【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した   作:髭男爵

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救世主

 間に合ったか。俺は安堵の息を吐く。

 少しばかり、仕事をして(・・・・・・)此処に来たが既に魔族の侵攻は止められなかった。

 兵士達は皆酷い怪我だが死人だけは出ていないようだ。小声で隣のアイリスちゃんに話しかける。

 

「アイリスちゃん、皆を治療してやってくれ。俺は、あいつを倒してくる」

「はいなのです。アヤメさん、お気をつけて」

「大丈夫さ、俺は八戦将と戦っても生き残った男だよ」

 

 軽くウィンクするとアイリスちゃんはくすくすと「そうですね」と言いラティオくん達の治療に向かった。

 しかし、その後についていく筈の存在がおらず、足元を見るとジャママは魔族を睨んでいた。

 

<ガゥゥ…!>

「どうしたんだ、ジャママ?」

 

 視線を辿るとジャママが睨んでいるのは魔族の爪だった。兵士達の血で濡れた鉤爪。俺は察した。あれは恐らくジャママの親を傷付けていた相手だと。

 

「ジャママ。先に言っておく。アイツに君は勝つ事が出来ない」

<ガゥッ!!>

「わかっている。君にとっては許せない相手だ。だからこそ、俺に任せてくれ。アイツもだが、君の親の仇は俺だ。だから俺がアイツを倒す。そして君がいつか大人になり、その時も俺を許せないというならば俺を殺そうとして良い。そしてそれは今じゃない」

<…カウ>

「俺は今からアイツと戦う。だから君はアイリスちゃんを守ってあげてくれ」

 

 俺の言葉にジャママは項垂れる。本当はわかっているのだろう。今の自分ではあの魔族に敵わないことに。

 だがジャママは直ぐに顔を上げ、一吠えするとアイリスちゃんの後を追って行った。…賢明な子だよ、本当に。

 

 俺は目の前の魔族を睨みつける。

 

「お話は終わったのねん?」

「あぁ。…随分と好き勝手やってくれたじゃないか」

「にゃぴにゃぴ、それにしてもまた一人馬鹿がやって来たのねん。あの娘も兵士を治療しているけど無駄なのねん。娘も、兵士も、村人も、お前もこのオニュクスの爪の(あか)としてくれるのねん。ん? 爪の(さび)だっけ? まぁ、良いのねん。それに大層自信がありそうだけど、もう村を守る事はできないのねん。わちしの仲間たちが村の人間どもを血祭りにしているはずなのね」

「仲間…か」

 俺は嘲笑するように笑い、目の前で勝ち誇るオニュクスに告げる。

「全員死んだよ」

「は?」

「俺が殺した」

 

 そう。俺がこの場に遅れたのは村の後ろに回っている魔族と魔物をジャママが野生の勘から気付いた事によって、予め全て殺して回ってたからだ。だからオニュクスの言う仲間は皆死んでいる。

 だからそう告げると、目の前のオニュクスは猫みたいな顔をゆがめる。

 …驚いているのか? あれ。

 

「戯言もいい加減にするのね!」

「いいや、俺は嘘はつかない。そう誓ったんだ。嘘だと思うなら試してみると良い。連絡する手段くらいあるだろう?」

「こ、こいつ…! おい、応答するのね!」

 

 オニュクスが腕輪に声をかける。

 その声は俺のポケットから聞こえた。俺はポケットから魔族の持っていた腕輪型の通信機を態とらしく見せる。オニュクスは憎々しげに俺を睨む。

「お前…何者なのねん」

「俺か? 俺は『救世主(ヒーロー)』だ」

「救世主なんて聞いたことないのねん! デタラメ言うなのねん!」

「そりゃそうさ。今、初めてお前に名乗ったんだから」

「ならやっぱりハッタリね! もう怒った、絶対に許さない! 泣いても喚いてもお前の体を切り刻んでやるのねん! 【旋風刻(せんぷうきざ)み】」

 

