最近テレビによく出ているアイドルの子
その歌声に気づく違和感
縁あってその子に初めて逢ったその日から
世界は大きく広がっていって

※『アイドルマスター』と『ドキドキ!プリキュア』のクロスオーバーです。

(2014年、Pixivさまにて初公開)

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歌姫、ふたり。

 それは、ある日、オフの夕方。急ぎで打ち合わせがあると呼ばれた事務所でのこと。

 あまりに急ぎだと言うものだから慌ててやってきたのに、プロデューサーが別の仕事で手がはなせなく、少し待ち時間ができてしまった。

 仕方ないから暇つぶしにとテレビをつけたそのときだった。

 画面にあふれ出す、明るい色彩のコマーシャル。

 大きな笑顔の短髪の少女が新製品を紹介している。

「エースティー、一緒に飲もっ!」

 その、明るい声と共に流れるのは元気な調子の歌。

 その歌を聴いているうちに私は違和感を覚えた。

 その少女の大きな笑顔と、流れる歌声がつながらない。どうしても。

 まるで別の人が歌っているのではないかと思うくらいにつながらない。

 

 その、大きな笑顔の少女のことは断片的に知っていた。

 この頃、急に売れてきたアイドル。

 先日発売されたアルバムはミリオンセールス。

 ドームで行われる予定のコンサートのチケットもすぐに完売。

 確か名前は…

「あ、まこぴー」

「そう、まこ…まこぴー?」

「そうだよ。剣崎真琴、愛称まこぴー。すごいよね、この子」

 私に声をかけたのは春香。声のするほうに顔を向けると笑顔を見せてくれる。

「弱冠14歳でこの売れっぷり。私、負けたくないな~」

 少しだけ挑むような色を瞳に含ませる春香。あなたも相当の売れっ子アイドルでしょうに。そう思うと思わず笑いが出てしまう。

「千早ちゃん、どうして笑うの?」

 それを見て春香はちょっと頬を膨らませるのでその頬をつつく。

「春香がほかのアイドルにライバル心を見せるなんて珍しいと思って」

「そうかな? 私もたまにはそんなことも思うんだよ、千早ちゃん」

 そして、春香の視線はテレビの中の少女へ。その視線は敵視すると言うよりも、研究熱心なときの瞳。

「春香はますます成長しちゃうわね」

 その、春香の様子に思わず出る感心の言葉。春香はもう一度、そのかわいい笑顔を向けてくれた。

 その後、剣崎真琴の話で盛り上がり、そして、他愛のない話をしているうちに、やっと打ち合わせとなった。

 

 打ち合わせの間、ずっと、私の心の中では剣崎真琴の歌が気になっていた。

 彼女の歌はとても上手で、その澄んだ声もあいまって、聴く人をとらえて離さないことは容易に想像できる。

 万人に受け入れられ、讃め揚げられ、そして、愛されるのもよくわかる。

 でも、私の心の中に生まれたこの違和感はどうしても消えず、ずっと私の心の中で引っかかっていた。

 

 

 

 翌日、私は剣崎真琴のCDを購入することにした。

 通いなれたCDショップでは大々的に彼女のことがディスプレイされていて、CDも山積みにされていて、改めてその人気を知ることになった。

 アルバムのジャケットは、かわいらしいミニスカートの衣装を身につけて、両手を上に広げている剣崎真琴の写真。

 アルバムタイトルは『~SONGBIRD~』。

 CMで聴いた曲の名前がそのままタイトルになっている。

 私がそのアルバムを手に取り、ジャケットを眺めている間にも次から次へとCDを手に取り、レジに向かう人がいて、想像以上の人気に驚いてしまった。

 他の人の流れに乗って、私もそのCDを購入して事務所に向かうことにした。

 

 事務所に着くと、美希がソファで寝ていたので起こさないように向かいに座る。

 鞄から買ったばかりのCDを取り出して、パッケージを解こうとしたそのときだった。

「あ、あれ? 千早さん? おはようなの…あふぅ」

 目覚めた美希が眠そうな気怠そうな雰囲気で体を少しあげて挨拶をしてくれる。

「おはよう、美希。起こしてしまったかしら?」

 私の心配に美希は首をゆっくり…わかるかわからないかぐらい…動かして、そんなことはないと言ってくれる。

 でも、美希が動いたのはそこまで。再びソファに横になったので、改めてCDのジャケットに瞳を落としたその時だった。

「あれ? 千早さん、アイドルのCD買うのなんて、珍しいの」

 先ほどとはうってかわり、しっかり開いた大きな瞳がとらえるのは私が持つCD。私が買うCDと言えばクラシックばかりだったので珍しく見えるのかもしれない。

「ええ、ちょっと気になって」

「ふぅん。まこぴー人気だもんね」

 しっかりと背を起こして私のCDを見つめる美希。物珍しいって瞳は変わらない。

「美希だって相変わらずすごい人気じゃない。この間だってCDがミリオンでしょう。おめでとう」

「ありがとうなの、千早さん。ミキ、千早さんにほめられるのが一番嬉しいな」

 美希はデビューから今までずっと売れ続けているアイドル。デビューするなり人気急上昇。ファーストアルバムはミリオンで、CMでも引っ張りだこ。コンサートも人気でプラチナチケットになったこともあった。

 そんなデビューからの軌跡が、何となく、剣崎真琴に似ている気がして、

「そう言えば、この剣崎真琴って子、美希に似ているわね」

 思わずそう口にした。

 すると、美希は少し不思議そうな顔に変わり、次に、何かを考えているような、そんな顔。

 やがて、考えがまとまったのか、私の瞳を見つめると、

「ミキ、どっちかっていうと、千早さんの方が似ていると思うな」

 そんなことを言う。

 私は思わず変な顔をしてしまう。剣崎真琴と私のどこが似ているというのか。

 美希はそんな私の表情を見て微笑むと、

「CD聴くとわかると思うな」

 そう言って、立ち上がって冷蔵庫へと向かう。

 私は不思議な顔をしたまま、美希の背中を見つめていた。

 

