【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した   作:髭男爵

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急変

 ピュレット家の庭園でお茶会をした次の日。

 

 町外れの自宅。

 そこで忙しなくロメオがグルグルとその場を回っていた。

 

「あぁ、どうしようどうしよう。まさかこんな事になるなんて」

 幾度となく繰り返された問答。

 だが彼は今頭を抱えていた。理由は先ほど入った仕事の依頼だ。

 

「まさか男爵様から依頼が来るなんて。断りたかったけどそんな事僕の身分の人がすれば何と言われるかわからないし…。嫌だなぁ、何事もないと良いけど…」

 

 この一帯の領主であるディアス・アル・ディーターから花束を作れとの依頼を受けたのだ。それも速やかにである。

 小心者のロメオは貴族と関わりたくない。ジュリエは特別だが、基本的に貴族というのはプライドが高い。気に入らないものを出せば逆に店を潰されかねない。

 特にディアスは、ロメオにとって淡い恋心を抱くジュリエに執心している。男としても本当は断りたい。

 

 しかし仕事は仕事だ。

 ならば完璧にやる遂げるのみ。歩き回り、ある程度趣向が決まったロメオは早速作成に入る。

 

「確か男爵様の家は100年は続く家だったな。そして確か武勇に優れた家系だったはず。なら『繁栄』の意味を持つ花を中央に、赤を周りに飾るようにして…」

 

 仕事をすれば雑念は消え、何時もの真剣な表情で製作に励む。

 暫くしてやっと納得できる花束を作ることができた。

 

「完成だ! 早速男爵様の所へ行こう」

 

 だがしかし、仕事の情熱も男爵の家に近づくにつれ冷めていくわけで。

 ロメオは、ジュリエとは対照的に派手に、大きい男爵家の館の前で胃を抑えていた。

 

「あぁ、やっぱり嫌になってきた胃が、胃が痛い…」

 

 キリキリと痛む胃を抑えながら門番に頼まれていた仕事の品を持ってきたと伝える。何故か一瞬門番は憐れむ(・・・)視線を向けた後、中に通してくれた。

 

「ふんっ、待ちかねたぞ。平民風情が貴族たる私を待たせるとは不敬にも程がある」

 

 扉を使用人に開けて貰うと何故かディアスが直接待っていた。慌てて背筋を伸ばす。

 

「も、申し訳ございません! その、こちらが依頼された品物です」

「貴様に言われずとも分かっておるわ。おい」

「はっ」

 

 ディアスの脇にいた使用人が花束を受け取り、ディアスへと差し出す。

 これで依頼は完了だ。ロメオはホッとする。

 

「こちら依頼の料金になります。どうぞお受け取り下さい」

「あ、態々すいません」

「いえ、お気になさらず」

 

 老齢の使用人から依頼料を受け取っていると

 

「なんだこの花は!?」

 

 突然ディアスの声が聞こえた。

 見れば彼は此方にロメオが納品した花束を突き出していた。

 

「貴様これはどういうことだ!?」

 

 だが一つだけ違和感があった。それは中央に差し込んだはずのない、紫色の薔薇があったことだ。

 

「これは猛毒の棘を持つ"紫荊棘薔薇"ではないか! 貴様、栄えある男爵家の当主であるこのディアス様を殺そうとしたのか! 」

「そ、そんなっ。僕はそんな花を入れていない!」

「言い訳無用! 此奴を牢に連れて行け。罪人だ」

「あがっ!」

 

 殆ど言葉も聞かずに武装した兵士がロメオを取り押さえる。嘘だ、と周りを見るも使用人たちは誰もロメオの味方をしない。ロメオの顔が絶望に歪む。

 ディアスはそれを見て意地悪く顔を笑う。

 

「そう言えば貴様、ピュレット家の令嬢に想いを寄せているらしいな」

「なっ、どうしてそれを…」

「そんなもの、私の手の者によって簡単に分かったわ。昨日も屋敷に訪れていたらしいしな。身の程を弁えろ平民。貴様みたいな下々風情が貴族に想いを寄せるなど、恐れ多いわ」

 

 事ここに至ってロメオはハメられたのだと気付いた。

 だがわかってもどうにもならない。何故なら今ここでロメオの味方は誰もいないのだから。ロメオの口が猿轡によって拘束される。

 暴れるも、戦闘職でもないロメオは使用人に敵わない。

 

「い、いったい何の騒ぎですか!?」

 

 突然驚いた声が響き渡る。

 何故か入り口にジュリエが立っていた。

 

(ジュリエさん…! )

「おや、ジュリエ嬢。来てくれたのですね」

「それは貴方が殆ど脅しの内容の手紙を送ったからでしょう。それよりもこれは何ですか!?」

「何。この私の命を狙った不届き者を捕らえただけです」

「そんなっ。彼はそんな事をする人では!」

「そんな事も何も、既に証拠品は上がっているのですよ。おい、さっさと連れて行け」

「はっ」

「んん…! んんー!!」

 

