いつもと同じ待ち合わせ場所
いつもより少し遅い到着時間
いつもと全然違う雰囲気
そんな事が重なって心の中はもやもやに覆われる
そんな時、後輩から聞いた一言に強い衝撃を受けて…
(2013年、Pixivさまにて初公開)
月曜日、朝、今日も陽差しが厳しくてもう暑い。
夏休みだけど、月曜日は生徒会のお仕事。普段と同じように家の前で六花と待ち合わせ。
朝8時に+5分。いつもよりほんの少し遅れて六花がやってきた。
遅れてくるのも珍しいけど、いつもと違う表情に驚いた。ほんのちょっとだけ。いつも見ているあたしですら気づくか気づかないかぐらい。
「おはよう、マナ。遅れてごめんなさい」
その声も、いつもと同じ調子を作ろうとして、結局いつもと違っている感じ。
「六花、なにかあった?」
思わず挨拶を返さずに質問を返しちゃうくらい。それくらい、いつもと違う六花に見えた。
「えっ?」
震える体、固まる横顔。気づくとその頬が軽く紅に染まっている。
「別に…なんでもないわ」
六花はあたしから視線をそらして、手をぱたぱた振って否定する。でも、その頬はさっきより紅くなっていて、どう見ても何でもなさそうには見えなかった。
「ホント? 本当に本当?」
「本当に、なんでもないって。それよりも早く行かないと遅れるわ」
もう一度尋ねても、六花は否定する。紅い頬して、瞳を泳がせて、声をうわずらせて。
「う、うん…」
あたしはこれ以上聞いても六花は何も答えてくれないだろうな、って思って、話を終わらせることにした。
六花のこの表情、この様子…似たものを今までクラスメイトや後輩から相談を受けている時に見たことがあるような…うっすらぼんやり思い出す。あれって何の相談を受けている時だったっけ…
「あ、六花」
「な、なぁに?」
六花の返事はやっぱりいつもとちょっと違う。しかもちょっと身構えている感じ。
「おはよう。今日もがんばろうね」
「え、さっき挨拶したじゃない」
「あたしがまだだったから」
「そういうこと…おはよう」
言葉の端はしに、あたしの言葉を警戒しているのがわかる。ちょっとだけショックを受けるけど、でも、これ以上聞くこともできないし…
学校までの道、あたしたちはほとんど会話らしい会話もしなかった。こんなことは喧嘩して以来。あたしは息が詰まりそうで、この状態を変えたくて六花にはっきりと問いただしちゃいそうで、でも、それはしてはいけないっぽくてできなくて…心の中で何度もため息をつきながら歩いていた。
「おはようございます」
「おはよう、みんな」
一同に集まって、生徒会の会議が開始。といっても、夏休みだから近況の確認とか、部活の行事の確認とか、短めに終わる。
その後は簡単な資料の作成とか、室内の掃除とか、簡単な打ち合わせとか、その程度。多分午前中で終る、って見込みを立てる。
そして、六花とどこかでじっくりお話できる時間を探してみる。
今日の午後、あたしのうちか六花のおうちか…でも、あたしのこころは焦っていて、いますぐにでもお話したい気分。だけど、当の六花は体育館へ。バレー部に呼ばれて試合の相談に行ってしまった。
あたしは後輩ちゃんとふたりっきりで資料作成のお仕事。ルーズリーフに文字を書いているけど、こころここにあらずで、全然進まない。でも、それじゃいけないから文字を書こうとするけど、六花のことばかり頭に浮かんで、続けられなかった。
「会長…?」
しまいには後輩ちゃんに心配そうな顔で呼ばれちゃう始末。あたしは笑顔を作って「なんでもないよ」って言うけど、逆に「もしかして、菱川先輩となにかありました?」なんて言われちゃう。そんなにあたしたち、変だったかな…
「本当に、六花とも何もないから、心配しないで」
そう言っても、後輩ちゃんはあたしの言葉に納得してないのか、思案顔になる。