 

 

 家に帰り、いろいろと身の回りのことをして、やっと剣崎真琴のCDを聴くことができたのは夜半すぎ。

 ヘッドホンから流れ出す明るいメロディ。やがて流れ出す彼女の歌声…その歌声を聴いて、私は違和感の正体が分かった。と同時に、なんとも言えない気持ちになった。

 歌声はとても明るいけど、わずかばかりの喪失感、あきらめ、悲しみ、そんな感情をにじませた歌声だった。

 それは、以前の私の歌い方にそっくりだった。あの、すべてを受け入れるまでの私。

 彼女の歌は私の心に残るあの古い思い出を掘り返すようで、聞きたくはなかった…けど、彼女の歌声があまりに美しいので、どうしても聴き入ってしまう。私はCDを止めずに1曲目を最後まで聴いてしまった。

 続く2曲目、そして、3曲目を聴いて私はもっと驚いてしまった。

 1曲目と歌い手が変わったのではないかと思うくらい…いえ、声は変わっていないのだから間違いなく彼女の歌なのだろうけど…曲の内容がガラリと違う。

 およそアイドルには似つかわしくない、少し暴力的な歌が続く。でも、その中には多少、悲愴な意志も込められたりしている。

 そして、4曲目は悲しみとさみしさにあふれるバラード曲。彼女の声にまざる悲しみがそこかしこにあふれ、おぼれてしまうような錯覚まで覚えてしまうような、とても悲しい歌だった。

 そこまで聴いて、どうしてこんな、アイドルに似つかわしくない歌ばかりこのアルバムに入っているのだろうか、そんな疑問が頭の中に生まれる。

 彼女の事務所の売り出し方の方針だろうか…それにしては彼女のイメージから離れすぎて、良さをつぶしてしまっているように思える。

 そして、私は歌に魂が込められすぎていることにも気づいた。

 いえ、魂を削って、命を削ってすべてを捧げているようにも思える歌たち。

 もしかして、これは彼女のイメージ戦略でも、方向転換でもなく、すべて彼女の実際に身に降りかかっている出来事なのでは…?

 そんなおかしな考えまで頭の中に浮かぶ。

 でも、そうであれば、彼女がこんなに悲愴感を込めて歌を歌う理由もわかる。

 わかる、けど…私はそれ以上考えるのをやめた。

 いくら考えてもわかるわけがないし、こんな現実離れした出来事がこの平和な世の中に起こるわけがない。

 でも、そうは思っても、やはり彼女の歌声はそう思わせるのに十分で…

 もう、私の中での剣崎真琴像は「クールでキュートな売れっ子アイドル」ではなく、「心に悲愴な思い出を持つ歌姫」としか認識できなくなってしまった。

 それは、あの頃の私と似ている。美希の言葉の意味が、今、少しだけわかったような気がした。

 

 

 

 それから2週間後、私は剣崎真琴に実際に逢う機会に恵まれた。

 その日はヨツバテレビでの音楽番組の収録。

 歌姫特集というタイトルで、今をときめく剣崎真琴を始め、歌姫と呼ばれた歌手、そして、アイドルが勢ぞろいする特集の会。そこに私も出演することになっていた。

 番組の中では他の人の代表曲を歌うコーナーまで用意されていて、私は彼女のSONGBIRDを。剣崎真琴は、私の『蒼い鳥』を歌うことになっていた。

 SONGBIRDは私には似合わないような気がしたけど、プロデューサーが勝手にOKを出してしまったので仕方なく練習もしたけど…ここまでアイドルらしい明るい歌は少し恥ずかしい。

 そんな縁もあり、初めての共演ということもあり、そして、彼女自身への興味もあり、挨拶に行こうと楽屋の扉を開けた。

 と、ちょうどそこには扉をノックしようとする彼女がいた。

 

「あ…初めまして。剣崎真琴です。今日はどうぞよろしくお願いいたします」

 ノックする手を戻して丁寧にお辞儀をする彼女。

「わざわざありがとう。初めまして、如月千早です。こちらこそよろしく」

 右手を差し出すと、おずおずといった感じで右手を握り返してくれる。

 私は笑顔を向けて彼女の顔を見つめる。

 すでに着替えているその衣装はアルバムで着ていたものに少しアレンジが加えてある。

 頭には彼女のトレードマークになっているインカムが乗せられている。

 目鼻立ちはしっかりしていて、確かに人気がでるのはわかる……けど…

「剣崎さん、ちょっとだけ、疲れが顔に出ているわ」

「え…っ」

 本当に僅かに、目の前でなければわからないけど、少し顔色に疲れが見えている。

 メイクで隠してあるけど、クマもできているように見える。

「売れっ子で忙しいのでしょうけど、体調管理はしっかりね?」

 そこまで伝えて、いつも事務所の子達に声をかけているのと同じ調子で声をかけている自分に気づいた。

 ハッとして剣崎さんの顔を見ると、少しだけ、困ったような顔を一瞬だけしたかと思うと、そのすぐ後には笑顔になって、

「ありがとうございます。気をつけますね」

 その、外向けの笑顔、それも、ちょっとだけつかれている顔。

 私も外向けの笑顔を見せて、扉を閉めた。

 話してみた感じは普通なのに、なにが彼女をそこまで疲れさせているのか。そこに彼女の悲愴な歌声の秘密も隠れているような気がして、彼女のことがさらに気になってしまった。

