【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した   作:髭男爵

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晴れ渡る

 最初に感じたのは冷たい感触だった。

 アイリスは手足に感じる冷たさで目が()めた。

 

「う……ここは、そっか。わたし背後から攻撃されて気絶して……」

「あら、目覚めたのね」

 

 朧げに目を覚ますアイリスの目の前にいたのは漆黒の外套に身を包んだ甲高い女の声。

 遠目からしか見なかったがそれでもその声の持ち主が誰だか分かる。

 

「スウェイ・カ・センコ」

「えぇ、そうよ。くすくすくす、此方の名前は彼から聞いたのかしら」

「……あの時倒された風を装っていたのはワザとですか」

「そうよ、そう。でも、あそこまで追い詰められたのは初めてだったわ。まぁ、兵士達が押し寄せたお陰で彼がいなくなったから逃げる隙が出来たのだけれども。それにしても、その後街に潜伏していて気付いたわ。彼にとって大切な人なんでしょう? 貴方。だからこうして(さら)わせて貰ったわ。貴方のワンちゃんに偽物さんへの言伝を頼んで……ね」

 

 アイリスはアヤメがダルティスに礼を言いたいと言って工房に行くも、あの臭いをまた近くで嗅ぐのは嫌だと首を振るジャママと一緒に近くで待っていた。すると急に霧が出たと思ったら背後からの攻撃で気絶したのだ。

 何故スウェイがアイリスを確保したのか。その理由は簡単にわかる。

 

()()のつもりですか? 魔王軍の名に恥じぬ卑怯振りですね」

「あら人質なら貴方達も取るじゃない? 別に此方が初めてという訳ではないわ」

「けれども卑怯なのには変わりないのです。それに人質を取るという事は貴方が勝てないと認めているようなものじゃないですか」

「……言ってくれるわね」

 

 アイリスの表情には怯えはなかった。ここで怯えをみせたら向こうは必ずその隙をついてこようとする。だからそうさせない為にもアイリスは努めて恐怖の心を押し殺していた。

 ちらりと、話しながら周囲を確認する。

 周りの木々を操ろうにも距離が遠いし、そして何より目の前の相手がそんな隙を出来るのは思えなかった。きゅっとアイリスは唇を結ぶ。

 

 大丈夫、怖くない。

 人質というならすぐに殺される可能性は低い。

 今の自分に必要なのは時間稼ぎと情報を得る事。

 

 そう思い顔を上げるとすぐ近くにスウェイがいた。

 その時フードの奥から瞳が見えた。赤く、忌々しげに此方を見る瞳。

 思わず息を呑む。

 

 スウェイはスッとアイリスの髪に添えられた花に手を触れる。

 

「エルフの身につける花は親から与えられる自らの名の()()。そして咲き誇る花の美しさは、愛に比例する。これだけ綺麗に咲いているということはよっぽど愛されたのね……あぁ、嫉ましい」

 

 パキィッと頭の花が凍り、パラパラと砕け散る。

 親から貰った花をそのようにさせられ、アイリスはついカッとなった。

 

「何をするんですか!!」

「喧しいわ、キンキン騒ぐんじゃないわ。次はその生意気な喉でも凍らせてあげようかしら?」

「あぐっ」

 

 細いアイリスの首が掴まれる。

 ひんやりと冷たい手が僅かに力を込めて締められるも直ぐに離される。

 

「うっ、けほっ。けほっ」

「……。……冗談よ。喉を凍らせたら死んでしまうもの」

 

 アイリスは息を吸い、そしてスウェイを睨みつけた。

 

「こほっこほっ。……本当の目的は何ですか?」

「……ねぇ、貴方はどうして彼と一緒にいるのかしら?」

 質問を質問で返されるも意図が分からずアイリスは首をかしげる。

「どういうことですか?」

「何? もしかして知らないの? あはは、哀れね。いい事? 彼はかつて『勇者』と呼ばれ、そしてその名さえ嘘であり世界中の人を騙した言わば()()()なのよ!」

 

