侑がレズ悪堕ちするお話
「私も慎君みたいに楽しんじゃえばいいかもね」
「うん?」
「恋愛って自分のものじゃなくて、ひとのものなんだってさ」
今思えば、私はただ逃げたかったのかもしれない。
失恋して、その痛みを見ないふりをしたかったのかもしれない。
でも、この後も、その後のバッティングセンターで、慎君と話したときも、慎君は何も言ってくれなかった。
本当は何かを言って欲しかったのかもしれないけど、結局は後の祭りだ。
結局私はそれで吹っ切れてしまったのか、恋愛を他人の視点で楽しむことにした。
だから、あの後七海先輩から届いたメッセージで生徒会室に行ったときも、私はこう答えた。
「もう無理なんですよ先輩、私はもう、好きなんて気持ち、どこかに消えちゃいましたから」
それを言ったときの七海先輩の顔、ひどかったな……。私もそのときは正直悪いことをしたと思っている。
でも仕方ない。だって、そのときはそれが私の本音だったのだから。
それから、私は変わった。他人の恋愛にちょっかいを出すようになったのだ。
どんな感じかと言うと、助言はするけどあくまで観察するだけ。
朱里のバスケ部の先輩との恋愛の話を聞くだけ聞いて持て囃したり、こよりの好きな作家さんへの不思議な感情を恋だと煽ったり。
とにかく、色んな人の恋愛に一枚噛むようになった。
でも、それは高校の間ぐらいですぐに飽きた。他人を誘導するのは楽しかったけど、第三者の位置からだとどうしても限界があった。
だから私は、大学に入ってからは自分からその世界に足を踏み入れることにした。
でも、恋愛するんじゃない。あくまで相手を弄ぶだけの、お遊びの関係。
あと、女の子限定。なぜだか私、男の子よりも女の子にモテたし、そっちのほうが遊びがいがあったから。
それはもう楽しい毎日だった。純朴そうな子をたらしこんだり、ちょっと遊んでる子をやけどさせたり。
そして、面倒臭くなったらすぐ切り離す。そういう遊びをずっとしていた。
楽しかったなぁ。だってみんな、惚れた弱みで私の言うことならなんでも聞くんだもん。馬鹿みたいだった。
そうやって人を弄ぶうちに、私の心は多分どんどんとどす黒く、醜く歪んでいったんだと思う。
いつしか、他人をおもちゃにするのがすっかり趣味になってしまった。
そんな私が、今どうしているかと言うと……。
「小糸先輩!」
「おっ、よく来たね」
その日、私は会社で知り合った後輩とデートの待ち合わせをしていた。黒髪のショートがかわいい、ちっちゃい子。
もちろん、私にとっては遊びだ。でも、この子は本気。
「待ちましたか!?」
「うーん、三十分ぐらい待ったかな」
「えっ!? す、すいません……」
私がちょっと困った様子を見せるとこの子は純粋だからすぐこうやって謝る。かわいい。
「嘘だよ、大丈夫。ほら、行こう?」
「はっ、はい!」
私が軽く頭をなでてやると、すぐ機嫌を取り戻した。こういうの、チョロいって言うのかな。
私と彼女は手を組んで歩き始める。女性同士という点を除けば、どこからどう見てもカップルだろう。
さて、今日のデートは実はちょっとした趣向を凝らしてある。そろそろだと思うんだけど……。
「侑さん……?」
来た。私は内心ほくそ笑みながらも、表面では困った顔を作って振り返った。
そこにいたのは、明るい茶髪の元気そうな女の子だった。
「あー……」
「侑さん! その女、なんですか!? どうして、その子と一緒に手を組んで歩いているんですか……!?」
「小糸先輩? どうしたんですか? あの人は一体……」
「あんたこそなによ! 私はね、侑さんの彼女なの!」
「え、ええっ!?」
私の彼女を名乗る茶髪の子。その子とは、実家の書店で出会った。店番をしていた私をやけに見つめてくるものだから、これは脈ありだと思って誘ったのだ。
「ま、待ってください! 小糸先輩の彼女は、私です……!」
「はぁ!? 何言ってるの!? そんなの私に決まってるじゃない! あんたは勘違いしてるのよ!」
「勘違いって……そんなことありません!」
私の目の前で黒髪の子と茶髪の子が喧嘩を始める。私はそれを、表には出していないが楽しく見させてもらっていた。
そう、今回の趣向は、あえて二股しているのをバレさせるというものだ。
一度、こういうドラマみたいな場面、体験してみたかったのだ。
ま、もちろん交際している女の子の数で言ったら、二股なんてものじゃすまないんだけど、それはそれだ。
「侑さん! これは一体どういうことなんですか!」
「小糸先輩! どういうことなんです!?」
二人はやっと私に詰め寄ってくる。私はあえて困った顔をして、二人に言った。
「うーん……正直私は二人ともちゃんとお付き合いしてるとは思ってなかったんだけどなぁ」
「は!?」
「え!?」
私の一言で二人が揺れ動く。私は何も嘘は言っていない。ただ、ちょっと罪悪感のあるっぽい雰囲気を出しているだけ。