 

 本番が始まる。

 最初は剣崎さんの持ち歌の『笑顔のプレゼント』から。

 SONGBIRDと同じく明るい歌。いつもの笑顔でしっかりと歌っている様は、まさに正統派アイドルと言ったところ。でも、やはりこんな明るい歌でも、その声にかすかにまざる、悲しみ、苦しみ。

 いつもどうしてそんな歌い方になってしまうのか、気になって仕方がなかった。

 

 やがて、番組の最後、彼女の蒼い鳥になる。

 私の代表曲であるこの歌は所々難しいらしく、カバーする人もいなければ、公式な場所で歌った人もいないと聞いていた。

 でも、私は確信していた。彼女ならしっかりと歌いきってくれるだろうと言うことに。

 落ち着いた悲しみで始まる曲、瞳を閉じる彼女。

 始まる最初のパートを聞いて、私の確信は現実となった。

 彼女の声にわずかにまざる悲しみを最大限に生かして歌われる。

 微かに起こるざわめき。でも、それすらも静めさせてしまうかのような彼女の歌。スタジオにいる誰もが黙って聴いてしまう。

 私も震えを抑えられなかった。あまりにもすごすぎて…

 彼女は蒼い鳥が持つ悲しみ、苦しみ、切なさを完全に理解して歌っていた。彼女の声が持つ微かな苦しみ、悲しみが余計にそれを際立たせる。

 あまりに魂を込めた…いえ、魂を削り、命を削って歌に分け与えたと言っても過言ではないかもしれないその歌。スタジオは彼女の歌が流れるのみでほかの音は全く聞こえなくなってしまった。

 

 歌が終わるとその場の全員が拍手をする。それも絶賛を惜しげもなく込めた、大きな拍手。席を思わず立ってしまったのは私だけではない。

 そんな彼女は大きな拍手に驚いたような顔をしていたけど、私達に笑顔を向けてお辞儀をしてくれる。

 顔を上げると、歌いきった、そんな気分が多分に含まれたさわやかな表情。

 後に聞いた話では、この時点の視聴率がその日一番だったらしい。

 彼女のすごさを改めて知ることになった。

 

 ちなみに…私のSONGBIRDもそれなりに好評だったので安心した。

 あまりに似合わなさ過ぎて笑われるということはなかったのでよかったと思う。

 

 すべて終わり、帰り支度をしていると、楽屋の扉がノックされる。

「はい」

 少し大きめの声で返事をして扉を開けると、剣崎さんがマネージャさんと立っていた。

「今日はおつかれさま」

「はい! おつかれさまでした」

 元気な声で下げる頭。もうすでに着替えているのをみると、帰る途中で寄ったのかもしれない。大きな帽子が似合っている。

「素敵だったわ、剣崎さんの蒼い鳥」

「え…本当ですか?」

「ええ、感動した」

 私の言葉に嬉しそうな顔をする剣崎さん。

「機会があったらまた聴きたいわ」

「あっ…ありがとうございます!」

 嬉しそうに顔を綻ばせると年相応の少女の表情。嬉しそうな顔のまま私の楽屋から出て行った。

 

 私のその言葉に偽りなどひとつもなかった。

 あの蒼い鳥は是非とももう一度聴きたい。じっくりと。

 そう思っていたら…思いもかけない形でかなえられることになった。

 

 

 

 翌週、レッスンから事務所に戻ると、プロデューサーに会議室に呼ばれた。

 難しそうな顔をしているから、また変なお仕事が来たのかと思って少しだけ気後れする。

 でも、そうも言っていられないので、ソファに荷物を置いて慌てて後を追った。

 

 会議室にはプロデューサーの他にレコード会社の人がいた。

 新しいCDの話だろうか、それにしては、ちょっと雰囲気がおかしい。

 不思議な気持ちで椅子に座るとさっそくプロデューサーが話を切り出す。

 

「この間、千早が出た歌番組があっただろう? 歌姫特集の」

「ええ…」

 もちろん、よく覚えている。

 剣崎さんの蒼い鳥が強烈なイメージになってよみがえる。

「あそこで剣崎真琴が歌った蒼い鳥があまりに反響がすごくてCDを出してみようかって話があるらしいんだ」

 その言葉を聞いて、私の心の中には喜びが生まれる。

 あの歌声をもう一度、しかも、永遠に聞くことができる。

 しかも、こんなに早くその夢が叶うなんて。

「でも、この歌は如月さんの代表曲と言ってもいい歌ですから、如月さんに一応お話をと思いまして…」

 確かに、私と言えばこの歌と言われるくらいに有名な蒼い鳥。

 初めて聴いたときは運命を感じた。

 歌詞を知って、その深い意味は私の心を揺さぶった。

 私の全てをかけ、全てを出し尽くした蒼い鳥は、多くの人に愛されている。

 他の人にカバーされるのは少しだけ戸惑うけど、剣崎さんが歌ってくれるのであれば。

 いえ、それよりも、あれほどの感動的な蒼い鳥はもっといろいろな人に聴いてもらいたい。

 そんなことを思い、私は即答でOKする。

 プロデューサーが驚いた顔をする。

 私は笑顔でもう一度、大丈夫です。そう答える。念を押すように。私にはなにも問題ない、そう告げるように。

 プロデューサーは複雑な、レコード会社の人はほっとしたような顔になる。

 

「実は、もうひとつお願いしたいことが…」

 でも、再びレコード会社の人は複雑な顔になる。少し言いにくそうな口調も。

 私は不思議な顔をして、なんですか、そう尋ねた答えは、もっと思いがけないことだった。

 

 

 