 スウェイは嬉々として語る。

 スウェイはアイリスがフォイルの正体を知らないと思っているのだ。

 

「貴方は彼に随分と入れ込んでるようだけどきっと彼は貴方を見捨てる。なぜならあれは偽物だもの。そうよ、そう。そんな奴が助けに来るはずなんてない。そうじゃなきゃいけないわ。そして貴方もそんな彼を許すはずがない。世界が彼の敵になったように! さぁ、さぁ。怯えなさい。泣きなさい。誰も助けてくれない中一人でーー」

「偽物じゃないです」

「何?」

「偽物じゃないと言ったのです。だってアヤメさん。いえ、フォイルさんは」

 

 アイリスの目を見るスウェイ。

 瞬間、一歩後ずさった。

 そこには怯えはなく、そして途轍もない信頼の色が見えた。

 

「なぜ、なぜそんな目で彼を信じられるの……っ!?」

 

 次の瞬間スウェイはバッと森の方を向いた。

 数少ない街の外に待機させておいた魔物が倒された音が聞こえたのだ。

 その事に驚くスウェイに対し、アイリスは動じずに言った。

 

「正真正銘の救世主(ヒーロー)ですから」

 

 アイリスの言葉と共にアヤメが二人の前に着地した。

 

 

 

 

 

 

 

 魔物を薙ぎ倒し、着地した俺はすぐさまアイリスちゃんとスウェイを視界に捉えた。

 スウェイはやっぱり生きていた。少しばかりスウェイの服装が破れているくらいで俺の予感は間違いではなかった。

 

 ぎりっと歯を食い縛る。もっとあそこで生死を確認しておくべきだった。

 そうなるとアイリスちゃんから離れたのは、俺の落ち度だ。

 

 俺は剣を構える。

 アイリスちゃんを救う。スウェイは倒す。もう油断はしない。

 そう決心する。

 

 ジャママは危ないからと一度置いてきた。着いてきたそうだったけど、説得した。

 魔物も、周囲にはもういない。

 後はスウェイを倒すだけだ。

 

「やぁ、また会ったね。悪いけどアイリスちゃんを返してもらうよ」

「っ。本当に来るだなんて、愚か、馬鹿ね」

「おや、折角誘いがあったから来たのに何故苦虫を噛み潰したような顔をしているんだい? 」

「減らず口をっ……! ……?(傷が治ってる? 何故? この後ろの娘の所為? 『治癒師』だったの? いえ、それは()()()()()())」

 

 何故か来た事に憤るスウェイは落ち着くように息を吐くといつもの人を小馬鹿にするような笑い方をした。

 

「ふふっ、でもそうね。確かにあのお手紙を送ったのは此方(こなた)なのだから来るのは当たり前だったわね」

「君が生きていたことに驚きはしないよ。あの時斬った感触がなかったからね」

「生憎と此方(こなた)はそう簡単には死なないわ。貴方こそ馬鹿なの? 貴方の周りにもう仲間はいない、あの時の勝利も他者からの協力によるもの。貴方一人で此方に勝てるつもりなのかしら? 」

「そうだね……正直言って、割と勝ち目が無いと思っている」

「あははっ! わかっていたのに此処に来たの? なんて愚か、馬鹿ね!」

「それでも! 俺を信じてくれる人がいるのなら俺は何度だって立ち向かうさ」

「アヤメさん……」

 

 アイリスちゃんが泣きそうな目で俺を見る。

 見れば、彼女の頭の花は無くなっていた。誰が何をしたか、一目でわかる。

 俺は怒りと憤りが沸くのを抑え、冷静にスウェイと対峙する。

 怒りは剣を鈍らせる。憤りは攻撃を雑にする。彼女を救う為に、俺は感情を押さえつけた(コントロールする)

 

「決着をつけよう。スウェイ・カ・センコ。俺は、俺の守りたい人の為にこの剣で君の(やぼう)を打ち砕く」

「っ! いちいち(しゃく)に触る……! ならばお望み通り全て氷尽くしてしまえ! 【幻夢氷霧波(ファンタズム・ホワイト・アウト)】」

 