「私はね、二人共『いいお友達』だと思って一緒にいただけだよ?」
「で、でも小糸先輩……私が好きって言ったら、受け入れてくれたじゃありませんか……」
「それは、君を傷つけたくなかったから……」
「じゃ、じゃあ私が付き合ってって言って了承してくれたのも……」
「うん、だいたい同じ理由かな」
二人は愕然とした表情で私を見ている。うん、これが見たかった。
「ごめんね二人共……こうなるんだったら、安易に二人からの好意を受けなければよかった。私が悪いんだ、ごめんね……」
「そ、そんなことないです! 悪いのは私で……」
「そ、そうですよ侑さん! 私も、勝手に盛り上がっちゃって……」
二人がすごく申し訳なさそうに言う。そんな二人に、私はあえて頭を下げる。
「二人共、ごめん!」
「こ、小糸先輩! 頭を上げてください!」
「そ、そうですよ侑さん! そんなことしないで……!」
私は二人に言われて頭を下げる。
その後、私は二人にそれぞれまた謝って、その日は解散にした。
それぞれが消沈した様子で帰るのを見た後、一人残った私は、
「ふふ……あははははははは!」
と、笑いを堪えきれなくなり、一気に爆発させた。
「あー面白かった。二人共本気で、困っちゃう」
「相変わらず、女の敵ね」
そんな私に、突然背後から冷たい声がする。
その声の主は他の誰でもない、佐伯先輩――今は沙弥香さんだ。
「あ、沙弥香さん。見てたんですか?」
「ええ、偶然街であなたを見かけたからちょっと目で追ってみればこれだもの。本当に、ひどい子」
沙弥香さんの目は私を軽蔑している目だ。
だが、そんな視線に慣れっこの私は、笑って言う。
「でも、沙弥香さん私を止めませんでしたよね? それに、本当は二人を最初から弄んでたネタバラシもしなかった。もしかして沙弥香さんも楽しんでたんじゃないですか?」
「そんなわけないでしょ。ただ、あなたの相手の子がこれ以上傷つくのを見たくなかっただけよ。それより、こんなことしてあなた明日から大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。うちの会社は人の出入りが激しいですし、書店も次々と人が出ては流れていく。それに、二人共秘密を言いふらすような子じゃありませんから」
「……本当、ひどいわね」
「まあいいじゃないですか。それとも、沙弥香さんはまだ私に夜遊ばれたことを根に持ってるんですか? 女々しいですよそういうの」
「……っ! あれは本当に苦い思い出だけど、そういうわけじゃないわ。私はただ、あなたの腐った性根がとことん嫌いなだけ」
「そう言って、私とよりを戻したいだけじゃ――」
その瞬間、パシン! と私の頬がはたかれた。
ま、そうなるでしょうね。あれだけ煽ったら。
私は頬をさすりつつ、沙弥香さんの方を見る。その目には、うっすらと涙が滲んでいた。
「……最低っ!」
そう言って、沙弥香さんは私に背中を見せその場を去っていった。
私は一人、その場に残される。
「……最低、か。本当にその通りなんだけど、手厳しいな」
「ふぅ……」
家に帰った私は、下着姿でベッドの上に寝転ぶ。
最近は暑いから、こっちのほうが楽でいい。
「次は誰と遊ぼうかな。最近入ってきたあの子とかいいかも。それとも書店をおとなしく見てるあの子とか……」
私は次に遊ぶ女の子の算段をつける。
こうやって考えているときが、本当に楽しい。
「……と、そうだ。今度あの子にプレゼント送る予定だった。何かあったかなぁ」
私は今キープしている子の事を思い出すと、部屋の中をあれこれ探る。
何かいいものがあればいいんだけど――
「……あ」
そこで、私の手は止まった。
そこにあったのは、小型のプラネタリウムと、昔水族館で買ったキーホルダーだった。
「これ、こんなところにあったんだ……」
思い出す。昔の事を。七海先輩と一緒に過ごした、あの日々を。
「……あれ? 私、どうして泣いて……」
私の瞳から、涙が溢れ出てきた。
それと同時に、感情が決壊したダムのように突然湧き出てくる。
「はは……もう、全部乾いちゃったと思ってたのに……もう、最低の女になれたと思ったのに……こんなの見つけただけで……私も……まだまだ……だな……」
失ったはずの心が、痛む。
捨てたはずの記憶が、叫ぶ。
「う……うああああああああああああっ……!」
どうして、どうしてもっと早く私の手を引いてくれようとしてくれなかったんですか、七海先輩。
どうして、もっと早く私のことを気にかけてくれなかったんですか、沙弥香さん。
私、こんなになっちゃいましたよ。人を人とも思わない、最低の女になっちゃたんですよ。
「ああああああああああああっ……! ああああああああああっ……!」
私の慟哭は、部屋に一人響いた。
この失われた魂の嘆きは、永遠に続くのだろう。
私はそれに付き合って、最低の女で居続けるしかないのだ。そうしないと、心を引き裂かれてしまうから。
心の幻肢痛は、今なお呻く。