「剣崎さん、おはよう」

「あ、如月さん。おはようございます。この間はありがとうございました。今日もよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 レコーディングの日、スタジオに入るとすでに到着していた剣崎さんは軽い発声練習をしていた。

 普段着の彼女はシンプルな格好。長めのジャケットがよく似合う。

 私も剣崎さんと少し離れたところで同じように発声練習を始める。

 それを見て、剣崎さんの表情が変わる。不思議なものを見るような表情で私を見つめる。

「どうしたの?」

 今日のこの日を楽しみに、そして、なによりも剣崎さんに迷惑はかけられないから体調は万全にしてきた。おかげさまで今日ものどはとても調子がいい。

「如月さんも歌うんですか?」

 その言葉に、今度は私が変な顔をしてしまう。

「ええ、聴いているでしょう? 今日は私とのデュエットの蒼い鳥も録音するって」

 その、私の言葉に剣崎さんは動きが止まる。

 後ろにいる剣崎さんのマネージャさん…DBさんと言うらしい…がまずい、って顔になる。

 やがて、剣崎さんは顔を真っ赤にしてDBさんに突っかかり始める。

「ちょっと、聴いてないわよ! どういうことなのダビィ!!」

「ご、ごめんなさい、真琴…」

 その剣幕は今まで私が持っていた「剣崎真琴」のイメージを一気に崩してくれた。

 世間では凛としてかっこいい、そして、笑顔のかわいい、かっこかわいいアイドル。

 私の中では悲愴な想い出を胸に歌う悲しみの歌姫。

 でも、今のその姿は、年相応の女の子。

 ちょっと気むつかしい、でも、パワーにあふれる、中学生の女の子。

 私は剣崎真琴という人物についてまたひとつ知ることができて少し嬉しかった。

 …でも、ここまですごい剣幕だと私もさすがに止めに入ってしまう。

「まぁまぁ、剣崎さん…」

 プロデューサーも慌てて止めようとして、おろおろとしている。さすがにここまでイメージの違う剣崎真琴の姿を見たらどんな男でもびっくりだろう。

「こんなことなら、もっと私、ちゃんと練習してきたのに!」

 でも、剣崎さんの剣幕はとどまるところを知らない。それは、いつものクールなイメージとは真逆で、なんだかだんだんとおかしくなってしまった。

「ふふ、ふふふっ」

 思わず声に出てしまうしのび笑い。剣崎さんの声が止まる。

 DBさんもきょとんとした顔をこちらに向ける。

「あっ、ごめんなさい。余りに剣崎さんが感情を露わにするから…」

 私はどうしても笑いを止めることができなかった。剣崎さんはしまった、という顔をする。

 私はその剣崎さんに手を振って、

「別にバカにしたわけじゃないのよ。剣崎さんでもそうやって怒るのね、って思って」

 そう伝えると、剣崎さんに近づく。

「私、剣崎さんと一緒に歌えるのが嬉しいのよ。この前聴いた剣崎さんの蒼い鳥がすばらしくて、また聴けるのも嬉しい。今日はよろしくね、剣崎さん」

「あ、はい…」

 急におとなしくなってしまった剣崎さん。

 少し震えているのは、怒りがまだ収まらないのか、感情を露わにしてしまったことによるドキドキか…

「一緒に素敵な歌、届けましょう」

 その言葉に剣崎さんは大きくうなずくと笑顔を取り戻した。その笑顔は外向けではない、心からの笑顔。私も笑顔をかえした。

 

 レコーディングは至って問題なく進んでいった。

 先に、剣崎さんの蒼い鳥のレコーディング。

 さすがに先日歌っただけあって問題なく収録できた。

 続いて私達ふたりのデュエット。

 歌って、私は驚いた。とっても歌いやすいのだ、剣崎さんとは。

 練習の時、少し歌って思ったけど、それぞれのパートはもちろんのこと、ふたりで歌うパートも歌いやすい。

 

 デュエットは相手がいるものだから結構歌うのが難しい。

 私もデビューして最初の頃は本当に苦労して春香に迷惑をかけたこともある。

 

 当然ハモリもあるのだけど、それも上手に合わせて歌うことができる。

 私は、持っている最大の力を発揮できたのではないか、そう思うくらいに歌いやすかった。

 

 歌い終えて、私は、その剣崎さんが持つ能力の高さに驚くと共に、ひとつ、疑問がわき出てくる。

 剣崎さんは今まで誰ともデュエット曲を出したという話も、歌番組などで誰かとデュエットをしたという話も聞いたことがなかった。

 なのに、これだけデュエットになれているのだから、疑問に思うのも当然だった。

 

 すべて終わったのはもう夜の遅い時間。スタジオの椅子に座る剣崎さんは少し眠そうな表情をしていた。

「おつかれさま。とても素敵だったわ」

 紙コップに入ったお茶をさしだすと、はにかむような表情で受け取る。

 私はその横の席に失礼する。

「剣崎さんの蒼い鳥、今日も素敵だった」

 もう一度、賞賛を込めて言葉を伝えると、お茶から顔を上げ、

「ありがとうございます。如月さんの蒼い鳥もいつ聞いても素敵です」

 笑顔で応えてくれる。

 私はその笑顔を見ながら、言葉を続ける。

「そういえば、デュエット、とても歌いやすかった。剣崎さんのおかげで素敵なものが作れたわ」

 その言葉に剣崎さんは笑顔に。ありがとうございます、の言葉と共に。

 でも、その笑顔もそこまで。

「今まで誰かとデュエットとかしたこと、あったの?」

 その、私の言葉に剣崎さんの表情が固まる。笑顔が消える。

 私はまずいことを聞いたと思って言葉を探すより前に、剣崎さんの口から言葉が出てくる。

「少しだけ…前に…」

 冷たい、感情のない言葉。

 剣崎さんはそのままうつむいて心を閉ざしてしまったかのよう。

 私は、それ以上なにも話しかけることができなくなってしまった。

 