 スウェイが叫ぶとともに猛烈な吹雪が俺を襲って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けるとそこは白銀の世界だった。

 1メートルの先も見えないほどの真っ白な空間。先ほどまでの景色は何処にもない。周囲を見渡しても途方も無い、白、白、白。

 

 てっきり直接的な攻撃を使うと思っていただけに、このような視界を塞ぐ搦め手を使ってきた事に少なからず動揺する。

 

『ここに映るのは()()()()()。貴方はそれに抗えない』

 

 スウェイの言葉が辺りに響く。

 俺はすぐさま周囲を警戒する。

 しかしスウェイの姿はどこにも見えない。此処にはいないのか? だが先程までそんなに距離は離れていなかったはず。

 様々な思考を巡らせる俺だが、それよりも重大な事があった。

 

()()……ッ!」

 

 絶え間なく白い雪と冷気が俺の命を蝕んでいく。

 体の芯から冷える感覚。

 まるで凍ったかのようだ。いや、これは事実凍っているのかもしれない。服は吹雪による雪が付着し、薄氷が出来始めている。かじかんだ体は震え、うまく動かない。

 

 このままでは不味い。すぐさまスウェイを見つけ、倒さないと。

 だが周りは白い景色。方向も場所も当てはない。

 

 それでも動かなければ凍死だ。

 俺は歩き出すことにした。

 

 

 

 

 

 ヒュウゥゥゥゥと風の音が鳴り続ける。

 

 俺はその下で、ザブザブと雪によって悪い足下を歩く。

 しかし幾ら歩いても景色は変わらない。通ってきた足跡もすぐさま吹雪で搔き消える。

「……おかしい」

 スウェイとの距離はそんなに離れていなかったはずだ。

 なのに歩いても歩いても辿り着かない。

 いや、そもそも本当に俺は歩いているのか? 振り返ってみるも歩んだはずの足跡は吹雪によってすぐ辺り一面銀色に元に戻っていて確認できない。

 ならば、やはり進むしかない。

 けど一体いつまでだ……?

 

「やっぱりこれは幻術か? くそっ、風景に変化がない。襲ってくる幻覚ならともかくこれじゃ脱出の手掛かりがない」

 

 スウェイの魔法、幻術に関しては俺も多少知識もある。【黒の魔術師】や『水の魔法使い』なら、そういった類似する魔法があるからだ。

 そして、それに対処するのは難しい。幻術は精神に直接かけてくる為、予め防御の為に技能(・・・)を発動させるか、幻術を構成している物或いは者を倒さなければならない。

 俺は技能(スキル)がないから前者は無理だ。

 

 かといって後者もまた厳しい。スウェイの姿が見えないので倒すこともできない。

 

 視界は一面銀世界。

 変わらない風景に精神的にも疲労が出てくる。人は、変わらない風景を目にし続けると次第に五感が麻痺して、やがて心も停滞するらしい。

 しかも俺は吹雪という冷気が常に身体を襲ってくるから、既に身体中の感覚が麻痺してきている。

 

「はぁ……はぁ……ぐっ」

 

 やがて体温と体力が限界になった俺は膝をついた。ガチガチと歯が鳴る。

 寒い。さむい。サムイ。

 身体中から熱が無くなっていく。

 

「まだ……だ。……俺は……まだ、……アイリスちゃんを、たす…ける……」

 

 限界の身体でそれでも歩こうとして、俺はうつ伏せに倒れた。

 立ち上がろうとするも、出来ない。最早手足の感覚がなかった。

 

 それでも身体を動かして足掻こうとする。

 しかし、次第にそれもできなくなった。

 

 ヒュウゥゥゥと風は鳴り続ける。

 

 俺の上に雪が積もる。

 もう、身体が動かない。頭がボーとする。息も、しているのかわからない。

 

 俺は、このまま死ぬのか……? 何一つとしてやり遂げることも出来ずに。

 すると不意に頭に急に何かが流れてきた。

 

『へへ、ユーはよわっちぃな!』

「うぅ、また負けた……』

 

 木の棒片手に競い合って、ユウ相手に勝ち誇る幼い頃のフォイル()

 

 これは……俺の記憶か?

