夏祭りのことを思い出しながらふと浮かぶ未来のこと
それは、明るいものだけではないように思えて…
(2013年、Pixivさまにて初公開)
「昨日は本当に楽しかったね」
夏まつりの翌日、午前11時、マナとふたりのお勉強会。今はちょっと休憩中。
ゆるゆると流れるエアコンの風。私の部屋から見える外の景色はゆらゆらと揺れている。今日もまた暑くなってきた。私はカーテンをひいて外からの熱を防ぐ。
「ええ、とっても。ジコチューが現れたときはさすがにびっくりしたけど」
せっかくの夏まつり、しかも、花火の時に現れるなんて空気の読めないジコチューもいたものね。だからジコチューなのでしょうけど。
「亜久里ちゃんも楽しんでたみたいだし」
「ええ、あんなにはしゃぐ亜久里ちゃんは初めて見たわ」
昨日の亜久里ちゃんは、いつものりりしさはもちろん消えていないのだけど、年相応のかわいさや表情を沢山見ることができて、とても貴重な一日だった。
「エルちゃんもかわいかったし」
「そうね。亜久里ちゃんといいお友達になれそう」
偶然出逢った、亜久里ちゃんのクラスメイトのエルちゃん。最初の印象は引っ込み思案な子かな、って感じだったけど、亜久里ちゃんのことになると行動的になって、本当に亜久里ちゃんのことが好きなんだってわかった。
特に亜久里ちゃんと仲良しになったときのとても嬉しそうな笑顔が印象的だった。
「かき氷おいしかったなぁ」
「そうね、みんなで食べるかき氷は格別ね」
神社の石段でみんなで食べたかき氷は本当においしかったありすは何を食べても上品にみえてしまう。その姿は一枚の絵みたいになっていたし、まこぴーはあれほど言ったのに頭をずきんずきんさせていたし、亜久里ちゃんは予想通り子供離れした感想を口にするし、エルちゃんは亜久里ちゃんと交換しているときとても嬉しそうだったし。
「でも、マナ」
「ん?」
「まこぴー、本気で悲しそうだったよ」
交換しているとき、マナはまこぴーのかき氷をちょっとすくったつもりなのでしょうけど、かなりの量をごっそり持っていって、さらに、それを一口で食べてしまった。
気づいたまこぴーに追いかけられていたけど、そのあとで自分のカップを見ているまこぴーは本当に寂しそうだった。
「だって、取れちゃったものはしかたないよ」
悪びれもせずマナは笑顔で答えている。
「それでも、ちゃんと謝らないとね」
「うん、今度逢ったら謝っておくよ」
マナは素直にうなずいた。
「あ、そうだ」
「ん?」
マナは手を打って突然なにかひらめいたらしい。
「かき氷食べよう!」
「へ?」
私はすっとんきょうな声を上げてしまう。昨日食べたばかりなのに。
「ね、お願い六花。かき氷作って?」
「…わかったわ」
上目遣いで「お願い」ってマナにおねだりされて断ることができる私がいたら見てみたい。私はすぐに立ち上がって、リビングに向かう。マナも一緒に階段を下りてきた。
しゃりしゃり、音がして細かい氷が落ちてくる。昔から家にある手回し式のかき氷器。今まで数え切れないくらいのマナの、そして、私のかき氷を作ってくれた大切な夏の友達。
ガラスの器に氷の山が築かれていく。やがて見えてきた小さな雪山にさらに沢山の六つの花が降り積ってゆくと、やがてできる大きな雪山。マナの瞳が輝く。
「いちごでいいのよね?」
できあがった雪山に赤い色の滝を流す。山頂は立派な赤い色に。
「ありがとう、六花様!」
「いいえ、おやすいご用よ」
私は2つ目の雪山を構築しにかかる。あとでマナに持っていかれるのを見越して、いつも通り大盛りで。
しゃり、しゃり、この音は夏の音。夏にしか聞くことができない懐かしい音。去年、一昨年、その前、さらに前…マナと出逢ってから毎年、おうちでかき氷を沢山食べてきたことを思い出す。