あたしは再びルーズリーフに瞳を落とす。文字はひとつも書けなさそう。さっきみたいに六花のことが頭の中にうかんでしまうから。
どうしよう、急がないと、おうちに帰れない。六花とお話しする時間も作れない。あせるけど、頭の中は六花りっかでとまらない。
仕方ないので、資料作成を一時中断して六花の手伝いという名の問いただしに行こうと席を立とうとした時だった。
「恋…?」
「こい…?」
後輩ちゃんのいきなりな一言、小さな声でのささやき。あたしは思わず聞き返す。
「いえ、もしかしたら、なんですけど、菱川先輩、想う人できました?」
「えっ…」
私は驚いて声を上げるけど、その声はのどにはり付いたようにかすれてしか出てこない。
「今日、菱川先輩がいつもと違うって思って、どうしてだろうって考えたんですけど、時々表情やしぐさが恋する乙女なんです」
「恋する…」
それであたしは思い出した。今日の朝の六花の様子は、後輩やクラスメイトから恋の相談を受けている時のそれとまったく一緒なこと。
「菱川先輩から相談とか受けていないのですか?」
「え、う、うん…まだ…」
六花が恋…ううん、中学2年だもの、それくらいのことはあって当然。
でも…いつの間に? あたし、知らない。教えてももらってない。
六花は何でも話してくれるって思っていたし、あたしも、六花のことだったら何でも知っているって思っていたのに…
でも、かるたのことも教えてもらわなかったし知らなかったし…
あたしの知っている人? 知らない人? いつから恋しているの、言ってくれれば相談にも乗ったのに、応援だって…だんだんと苦しくなってくる呼吸、痛む胸。あたし、どうしちゃったんだろう…?
「会長?」
「え、あ、ごめん」
「大丈夫ですか? すごい苦しそう。帰宅されます?」
あたしは深呼吸をひとつして、
「大丈夫」
って答えたけど、声が勝手に震えちゃっている。
「もう…菱川先輩には言っておきますから」
むりやりカバンを持たされて、あたしはそのまま後輩ちゃんに生徒会室から追い出された。
どちらにしても仕事は全然手についてなかったし、みんなにも心配かけちゃうから。そう思うことにして学校を後にした。
六花のいない帰り道。こんなこと、月に一度あるかないか。でも、いないはずなのに、あたしの横を歩くかのように、こころの中に住み着いちゃったみたいに、六花の存在を感じてた。
いつものように、公園のそばの道を、喫茶店の横を通っていく。六花の顔、制服姿、いつものように六花にしかられて、あたしは感謝の言葉を伝えて、近づくあたしのうち、あたしたちの分かれ道。
視線は自然とお店の中へ。あたしと六花でいつも座る席にそそがれる。その時、ふいに、さっきの後輩ちゃんの言葉がかぶる。
「恋する乙女…」
小さな声で言葉に出すと、とたんに痛くなる胸。立ってられなくなりそうなくらい。
どうしたんだろう、あたし、おかしいよ。六花なら頭がいいからわかるのかな。教えて、りっか。
頭をふると、目に入るお店の奥の鏡。バイバイをするあたしたちをいつも映している鏡。
でも、今日はあたしひとり。ううん、いつものあたしじゃない。
「恋する、乙女…」
映るあたしの顔は、朝の六花、いつかの後輩、先日のクラスメイトと同じ、恋する乙女みたいになっていた。
それであたしは気づいちゃった。気づかなくていいこと…ううん、今頃気づかない方がよかったこと。
今頃になって、六花のことが本当に好き、って気づくなんて。
あたしの心はどうしたらいいかわからなくって暗く沈んでゆく。
それを振り払うようにあたしの足は駆け出す。お店の中に向かって、まっすぐに。
お店の扉を開け、そのまま自分の部屋へ直行。
早かったね、とか、おかえり、とか、そういう声が聞こえた気もするけどあたしの耳をかするだけ。
部屋に入るなり、カバンをそのままおろして、ベッドに乗ってしまう。制服がしわになるのも考えずに。