 その後も俺の記憶は流れる。

 

 ユウとメイちゃんと一緒に遊んでいた時のこと。

 あの俺が逃げ出した夜のこと。

 教会で称号を授かった時のこと。

 勇者として鍛錬を積んできたこと。

 

 その全てが俺の記憶だ。

 

 こんな時なのに、俺はユウとメイちゃんが一緒にいる記憶に笑みを浮かべていた。

 懐かしいな。あんな風にバカやったりもしたっけ。

 

 不意にまた場面が変わる。

 そこにいるのは、腰掛けた俺とグラディウスとメアリー。その対面に状況がわからないのか困惑しているユウ。

 一気に肝が冷えた。

 

「やめ……ろ」

『ユウ、お前をこのパーティから追放する』

「やめてくれ……!」

『わかってくれ、ユウ。この世界では職業が……称号が全てなんだ』

「やめーー」

『お前のような『名無し』と付き合ってられないんだよ、ユウ・プロターゴニスト』

 

 ユウの傷ついた表情が見えた。

 俺は愕然と、絶望が支配する。

 違う、俺はお前のためを思って。

 俺は、お前を傷つけたいとは思っていなくて。

 

 またも場面が変わった。

 そこは橋の上。居るのは俺とメイちゃん。

 

 メイちゃんは俺に向かって悲しげに涙を目に溜め、軽蔑を含んだ声で行った。

 

『嘘つき』

 

 その言葉と共に俺は心が砕けそうになった。

 

 

 

 

 

 

「はは、ははは……」

 

 乾いた笑いと涙が流れていく。涙もまた、吹雪によって瞬時に凍り散っていく。

 もはや立つ気力すらない。このまま雪に埋もれて消えてしまいたかった。

 

 すると、またも別の景色が映る。

 これ以上、まだあるのか……?

 だがそれは、明らかに別の情景と舌足らずな幼い声が俺の目に映った。

 

『まって、すてないで』

 

 一人の幼子が誰かに向けて手を伸ばしていた。

 酷く悲しい感情が俺の心に吹き込まれる。

 

 ……今のは……。

 そんな俺の前に人影が現れる。俯せで、もはや朧気な視線を向ける。誰か見ないでも分かる。スウェイだ。

 

『彼、『真の勇者』なんだってね。彼のせいで貴方は『偽物』なんてレッテルを貼られたのね』

「だから……なんだ……」

『別に? ただ貴方が哀れで憐れで仕方ないわ。幾ら努力しようとも決して貴方は偽物でしかない。それが憐れで仕方ないの』

 

 あぁ。そうだ。

 真の勇者はユウで、それは変わることのない事実で。

 

 俺はずっと見てきた。ユウとメイちゃんが一緒にいるのを遠くから。

 俺はずっと見てきた。ユウが次第に成長するのを。二人が仲良さげに一緒にいるのを。

 俺はずっと……

 

 

ーー俺の方が強い。なら俺の方が勇者に相応しい。

 いや、待て俺は何を考えている? ユウは幼馴染で親友だ。

ーーけど奴がいるから俺は勇者になれなかった。

 違う。そうじゃない。

ーーだが、それは事実だ。

 違う! 

 

 

 思考がバラける。気持ちがぐちゃぐちゃだ。

 何を考えて、いやそもそも俺は考えているのか?