 

 

 およそ1月後、私達のCDの発売日が決まった。

 それぞれの蒼い鳥、そして、デュエットの蒼い鳥が入った、全3曲のマキシシングル。

 最初はティザー広告が打たれた。

 「歌姫、ふたり。2013.12.27.fri.」

 その文字だけが街に、新聞に、雑誌に、あふれた。

 私はその日がとても楽しみだった。

 あの、とても素敵な蒼い鳥が永遠に聴ける日が来るかと思うと。

 そして、日本中の人があの歌を聴いてくれる日が来るかと思うと。

 日が経つごとに隠されていたことが公にされて、だんだんと話題になっていって、テレビで、雑誌で、新聞で、特集が組まれ、忙しくなってきたと日々感じるうちに発売日に。

 その日、発売イベントが東京の中心地にある大型のCDショップで行われた。

 もちろん、私達ふたりが参加してのだった。

 

 控え室に入るとすでに剣崎さんは到着していて、DBさんと今日の予定を確認しているようだった。

「おはよう、剣崎さん」

「あ…お、おはようございます。如月さん…」

 少しだけ緊張した面もちの剣崎さん。なんとなくお辞儀もぎこちない。

 その様子に私は先日の剣崎さんを思い出す。

 私の言葉に、心を閉ざしたかのように急に態度が変わった剣崎さん。

 私は少しだけ心配になってしまう。今日はトークショウもあるから。

 でも、悩んでいても始まらない。私はいつも通りに剣崎さんに話しかけることにした。

「もしかして、緊張しているの?」

 私の言葉に、びくっと身体をふるわせる。

 私は理由も聞かずに言葉を続ける。

「意外ね。こういうイベントは初めてではないのでしょう?」

 私の言葉に剣崎さんはすがるような瞳を私に向ける。そして、ぽつりと語り始める。

「そうなのですけど、他の人とイベントに出るのが初めてで、トークショウとかなにを話したらいいかわからなくて…」

 そんな剣崎さんを見ると、昔の自分を思い出す。

 確かに、初めてのトークショウの時は結構緊張した。なにを話したらいいか、変な事を言ってしまったらどうしようとか、そんなことを思って。

 私は、その、微かに震える肩に手を置くと、剣崎さんの肩が、一瞬だけ大きく震える。

 私はそれを気にせず、優しく伝える。

「私も、初めてのトークショウは本当に緊張したわ。上手に話をすることができるか、盛り上げることができるか、そんなことが気になって。でも、始まってしまうと楽しくて」

 そこで一度言葉を切って、剣崎さんをじっと見つめ、

「今日は、剣崎さん、貴女とのトークショウ、楽しみにしてきたの。肩の力を抜いて、一緒に楽しみましょう」

 私の言葉に剣崎さんの肩の震えがおさまったような気がした。

 私を見上げる剣崎さんの瞳、そこにはいつもの自信の色が見えてくる。

 私は強くうなずいて、笑顔を返して自分の席へ。準備をしようと椅子に座った時だった。扉をぎこちないノックが響く。

「はい!」

 DBさんが返事をして扉を開けると3人の少女が立っていた。見たことがない少女…いや、ひとりはテレビ局で時々見かけたことがある。

 四葉財閥令嬢にしてクローバータワーの社長。ヨツバテレビの経営にも関わっていると聞いている、四葉ありす。

 ほか、ふたりの少女は見たことがない。誰だろうと考えていると、

「嬉しい! 来てくれたのね」

 剣崎さんが席を立って3人を出迎える。

「まこぴー、CD発売おめでとう! これ、あたしからの差し入れ!」

 ポニーテールに外はねの少女が袋を差し出す。

「今日のイベント、楽しみにしているから!」

 長い髪に小さなおさげを垂らした少女も期待の瞳をたたえて剣崎さんにその笑顔を向ける。

「私もです。真琴さんのCDも楽しみですわ」

 四葉さんも笑顔を向けて伝える。

 そのとき、長い髪の少女がじっと見つめる私の視線に気づいたのか、はっとした顔をしてこっちを向いて頭を下げる。

「ごめんなさい。お騒がせして…」

 その言葉とともに、ポニーテールの少女と四葉さんが同じように頭を下げる。

「大丈夫よ。気にしないでお話続けて」

 私は軽く手を振って今日の予定を確認し始めた。

 剣崎さんと3人の少女の話がこぼれ聞こえてくる。

 その話をまとめると、4人は仲のいい友達で、四葉さんをのぞいた3人はクラスメイトらしい。

 そういえば一時期話題になった。

「まこぴー、なんと公立の中学校に転入!」

 売れているアイドルは私立の中学校や高校に通うことが多いのだが、剣崎さんはあえて公立の中学校に通った。

 でも、あれほど仲のいい友達がいるのだから、その理由も今更ながらわかった気がした。

 

 やがて、予定の確認が終わったところでポニーテールの少女が私に近づいてきた。

「あ、あのっ!」

「?」

 不思議な顔で眺めていると、

「如月…千早さんですよね?」

 そう尋ねてくる。

「ええ、そうだけど…」

 その少女は物怖じせずに話を続ける。

「あたし、まこぴーのクラスメイトの相田マナです。CDの発売、おめでとうございます。まこぴーへの差し入れ、たくさんあるので如月さんも是非食べてくださいね。私のお手製の桃まんです」

