【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した 作:髭男爵
忙しくなったので更新頻度を下げます。申し訳ありません。
「…………きて………ぇ、おき…………」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
ゆさゆさ、ゆさゆさと。
体を
恐らくはアイリスちゃんだろう。けど俺はまだちょっと眠い。身体もまだ起きたくないと言っている。
だから
「起きてってば。じゃないと、冷たい冷気を首筋に流し込むわよ」
「う〜ん、それは勘弁してほしいかなぁ…………冷気?」
何やら
目の前にはサラリとした少し青みかかった綺麗な銀髪の綺麗な褐色の肌のコントラストが綺麗な驚く程の美人さんが俺の身体にしなだれながらこちらをその紅眼で見つめていた。
どうやら
「ん……、んっ!? え、何これ!?」
「あ、起きた。おはよう」
「え、あ、お、おはよう?」
「あー! 貴方何やってるんですか!」
突然叫ぶ声が聞こえてそっちを向くと、きのみを抱えたアイリスちゃんが天敵を見る目でこっちを見ていた。
「何って起こしてるの。わかるでしょ?」
「起こすのはわたしの役目です! それをわたしがきのみを集めに行った隙をつくなんて! どうやってあの縄から抜けたんですか、どろぼうねこ!」
「あの程度凍らせたら簡単に砕けるし
「ちみっ……し、しつれいですよ!」
ばっと胸を押さえて顔を赤らめるアイリスちゃん。
その間に俺は起きたばかりの頭を総動員する。確か俺が倒れるように眠る前に
そうだこの女性の名は
「まさかスウェイ……か? 」
「えぇ、そうよ。まさか忘れたの?」
「あぁ、いや。ちょっと記憶の中の君と比べて余りに違っていて混乱しているというか……」
「それはそうよ。だってあの時の貴方と
確かに俺は彼女を救おうと手を差し伸べた。
けど、まさかここまで性格が変化するとは思っていなかった。というか、戦っていた時の
俺の混乱を
「何? まだ目が覚めないの? しょうがないわね。確か……本で読んだけどこうすれば良いんだっけ?」
「わぷっ!?」
突然俺は彼女の胸に頭を抱き抱えられた!
えっ、なに!? どうなっているの!? あ、柔らかくて温かい……なんか安心する。
そう、昔死んだ母さんに遊び疲れた時にこうやってして貰っていたっけ……。
「ちょっと! アヤメさんを誘惑するのはやめてください!」
「ふふん、持つ者と持たざる者の差ね」
「調子に乗らないでください! わたしだってあと数百年あれば……あれば…………、うぅ、母様はあそこまで胸は大きくありませんでした……」
何やら悔しそうに
っと、見ている場合じゃない!
「あの、起こしてくれたのはありがたいけどそろそろ離して欲しいんだけど」
「あら、貴方はこういったことは嫌い?」
「いや、嫌いかどうかと聞かれたら……好きです。はい」
「アヤメさん! そこははっきりと否定して下さいよ! 貧乳こそが最高だと! ぱぁふぇくとだと!」
「見苦しいわ。敗者は大人しくしていなさい」
「むぎゅう〜……!」
その様子を見ていた俺だけどよくよく考えたら今の俺完全にアウトじゃないか!?