 ズルズルとロメオが引きずられ、扉の奥へ消える。

 

「やめて! 彼を離して!」

「それは出来ません。本来ならば奴は私の命を狙った犯罪人。ですが、貴方は確か奴との情があるように見えますね。ならば、ふむ。そうですね。私の頼みを引き受けてくれたら恩情を与えても良いかもしれないな」

「っ、そ、それは?」

「あぁ…」

 

 ポンとジュリエの肩に手を置き、何かを囁く。

 ディアスの語った内容にジュリエは目を見開く。

 

「勿論、受けて貰えますな?」

 

 ジュリエはその言葉を断る事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

「おい聞いたか! モギュー家の所の息子が捕まったらしいぞ! なんでも男爵様に"紫荊棘薔薇"って毒の花を送って暗殺を目論んだとか」

「はぁ? あの花屋の(せがれ)がそんなことできるわけないだろう」

「何かの間違いじゃないのか? 」

「本当だって! 掲示板に書いてあったんだから。それとどうやらピュレット家の令嬢がいただろ? そことの婚約も発表されて今日すぐに直ぐに結婚式を挙げるらしい」

「ピュレット家って没落して今や前の当主の一人娘しかいないあの? 」

「あぁ、あの町外れの館に住む人だ」

「って事はあいつはその為の生贄(いけにえ)か。確かあの倅、あの令嬢に随分ご熱心だったからな」

「残念だけどもう助からねぇな。あそこの所の花束は丁寧で女房や娘も喜んで受け取ってくれてたんだけどなぁ」

「仕方ないさ。平民で、役に立たない称号しかない俺らじゃ、貴族には逆らえねぇ」

 

 ザワザワと町民は町の中央にある大きな看板に張り出された記事を見てそれぞれの感想を言いあう。

 そこにあるのは諦めと同情。犠牲となる一人の若者への憐憫だった。

 

 町中を包む喧騒は当然朝食を食べていた俺たちの耳にも当然入る。

 

「アイリスちゃん、どう思う」

「十中八九、あのろくでなしが仕組んだに決まっているのです。あの方の庭には一切そのような毒の花はありませんでした」

「だろうね、俺もそう思う」

 

 もしかしたらと思ったけどやっぱりロクでもない者だったらしい。しかし、こうまで実力行使で来るとはもしかして昨日の暴漢も彼が差し向けた者だろうか? ありえるな。

 

「嫉妬か、はたまた私怨か。どちらにせよ、余り穏やかとは言えないね」

「それでどうしますかアヤメさん。聞いてる内容によるとこのままじゃ、ロメオさんは口封じされる可能性が高いですよ」

「決まってるさ。行こう。俺は苦いのは嫌いでね」

 

 そうだ、見過ごすわけにはいかない。

 俺はにっと笑い、コーヒーに砂糖を入れて飲み干した。

 

 

 

 

 

 何度目か分からない腹を打たれる衝撃にロメオは苦悶に満ちた、か細い声を出す。すでに口の中は血と唾液でぐちゃぐちゃでもはや鉄の味しか感じない。

 

「いい加減吐いたらどうだ? 自分は男爵様の暗殺を図りましたってよ」

 

 グイと髪の毛を掴んで顔を無理やりあげる『拷問官』の男。

 だが何度されても答えは同じだ。

 

「僕は………"紫荊棘薔薇"を……入れて…ない……」

「ちっ【痛殴】」

 

 またも頰を殴られる。ロメオの口から折れた歯が飛び出た。【痛殴】はより強い痛みを与えるスキルだ。戦闘職でないロメオにはそれがより一層苦痛を助長する。

 

「本当は後から間違いだったと言われたら厄介だからお前が暗殺を目論んだという、証拠を取りたかったが仕方がねぇ。お前案外頑固だからな。これ以上やっても無駄だろう。ならもう楽にしてやるよ」

「……ぼ…くは…死ぬの…か? 」

「そうさ。男爵様にとってお前は邪魔らしい。お前もあんな馬鹿当主に嫉妬されてこんなことになるなんて災難だな。ま、俺を恨まないでくれよ。こっちも仕事なんだからさ」

 

 男はかちゃと注射器を手に持った。ロメオはぼんやりとそれを見ていた。

 霞む視界、そんな時男の背中に誰かが立っているのに気づいた。

 次の瞬間、何者かが拷問官の首を背後から裸絞め(チョークスリーパー)した。

 

「っ!? ご、ごごご…!」

 

 拷問官は暴れるも裸絞めは解けない。やがて酸素が回らなくなり気絶した。

 何があったのかと目を凝らすと倒れた男の後ろから身体中をフードで覆い、黒い仮面を被った何かが立っていた。そうそれはまるで…

 