「え、あ、ありがとう」

 おおよそ、有名人を前にすると彼女ぐらいの年の子は緊張するものだけど、全くその様子がない。

 逆に私がぽかんとしていると、長い髪の少女が相田マナと名乗った少女に近づき、

「またマナは! もう、いきなり話しかけると迷惑でしょう? 少しは遠慮ってものを…」

 そう言って腕を引っ張って連れ戻そうとする。

「大丈夫よ」

 笑顔を向けて伝えると、長い髪の少女ははっとしてこちらに顔を向けると、思いっきり頭を下げる。

「ご、ごめんなさい、お見苦しいところをお見せして…」

 何度も頭を下げるものだからさすがに手を振って大丈夫なことを伝える。

「大丈夫だから」

「はい…」

 その少女は相田さんの腕をとって剣崎さんの元へ戻る。

「さぁ、これ以上おじゃまするとイベントが時間通りに始まらなくなってしまいます。私たちも観覧席へ参りましょう」

 ゆったりとした口調で四葉さんが伝えると、3人の少女はそれぞれ剣崎さんへ言葉をかけ、私にもお辞儀をして出ていく。

 出ていった後で私は剣崎さんの表情を見て驚いた。とても嬉しそうな顔。今まで見たことがないくらい。

「とても素敵な友達ね」

 私の言葉に剣崎さんは少しだけ頬を赤らめると、

「はい…」

 それだけをぽつりとつぶやいた。

 相田さんが持ってきてくれた桃まんは温かくて、とてもおいしくて、剣崎さんの友達がどれだけ彼女を大切に思っているか、わかった。

 

 

 イベントは大盛況で幕を閉じた。

 初めてのトークショウと言っていた剣崎さん。緊張しているからか、おかしな発言があったけど、それゆえに笑いに包まれた、いい雰囲気のトークショウだった。

 剣崎さんの友人3人は一番前にいた。剣崎さんの言葉にうなずいたり笑ったり。私の言葉にも反応を返してくれた。

 

 CDの売れ行きも好調で、ミリオンセラーを記録して、週間の売り上げ1位にも輝いた。

 事あるごとにお祝いのイベントが開かれ、それが続くと、私と剣崎さんはユニットのように世間で見られるようになり、剣崎さんと共にライブをする事があったり、どちらかのコンサートにもう片方がサプライズで呼ばれることもあった。

 そのたびに剣崎さんの友人3人…いつからか4人に増え、ある時、5人に増え、また4人に戻り、時には6人に増えたり…楽屋にいつも顔を見せてくれていた。

 やがて、彼女の友人とも仲良くなった。

 桃まんをいつも差し入れてくれる相田さん。知的な(実際、成績はとてもよくて全国レベルと聞いていた)雰囲気の菱川さん。幾度かテレビ局で見かけたことがあったけど、話してみると意外と話しやすかった四葉さん。勝ち気な瞳の小学生、円さん。

 そんな彼女たちは剣崎さんの抱える苦しみや悲しみを知っているのかもしれない。

 剣崎さんが彼女たちに向ける瞳は信頼にあふれる瞳だったから。

 

 そのうち、時折彼女に浮かんでいた厳しい表情はほぐれていったように見えた。

 でも…彼女の歌にまざる悲しみや苦しみはいつまで経っても消えなかった。

 

 私が知ることができなかった、剣崎さんの持つ悲しみ、苦しみ。その理由が明らかになったのはそれからおおよそ1か月後。

 まるで映画みたいな出来事だった。

 

 

 

 突如、海の奥に現れたのは世界の亀裂…その言葉だけでもかなり嘘みたいなのに、そこから現れたのはキングジコチューと呼ばれる化け物。

 すべてのテレビ局が普段の放送を取りやめて、その様子を生中継で流していた。にもかかわらず、私はあまりにも現実離れした出来事に、ずっと夢でも見ているのではないかと思っていた。

 危ないからと避難する車の中で、見慣れた街が、あの、世界一を誇るクローバータワーが、だんだんと崩されていくその様子。響く轟音、巻き起こるがれきぼこり、そのどれを見ても、聞いても、やっぱり私には現実には思えなかった。

 

 春香が恐怖で震えても、萩原さんが怖さでパニックになって泣き叫んでも、悔しそうな顔で街をじっと見つめる真を見ても、それでも、私は、ずっと映画みたいだと思っていた。

 

 予定では隣の県へ避難することになっていたけど、私は無理だと思っていた。

 予想通り高速道路は大渋滞。他の一般道も車があふれて全く身動きが取れない。

 列車はパニックになった人があふれて全く動かない。

 車に据え付けられたテレビには街が破壊される様子が引き続き映し出される。

 でも、それを見つめているのは私だけだった。

 他のみんなは恐怖に震えて、頭を抱えているばかり。

 いえ、もうひとり、律子も何かを考えながら画面を見つめていた。

 世界が破壊される様子を見ると、私は昔のことを思い出す。

 全てが、全てのものが壊れてしまえばいいと思っていたことがあった。

 あの、もっとも愛する、大切な、素敵な、輝く日々が崩れさったあの日から、ずっと、ずっと。

 あの頃の私なら、この様子を嬉々として見つめていたかもしれない。

 喜んで、この失われつつある街を見に近くまで行ったかもしれない。

 でも、今の私は違う。

 もう、この世界は壊れないでほしい。

 私が、愛する仲間とともに、輝く日々を紡ぐことができるこの世界を、壊さないでほしい。

 決して、決して、いいことばかりではないけど、それでも、この世界は、私を受け入れてくれたこの世界は、決して壊れないでほしい。

 

