休み時間
いつもと同じ光景
そう思っていたらふいに変わる
それは、少し悲しい理由があって…

(2013年、Pixivさまにて初公開)

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ひとりきりの夜はさみしくて

 その日も、まこぴーは全ての授業の合間の休み時間を睡眠に費やしていた。

 転校してきた日から途切れることのない、彼女の休み時間のすごしかた。

 アイドルって本当に大変なのね。風邪ひかなければいいけど。そう思いながら眠る彼女を見ていたけど、いつも、いつも、休み時間が終わるまでその瞳が開かれることはなかった。

 

 でも、今日はいつもと少し様子が違っていた。

 睡眠の最中、彼女の整った顔が時々歪む。

 それは一瞬だけ。でも、すぐに元の安らかな顔に。でも、しばらくするとまた歪んで、また戻る。その繰り返し。

 その歪んだ顔も綺麗だから、やっぱりアイドルなのね、なんて思ったりして。

 ただ、あまりにその回数が多いので、体調が悪いのかと思って心配になってきた。

 本当なら起こして体調を尋ねたいところだけど、無理して起こすのもかわいそうだし、休み時間が終わって目覚めた時に尋ねればいいと思ってやめておいた。

 

 でも、残念ながらそれは叶わなかった。

 この休み時間も、終わりを告げるチャイムが鳴り、先生がいらっしゃるまでずっと眠っていたから。

 

 授業中も気になって彼女を何度か盗み見たけど、いつもと変わらずに普段通りに授業を受けていたので、さっき見た歪んだ顔は私の見間違いかな、そう思っていた。

 

 だけど、次の休み時間も、その次の休み時間も、眠る彼女の顔は同じように時々歪んでいた。

 あまりに心配で起こそうかとも思ったけど、そう思う頃には顔が戻っているので、無理に起こすことができなかった。

 

 やっと尋ねることができたのは放課後。授業が終わり、ホームルームが終わったすぐ後に。

「まこぴー」

 彼女はホームルームが終わると同時に鞄を持って立ち上がっていた。今日も仕事があるのかな。歩みも少し早い。

「どうしたの?」

 その口調に焦りが混じる。これから仕事なのだから引き止めないでほしい、そういう非難も少しだけ感じる。

「え、あ…ごめん。ちょっと気になったことがあって」

 その口調に私はちょっとためらいを感じたけど、でも、それでも、彼女のことが心配だから、

「まこぴー、今、体調悪い?」

 小さな声で手短に尋ねる。

 でも、それを聞いたまこぴーは不思議そうな顔。それどころか、ありえない、とでも言いたげな顔で、どうしていきなりそんなことを聞くの? そう言いたげな鋭い視線で私のことを見射る。

「悪くないなら、いいけど…」

 彼女の視線に気おされてしまい、私はそれ以上何も言えなかった。

「急ぐから」

 その一言だけを残していく彼女。その声はとても冷たかった。

 

 でも、翌日の休み時間も、翌々日…はお仕事で学校に来られなかった…さらにその翌日も、休み時間、眠る彼女の顔は時々を歪んでいたのを見逃さなかった。

 

 さすがに1週間も続くと私の心配も頂点に達する。

 放課後、またも急いで帰ろうとするまこぴーの腕を思わずつかんでしまった。

「まこぴー、貴女、本当に大丈夫なの?」

「なにがよ?」

 突然腕をつかまれて彼女はびっくりした顔。そして、急いでいるところを止められたので怒っているのか、口調は厳しかった。

「気づいてないの?」

「だから、なにが?」

 その言葉でわかる。彼女は本当に気づいていないことに。自分が眠っている間に顔を歪めていることを。

「休み時間に寝ているでしょう? その時、顔が辛そうに歪むことがあるの。体調悪いんじゃないの?」

「え…」

 それまでの厳しい視線と口調は消えて、驚いた表情に変わる。

 と、今度はなぜか顔を紅くして、私の腕を振りほどいて、そのまま走って教室を出てしまった。

 思ったより速く走れるところを見ると心配はなさそうだけど…突拍子もない彼女の行動、慌てふためく様子に、実は何か大きな病気で、それを隠しているのではないか、そんな余計な想像までしてしまう。

