどこか千冬さんを連想される顔つきをした青年だ。

 

「俺の名前は織斑一夏。一応、義理の兄ってことになってる。記憶喪失で覚えてないかもしれないけれど、よろしくな!」

 

 そう言って爽やかな笑顔を僕に向けてくる。彼が義理の兄の一夏君。思っていたよりも優しそうな人で良かった。

 僕はベッドから体を起こし差し出された手に握手を返す。

 

【う、うん。よろしく一夏君】

 

「一夏で良いよ!それより今、鈴と二人で夕食を作っているんだ。出来たらみんなで食べような!」

 

【ありがとう】

 

 それだけ言うと一夏は台所に戻っていく。

 千冬さんは僕に対してそっと耳打ちをする。

 

「一夏は姉の私から見ても優しい奴だ。何か困ったことがあれば頼ると良い」

 

【はい】

 

「それと、今日は勝手に出歩いて倒れかけたそうじゃないか?私の忠告を聞いて部屋で療養を取ればこういうことにならなかったんだぞ。わかっているのか?」

 

【……すいませんでした】

 

「焦る気持ちも分かるがお前の体が一番心配なんだ。少しずつ思いだして行こう」

 

【分かりました】

 

 僕が千冬さんに諭されている最中に鈴と一夏が料理の盛られた皿を持ってくる。

 

「出来たぞ」

「出来たわよ」

 

「よし、それじゃあ夕食にするか」

【はい】

 

 それから四人で夕食を取ることになった。本当は他にも友人がいて誘おうかと一夏は思っていたらしい。だが鈴が一度に大勢の人と合わせるのは僕の負担になるかもしれないということで四人での食事になった。

 料理は全て美味しかったが、特に鈴の作ってくれた酢豚は美味しかった。

 手の込んだ逸品を味わっていると鈴が千冬さんに向けて話しを始める。

 

「織斑先生、いつ頃彼を授業に復帰させるつもりですか?」

 

「明日にでもさせたいところだが、どうしてだ」

 

「いえ、もう少し、少なくとも一週間は間を開けてからの方がいいと思います。全く記憶のない状態での生活に慣れてからでないと今日のように倒れてしまうかもしれません」

 

「……そうだな。わかった。一週間は学校に馴染めるよう心掛けろ。その代わり授業には無理して出なくていい。それで構わないか?」

 

【……そうですね、そうします】

 

 授業には少し出てみたかったが倒れてしまった手前強く言うことは出来ない。ここは鈴と織斑先生に従っておこう。

 食事を済ませた後は一夏は忘れていた宿題を済ませるために、千冬さんはまだ仕事があると出て行ってしまった。

 

 僕は食後のお茶をすすり、鈴は台所で洗い物をしている。

 

「ねえ、本当に何も覚えていないの?私達の関係とか?」

 

 突然洗う手を止め僕に対して質問してくる。

 関係?何のことだろうか?

 

【うん、まったく覚えてないんだ……】

 

 

 

『だったら、教えてあげる。本当は私達付き合ってたのよ』

 

 

 

【え?】

 

マジで?

 

 




『独学で記憶に関する治療を調べるのは難しそうだ』
『だったら、教えてあげる。本当は私達付き合ってたのよ』

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