 スウェイに思考を誘導されているんじゃ。

 だが、この気持ちが嘘だとは。

 いや。

 だが。

 それでも。

 

 いつの日か、夢を語る俺がそこにいた。

 

『ふっ、それは勿論目指すは勇者だ!』

 神託のあの日、そう胸を張る幼い俺。

 

 勇者。

 あぁ、そう勇者だ。

 俺が目指して、俺が努力してた、俺の夢。

 

 だけども、俺は『偽りの勇者』、決して本物にはなれない紛い物(フォイル)

 俺は決して(まこと)にはなれない。俺の全ては『真の勇者(ユウ)』を生み出すための物。

 誰からも顧みられず、誰からも望まれず、誰からも認められない。

 

 それが俺の人生。

 これが俺の役割(さだめ)

 

 何か、どろりとした感情が俺の心に沸き起こる。それは汚泥のように俺に纏わりつき、蝕もうとする。

 だめだ、だめだ。

 この感情に飲まれたらもう這い上がれなくなる。

 大切な何かが、折れて無くなってしまう。

 

 だけど、どうしてか惹かれる。

 心のどこかでそれを受け入れようとする俺がいる。

 だめだ、ダメだ。

 これを受け入れたら俺はーー

 

『そう貴方は本物にはなれなかった。憐れで、悲しくて仕方ない人。だったらーー殺せば良いのよ』

 

 そんな俺の背を後押しするように。

 甘い毒が耳元で(ささ)いた。

 

『勇者の称号は一人だけ。ならば彼を殺せば貴方は唯一の勇者となれる。貴方こそが勇者になれる』

「そう……なのか?」

『えぇ、そうよ』

「そうか……そうだね」

『くすくす、分かったのならば剣を持ちなさい。そしてその命を奪うの。貴方だって彼が憎い(・・)でしょう?」

「ーー憎い(・・)?」

 

 その言葉にスウェイは頷く。

 

『えぇ、そうよ。彼がいたから貴女は本物になれなかった。それが憎い以外何があるのかしら? だから剣を取りなさい。そしてその切っ先で勇者を殺すの。そうすれば本当に意味で貴方こそが勇者になれるのだから!』

 

 何処か芸者の如く語るスウェイ。

 スラリと俺の剣を抜き、目の前に突き刺す。

 

『さぁ、その剣を持って成りかわるのよ。貴方が本物になるために!』

「……あぁ、そうだね」

 

 剣を握る。

 立ち上がる。

 それをみて嗤うスウェイ。

 

 その言葉に俺はきっぱりと告げた。

 

 

 

 

 

断る(・・)

 

 簡潔に告げた、完全な拒絶。

 

 初めて囁く声が困惑に揺らぐのを感じた。

 

『何故? 何故? 貴方は彼が憎くないの?』

「悪いね、俺はユウを憎んだことは一度もない」

 

 そうだ。俺はユウを憎んだことはない。

 自らの称号を嘆いたことはあった。境遇を悲観したこともあった。

 

 俺が救えない(・・・・)人々を救える(・・・)であろうユウを羨むこともあった。

 

 だが、それだけだ。俺は一度たりともユウを憎んだことなんてない。

 

 夢だったんだ。

 人を救う『勇者』になりたいって。

 

 確かに俺は『勇者』にはなれなかった。

 なることは出来なかった。

 

 それは事実だろう。

 

 

 俺は周りが敵だらけで、信じてくれる人が居なくてもそれでもなお、戦い続けた。

 

 何故なら夢だったんだ。

 勇者みたいになりたいって。その為には剣を取った。間違って二人を傷つける為にじゃない。

 そうだ、あの時から俺が戦い続けたのは決して自暴自棄なんかじゃない。俺自身が、みっともなくとも、カッコ悪くても、誰からも求められていなくても、そうしたかったから戦い続けたんだ。

 

 俺が戦ったのは誰かを救いたいという想いと勇者になりたいという憧憬。

 そして何よりも二人が大切だという至極簡単な結論だった。

 

 そうだ。俺は二人が大切だ。

 勇者を目指したのだって世界を救う前に二人を守りたかったからだ。

 

 だからその想いは偽り(・・)なんかじゃない。

 この想いは(ほんとう)だ。

 

 誰にも、この想いは否定させなんてしない!!

 これは俺自身が決めたことだ!!