「えっ、死神?」

「いや、俺だよ俺」

 

 パカっと仮面のしたから別の仮面を被った男性が現れた。ロメオはその男を知っている。

 

「…アヤメさん…? なんで、ここに」

「ジャママに臭いを辿って貰ったけど、正解だったみたいだ。どうやらその様子だと随分と酷い目にあったみたいだね」

「あぁ…身体中が痛くて仕方ないよ」

「話せる元気があるなら大丈夫だ。心が死ねば話すこともできなくなる。君は幸運だ」

「幸運か…」

 ロメオは乾いた笑い声をあげた。

「はははっ、笑っちゃうよね。僕は母さんの跡を継いで花屋を経営していたんだ。真面目に。こつこつと。だけどこんなあっさりと人生が台無しになるなんて。やっぱり、ジュリエさんに好意を抱いたのが間違いだったのかな。ディアスにも言われたよ。貴様が貴族の娘に想いを寄せるなど身分を考えろって。はは…ははは…」

 

 悔しいやら情けないやら。ポロポロと涙を流しながらロメオは語る。それをアヤメはじっと黙って聞き、一言口を開いた。

 

「ジュリエさんがあのディアスと結婚するらしい」

「…え!? 」

「表向きには前々より婚約していた式を今日あげるかららしい。タイミング的にも明らかにおかしい。昨日見た限り、ジュリエさんの方もディアスに関しては気乗りしている様子はなかった。脅されている可能性が高いだろう。そしてその脅しとは君だろう」

「僕が?」

「あぁ。さて、正直に言おう。俺は君を助けに来た。今の内ならディアスに気付かれることなく、この町を去る手助けをすることができる。だけど、君はそれだけで良いのかい?」

 

 アヤメの言葉にロメオの脳内に一つの光景が思い浮かぶ。

 

 

 

 ロメオが作った花束を大事そうに、嬉しそうに手に取るジュリエ。

 

『ありがとう、私この花が好きなの』

 

 ふんわりと、儚げに笑った。

 その笑顔を見て僕は惹かれたんだ。

 

 

 

 

「っ…! 僕は、彼女が好きだ! 彼女の為になら全てを捨てたって構わない! 僕は! 彼女を助けたい!!」

「その言葉が聞きたかった」

 

 斬っと剣でロメオを封じる手鎖が壊された。

 ロメオは目を丸くしている。まさか鉄の手鎖をこうも容易く切れるとは思わなかったんだろう。

 

「結婚式はまだ始まっていない。今ならばまだ間に合う。俺がその為の道を切り開こう。君は花嫁を拐ってくると良い」

「ぼ、僕がか?」

「彼女が待っているのは君だ。ならば俺が拐うのは筋違いさ」

「そうか…そうだね…いつっ」

 

 ロメオは立ち上がろうとする。

 だが長時間の拘束された影響か、足元が覚束ずによろけたロメオを俺は支える。

 

「これじゃ、少しばかり厳しいか」

「アヤメさん、今戻りましたよ。結婚式場に向かっているせいか人が少なくて楽勝でした。見張りもいませんでしたし、やっぱり例のものもありました」

<ガゥッ>

 少しばかり野暮用(・・・)でアヤメのそばを離れていたアイリスが戻ってきた。

「そうか、良かった。それでアイリスちゃん。思ったよりロメオくんの消耗が激しい。お願いできるかい? 」

「んー…頭を撫でてくれて、髪を梳いてくれるならします」

「わかったわかった、してあげるから早く彼を治療してやってくれ」

「やった」

 

 アイリスちゃんが手をかざし、淡い光が手のひらから発光すると、みるみるロメオの傷が治っていく。

 こうして治療の最中をマジマジと見るのは初めてだが、明らかな顔の腫れが引いていくのはすごいな。

 

「すごいっ、傷が治った。これは一体」

「エルフの秘術です」

 

 あ、まだその設定続けるんだ。

 アヤメはそう思った。

 傷が治ったロメオは不思議そうに首を傾げた。

 

「何でここまでしてくれるんだい? 君がここまでしてくれる義理なんてないと思うのだけども」

「そうだね。一つは俺の連れに花束をくれた事。もう一つは悪を見放す事はできない事。そして何より俺は救世主(ヒーロー)だからだ」

救世主(ヒーロー)って…不法侵入に人を背後から首を締めて気絶させることが救世主(ヒーロー)のする事なのかい? 」

「うっ、それを言われるとこちらとしても反論できないな」

 

 確かに側から見ればどちらかといえば強盗みたいな立ち位置だ。非常事態だったとは言え、そのことについては反論できない。

 居心地悪そうに頭をかいているとロメオは軽く笑った後強い目でアヤメを見た。

 

「行きます、ジュリエさんを助け出します」

「そうか。ならば急ごう。確かに結婚式はまだだが時間はあまりない」

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