もう、何も考えたくないのに、頭の中では、この想いはどうしたらいいのか、これからどうやって六花に逢えばいいのか、六花の好きな人って一体…あたしの頭の中は、そんな六花のことでいっぱいになっていた。
六花に逢えば少しは整理がつくのかな? 六花に逢いたい、でも、六花に逢いたくない。色々な気持がぐるぐる回って、逆に頭は考えることをぴた、っと止めちゃいそうだった。
呼ばれた気がする、下の階から。いつの間にかあたしは寝ていたみたい。
暑さがこもる部屋の中、制服が少し汗ばんでいて、枕が少しぬれていて…これは、涙でぬれた跡、頬にその証拠が残ってる。
時計を見たらもう午後2時、一番暑い時刻。頭の中はまだ全然すっきりしていなくて、呼ばれたのも気のせいかと思って、もう一度瞳を閉じてしまう。
すると、聞こえてくる階段を上る足音。あの音は絶対に間違いない、六花の音。軽く、リズミカルに、いつもの調子で上ってくる。あたしはどうしたらいいかわからずにそのまま寝たふりをする。
遠慮がちなノック、扉がゆっくり開かれる音。あたしはなるべくなら入ってこないでほしいって思ってた。でも、それは残念ながらかなえられない。
「マナ…」
いつも以上に小さな声。直後に軽く息をのむ音が聞こえる。
「制服で寝ちゃって…ダメじゃない」
その声はいつもあたしを叱ってくれる時と同じ。厳しくもやさしい六花の声。まだあたしのこと叱ってくれるんだ、って思うとちょっと嬉しくなっちゃう。
ガラガラ、って椅子を引いてあたしの枕元。目元は見られないように隠して、寝たふりを続ける。
「体調は大丈夫かしら…心配だわ」
ため息とともに六花の心配そうな声。やめて、六花。あたしにそんなにやさしくしないで。だって、六花の心はもう誰かのものなのに、そんなにされたら、あたし、六花の心、ほしくなっちゃう。
自然にあふれる涙、我慢したいのに、勝手に頬を流れてしまう。
「ま、マナ!?」
六花にあっさり気づかれる涙。あたしは寝たふりを続ける自信がなくなってきた。
「起きているの?」
もうだめだと思って、ゆっくり瞳を開く。最初に目に入るのは心配そうな顔の六花。いつも見ている顔のはずなのに、愛おしく見えてきて、思わず触れてみたくなるけど、でも、だめ。触れてはだめ。この頬は、六花は、もう誰かのものになっちゃうんだから。私が占有しちゃだめ。
「涙まで流して…どうしたの?」
続く優しい言葉。六花の手はあたしの髪に伸びてくる。反射的にその手を払ってしまった。
驚く顔の六花、あたしの顔も驚きに満ちていると思う。自分でもそんな事をしようと思っていなかったから。
「マナ…」
少しだけさみしそうな六花。でも、逆にあたしの心はいっぱいいっぱいで、抑え込んでいた言葉が勝手に出てしまう。
「六花、だめ、あたしに触れたら」
「ど、どうしてよ!」
「だって、六花は…!」
その先の言葉が出ない。口に出したら認めたことになっちゃいそうで、怖くて口にできない。
「ごめん…」
あたしはそれだけ言うと、枕に顔を押しつけて、六花に顔を見せないようにした。
「マナ…」
あたしを心配そうに呼ぶ声。
「ごめん…頭痛いから…」
そっけなく、それだけ伝えて眠りにはいることにする。そうすれば六花もあきらめて帰ると思ったから。
…でも、六花はいつまでもそこに座っている。全然帰ろうともしない。ただ、黙ってあたしを見てる。
あたしも、眠ったふりしてるけど、六花がそこにいると思うと眠ることができない。
目覚まし時計の音が、あたしの心臓の音が、リズムを刻んで部屋に響く。だんだんその音が大きくなって、あたしの頭の中をどんどんかき混ぜる。
「マナ…」
そんな中、いたわるような六花の声。だからだめ、そんな優しい声で話しかけないで。あたし、もう、我慢できない…!