 

「それにアイツは今も世界を救う為に戦っている。ならさ、親友の俺が折れる訳にはいかないだろ?」

 

 軽くウィンクする。

 胸を張って言える親友が今なお世界を救うために戦っているのだ。そんな中、勝手に折れて勝手に逆恨みするだなんて。

 かっこ悪いし、したくない。

 

『そんな……ありえないっ! わからないっ! 理解できないわ!』

「別に理解してもらえなくても構わないさ。スウェイ、アンタの相手が俺で良かったよ。ユウが相手だとあの泣き虫、俺への後悔であんたの甘言に乗ってしまったかもしれない。ま、メイちゃんが側にいるなら大丈夫だとは思うけどな」

『くっ、偽物風情が』

「偽物? いいや違うね」

 

 いつのまにか吹雪は止んでいた。

 冷えたはずの体が温かい。心もだ。

 

 もう迷いはない。

 こんな俺に、勇者ではなくなった俺に手を差し伸べてくれた女の子がいた。

 その子の為にも俺は負けられない。

 

 そう、道はすでに見えた。

 ならば、胸を張って言おう。

 

「俺は救世主(ヒーロー)だ」

 

 (よどみ)みなく、清々(すがすが)しい気持ちで俺は剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が斬ったのはどうやらスウェイ本人だったらしい。悲鳴をあげ、スウェイは地面へと倒れ込んだ。

 

 スウェイが倒れた事で白一色だった視界も晴れる。

 再び元に戻る暗い夜の森。積もったはずの雪もどこにもない。

 

 どうやら俺はあの場から一歩も動いていなかったらしい。

 そうなるとやはりあれは幻覚だったのだ。

 

 視界が晴れると同時にアイリスちゃんを拘束していた氷も砕け、すぐさま俺の胸にアイリスちゃんが飛び込んでくる。

 

「アヤメさん!」

「ゴメンねアイリスちゃん、心配をかけた」

「本当ですっ……! 途中で倒れて、スウェイが近づいて、あのまま、氷漬けになって死んじゃうかと……! 良かった、心臓が動いてる……。生き、てる……!」

「……うん、俺は生きてるよ」

 

 痛い程抱きしめ俺の心臓の音を聴くアイリスちゃんの頭を撫でる。彼女はより、背中に手を回し強く抱きついた。

 

 アイリスちゃんには心配をかけちゃった。

 でも、俺はもう大丈夫だ。

 より抱きついてくるアイリスちゃんを俺もまたより強く抱きしめた。

 

「く……ぁ……」

 

 うめき声。

 アイリスちゃんの胸に抱きながら俺は剣を構える。スウェイは未だに生きていた。斬った時にフードが破け、スウェイの正体が露わになっている。

 するとアイリスちゃんは何やらスウェイの正体に驚いていた。

 

「あれは……まさか()()()()()()?」

()()()()()()?」

 アイリスちゃんが驚いたように目を見開く。聞き慣れない言葉だった。

「アイリスちゃん、エルフって事は君と同じ種族なんだよね。何が知っているのかい?」

「それは……」

「頼む、()()()()()()()()()()()()()()

 アイリスちゃんは俺の言葉に、少し考え込むような動作をしつつも、言葉を紡ぎ始めた。

 

「アヤメさんは知っていますよね? わたしたちエルフは『魔法使い』のように体内のマナを消費せずとも、周囲のオドを利用し、精霊に呼びかけることで人間でいう火・土・風・水の4元素を操ることができます。わたしたちエルフには、()()()()()()()()()()。『称号』も、与えられることはありません。でも、『職業(ジョブ)』がなくても、先程行った魔法は扱えるのです。それを私たちは精霊魔法とも言いますけど、他にもアヤメさんに見せた植物を操るのもエルフの固有の能力です。とにかく、我々エルフと精霊は切っても切れない関係なのです。それで、その……」

 

 アイリスちゃんは言いづらそうに、憐憫(れいびん)と複雑な色を瞳に浮かべながら言った。

 

「ダークエルフとは、わたし達の中ではタブーとされた生まれながらに()()()()()()()()()()です」

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