 オニュクスが疾風(はやて)の速さで消える。瞬きもする暇もなかった。

 なるほど、確かに早い。これまでの相手でも上位の早さだろう。だが俺の目には奴の動きが見えていた。何故なら

 

八戦将(やつら)と比べたら遅い!」

「なにぃっ!?」

 

 背後に回って来たオニュクスを一閃する。オニュクスは自慢の爪で受け止めたみたいだが、酷く驚いた顔をしていた。それだけ自信があったのだろう。

 

 奴の動きはただただ速さに重きを置いて技としては未熟な技術。そんな奴に俺は負けない。

 

 俺は奴が態勢を立て直す前にそのまま追撃する。オニュクスは苦しげな顔をする。

 

「ぬ、ぐ。調子に乗るなのね!」

「だったら俺を倒してみろ! この猫め!」

「ふぎゃー! お前っ! 絶対に許さないのねん! 刻んで、刻んで、粉微塵にしてやるのね!」

 

 挑発するとオニュクスは目を見開き怒る。これで良い。これで兵士の方には注意が向かないはずだ。後はこのまま押し切るだけだ。

 俺はオニュクスとの戦いを続けた。

 

 

 

 

 

「あの化け物と同等に撃ち合ってる…」

 

 ラティオは唖然と呟く。自身の目には二人の剣戟が全く見えない。

 その背後でアイリスはジャママを連れながら忙しなく動き回り一人一人の兵士の傷を癒していく。

 

「傷が…これはどういう」

「エルフの秘術です」

「腕が治った!? 殆ど千切れかけてたのに」

「エルフの秘術です」

「いや、ありえな」

「秘術です」

 

 傷ついた兵士をアイリスが、包帯で治療するように見せかけては『聖女』の力で傷を癒していく。最後にトテトテとジャママを連れてラティオの方に近寄る。

 

「ほら、貴方も見せてください」

「…」

 

 ラティオは痛みも忘れ、戦闘に魅入っていた。はぁ、とため息を吐いて気付かせるため少しばかり強めに蹴る。

 

「ていっ」 

「いっ!? 痛っ〜…!!」

「さっさと傷を見せるです。貴方は随分と怪我が多いですから放っておいたら死にますよ」

「あ、あぁ…いつつ…!」

 

 ぎゅっぎゅっと強く包帯を巻かれ、ラティオは痛みに顔を歪める。その隙にアイリスは癒しの力で傷を塞いでいく。

 するといつのまにか痛みがなくなったラティオが驚いた顔をする。

 

「傷が…痛くない」

「エルフの秘術です」

「あ、そうなんだ…」

 

 有無を言わせない言葉にラティオは何も言えなくなる。暫くは治療に専念していたアイリスだがぽつりと呟く。

 

「…前に情けないと言いましたけど訂正します。ごめんなさい」

「な、なんだよ突然」

「貴方は村を守ろうと頑張りました。その事は事実です。わたしはそんな貴方に対して情けないと言ったのです。けど、そんな事はありませんでした。貴方は魔族相手に一歩も引かず勇敢に戦った。だから謝ります。本当にごめんなさい」

「良いよ、別にもう…情けなかったのは事実だからな」

 

 彼の目は再び、二人の戦いへと移る。

 

「…あいつは、何者なんだ」

「? 何を言ってるんですか、そんなの一つだけでしょう」

「え?」

「アヤメさんが何者かだなんて見れば分かりますよ」

<カウッ!>

 

 ジャママが吠える。

 見れば、もう戦闘は佳境だ。

 オニュクスはもはやアヤメの剣戟を防ぐことも出来なくなりつつある。

 戦いの優勢は明らかだった。

 

 

 

 

 オニュクスは焦った。まさか自分の早さについてくる存在がいるとは思っていなかったのだ。

 そんな存在など自らより上の八戦将しか知らなかった。

 ーー実際オニュクスは知らなかったのだ。目の前の男こそ、自らの上司である『爆風』を倒した、その人であると。

 そして技能(スキル)と聖剣を失えど、その身体能力は『爆風』を倒した当時に比較しうる(ほど)に元に戻った事も。

 

