真似してふたりきりで開くお茶会
上手にできるかわからないけど
おいしくなるように、心をこめて
(2013年、Pixivさまにて初公開)
夜8時半、おうちでひとり、勉強中。
とても静かな夜。昼間の騒ぎが嘘のよう。
今日は、亜久里ちゃんの家の御茶会に行って、生まれて初めて野点というのに参加した。
マナとまこぴーが色々と大変だったけど、広い庭園の木陰は夏ということも忘れるくらい涼しくて気持よくて、暑いお茶もすっとのどを通っていって、機会があればまた参加してみたいって思った。
お茶のお作法はちょっとだけ知っていたけど、本気の御茶会は初めてで知らないことも多くて、ちゃんとできるか心配だったけど、
「お作法も大事ですけど、お客様をおもてなしする心と、それに応えるお客様の心、双方の心がこもっていることが重要なのです。まずはお作法よりも、おもてなしに応える心を持ってください」
そう話す亜久里ちゃんの言葉に必要以上に身構える必要がないと感じた私は、緊張をほとんどすることなく、御茶会を楽しむことができた。
「お作法とか難しそうだけど、やってみると結構おもしろそうね」
終った後、自然とそんな言葉が出てしまう私。
「そう言ってもらえると、私もお誘いしたかいがありました。お作法はおもてなしの心とそれに応える心を形に表したものですから重要なのですけど、最初からいきなりお作法だけを求めると心が消えてしまいます。だから、お茶を始めるのでしたら、家族や友人を抹茶とお菓子でおもてなすところから始めるのもいいかもしれませんね」
亜久里ちゃんは笑顔で応えてくれるのだった。
「にゃ~!」
午後8時45分、玄関のあたりから聞き慣れたネコの声。窓を開けると予想通りマナネコが立っていた。
「にゃ!」
鳴き声とともに袋を持つ手を挙げる。あれはいつものうれしい差し入れの桃まん。
「今、玄関あげるわね」
「にゃ~♪」
私は急いで玄関に向い、鍵を開けると、元気にとびこんできた。
「こんばんは」
「こんばんは、六花」
ふたり、しずしずと丁寧な挨拶。御茶会の時の癖がまだ抜けていないのかも。いつもよりゆっくり廊下を歩いてリビングへ。
「そういえば、足はもう大丈夫なの?」
御茶会の時、マナは足をしびらせて、すごい体勢になっていたけど…
「あはは、おかげさまで…」
恥ずかしそうな顔をしてるけど、とりあえず怪我とかはなくてよかった。
「お茶入れるわね。座って待ってて」
「うん」
マナからおまんじゅうを受け取ってキッチンへ。ふかしたてのおまんじゅうが2つ。いい香りがしている。
おやかんにお水を入れて火にかけて、おまんじゅうをひとつお皿に乗せて、まずはマナへ。
「おもたせだけど」
「あれ? 六花の分は?」
「もう少ししたらね」
「ふぅん…?」
不思議そうな顔をするマナ。いつもと違う行動だからそうなっちゃうよね。
私は食器棚から買ったばかりの抹茶茶碗と小さなスプーン、同じく買ったばかりの茶せんと缶入りの抹茶を取り出してマナの前に並べる。
「わぁ、買ったんだ?」
「うん。さっきマナと分かれた後で。思い立ったが吉日って思ってね」
亜久里ちゃんの言葉に刺激された私は、とりあえず代用になりそうなものがない、お茶碗と茶せんと抹茶を買ってみた。
買うと次はすぐに使ってみたくなるのが人情だけど、せっかくだから初めては絶対にマナに、って思っていた。その機会がこんなに早くに巡ってきてくれて、とても嬉しい。
「かるたの次はお茶にはまっちゃうのかな~?」
「飲んでくれる人がいたら、はまっちゃうかも」
「それじゃ、毎日おじゃましちゃおうかな」
「なら、もうはまっちゃうの、決定ね」
顔を見合わせると、どちらともなく笑い出す。
そのとき、やかんから音が鳴って、お湯が沸いたことを教えてくれる。
お茶碗に抹茶の粉をスプーンで少し入れる。白いお茶碗の底に広がるうぐいす色、続けてお湯をゆっくり、お茶碗の1/5くらい入れると、ゆっくり溶けていく抹茶の粉。
おろしたての茶せんを見て、マナが期待のまなざしを向けてくる。
「亜久里ちゃんがお茶点ててるの、すごいかっこよかったよね。六花もあんな感じにできる?」
「私はそもそもこれが生れて初めて点てるお茶よ?」
確かに亜久里ちゃんはとても上手にお茶を点てていた。マナの言うとおり、確かにかっこよかった。幼い頃からやってるからだと思う。