「ま、待ってくれ! 年頃の女の子が軽々しくこんな風にしちゃいけないよっ!」
「あっ……」
バッと離れるとスウェイは捨てられた犬みたいな顔になる。
「ふふ……そうよね。
「えっ!? ちょっと待ってくれないかな!? 俺はそんなつもりで払った訳じゃなくてだね! だからスウェイもそんな風に傷付く必要はなくてだね。いや、そんなのは言い訳か。すまないっ」
あぁもう
俺は頭を下げるもスウェイは何やら別の事を考え込んでいた。
「スウェイ……スウェイ、か」
「ん?」
スウェイは何やら少し
「聞いて、
「本当の? スウェイは違うのか?」
「それは魔王軍はいたときにこれまでの自分を捨て去ってやろうと思って作った偽名だから。だからそれ以上の意味はないわ。けど、貴方には
スウェイ、いやキキョウちゃんはそういってこっちを見る。その目を見て、俺は逸らすことなどできなかった。
「キキョウ……キキョウか。そっか、良い名だね」
「キ、キキョウだなんてそんな! キキョウにはソライロキキョウアヤメって花があるじゃないですか。あぁぉぁぁ、わた、わたしの完璧な計画が、アヤメさんとの未来がぁぁ……」
何やらこの世の終わりみたいな顔をするアイリスちゃん。
そうなんだ、ソライロキキョウアヤメなんて花があるんだね。
けど別に名前が近しいからと言って何か不都合なことがあるのだろうか? よくわからないがあるのかもしれない。
「アイリスちゃん、何をそんなにうちひしがれているんだ? 偶々名前が同じなだけじゃないか」
「それは! ……あ、あう。だめです言えません……」
「何よ、変な子ね」
「っ、貴方がそれを言いますか! って、あれ? ……もしかして気付いていないのですか?」
「? 何が?」
ここでアイリスはキキョウの様子から何も知らないのだと予測する。
普通近しい名ならその意味を知るエルフなら喜ぶなどをするがキキョウにその様子はない。
ならまだ大丈夫。問題ない。彼女に知られなければ、あとは他のエルフにさえ気を付ければ問題ない。キキョウが名前の意味さえ知らなければこれ以上調子に乗らせることもない。
「別になんでもないのです。ふふ〜ん」
「え、なに。今度はご機嫌になって……変な子」
「なんとでも言うが良いです。わたしはおとなのよゆーで柳に風です」
「…………変な子」
「ちょっと、
「二人ともそんなに喧嘩腰にならなくても……」
「アヤメさんは甘すぎるのです! わたしはまだ彼女を認めていません! だってだって! 彼女はアヤメさんにあんな酷い仕打ちをしたんですよ!」
「それは……確かに
「むぎぃ〜! むかつくのです!」
「ちょっと二人とも。喧嘩はその辺に」
<ガウッ!>
腹減ったと言わんばかりにジャママが吠える。それに俺たちはようやく頭を冷やした。
「……とりあえず朝食にしようか」
俺の言葉に二人は頷いた。
アイリスちゃんが作った朝食を俺たちは食べた。
因みにちゃっかりアイリスちゃんは俺の隣に座っている。なんか「ここは譲れません。き〜ぷです」と言っていた。
今も隣に座りながらキキョウちゃんを睨んでいる。睨んでもそれはまるで子猫のようで全く怖くはない。現にキキョウちゃんも特に気にした様子はない。
「アヤメさんアヤメさん、今日のごはんはどうでしたか?」
「うん、いつも通り美味しかったよ。ありがとう」
「えへへ〜。張り切って作った甲斐がありました! それで、そっちはどうでしたか?」
「……不服だけども美味しかったわ」
「ふふ〜ん、貴方お料理出来なそうですものね」
「貴方魔界にまともな食材があると思っているの?」
「……………ごめんなさい」
「同情なんてされたくないわ……。それにあまり向こうの食材を食べると
「んんっ、ほら二人ともそんな暗い顔にならないでさ! こんなに空も明るいし!」
何やらどんよりした空気に成りかけた俺は態とらしく咳をして話題を変える。
するとジャママがキキョウちゃんに向かって唸っていた。
<ガルル……>
「あら、何よ?」
「あぁ、恐らくジャママはキキョウちゃんが、アイリスちゃんを攫ったから敵意を向けているんだと思う」
「ふふん! わたしのジャママはとっても優しくて、とってもかっこいいのです。わたしをさらった貴方に懐くことなんてありません! ふふーん!」
「ここが良いの? へぇ、中々顔も良いし、毛並みも良いじゃない。
<ガウガウ!>
「ジャママァッ!!?」
アイリスちゃんがキキョウちゃんに撫で回されるジャママを見てショックを受けたように叫ぶ。
嘘だろ……俺ですらまだジャママに触れたことなんてないんだぞ。
「そんな……ジャママがこんなに簡単に……、幾らエルフは魔獣との対話が出来るとは言えこんな……これが、噂の寝取りって奴ですか……。このままじゃ、アヤメさんも寝取られる……」
「何を言ってるんだアイリスちゃん」
ぶつぶつと膝を抱えて、
なんとかしてあげたいけど、これはちょっとほっといた方が良さそうだ。
「えっと、お取り込み中悪いけどキキョウちゃんに聞きたいことがあるんだ。魔王軍はこれからどういう作戦で人間界に攻め入るつもりなんだい?」
「え?
「え?」
あれ?