 初めから勝敗は決まっていたのだ。

 

「は、速さでわちしが負けるなんてありえないのねん!」

 オニュクスは最早余裕もなしに喚く。その隙にアヤメの剣が振るわれ、右手の爪が斬られた。

「ありえない! ありえないありえないありえない! こんな辺境の村になんでお前みたいに強い奴がいるのねん! おかしいのねん、理屈に合わないのねん! お前は何者、何奴なのね!? まさか『真の勇者』なのね!?」

「さっきも言っただろう! 俺はーー」

 

 ラティオは思い出す。アヤメと初めて会った時の言葉を。

 

『なぁ、お前は何者なんだ?』

『俺か? 俺はーー』

 

「「救世主(ヒーロー)(だ!)…」」

「ぐ、ぎゃあぁぁぁあっ!!」

 

 煌めく一閃がオニュクスを斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族の侵攻を退けた俺は予定していた通り、次の町に向かう事にした。幸いにもこの村に被害が出たのは兵士だけ、それもアイリスちゃんの力のおかげで死人が出なかった。

 村を出ることを告げた俺に対して村の人が大挙として押し寄せた。

 

「あの、これはほんのお礼です。どうかお受け取り下さい」

「そんな、悪い…。いや、そうだね。受け取っておくよ、ありがとう」

 

 渡された食料と金を受け取る。元々金白狼の分もあるけど村を救ってくれたからと更に謝礼金も入っている。村にとって少なくない出費のはずだけど、善意を無下にするのは失礼にあたる。それに彼らに負い目を感じさせない為にこれは受け取る必要があった。

 長老が頭を下げる。

 

「貴方がいなければこの村は魔族によって滅んでいたでしょう。本当にありがとうございました」

「いいや」

 

 その言葉に俺は首を振る。

 確かに俺がいなければこの村は滅んだ可能性は高いかもしれない。だが最も努力した(・・・・・・)のは俺じゃない。俺は指を指す。

 

「この村を守ろうと一番頑張ったのは彼らだ。俺はその手助けをしたに過ぎないよ」

 

 村人達より誰よりも兵士達が驚いた顔をした。

 だが実際そうだ。彼らがオニュクスを足止めしたからこそ、俺は回り込んで来た他の魔族を倒す余裕が出来た。もしオニュクスと挟撃されたら少なくない犠牲が出ていただろう。

 俺の言葉にラティオがバツの悪そうな顔をする。

 

「いや、僕たちは結局誰一人あの魔族を止めることはできなかったし…」

「|謙遜(けんそん》するなよ。確かに君達はオニュクスには勝つ事は出来なかった。だがそれでも向かって行ったのは君達だ。君達が頑張ったからこそ俺は間に合ったんだ。だからこれは俺だけじゃない、皆の勝利だ」

 

 俺の言葉が本心だとわかったのだろう。兵士達が照れたような顔をする。するとざわつき、顔を見合わせる村人の中から、一人の子どもが彼らの前に進み出た。

 

「ありがとう、兵士さんたち!」

 

 純粋な感謝の言葉。

 子どもの言葉を皮切りに、他の村人たちも礼を言う。

「ありがとよ!」

「いつもダラけてばかりだと思ったけどやるじゃないか」

「見直したよ」

「何だかんだ言って頼りになるんだな」

「い、いや。俺たちも必死になっただけというか…」

「あぁ。ここは故郷だしな…」

「そ、そうそう当たり前っつーか何というか…」

 

 誰もが兵士達を囲んで健闘を讃え、感謝した。

 そんな村人の様子に兵士は全員が照れたり、そっぽ向いたりするも皆一様に嬉しそうにしていた。

 

「素直じゃないのです」

「そうだね、でも今回の事で彼らも少しばかりまじめに頑張ろうと思うようになるんじゃないかな」

 