幼い頃はママが。小学生の高学年くらいからは私が、こうやってハンドルを回していた。マナはいつもきらきらした瞳を大きく見開いて、雪山がつくられるのを、私や、ママがハンドルを回すのを見ていたような気がする。そう、今だって、
「マナ、溶けちゃうから、先に食べはじめていいわよ?」
自分のかき氷をそのままに、かき氷器を、雪山を、私を眺めている。いつものことなのでとりあえずは声をかけるだけかけて、引き続き自分のかき氷を作っていく。
「できたわ」
雪山は無事に築かれ、あとは青い液体を降らすだけ。山頂が青い雪山はマナにいわせれば逆富士山。初めて聞いたときはその変な例えに思わず笑ってしまった。
「先に食べていてもよかったのに」
これもいつもと同じ言葉。結局マナは自分のかき氷に全く手をつけていなかった。
「こういうのは、一緒に食べるのがおいしいでしょ?」
リビングはエアコンが効いているそう簡単には溶けないけど。でも、待たせてしまうのは悪い気がして。
「ありがとう。それじゃいただきましょ」
「うん!」
軽く手を合わせ、スプーンを握りしめる。大盛りのかき氷は困難な雪山。どこから攻めるかが重要。ちょっとでも失敗すると大雪崩が発生する。
思案顔の私の前で、マナは上手に自分の雪山を崩してゆく。本当にマナってこういうの上手よね。そう思いながら、とりあえず頂上あたりからせめてみようか、じっと青い頂上を眺めていたときだった。
「食べないの?」
雪山の横にスプーンのひと刺し。それは、声の主、マナのスプーン。真っ白だった山の横に薄く赤い亀裂が入り、スプーンが差し込まれている。
「どうやって食べようか考えていたのよ」
「うん、そうだと思った」
マナは上手に亀裂をこじ開けるようにスプーンを揺らす。
「いつも食べるとき、六花って迷ってるもんね」
やがて、上手に山が崩されて、マナのスプーンにはひとくちサイズのかき氷が残った。
「器からこぼれちゃったらもったいないじゃない?」
私はいい感じに崩れたかき氷をスプーンでかき混ぜて食べやすくする。
「そうだけど、一気に行っちゃったほうがおいしいよ」
ひとくち分とれたマナのスプーンが私に近づいてくる。
「どうしたの?」
「あ~ん、だよ、六花」
まぶしいぐらいに明るい笑顔、大きな口を開いてあ~ん、って言うマナ、とってもかわいい。
思わずつられて口をあ~ん、って開いてしまう。
「ひょいっ」
わざわざ効果音までつけて私の口の中にスプーンが差し込まれる。唇を閉じてスプーンをくわえると、口の中に広がるブルーハワイの味。かき氷は冷たくて頭が痛くなってしまいそうだけど、とってもおいしい。
マナはゆっくりスプーンを引いてゆく。名残惜しいけどマナに任せるままにした。
「どう?」
期待いっぱいの瞳で訪ねてくるマナ。もちろん私は、
「とってもおいしいわ」
そう答えた。マナも嬉しそうな笑顔に変わる。
私も自分のスプーンでひとくち分、ブルーハワイのかき氷をすくって、マナの目の前に差し出す。
「マナ、はい、あ~んっ」
「あ~~~んっ!」
もっと、嬉しそうな声で、大きな口を開くマナ。その口にスプーンを入れると、ぱくっと食べられちゃう私のスプーン。
「おいしいよ、六花」
大きな笑顔のマナ。本当においしそう。
「六花、こっちも食べるでしょ?」
自分のかき氷にスプーンを差し込んで上手にかき氷をすくうと、そのスプーンを私の目の前に差し出してきた。
「ええ、もちろん」
「それじゃ、あ~ん」
「はい、あ~ん」
マナの調子に合わせて口を大きく開く。ちょっとはしたないかな。
でも、マナのスプーンが、イチゴ味のかき氷が口の中に広がると、そんなつまらない考えも飛んでしまう。
「イチゴもおいしい!」
「でしょでしょ?」
マナはうれしそうな顔でなんどもうなずく。
「それじゃ、私も」
スプーンにイチゴを上手にすくって、マナの口にひょいって入れる。マナはとたんに幸せそうな顔になる。