「だってキキョウちゃんは八戦将なんだよね?」
「そうだけど、別に八戦将だから全て知ってるって訳じゃないもの。人だって役職が偉い人が経営内容を全て知ってるはずないでしょ? 王様が農民の作物の作り方を知らないように。それと同じよ」
「それはそうだけど……。せめてこう、他の八戦将の動向とか……」
「知らないわ。だって興味がなかったし。今回の作戦も『水陣』が作戦を立てて
あっけらかんと知らないと言うキキョウちゃん。
八戦将って魔王軍の幹部なんだよな? それが自らの組織の方向性や作戦を知らないってどういうことなんだ……。意外と魔王軍は仲が悪いのだろうか? 職場環境改善した方が良いんじゃないか、見たことない魔王様とやら。
その言葉を聞いて落ち込んでいたアイリスちゃんが復活したのかゆらりと立ち上がる。その顔はにやぁと悪意に満ちた笑顔をしていた。いや、人がして良い顔じゃないよ。
「はぁ〜……何の役にも立ちませんね、このぼっち」
「な、何よ! 何か文句ある訳!?」
「役に立ってないからこう言っているのですよ。わかっているのですか、このぼっち。にーと。ひきこもり」
「ふわぁ、ふぐ……えぐ、う、うわぁぁぁんアヤメぇぇ!! 」
「あー、よしよし」
「あっ、ずるいですよ!」
俺の胸に泣きつくキキョウちゃんの頭を
何というか、大人の女性の頭を気安く触れるのは
「アイリスちゃんも、そんなキツく当たらなくても」
「だって……だってぇ……折角のアヤメさんとの二人旅だったのに……わたしよりも胸もお尻も大きいですし……」
アイリスちゃんもあと十年……いやエルフだから100年? 200年? ともかくそれくらいすれば同じくらい立派になるだろうに。
そんな直ぐに気にするほどじゃないよ。
それよりも、だ。
キキョウちゃんが余り魔王軍の情報を知らないのは想定外だった。何か情報があれば、今回キキョウちゃんが態々後方の国や都市を襲うより先回りして被害を防ごうと考えていたんだが……。
ただ魔王軍の『
実際今胸で泣いているキキョウちゃんも八戦将の名に恥じないほどの力を持っているのだ。街一つを凍らせるほどの力、再生する氷の巨人を作る、彼女が本気で人々を殺しにかかったら多くの人が氷で命を失ったのは間違いない。
正直もし今彼女が俺を凍らせようとしたら成すすべなく俺は氷像になるだろう。
グズグズと泣いてる姿を見るとそうは思えないけど。
「まぁでも確かに無知な子をいじめてるみたいで少しばかり大人げなかったです。ごめんなさい」
「そうよ、このちみっ娘! 胸だけじゃなくて心も貧相ね!
「うるさいですよ、調子乗らないでくださいこのぼっち」
「ぴぃっ!」
「こらこら。キキョウちゃんも、あんまり喧嘩腰に話すのは良くないよ」
「うぅ……」
キキョウちゃんは俺の後ろに隠れる。流石に人のコンプレックスに触れたから今のはキキョウちゃんが悪い。
それにしても、アイリスちゃん、キキョウちゃんに対しての言葉が本当に容赦ないな。いや、俺が甘いのか?
「アヤメ、このちみっ娘此方なんかよりよっぽど凍てついた心を持っているわ……」
「いや、そんなことないよ。アイリスちゃんは優しい心を持った女の子だよ」
「うそよ! うそ! 見てよ、あの目。
「いやそれは多分……」
俺の腕をキキョウちゃんが握りしめているからだと思う。ずっと見てるし。
あっ、俺の顔見てムスッとした。「なんで離さないんですか」と顔にありありと書いてある。……後でフォローしておこう。
「それで、貴方魔王軍を裏切ることについて何か思うことはないんですか?」
「ないわ。
「そこ! 手を繋ごうとしないでください! あー、もう! アヤメさん! そんな
「
「年齢のこと言うなんて
「先に言ったのはそっちでしょ!」
「ちょっと二人とも落ち着いて……うわっ」
グイッとキキョウちゃんが俺の手を引く。
それを見たアイリスちゃんももう片方の俺の手を握る。
「アヤメさんが痛がっています! その手を離してください!」
「嫌よ、貴女が離しなさい」
「いっ!? ちょっと二人とも力込めすぎ……! 痛たたっ、冷たっ!?」
方やぎゅーとアイリスちゃんが力一杯引っ張る痛み、方や無意識か冷気を発するキキョウちゃんの冷たさ。どちらも甲乙つけがたい痛みが俺を襲う。どちらも引く気がないから
「は〜な〜せ〜!」
「絶対に、い・や・よ」
「あ、待って待って。本当に痛いから、あ、アァーッ!」
<クォ〜ン>
森の中に俺の悲鳴が響き渡る。
因みにジャママは我関せずと
こいつが一番神経が図太いんじゃないか、そう俺は思った。