ばっ、とベッドから起き上がる。六花が不思議そうな表情であたしを見る。
「六花のバカっ!」
涙声半分でそれだけ言って、ベッドの上から抱きしめる。
「ま、マナ!?」
驚いた声、その声を隠すように頭を抱きかかえちゃう。
「六花のバカバカっ、あたしのツバメさんなのに、なんで勝手に誰かを好きになっちゃうの?」
「はぁっ!?」
くぐもった声が胸のあたりに聞こえてくる。それは本当に驚いたみたいで、六花には珍しい大きな声。
「あたしの知らないところで誰かを好きになって…そんなあたしも見たことない顔して…やだよ、六花、やだ…」
涙が後から後からあふれてきちゃう。でも、我慢できないんだもん、仕方ないよ。
「六花のこと大好きなのに…この気持に気付いたのに…それなのに六花は別の人に行っちゃうなんて…あたしから離れちゃ、やだ…六花、やだよ……」
あたしの涙は六花に雨のように降り注ぐ。綺麗な髪に、水滴が吸い込まれていく。
六花はあたしに抱かれながらじっとしている。何も言わない六花。
あたしは声をあげて、ただ、泣いていた。子供みたいって思ったけど、恥ずかしさなんか忘れちゃうくらい涙があふれて、止められなかった。
10分ぐらい、やっとあたしの涙は止まった。鼻がむずむずする。六花の髪はすっかり濡れちゃった。
その時、気づいた、胸の中の六花が震えていること。小さいけど、鼻をすする音、小さい泣き声も。
腕を離すと、ぱっと六花も顔を隠しちゃう。
「六花…どうしたの?」
その腕を握って六花の顔を見ようとするけど、いやいやする。
あたしはどうしたらいいかわからず、おろおろ、どうすることもできなかった。
と思ったら、急に六花が抱きついてきて、今度はあたしが六花の胸に収まることになった。
「り、りっか…?」
六花の胸は震えていて、泣く声はちょっとずつ大きくなって、あたしはどうして泣いているかわからなくて、名前を小さく呼ぶことしかできなくて…ちょっと寂しかった。
あたしも六花の背中に腕をまわして、もっとぎゅってしてみるけど、心臓の音が大きくなったくらいで心はわからない。
「どうしたの…?」
「マナ…」
耳を押さえられているからくぐもって聞こえる六花の声。
「マナ、嬉しい…」
思いがけない言葉、あたしはよくわからなくなる。どうして、いきなりそんなことを言い出すのか、わからない。
でも、その声は涙声だったけど、とても優しくて、嬉しそうで、胸がドキドキしてくる。
「私も好きよ、マナ。愛してる」
六花は愛しさを含ませた声でささやく。あたしもとても嬉しかったけど…今度は頭の中が混乱してくる。
六花って、誰かを好きなんじゃなかったっけ…?