 周囲が兵士達を褒める中、ファッブロが前に進み出た。手には何やらゴツゴツした何かが沢山入った皮袋がある。

「よぉ、兄ちゃん。村を救ってくれてありがとよ。これをやるよ」

「これは?」

「俺の鍛冶屋から掻き集めた短剣や研磨剤やら何やらが入っている。特に研磨剤は剣の手入れには必須だろう?」

「あぁ! そうだね、ありがとう。剣、大切にするよ」

「おうよ! 行く先々で宣伝してくれ。この剣はオーロ村のファッブロが作ったってな」

「わかったよ」

 

 笑いあいながら俺たちは別れの挨拶をする。あっさりと、それでいてさっぱりとしたものだった。

 

 ファッブロとの別れを済ますと今度はラティオくんが俺の方に向かって歩いてきた。

 

「あの」

「む! なんですか、またアヤメさんを犯罪者扱いする気ですか! わたしは謝りましたけど、それとこれは話は別ですよ!」

「ちげぇよ! そんなことするかっ。えっとだな、色々と突っかかってごめん」

 ラティオくんが頭を下げる。

「気にすることないよ。君は自分の職務を全うしようとしただけだから。それにあの時の俺は確かに怪しかったからね」

「それでも、ありがとう。アンタはこれからも旅を続けて色んな人を救うんだろ? 僕にはこの村を守るので精一杯だ。だけどアンタは『救世主(ヒーロー)』だから、その…頑張れ」

「はは、お互いにね」

 

 お互いに固い握手をする。

 最後に見た彼の顔は幾分大人びて見えた。

 

 村を去る俺たちに村人たちが手を振ってくれる。

 

「ばいばーい!」

「またなー!」

「村を救ってくれてありがとう!」

 

 純粋な感謝と暖かい声援。

 俺が守りたかったのはこれだったんだ。

 

 俺は笑って手を振りながら村を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「アヤメさんアヤメさん、次は何処に向かうのですか?」

「うん、そうだね。今度は町に向かおうか」

「町ですか、いいですね! 此処からならフィオーレという町が近いのです。そこに行ければ村では手に入らなかった調味料や日常用品を買うことができるのです。ジャママも新しい櫛や美味しい料理が食べられるのです」

<カウッ>

「そうだね、楽しみだ」

 

 これからの未来に思いを馳せながら俺は『救世主(ヒーロー)』として新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 村を救った『救世主(ヒーロー)』が去って行く。

 ラティオはずっとアヤメの背を見つめていた。

 その背が見えなくなるまでずっと。

 

「…かっこよかったな」

 見えなくなり、村人達も自らの仕事をする為に村に戻って行った後にボソリと呟く。

「あぁ、確かにかっこよかった」

「こんな俺たちを、村を守るのを褒めてくれた」

「あぁ言うのを英雄っていうのかな」

「どうだろうな。…久々にちゃんと仕事するかな」

「俺も、まじめに仕事するとするかな」

「はっ、わかってないな。俺はいつだってまじめだったぜ!」

「嘘つけぇ! 何時も酒飲んでたじゃねぇか!」

「やれやれ、不真面目なお前らが彼のようになれる訳がないだろう」

「お前寝てばっかりだったろ」

「違う、精神統一をしていたのだ」

 

 ザワザワとやる気に満ちた兵士達が持ち場に戻っていく。

 ラティオにいつも飲んだくれていた中年の兵士が話しかける。

 

「おう、ラティオ(・・・・)。さっさと仕事の準備するぞ」

「だからラティオ…え?」

「あー…お前はもう坊主じゃねぇ、一人前の兵士だ。だから認めてやるよ。けどあんま気張り過ぎてぶっ倒れんなよ」

「へっ…あんたこそ酒を飲みすぎるなよ!」

 

 先に行った兵士達を追いかけラティオは駆け出す。

 いつもの日常。いつもの会話。

 だけど今日からはいつもより少しだけ頑張ろうと思えた。

 




次回、番外編。
ユウの話。乞うご期待!
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