「大丈夫かな…」

 私の心配はさらに増して、彼女のことがずっと頭の中から離れなかった。

 私の背中に向かって「まこぴーの腕とかさわっちゃって、いいな~!」とか「あたしもさわりた~い!」とか言っているマナの声も放っておいてしまうくらいに。

 

 

 

 その夜、夕食後にテレビをつけるとちょうどまこぴーが出ていた。

 生放送の歌番組。彼女の『SONG BIRD』が部屋に流れ出す。

 彼女の歌声は結構好き。

 こんな素敵なアイドルがいることを知らずにいたことをちょっとだけ残念に思ったこともある。

 もっと早くに知っていれば、マナのように彼女にどっぷりはまっていたかもしれない。

 いつも見るかわいい衣装、おそろいの衣装とインカムをつけたダンサーたちの前で歌う彼女の姿は、ライトに照らされてとてもまぶしく見える。

 その、大好きな歌声に耳を傾けている時だった。

「あれ?」

 私は気づいてしまった。ちょっとした違和感に。

 よく聴いてみなければわからないほどだけど、彼女の声がいつもより伸びない。

 それは、高く、遠く、羽ばたくことができない、翼を傷つけた鳥のようで、その声も、そして笑顔のはずの表情も、苦しみに悶えているかのように見えてくる。

 私はますます心配になる。彼女の体調が。

 私は、明日こそ逃がさずに彼女を問い詰めることを決め、テレビの電源を消した。

 これ以上、傷ついた翼を無理にはばたかせる彼女を見ることができなかったから。

 

 

 

「おはよう、まこぴー!」

「おはよう、マナ、六花」

 翌朝、まこぴーはいつもと変わらずに遅刻ギリギリの到着。

 多少遅刻しても許されているみたいだけど、彼女の真面目な性格がそれを許さないのか、たとえ息を切らしても必ずギリギリには教室に入ってくる。

 嬉しそうにまこぴーに話しかけるマナの横で、私は彼女の横顔を盗み見る。

 整った、綺麗な顔。表情もいつもと変わらず。

 顔色も変わらず、雪のように透き通った白い色。

 といっても、顔色が悪いわけではない。頬に軽く朱がさす…それは走ってきたせいかもしれないけど…

 ひとしきり見た感じだとおかしなところはなさそう。

 思い過ごし…? そんな言葉が頭に浮かんだ時だった。

「なに…?」

 少しだけ冷たい言葉が私に届く。それは厳しい表情をしたまこぴーの声。

「え、あ、えっと…」

 私は言い訳を考え始めるけど、当然のことながらすぐには浮かばなくて言葉に詰まってしまう。まさか、私が見つめていたことがばれていたとは思わなかったから。

 するとマナが、

「六花もまこぴーが気になっていたから見つめていたんだよね?」

 なんて、フォローになっているのかいないのかわからないことを言う。

 私は仕方なく、

「うん…そうなの」

 そう、言葉を合わせることしかできなかった。

 

 

 