「でも…なんであんなこと言いだしたの? 私が誰かを好きになったって言ってたけど…」
六花が顔を少しだけあげて聞いてくる。それで余計に混乱しちゃう。
あたしは頭に「?」を沢山浮かべつつ、思い出しながら、今日のことをお話ししてみた。
六花がいつもと違って困ったこと。生徒会室で後輩ちゃんから聞いたお話。ひとりの帰り道。気づいた六花への想い。
話し終えると六花は大きなため息をついた。
「ごめん、早く話せばよかったわね。とりあえず、うちに来て」
「え、あ、うん……」
話が見えないままの急なお誘い。あたしはわけがわからないまま六花のおうちに行くしかなかった。
「ただいま」
「おかえりなさい、六花さん…そちらの方は?」
六花の家に着いて、リビングにいる人を見て、あたしは思わず固まる。
「え、ええっ!? ど、ど、ど、どうして!?」
思わず変身しようとしなかっただけでもすごいって思ってほしい。だってそこにいるのは、
「イーラ!?」
「あ、幼馴染の方ですね。体調はもう大丈夫なのですか?」
「敬語!?」
「?」
そう、あたしたちの敵のイーラだった。けど、なんかいつもと雰囲気が違うみたい。
「今のところは大丈夫よ、心配しないで」
「心配しないでって…本当に?」
「うん、記憶喪失みたい」
「記憶喪失…」
イーラは不思議そうな顔であたしたちが会話するのを見ている。見た感じはいつものイーラなのに、なんだろう、邪悪な感じがしないし、それに敬語だし、ラケルと遊んで笑顔とかになっているし、本当に記憶喪失しているみたい。
「どうしてイーラが六花の家に?」
「うん…それがね…」
六花から語られるのは昨晩からのお話。
夜の海に行って、怪我しているイーラを見つけて、お手当てして、そのまま置いとくわけにもいかないから連れて帰ってきて、そして、今日に至る…そんなことがあったなんて…今日の六花の様子がおかしかった理由もだいたいわかった、けど、でも、一応聞いてみる。
「もしかして、今日あたしをちょっと避けてたのって…」
「えっと…本当なら言わなくちゃいけないんだろうけど、どうしても言い出せなくって…それに、話しているだけでマナに見抜かれそうだし…」
「それじゃ、ときどき紅い顔をしていたのは…?」
「昨日から何度もイーラにほめられちゃって。ほめられると悪くないっていうか…嬉しくって、思い出しちゃって…」
あたしは、そこまで聞いてそのままテーブルにつっぷす。腕もだらんってのばしきっちゃう。
自分の激しい思い込みだったってのはわかってる。わかってるけど…
「あたしの涙返してよ…」
「ごめん、マナ。本当にごめんなさい」
おもわず出てしまう恨み言。でも、六花は丁寧に謝ってくれる。
「あの…大丈夫ですか?」
おろおろした声でイーラが心配してくれる。なんだかちょっとかわいい。
つっぷしたまま手を振って、「ありがと、大丈夫」って伝えた。
「でも、六花…」
少しだけダメージから回復したあたしは顔だけ上げて六花の顔を見る。その顔はまだ申し訳ない、って感じ。
「六花、そんな顔しないで。もう大丈夫だから」
「え、あ、ええ…」
まだちょっと顔は晴れないけど、話を続ける。
「イーラのこと。さすがにこのままじゃまずいよね」
このままイーラを六花の家においといても、急に記憶が戻ったらどうなっちゃうかわからない。
でも、このまま記憶が戻らないとしても、いつまでも六花の家にってわけにはいかないと思うし…
「とりあえず…みんなに知らせて相談してみる?」
「そうね、マナの言うとおりだわ。ありすやまこぴーにも遅かれ早かれ知らせないといけないしね」
ふたりに連絡を取るとすぐに集まろうってことになった。集まる場所はいつもの土手。
ありすとまこぴーはこの状況にどんな反応をするのかな。まこぴーはまた怒っちゃいそう。マナだけじゃなくって六花まで、とか言い出して。
ありすは、六花ちゃんらしいですわね、って言うのかな。