 ふと、私の手の上に柔らかく優しい感触が乗る。

 それは、春香の手。たどって顔を見ると、恐怖で青ざめてはいる、でも、やさしい笑顔。

「千早ちゃん、怖い?」

 その声も震えている。微かに。

 私はなにも言えず、ただ、その手の上に手を重ねる。

「大丈夫だよ、千早ちゃん。千早ちゃんが手に入れた世界は絶対に壊れない」

 優しい声は暖かな声に。

「きっと、誰かが助けてくれる。そうしたら元通りだよ」

 その言葉を信じたくて、私は春香の手を軽く握る。春香も手をひっくり返して握り返してくれる。

 その時気づく。今抱えている気持ちは恐怖感なのだって。

 でも、それも、春香の優しさで少しだけ落ち着いてくる。

 もう一度テレビの中に視線を移す。と、どうも先ほどと様子が違っていた。

 テレビではあの怪物相手に戦っている人がいると告げている。

 警察か、自衛隊か、私はじっと目を凝らすとどうもそうではないらしい。アナウンサーが告げるには5人の少女ということだ。

 私は驚いてしまった。なんでそんな無謀なことをする子がいるのかと。

 でも、その時、ふと思い出す。それは、3年ほど前の横浜の出来事。

 みなとみらいに今回と同じような怪物が現れて大暴れしていたのを29人の少女が倒した話。

 その少女たちは確かプリキュアと呼ばれていた気がする。

 今回もそのプリキュアが現れたというのだろうか。

 私はじっと画面に目をこらすけど、よくわからない。

 ただ、怪物が大暴れして、誰かがそれを押さえるという事が続いていた。

 一進一退、なのだろうか。私は状況が変わらないことにやきもきしながら画面を見つめていた。

 いつの間にか春香も画面を食い入るように見つめていた。

 私は、もし、救ってくれる人がいるのであれば、是非とも救ってほしいと願っていた。

 昔の私からは考えられない感情。

 そして、もし、救ってくれる人がいるのであれば、決して無理はせずに、戦ってほしい、そう思い始めていた。

 春香の手に力が入る。

 画面では時々光が輝き、怪物が揺らめく。

 私は、心のなかで、いつの間にか応援をしているのに気づいた。

 

 しばらくして画面が止まる。

 なにが起こったのか。

 もしかして、少女たちは倒されてしまったのか。

 私の背筋が凍る。

 まさか、もう、救いはないのか…

 もしかして、この世界は全て破壊されてしまうのか。

 そう思ったときだった。

 小さめにしていたはずの音量が戻されていたのではないかと思うくらいの大音量でその声が聞こえてきた。

「相田マナよ!!!」

「は!?」

 私は思わずテレビにつっこみを入れていた。

 その声にみんなが驚いた顔を向ける。

 聞き間違いかと思った。でも、どう思い出してもその声は、その言葉は、剣崎さんの友達、桃まんの相田さんだった。

「え…と?」

 さすがの私も動揺を隠せない。春香が不思議そうな顔をする。

「どうしたの?」

 みんなが口々に尋ねてくる。

「私、この子、知ってるわ…」

 ぽつりとつぶやく言葉に、今度はみんなが驚く番だった。

「ま、まさか、剣崎さん…」

 次に思い出したのは剣崎さんのことだった。

 相田さんがプリキュアなのだとしたら、剣崎さんもそうではないのか。まず浮かんだこと。

 相田さんと剣崎さん、そして、菱川さんに四葉さんに円さん。

 全員がとても深い信頼でつながっている。その理由がこれだとしたら、それも納得できる理由ではないか。

 私は画面に目を凝らす。

 ちょうど相田さんが…かなり姿が変わっていたけど、その瞳を見ればすぐに相田さんだとわかる…が映っていた。

 そして、画面が引かれると、相田さんの仲間…菱川さん、四葉さん、円さん、そして、

「剣崎さん!」

「え、え?」

 そう、確かにそこには剣崎さんがいた。

 剣崎さんは相田さんほどに姿は変わっていなかった。

 少し髪が長くなり、特徴的な衣装を身につけている。

 その瞳は、相田さんと同様自信にあふれ、決して負けない意志をたたえていた。

「まさか…そんなことって…」

  私は驚きの言葉のまま止まる。

 やがて、テレビを通して人々が彼女たちを応援する声が聞こえてくる。

 5人は背中に翼をはためかせて大空を舞う。

 人々の応援がその背中を押し、翼をはためかせ、その瞳に自信をたたえさせ、力となっている。

 そう思うと、私もいても立ってもいられない。

 幸い、大貝町にはまだ近い場所で立ち往生をしていた。

「プロデューサー。お願いです。私も応援に…!」

 その言葉にプロデューサーが即答で拒否する。

 当然そうなるのはわかっていたけど、でも、いても立ってもいられない。

 何度もお願いをして、何度も頭を下げて、春香も一緒にお願いしてくれて、私は車を降りることができた。

「危なくなったらすぐ逃げてね、千早ちゃん。気をつけて…」

 少しだけ瞳に涙を浮かべた春香にお礼を伝えて、私は大貝町へと走り出した。

 

 

 大貝町への道は走るには遠かった。

 遠かったけど、剣崎さんを応援してあげたくて、私は走り続けた。

 そして、大きな公園に着くと、たくさんの人が集まって応援していた。

 私は空を見あげ、祈り続ける。

 決して、負けないでほしい。剣崎さんも、相田さんも、菱川さんも四葉さんも円さんも。

 そして、一度だけ見かけたレジーナと呼ばれた少女も。

 ずっと、ずっと、祈って、願って…

 彼女たちの活躍は、大勢の人の祈りは、届けられて…

 やがて、この世界は救われた。

 