そんなことを続けて、結局最後までイチゴとブルーハワイのかき氷を食べさせあった。
「やっと六花にあ~んってしてあげられたよ」
あとかたづけの時間。スプーンを拭いているマナが突然そんなことを言い出した。
「そうね。昨日はちょっと残念だった」
昨日の夏まつりではありすや亜久里ちゃんにあ~んしてもらったのは覚えているけど、マナにはしてもらえなくて…これはマナがまこぴーに追いかけられていて、そのうちに全部なくなっちゃったのが原因だけど…ちょっと寂しかった。
「去年までは毎年していたのに…」
そう、去年まで毎年、夏まつりでかき氷を食べさせあうのはお約束だった。それが残念ながら今年は途切れてしまった。11回目のお約束が果たされなかった。
「そうね…」
私はつとめて、冷静に、普段通りを装って、でも、それゆえにこんなそっけない返事になってしまった。
「残念だよ…」
「…そうね」
言葉の最後はかすれるように私ののどから紡れる。横目に、マナの指の動きがゆっくりになるのが見える。私の手の動きも同じくゆっくりに。流れる水道の音、器に当たる水滴の響き、今やそれしか聞こえないキッチン。
私はその単調な音の中、手を動かしながら、来年の夏まつりを、未来の私達を想う。
来年は中学3年生。夏まつりに行けるのかどうかもわからない。受験だから。
その次は高校生。同じ学校に行くかどうかもわからない。もしかしたら、どちらかが遠くの高校に行く可能性だってあるわけで、そうなったら夏まつりどころではなくて、毎日逢えなくなってしまう。マナは私なしで毎日無事に過ごせるのかしら。トラブルの時ひとりで解決できるかしら…
…本当は、私自身マナがいないとだめってこと、わかってる。マナに毎日逢えないと困る。
どうしてこまるの?
だって、寂しいから…
では、どうして寂しいの…?
だって、私はマナのことが
「六花?」
「ぇ…?」
水の音はさっきのまま。お皿に当たる水滴の音もさっきのまま。ゆるやかに流れる空調の音、外の蝉の声がかすかに聞こえるのもさっきのまま。そこに、私の心臓の音、ドキドキ、早い鼓動が追加された現実の世界に心が戻される。
「どしたの?」
ちょっと心配そうな顔にやさしい声で尋ねられる。
「別に」
私は平静を装ってそれだけ答える。
でも、マナのちょっと心配そうな顔は変わらずに、じっと私を見つめている。
マナの瞳は私の嘘を見抜いているように、でも、無理に問いつめないって言っているように、私をやさしく見つめている。
あまりにやさしすぎるその瞳。私はそのやさしすぎる瞳がまぶしくて、わずかに瞳をそらす。
残った器を洗おうと手を伸ばしたところでその手をやさしく捕まれる。マナの右手で、しっかりと。
「マナ…?」
瞳をあげてマナの顔を見る。さっきの優しい表情は消えて、ちょっとだけ怒った顔になっていた。少しだけ震えるくちびる、かすかに揺らぐ瞳。そんな表情、普段は決して、いいえ、今までもほとんど見たことがなかった。私は驚いてその顔をじっと見つめてしまう。
「六花のばかっ!!」
その、かすかに震えるくちびるから出たのは、思いがけない言葉。
「な…」
その声の大きさに、内容に…それよりも、感情を露わにするマナに驚いて、思わず口をもれる言葉はただひとこと。
「六花は、いつもいつもいつもいつも…自分で抱えちゃって!」
くちびるだけじゃない。震えているのは声も一緒。同じように震える瞳は、そろそろ決壊しちゃいそう。
言われて気づいた。私は自分から自分の感情とか想いを表に出すことをいつからか忘れてしまっていた。そもそもそんなものは必要ないと思っていた。普段の生活でも、プリキュアとして戦うときも、余計な感情は不要。わずかに生まれた悩みも迷いも、自分の力で、時には、時間の力で解決してきた。だから私がマナの悩みや迷いに助言をすることはあっても、逆に、私がマナに悩みや迷いを伝えて、助けてもらうことなんてなかった。たぶん、マナのことを助けるようになってから、ずっと。