 その日の休み時間も、まこぴーは変わらずに睡眠にいそしんでいた。

 長いまつげはかすかに揺れ、寝息とともに肩はゆっくり、やさしく上下に動き、かすかに開いたり閉じたりするくちびるはみずみずしくて柔らかそうで…

 男子ならずとも見惚れてしまいそうな寝顔は私だけが専有するにはもったいないくらい。

 観察していることを忘れてしまいそうなほど素敵な寝顔。

 でも、今日もその時が訪れた。

 彼女の顔がわずかに歪む、ほんの一瞬。

 と思ったら、今日はそれが長く続く。

 額に汗、苦しそうな寝息、本当に体調が悪くなったのではないかと思ってその肩に手をふれようとした瞬間だった。

「王女様っ!!」

 大きな声で立ち上がるまこぴー。

 クラス中の視線が彼女に集まる。

 かすかに濡れる瞳を隠さず、呆然と立ち尽くす彼女。

 私は彼女に近寄って、その瞳を見つめる。

 マナも心配そうな顔をして近づいて、彼女の顔をのぞきこむ。

「お芝居の夢でも見ていたの?」

 私はごまかすためにわざと大きな声で尋ねる。

「夢の中までお仕事なんて、さすが、アイドルのかがみだね」

 マナも大きな声で伝える。

 でも、まこぴーは無表情で立ったまま。

 私はどうしようかと思っていたら、

「まこぴー、大丈夫? なんか頬赤いけど、風邪引いた? 大事な体なんだから保健室行かないと。さ、一緒に行こう!」

 マナはそう一気にまくし立て、まこぴーと私の手をひいて教室を出る。

「ちょ、ちょっと、マナ?」

 私は思わずマナを呼ぶけど、マナは何もいわずに廊下を突き進む。

 私たちの後ろ、先ほどまで静まりかえっていた教室は、もうざわめきを取り戻していた。

 まこぴーは、無表情なままマナに腕を引っ張られていた。その頬には涙の跡。

 私は、彼女が眠れない理由が少しだけわかったような気がした。

 

 

 

「先生…はいないね」

「ノックぐらいしなさい」

 保健室はがらんとして、誰もいないみたいだった。鍵がかかっていないところを見ると。先生は少し席を外されているだけかもしれない。

「まこぴーはベッド。制服しわになっちゃうから体操着持ってくる?」

「ちょっと、マナ?」

「六花はここ」

 そう言うと、ベッドの横に椅子をおいて、ぽんぽんとたたく。

「ちょっと、マナ、授業は…」

「あたしがノート取っておくから大丈夫!」

 そう言うとマナは保健室の治療簿に「剣崎真琴・10時40分・風邪」とだけ書いて保健室を出ようとする。

 と思ったらそのままの体勢で戻ってきて、

「これじゃまずいかな?」

 そう言うと、「菱川六花・10時40分・風邪」と書き直して、再び扉に向かう。

 私も扉まで追いかけたけど、

「まこぴーをみてて」

 そう言って扉を出てしまった。

 私は後を付いていくことができず、仕方なくベッドの横に置かれた椅子に座った。

 まこぴーはすでにベッドの中に入り、じっと天井を見つめていた。

 空調の音は緩やかに保健室を覆う。

 彼女は天井を見つめているだけ。私はその横顔を見つめるだけ。

 あまりに静かすぎて、私の腕時計の音まで聞こえてきそう。

 彼女は何も語らない。私も何も尋ねることができない。

 私たちの間には、ただ、ただ、静かな時間が流れていた。

 

「王女様の夢、見ちゃうの?」

 でも、静けさを断ち切ったのは私。

 それは、彼女に聞くのではなく、誰ともなしに語るように。無理に聞いても答えてくれないと思ったから。

 それでも、彼女は何も答えない。いつの間にかその瞳は閉じられているから、寝ているのかもしれない。

 私はそのまま小さな声で言葉を続ける。

「仕方ないよね。大切な人とはなればなれにさせられたんだもの」

 もし、私がマナと無理矢理はなればなれにさせられたら。そんなことを想像しようとして、できなかった。

 ちょっと考えただけで胸が痛くなってしまったから。

 でも、彼女はそれを実際に経験している。どれだけ苦しいか、とても想像できない。

「はやく見つけようね。力を合わせて、一緒に」

 私の言葉で少しだけでも元気になってくれれば、そう思って、

 今だけは、このまま安らかに眠ることができるように、そう願って、

 私は静かに、でも、強く伝える。

 すると、彼女はゆっくりと瞳を開いて私のことを見つめる。少しだけ潤んだ瞳で。

「ありがとう、六花」

 そして伝わる彼女の声。それは、今まで聞いたどの声よりも優しい声。

 不意に私の胸が「コトリ」と音を立てる。

「六花、聞いてくれる?」

 天井に瞳を戻して、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私でよければ」

 その瞳を見つめて、私はこたえる。

「ありがとう…」

 お礼の言葉の後、ゆっくり瞳を閉じる。

 しばらく瞳を閉じたまま。何を考えているのか、何を想っているのか、私にはわからない。

 そのくちびるが開かれるのをゆっくり待つ。

 