逆に、私は生れて初めて。そもそも抹茶になってくれるかどうかも心配だった。
「一応、コツはお茶道具屋さんから聞いてきたんだけどね」
ひとつ、茶せんは底につけないこと。
ひとつ、力任せにしないこと。
ひとつ、茶せんは縦に振ること。
ひとつ、泡だったらしばらく続けて、最後にのの字を書いて真ん中に戻し、泡を持ち上げるように茶せんを上にあげること。
ひとつ、おもてなしの心を忘れないこと。
頭の中で思い出して、茶せんをお湯の中につける。
マナにおいしいお茶を飲んでほしい、その気持を心に茶せんをつまんでみる、ゆっくり、優しく。
でも、全然泡立たない。もう、少しだけ力を入れてみる。するとかすかに泡立ち始めた抹茶。いつの間にかマナが一緒になってお茶碗の中をのぞいている。
「泡立ってきたね」
「ええ」
表面を覆っていく泡、茶せんで最後に「の」の字を書いて、真ん中でかるく持ち上げる。お茶の真ん中あたりが軽く浮いているかのよう。
「できたわ」
思ったよりも簡単に、思ったよりも上手にできて、私は思わず嬉しさを声に込めてしまう。
「六花、すごい。前からお茶を習っている人って感じでかっこよかったよ」
「やだぁ、マナったら。そんなにほめないで」
マナは大げさにほめてくれるけど、私はちょっと心配していた。それは、味。
点てられたように見えて、実は底の方で粉が溶けきれずに残っていたりとか、そもそも濃すぎて飲めないとか、ちょっと心配。
「それじゃ、六花の初めてのお茶、もらうね」
「ええ」
私はお作法にのっとって、マナとの間にお茶碗を置く。
マナは深々とお辞儀をして「お点前ちょうだいいたします」って元気に言ってくれる。私も深々とお辞儀。
茶碗を手のひらに乗せて、じっとお茶碗を見つめるマナ。ドキドキが高まってきた。
…でも、飲もうとしないマナ。どうしたのかしら…
「えっと、どっちにまわすんだっけ?」
「飲むときは時計回りに2回よ」
私の言葉にうん、ってうなずいて、ゆっくりと2回、回すマナ。でも、回しすぎはだめなのよ、マナ。一周しちゃうから。
ぎこちない手でお茶碗を回し終わると、ゆっくり口をつけて、傾ける。
マナの口に合うかしら。気に入ってくれるといいんだけど。私は緊張してマナの様子をうかがう。
お茶碗が何度か傾いて、最後にすするような音を立ててのみ終えるマナ。お茶碗から現れたマナの顔は、笑顔だった。
「おいしかった♪」
マナは飲み口を親指と人差し指で拭って感想をくれる。
「本当に?」
「うん、本当だよ、六花の愛情感じて、キュンキュンしちゃった」
「そ、そう、それならよかったけど…」
初めて点てたお茶でそこまでほめられるなんて…私はたぶん複雑な表情をしていたんだと思う。
「信じてないでしょう?」
マナの前に指を拭うためのティッシュを渡すけど、それを受け取ろうとせずに指を私の目の前に突き出す。
「味見してみる?」
「えっ!?」
「ほら、ここについている抹茶」
親指と人差し指を私の前に差し出してくる。わずかに残る抹茶で、指先はうぐいす色をしている。
「せっかくだから、ね?」
「う、うん」
マナは私が「うん」って言うまでそうしていそうだったから、同意して唇をマナの指に近づける。
唇を開いて、マナの指2本同時に含む。最初に広がるのは抹茶の香り、舌で指先を丁寧になめると粉っぽかったりせずにちゃんと抹茶になっていた。でも、抹茶の味は最初だけ、桃まんの味とか、マナの指の味とかそんなのばかりになってしまった。
「ちゅぱ」
指から唇を離すと、ちょっと変な音が出てしまう。と、ふと気づくと、マナがニヤニヤした顔で私を見ていた。
「六花ってば、くいしんぼさんだね」
「え…?」
きょとんとしてしまう私。マナの顔はニヤニヤしたまま。
「指先をちょっと舐めるだけでいいのに、指まで食べられちゃうとは思わなかった」
「え…? …え、あ……あっ!?」
マナの言葉を最初は理解できなかったけど、その意味を理解してしまうと、私の顔は一気に熱を持ってしまう。
確かにマナの言うとおり、舌先で抹茶を舐めとればいいところ、私はなんて大胆なことをしてしまったんだろう。
でも、マナは私の唾液にまみれた指に舌先をのばして舐めとってしまうのだった。
てらてら光るマナの指、ねっとり絡まるマナの舌。ひとしきり舐めると、
「おいしかったよ、六花」
なんて言う始末。私は真っ赤な顔をしたまま「お粗末様でした」と言うことしかできなかったのだった。