「たまには…あたしのこと頼ってよ。あたしに聞かせてよ。六花の困ったこと、悩んでいること、教えてよ…」
握られた腕にかかる力が増す。ちょっと痛いけど、これはマナのこころの痛み。だから、私はただ握られるしかない。その腕の痛み、マナの手のあたたかさを感じながら、ぽつりとつぶやく。小さな声、マナに届くか届かないかの声で。
「未来を…」
そのただひとことを。
「みらい…?」
恥ずかしくて私は瞳をそらす。水が流れ続ける様子を見ながら、もう少し言葉をつぎたす。
「私とマナの未来を…」
こうやって言葉にするとちょっと恥ずかしい。そう思いながらも私のくちびるは言葉を紡ぎ続ける。
「今はふたり、一緒に毎日いられるけど、未来はどうなっちゃうのかなって、そう思っただけよ」
最後にちょっとの嘘を混ぜて言葉を切る。腕に掛かる力がちょっとだけ弱まる。私はゆっくりとマナに瞳を移す。
マナはちょっとだけ驚いたような顔に戻っている。
「あたしも、同じこと考えていたよ」
驚きの表情は優しくも微かな笑顔に戻る。
「夏まつりのかき氷のお話しているときに、来年とか再来年とか、どうなっちゃうのかなって。ちょっと考えてた」
マナも私と同じこと考えていたのね。同じこと考えていてくれたってわかるとちょっと嬉しくなる。
「でも、あたし思ったの」
さっきとは違う、震えず、まっすぐな瞳。
「たとえふたり、遠くに離れても、約束を守るって思えば絶対守れるって。違う道になっても、お互いを想っていれば、逢いたいって想えば、絶対逢えるはずだって」
そんなことわからないのに、ってのどまで出て、そのまま飲み込んでしまう。本気で語るマナを見ていると、その想いを茶化したりしてはいけない気がして。
「それに、一度途切れてしまった約束もまた最初からやり直せばいいんだよ。今度は10回どころじゃなくって、20回でも、30回でも、ずっと、たくさんたくさん、あの夏まつりでかき氷をあ~んって、続ければいいんだよ」
20回、30回…かすかに私の心に浮かぶ否定の言葉。でも、それも私は飲み込んで口から出てこないようにする。マナの瞳が、口調が、本当に叶えてくれるかのように力強かったから。
「ね?」
「うん…」
自信たっぷりなマナの話を聞くとどれも本当にできそうな気がして、私は思わずうなずいてしまう。マナはにっこり笑顔で私のことを包んでくれる。
そんなマナを見ていると、つまらないことで悩んでいた自分がちょっと情けなくって、マナにも心配かけてしまって、申し訳ない気持でいっぱいになる。
「六花、また何か考えてるでしょ?」
そんな私の気持を知ってか知らずか、マナが私の顔を見てそんなことを聞いてくる。私の心はドキッとしてしまう。
「さっきも言ったけど、なんでもいいの。六花が困ったり悩んだりしたときはあたしを頼って? あたしはそりゃ、六花みたいに頭も良くないし、正解を導くことができるかわからないけど…でも、お話聞くぐらいはできるから」
マナは私の両手をとってやさしく握って、じぃっと私の瞳を見つめる。心の奥底まで見つめるかのように、しっかりと。
「あたしが六花に頼るように、六花も、あたしを頼ってね。あたし、六花のためだったら、できる限りなんだってしてあげたい」
握られる手に力が入る。私はその手を握りなおして、しっかりとマナのあたたかさを感じながらこう伝えるのだった。
「うん…ありがとう、マナ。今度からもう少し、マナに頼ってみようと思う。だから…これからもずっと、よろしくね」
「まっかせて!」
自信たっぷりの笑顔、それは私の自信にもなる。握られた手に軽く力を入れて、私は笑顔をマナに向ける。
マナも私に笑顔をくれる。とてもやさしい、ずっと見ていたくなる私の大好きな笑顔を。