「…あのね。私、最近夢の中で王女様と離ればなれになった時のことを見てしまって、うなされる夜があるの。さっきみたいにあわてて目が覚めてしまうこともあって…そういう時は、トランプ王国が滅ぼされた時のことが勝手に頭に浮かんできて…もうこの世にひとりだけ取り残された気分になって…寂しすぎて、眠れなくなる…」

 まこぴーの苦しそうな口調、歪むまゆ。

 心の痛みが、叫びが、私の心まで押し寄せてくるよう。私の胸も苦しくなってくる。

「でも、おかしいでしょう。トランプ王国の王女様おつきの戦士がこんなことで」

 まこぴーは「ふいっ」とあっちを向いてしまう。

 そんな姿はトランプ王国のお嬢様おつきの戦士であると同時に私たちと同じ年の女の子なんだって思わせる。だから、

「そんなことない。おかしくなんてない。ひとりきりが寂しくなるのは仕方ないわ。私だって時々ひとりきりが寂しくなるから…」

 そう。私だって。静かすぎる夜、家でひとりきりで眠る時。

「六花が?」

 私の言葉にまこぴーは驚きの表情で私に向く。

 私はゆっくりとうなずく。

「私のパパは写真家で海外にいることが多いの。ママはお医者さんで病院に泊まっての勤務も多くて、家でひとりきりの夜が多いの」

 そこでふっと息を吐く。ちょっと恥ずかしいけど、でも、まこぴーも一緒かなって思うと伝えたくて。

「中学生になっても寂しさは変わらなくて、時々ひとりきりの寂しさに目が覚めてしまうこともあるの。まこぴーと一緒ね」

 そう伝えると、まこぴーは少しだけ笑ったような気がした。

「昨晩もひとりで寂しかったの。今日もひと…あっ」

 言葉の途中、私は頭の中に浮かんだ言葉をあまり考えもせずに、

「ねえ、まこぴー。今日、うちに泊まりに来ない? 今日も家でひとりだから寂しいの」

 思わず口にしてしまった。

 まこぴーは少しだけ驚いた表情を私に向けると、そのまま瞳を閉じてしまった。

 私のお誘いが唐突すぎて困っているのか、あまりにぶしつけで怒っているのか。

 私は何も言えず、黙ってまこぴーの言葉を待つ。

 ゆっくりと、私の時計の音が響く。

 ゆるやかに、空調の音が聞こえてくる。

 とても長い時間に思える一瞬がすぎ、やがて、まこぴーは再び瞳を開くと、

「六花の家に着くの、遅くなるけど、いい?」

 今日はお仕事だからと加える言葉は少しだけ明るさを取り戻していて、私は大きくうなずいた。

「夕ご飯は?」

「スタジオでいただけるから大丈夫よ」

「わかったわ。明日の朝は?」

「いつも通り学校だから、六花の起きる時間に起こして」

「OK!」

 私の言葉にまこぴーは安心したようにほほえみを向けると、そのままベッドを起きあがろうとした。

「寝ないの?」

 思わず尋ねる私にまこぴーは首をふって「勉強遅れちゃうから」と言うとそのままベッドを降りる。

 私はさっきマナが書いた保健室利用簿に「11:00・退室」と書き加えて、まこぴーと一緒に保健室に出た。

 まこぴーの足取りも少し元気になったかのよう。私はそんなまこぴーを見て嬉しくなった。

 

 

 