そんなことを考えながら、普段では絶対にお目にかかれない不思議な3人組で六花の家を出た。
約束の場所へ向かう道は、陽射しがまだ強い。でも、遠くは夕立を思わせる黒い雲。あたしはちょっとだけ、嫌な予感がしていた。
夕暮れ、帰り道は六花とふたりだけ。イーラは記憶を取り戻して消えちゃった。
六花はちょっと寂しそう。あたしもちょっと寂しかった。もっとお話ししてみたかったし、何より、本当はとてもいい人で、仲良くなれるかもしれないって思ったから。
夕陽に向う坂道はふたりでいつも歩く道。いつもなら横に並んで歩くのに、今日は六花が先に。
あたしが先に行くことは時々あったけど、こうやって六花が先に行くのは初めてかもしれない。
「でも、よかったわ。元に戻って」
寂しそうだけど、その言葉は強くて、
「うん、六花のおかげだね」
自信にあふれていて、ちょっとだけ大人になった感じがして、
「でも、まだまだよ。これからも色々と勉強していかないとね」
先を歩く六花に置いていかれそうな気がして、
「うん…」
少しだけ、寂しさを感じてた。
「マナ」
3歩先で六花が止まる。私に背を向けたまま、しっかりした声であたしを呼ぶ。
本当に、六花がいつもより大きく見えて、それは、あたしの何歩も先を行っているようで。
「マナ…」
もう一度呼ばれる。今度は横顔を向けて。夕陽に照らされるマナはとっても綺麗。
その、綺麗な顔が近づいて、手を軽く握られる。あたしは手に熱を帯びていくのを感じる。それは六花の手もちょっと暖かくて、汗をかいているから、だけじゃなくって…
「信じて、いいの?」
困った顔半分、思い悩む顔半分。六花はそんな顔も綺麗なんだからずるいよね。
「さっき、マナの家で言ってくれたこと…」
その一言であたしの顔が一瞬にして真っ赤になる。今日は六花に恥ずかしいところを見せすぎちゃったし、勢いとはいえ告白までしちゃったし…
でも、六花を好きって気持は本当。六花の事を考えれば考えるほど、あたしの胸は暖かくなる。
六花とはいつまでも一緒にいたい。一緒に歩いてゆきたい。
あたしは女の子で、六花も女の子で、普通に考えれば絶対におかしいこと。普通の人からしたら気持悪いって思われることかもしれないけど…
でも、それでも、あたしは六花の事が好き。六花がほかの人のものになっちゃうなんて絶対に嫌。今日、ベッドの上でずっと悩んでいた理由、今ならはっきりわかる。あたしは六花に恋しているからだって。
六花の事を考えると自然と笑顔になっちゃう。その笑顔を向けて、気持ちをたくさんこめて、六花に飛びついて、ぎゅっと抱きしめちゃう。
六花は小さく驚きの声をあげたけど、しっかりと抱き返してくれる。
「大丈夫だよ。信じて、六花」
近い顔、瞳は夕陽に照らされて、橙色に反射して、私のことをじっと見抜くように見てる。
「六花の事大好き。ずっとそばにいてほしい。いつまでも、永遠に、おはなしのツバメのように…ね」
その、橙色の瞳が揺れて、すっと流れる涙、それはとっても綺麗で。
「六花は…ずっとあたしのそばにいてくれる?」
あたしの質問にこくん、ってうなずくと、その涙がきらきらと散っていって。
「ありがと。六花、愛してる!」
「あ…私も…愛してる。マナのこと、ずっと、ずっと好きだったの。こうやって、想いが通じ合って、嬉しい」
六花の素敵な告白。あたしは、まだ何かを言おうとやさしく動く唇に自分の唇を重ねる。
やわらかい六花の唇、まざる涙の味。
いつの間にかあたしの瞳からも涙がこぼれて、六花の涙と混ざりあう。
きらきら、夕陽の中に溶けてゆくふたりの涙。あたしは一度唇が離れたタイミングで誓うように伝える。
「一生、離さないから」
「私も…絶対に…」
そして、再び重なる唇。体もぎゅっと抱き寄せて。六花の体、あたしの体、どっちがどっちかわからないくらい、体も、そして、心も結びついて。
ふたり、初めての本気のキスは、一生忘れられなさそう。それくらい、幸せな気分に包まれたキスだった。