 怪物は消え、ゆるやかに、やわらかに降り注ぐ陽差しは、魔法のように全てを元に戻してくれる。

 剣崎さんたちは地上戻り、大きな賞賛を浴びる。

 私はほっと胸をなで下ろし、振り返ると、そこには春香がいた。

「追いかけちゃった。千早ちゃんの大切な友達が大変なときにのんびり逃げている気にならなくて」

 私はやさしく春香を抱きしめて、耳元で感謝の言葉を伝える。

 こうして、無事を確かめあうことができる幸せを、私はかみしめていた。

 

 

 

 それからはしばらく、この話題がずっとニュースで流れていた。

 異世界から現れた怪物。それを6人の少女が救う。

 この6人の少女に対し、世界中から賞賛が浴びせられた。

 新聞でも雑誌でも彼女たちについての特集が組まれた。

 

 その少女たちの中にトップアイドルがいた。

 その話題はすべての芸能雑誌のトップを飾った。

 そこでは、剣崎さんの過去の話が…全てではないだろう…語られることになった。

 彼女はこの世界ではない、別の世界…今回できた世界の亀裂の先、トランプ王国、そこが出身であること。

 その国でも歌姫として活躍していたこと。

 そして…ここから先は私にだけ教えてくれたこと。

 彼女は仕えていた王女様を探すためにこの世界で歌を歌い始めたこと。

 それで、彼女の声にまざる悲しさや苦しさの理由がやっとわかった。

 そして、故郷を取り戻した代わりに、彼女はその大切な、その大きな存在を失った。

 号泣する彼女の声は私の胸に今でも響く。

 私の顔が思わずかすむ。あの頃の私と同じ。彼女の心はよくわかる。

 そんな私の様子を見て、剣崎さんはあわてて手を振る。

「大丈夫です。千早さん。大丈夫ですから」

 そして、少しだけ逡巡するような顔をすると、ゆっくりつぶやく。

「千早さんに昔あったこと、先日知りました」

 申し訳なさそうな顔。昔発売された雑誌で知ったのだろう。

 弟を、優を失った私の過去を。

「私も、王女様を失ったときは、もうこの世の終わりではないかと思いました。せっかく祖国を取り戻したのに、私のやってきたことは無駄なんじゃないかって思いました」

 遠くを見つめるように、私を見つめるその瞳は、懐かしい思い出に浸るような瞳。

「でも、千早さんの話を聞いて、思いました。千早さんはたくさんの仲間がいて、今の素敵な千早さんがいる。私にも大切な仲間がいる。だから、今の千早さんみたいに、素敵な女性になれるように、私もマナたちと共に前を見て歩いていこうって決めたんです」

 剣崎さんは少し頬を染めると、あわててコーヒーカップを傾ける。

 よかった。

 私みたいに世界を呪わないでいてくれて。

 私と同じような苦しみを味わうことがなくて。

 私は安心した瞳を向ける。剣崎さんも笑顔で返してくれる。

 

「あ、ごめんなさい。メール…」

 ふと、携帯を持ち上げる彼女。内容を見つめる瞳が少し険しくなる。

「マナからです。いかないと」

 その後、彼女たちはその偉大な力を使い、国や街の危機を救う仕事をしていた。

 先日は墜落してきた宇宙衛星を破壊し、大貝町を救った。他にも色々と活躍していて、そのたびにニュースになっていた。

 

 私は伝票を持って席を立つ。

「千早さんはもう少しゆっくりしていけば…」

 そう言う剣崎さんに笑顔を向けて、一緒にお店を出た。

 

 近くの公園にはすでに彼女の仲間たちが。

「こんにちは、千早さん」

 相田さんが声をかけてくれる。

「今日は何事?」

「雪山で雪崩が発生して…大規模に…」

 少しだけ焦りの声が混じるのは円さん。

「そんなの、私が炎を起こして一発じゃない」

 楽勝ね、とお気楽なのはレジーナ。

「こら! そんな事したら中の人が燃えちゃうでしょう!」

 その声は菱川さん。

 まぁまぁ、とたしなめる四葉さん。

 素敵な仲間と共に素敵な笑顔を見せる剣崎さん。

 うん、大丈夫、剣崎さんは絶対に大丈夫。

 ふと、視線が交わる、剣崎さんと。

「寒いから、決して喉に無理させないように気を付けて」

 私の言葉に剣崎さんは不思議そうな顔をする。私は笑顔を向けて伝える。

「あなたの歌声が聴けなくなったらさみしいから」

 その言葉に少しだけ顔を赤くしたように見えた剣崎さんは、

「ダ、ダビィ…行くわよ!」

 その恥ずかしさをごまかすかのように大きな声をあげ、その姿を変える。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

 変身した剣崎さんは凛々しい声で私に伝えるや否や、仲間たちとともに高い空へ飛び上がって行った。

 

 やがて、悲しみも、苦しみも、すべて乗り越えた歌声が大空から響いてくる。

 それは、空を飛びながら歌う剣崎さんの声。まるで天使の福音のよう。

 あの頃の、悲しみや、苦しみや、不安、そんなものはもう滲んでいない、透明感あふれる歌声。

 私は彼女たちの無事を祈り、空を見上げる。

 歌いながら地上に視線を移す剣崎さんは、笑顔でピースサインをしてくれる。

 翼を広げ、大空を舞う歌姫のその姿。

 私はしっかりと胸に刻みつけて、祈りをこめる。

 どうぞ、無事に終わりますように、と。

 みんなが、無事に帰ってきますように、と。

 

 歌姫の歌声は私の元に、街中に。

 嬉しそうに、楽しそうに、困難をものともしない意思を持って、大空を舞う歌姫。

 その、美しい姿は、まさに『~SONGBIRD~』だった。


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