「それじゃ、夜に」

 放課後すぐ、まこぴーは私にそう言うと、ひらひらと手を振って教室を出る。

 私も手を振り返して見送る。

 元気そうなまこぴーの顔。誘ってよかったって思った、その時だった。

「あ~っ! 六花、なになに? まこぴーとなんの約束したの?」

 後ろから聞こえてくるのはマナの声。

 私は淡々と「まこぴーが泊まりにくるのよ」とだけ伝えた。

「え~っ! ずるい! 六花ずるい!」

 マナは本気で頬を膨らませている。

 その頬を指で押して、

「それじゃ、マナも泊まりにくる?」

 そう尋ねると、意外にも、

「ううん。やめておく」

 なんて返事。

 私が意外そうな顔をすると、

「今回は、六花に任せた方がいいかなって思って」

 そんなことを言うので、私はさらに不思議な顔をしてしまう。

 マナは私の不思議そうにしている顔を見ると、

「なんとなく、昔の六花みたいだから」

 そのマナの言葉で思い出す。あまりに昔で、それでいて、恥ずかしい思い出。

 小学生の頃、今日のまこぴーみたいに家でひとりきりで眠れなくて、思わず教室で眠ってしまって、あわてて起きたことがあった。

「同じ寂しさを知っている六花に任せた方がいいかなって」

 その言葉でわかった。マナは最初からわかっていたんだ。まこぴーの不調も、その理由も、そして、どうしたらいいかも。

「ありがとう、マナ」

「ううん、まこぴーをよろしくね」

「ええ」

 私は改めて、マナはすごいな、と思った。

 

 

 

 その日の夜、もう10時を回ろうかという頃、まこぴーはダビィが運転する車でやってきた。

「ごめんなさい。遅くなっちゃって」

 玄関に入るなり謝るまこぴーとダビィ。ふたりに玄関先で頭を下げられてしまう。

「だ、大丈夫よ。宿題やっていたから。気にしないで」

 私は思わず両手を振りながら伝える。

「とりあえず、あがって」

 ふたり分のスリッパを並べてあがってもらおうと思ったその時だった。

「私はここでいいわ」

 そう言うのはダビィ。まこぴーと私は「なぜ?」って視線を向ける。

「今日はラケルとシャルルのところに行く約束があったビィ」

 そういうダビィはすでに元の姿に戻っていた。

「シャルルと約束があったの?」

 思わずラケルに尋ねてしまう。そんなこと一言も聞いていなかったから。

「そうケル。伝えるのを忘れていたケル。ごめんケル…」

 ラケルに頭を下げられる。

「そうなの。気をつけて。シャルルとマナによろしくね」

 まこぴーはふたりを送り出す。私も手を振って送る。

 まさか、これって、マナが気を利かせて…?

 どこまでも用意周到なマナに、私は感心することしかできなかった。

 

 

 

 まこぴーは私の部屋で荷物を解く。

 並ぶ、2つの制服。それがなんだか不思議な感じがして眺めていると、

「宿題終わった?」

 ふいにまこぴーが聞いてきた。その手にはすでに宿題が。

「まだ途中なの。一緒にしよう」

「ええ。わからないところがあるから教えて?」

「うん、いいよ」

 ふたりでリビングに向かい、宿題を始める。

 でも、私はほとんど終わっていたし、まこぴーもスタジオでほとんどやっていたみたいで、あまり時間はかからなさそうだった。

 

「終わった…あれ? まこぴー」

 最後の問題が終わったところで、まこぴーが余りに静かなのに気づいて様子を見ると、ゆっくり舟をこぎ始めていた。

「まこぴー、宿題終わった? 眠いなら先にお風呂入る?」

「んぁ…」

 おおよそアイドルらしくない言葉を発したのは聞かなかったことにしてもう一度起こしてみる。

「ええ。わかったわ…先にいいの?」

 私の2度目の呼びかけにまこぴーはしっかりした口調でこたえ、いつものりりしさを取り戻していた。

「ええ、ゆっくりね。でも、お風呂で寝たらだめよ?」

 そう伝えてまこぴーを送り出した。

 

 

 

「そろそろ出てくるかな…」

 まこぴーを送り出して、ベッドの準備をして少し経った頃、着替えを持って下に降りる。でも、まこぴーはまだお風呂の中だった。

 私はリビングで本を読みながら待つ。

 静かな時間、私の好きな時間。本を読むのがはかどる。

 と、お風呂から小さな歌声が聞こえてきた。まこぴーのはな歌、ゆっくりと、リラックスした感じのそれは、私の好きな『SONG BIRD』。

 私の好きな歌声は、私の心の中に優しく胸の中にひろがっていく。

 読んでいた本を置いてその歌に聴き入る。

 やっぱり彼女の歌声は好き。そう想いながら聴いていた…

 

「…か…」

 ゆっくりと、優しい声が聞こえてくる。

「…っか……」

 そして、優しく揺さぶられる肩。

「りっかってばっ!」

「は、はぃっ!」

 はっと顔を上げて振り向くと、ちょっと心配そうなまこぴーの顔。歌声を聴きながらいつの間にか眠ってしまったみたい。

「大丈夫?」

「ごめんなさい。いつの間にか寝ていたのね」

 時計をみるとほんの10分ぐらい、寝てしまっていたみたい。

「六花もお風呂入らないと」

「ええ、そうね…まこぴーはもう眠かったら寝ていいからね」

「ありがとう。六花はお風呂で寝ないように」

「ありがと…気をつけるわ」

 私の言葉に、少しだけ意地の悪い笑顔を返して、まこぴーは階段をあがっていった。

 

 

 

 湯船につかりながらまこぴーのことを思い浮かべてみる。

 祖国を追われた最後に残されたプリキュア。その過酷な運命を。

 普通に生きてきた私には、全然想像できない。その苦しさ、悲しさ。

 夜眠れなくなってしまうのだって仕方ない。

 だから、せめて今日くらいは、そして、これからも、安らかに眠ることができるといいな。

 私は心から祈っていた。

 

「六花。ドライヤー借りていいかしら?」

 そんな時だった。

 お風呂の扉が開いて、まこぴーが声をかけてくる。

「ええ、いいわよ」

 私は振り向いてそう答えた。

 視線が交わる、私とまこぴー。

 そのまま出ていくかと思ったけど、まこぴーは動かず、視線だけをゆっくりと動かして私を見つめる。

 不思議に思っていると、

「いつも思っていたけど、六花って肌白いわね。綺麗よ」

 そう言って扉を閉めた。

 その時、私は裸だったことを思い出して、

「ちょっ、ま、まこぴー!?」

 思わず大声を出してしまった。

 あまりに自然なので気にならなかったけど、何も言わずにお風呂の扉を開けるなんて…

「トランプ王国ではこれが普通なのかしら…」

 思わず口にしてしまう。

「でも、肌綺麗って…」

 出ていく前のまこぴーの言葉…現役人気アイドルに言われるとなんだか嬉しい。

 けど、少し大きめのドライヤーの風の音に現実に戻った私は、ゆるんだ頬を軽くつねって、髪を洗うために湯船から上がった。

 

 

 

「おまたせ、まこぴー」

 お風呂からあがって部屋に戻ると、まこぴーは本を読んでいた。

「大丈夫よ。これ読んでいたから」

 そう言って見せてくれたのは結構厚い台本だった。

「こんど映画に出ることになって…あ、これ内緒だった」

 内緒をぽろっと漏らしてしまうくらいにリラックスしてくれていたのかな、そう思うと嬉しくなってしまう。

「大丈夫よ。私、なにも聞いていないから」

 そう答えるけど、心の中では、まこぴーの映画と聞いてちょっと楽しみな自分がいた。

 

「まこぴーはベッドを使ってね。ちょっと狭いかもしれないけど…」

 洗いたてのシーツ、洗いたての枕カバー。薄紫の色はまこぴーにお似合いの夜具。

 まこぴーはベッドに腰掛けて、不思議そうな顔をする。

「六花はどこで寝るの?」

「私はこっちで」

 押入から布団を出しながら答えると、まこぴーは私の手を止めてしまう。

「どうしたの? 敷けないから」

「せっかく綺麗なベッドがあるのだから、一緒に寝ましょ」

「でも、狭くない?」

「大丈夫よ。ね、六花、一緒に寝て?」

「え…」

 突然、おねだりするような口調に変わるまこぴーに、私の心が大きく音を立てる。思わずその顔を見てしまう。

 まこぴーは平然とした顔をしているようで、少しだけ頬が赤くなっていて。

「…誰かと一緒じゃないと、安心して眠れないの」

 恥ずかしそうにそれだけを言うと、私の枕を押入から取り出して、そのままベッドに乗せてしまった。

 私は黙って、まこぴーの言うことに従うことにした。

 

 

 

 灯りの消えた…いえ、まこぴーのお願いで小さな電球で黄色に染まる部屋。

 夜の1時。外は静かで、かすかに街の音が聞こえるくらい。

 すぐ隣に眠るまこぴーも静かに眠っている。

 ベッドにふたりで眠ると、体がどうしてもくっついてしまう。

 今までで一番近くで見るまこぴーの横顔がとても綺麗で、私はドキドキして眠ることができなかった。

 

 私と同い年なのに、祖国を追われた過酷な運命。

 王女様を捜すため、その想いを心に過酷な芸能界に入った覚悟。

 そんな色々と重い物を抱えて、眠れなくなってしまったまこぴー。

 でも、今は、安らかな寝顔。軽く上下に動く胸。その横顔に安心して、私はゆっくり瞳を閉じようと思った、その時だった。

「六花」

 小さな声、いつの間にか開かれていた瞳は電球の灯りを映して黄色に光っている。それはなんだかお月さまみたいに見えて、視線が離せない。

「なぁに?」

 私も小さな声で返事をする。

「今日は本当にありがとう…誘ってくれてうれしかった」

「ううん。寂しかったのは本当だもの」

 まこぴーがいることで、いつもひとりの時に心に浮かぶ不安や寂しさを今日は感じることはない。

「こんなに安らかな気持ちになれる夜は久しぶり…」

 本当に、安らかな気持ちがこもったまこぴーの声に、

「私も、安らかな気持ちで寝られそう」

 そう答えた。

 まこぴーは瞳をゆっくりと閉じてゆく。

 このまま眠るのかと思って私も瞳を閉じようとした時だった。

「滅ぼされる前のトランプ王国ではひとりで眠ることがほとんどなかったから、よけいに寂しくて…」

 軽い溜息。明るく、美しいころのトランプ王国を思い出しているのだろうか。私の知らないトランプ王国を。

「王女様にお仕えていた私は、眠る時も王女様のおそばにいたの。いつでも王女様をお守りできるように」

 真面目なまこぴーのことだから、王女様をお守りするために、夜もあまり眠らずにいたのかな。トランプ王国にいたころのまこぴーを想像してみる。

「でも、時々王女様は、私にも同じベッドに眠るようにおっしゃったわ。もちろん、丁重にお断りするのだけど、さみしいから、って」

 私が今まで見たことのある王女様は威厳のあるお姿ばかりだったから、まこぴーに甘えるお姿なんて想像できない。

 でも、王女様も人の子。そのお立場は周りから人を自然と遠ざけてきたのかも。だから、まこぴーにだけは、甘えてしまうこともあったのかもしれない。

「そんな時、横で眠る王女様はいつもより小さな、幼子のような感じがして、とても愛おしく感じたわ。王女様はそんな時、しっかりと私の手を握ってはなさないの。私は王女様がもっと安らかに眠れるように、その手を握り返して眠ったわ」

 まこぴーの瞳が再び開かれて、私を見つめる。一筋流れる涙。私はその頬を思わず指でなぜていた。

 指先に感じる冷たさは、まこぴーの寂しさ。私はその涙が二度と流れないことを祈って、もう一度頬をなぜた時、私の指がまこぴーの手に捕まった。

 寂しそうな瞳のまま、いつもとは全然違う甘い声で、

「ずっと、手を握っていて…?」

 そう、私におねだりする。

 見つめあう瞳と瞳の間で、私はまこぴーの手から指をするりと引き抜く。

 すると、まこぴーの顔が寂しさに染まる。

 私はほほえんで、まこぴーの手に自分の手を重ね、そして、指を絡める。

 まこぴーの指は暖かくて、でも、細くて、それは、子供のような指を思わせて、私はもう少ししっかりとその指を絡める。

 まこぴーもそれに応じるように指を絡めてくる。

 つかの間、手に入れた暖かさを決して離しはしない。そんなまこぴーの想いが、絡めた指から流れてくるよう。

「大丈夫よ。まこぴー、安心して」

 そんな想いを込めて、指をきゅっと握ると、まこぴーは安心したような表情でゆっくりと瞳を閉じる。

 でも…逆に私はいつもと違うまこぴーの表情はどれもかわいくて、魅力的で、心はさっきからドキドキが止まらなくて、眠ることはできなさそうだった。

「おやすみ、まこぴー」

 眠るまこぴーに小さな声でささやいた時だった。まこぴーの瞳がゆっくり開かれる。

「お願い、六花。その名前で呼ばないで」

 その声は凛としていて強く、はっきりと。

 思ったよりもしっかりとしたその声に、私は少し驚いてしまう。

「え…なら、真琴…」

 試しにそう呼んでみた。

「うん…それでもいいけど…」

 少し恥ずかしそうな声。真琴はそのまま瞳を閉じて短い横文字を口にする。

「これは、トランプ王国での名前。ほかのみんなには内緒…」

「……うん」

 マナも、ありすも、私以外誰も知らない、とても大切なこと。なんだか彼女との距離がとても近くなった気がして嬉しくなった。

 私は彼女の本当の名前をささやいて、おやすみ、って伝えた。

 安心したように眠りにつくその表情。

 ふたりの間に結ばれる指の力をちょっと強めて瞳を閉じた。

 彼女に本当の安らかな日々が来るように、この手に祖国を取り戻してもらう為に、きっと私は負けない。

 そう、誓いを込めて。

 

 

 

「あ…」

「どうしたの?」

「紅茶よりコーヒーの方がよかった?」

「大丈夫よ。ありがとう」

 翌朝、リビング、朝7時半。

 新聞を片手にトーストを食べる姿は、どう見ても仕事ができるキャリアウーマン。

 人間の姿になったダビィは何をしてもかっこよくて絵になる。

「いつもこんなに遅いの?」

「いつもギリギリまで寝かせてあげるんだけど。そろそろ危ないかしら」

 そう言いながら、ダビィが新聞を折りたたんで椅子を立ち上がろうとした時だった。

「い、いけないっ!」

 そんな声が上から聞こえてきた気がする。

 私はトーストを温めなおす。ダビィは安心した顔で再び新聞に目を通す。

「え? なに? どうして!? なんで六花の家にいるの!?」

 続いて聞こえる慌てた声に私は思わず笑ってしまった。

「まこぴーって他人の家で泊まるといつもああなの?」

「そうなの。いつものことだから気にしないであげて」

 ダビィは全く気にせずに新聞に目を通している。

 そこに、慌てた声の主が髪をとかしながらリビングに入ってきた。

「おはよう。まだ大丈夫よ。えっと…」

 彼女の本当の名前を呼ぼうとする私のくちびるに人さし指が当てられる。

「その名前はふたりきりの時だけ。今は真琴って呼んで?」

「あ、うん…」

 ちょっとだけ残念な気持ち。でも、私は元気を出して、

「おはよう、真琴」

 挨拶をする。

 真琴も元気よく、

「おはよう!」

 そう、応えてくれた。

 今までで一番元気なんじゃないかと思うその声に、私は嬉しくなった。

 

 

 

「ありがとう、六花」

 ダビィの運転する車は静かに通学路を走っていく。

 朝のまぶしい光が時々真琴の横顔に差す。

「ううん。こっちこそありがとう。楽しかったわ」

 私は笑顔で応えると、真琴も笑顔を返してくれる。

 きらきら輝く街、嬉しそうな顔の真琴。日常の風景は私の、真琴の、みんなの使命を忘れてしまいそうになる。でも…

 真琴がここにいるということが私たちの戦いがまだ終わっていない証拠。

 密やかに私の手を握る真琴の手に力を込めて、真琴やダビィ、そして、トランプ王国のみんなが再び笑いあえる日を取り戻すことができるように、もっと強くなることを誓うのだった。


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