【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した   作:髭男爵

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王城

 ヴァルドニアという国は国土の殆どが山に覆われた国である。平地が少なく作物が育て辛い環境、更には山に潜む魔獣の脅威が常にあった。

 だがその代わり、国を守る騎士団は魔獣相手に常に研鑽を積むことで強力無比であり、狩られた魔獣もまたヴァルドニアにとって貴重な収入源であった。

 

 鍛え抜かれた騎士団と魔獣素材による強力な武具、更には山に覆われた地帯故に他国から攻め辛い上に旨味も少ない。

 ヴァルドニアはそのお陰で建国以来一度たりとも滅びたことがなかった。

 

 そんなヴァルドニアの城、モンターニャ城は、王城としての象徴だけでなく同時に城砦としての機能も兼ね備えており、背後は峻険な崖に阻まれ、外敵からの侵入を防ぐ堅牢な城として国内外に知られていた。

 

 目下には城下町が広がり、そこもまた巨大な城壁によって囲まれ、難攻不落とまで称されるこの王都は未だに陥落したことのない鉄壁の守りを誇る。

 

 そんなモンターニャ城、最上階。

 

「ユサール騎士団長エドワード・ジェラルド。御身の前に」

 

 床には赤いカーペットが引かれた王の間。

 そこでエドワードは膝をついていた。

 

「エドワード・ジェラルド。おむおめと返ってくるとはのう」

 

 心底呆れたと視線を向ける老齢の男性こそこの国の王、ヴェルメ・エル・ヴァルドニアである。

 エドワードはそんなヴェルメの言葉を受け、より深く頭を下げる。

 

「その事に関しては私の不手際の致すところでございます。ピエール殿は『魔法使い』を雇っており、手練れの者もおりました。情報と違い、速度と確保を重視した私は『魔法使い』を連れていませんでした。全ては私の責任であり、部下は」

「情報の差異などどうでも良い。結果が全てだ。貴様は取り逃がした事に変わりはない。違うか?」

「違いません」

 

 言い訳一つせずに頷くエドワードにヴェルメは態とらしく溜息を吐いた。

 

「……やれ、王国の誇り高きユサール遊撃騎士団の団長が下手人一人捕らえられぬとは。更には前の反乱軍に関しても一部の主導者を捕らえてはいるが組した民の大部分には逃げられているではないか。その事について何が申し開きはあるのか?」

「返す言葉もございません。しかし、主導者を捕らえた所で反乱軍は予想よりも数を増しています。更にはピエール殿が離反した噂が広がり、城下町の民にも動揺が広がっています。ヴェルメ様、此処は一つ反乱軍と話し合いの場を設けるべきかと思います」

「講和? 貴様余が臣民のために考慮しろというのか!? 余はこのヴァルドニアの国王であり、臣民は余の為にあるのだぞ!?」

 

 激昂(げっこう)し、手に持つ杯を投げつける。

 エドワードの頭にぶつかり中の液体がぶちまけられるも彼は微塵(みじん)も動かない。

 周囲からも批判の声が上がる。この場にいるのはもはやヴェルメを恐れ、肯定するだけの人形達だ。

 

 エドワードは金茶色の瞳で王を見上げる。

 

「ヴェルメ様、貴方様が国王であるのは間違いございません。しかし、国とは民があってこそ。守るべき民を蔑ろにすれば国は立ち行かなくなります。何卒、ご考慮を」

「ふんっ、上手いこと言って結局は世が臣民に為に考慮しろと言うではないか。国とは民あってのものだと? 否! 断じて否! 王とは国そのものであり、民はそのための道具である!」

「ヴェルメ様! ……人は一人では生きてはいけません。人は身を寄せ合い、助け合ってこそその力を発揮出来るのです。そして、それを導く者が必要です。ですが、その導く者が彼らを省みなければ、やがて崩壊するのが必定。どうかご再考を」

「お主がなんと言おうとこれが真理だ。何故ならば余は例の女神より『王』の称号を承りし者なのだから! 余の意向こそ、天の意向よ! わかったら発言を控えろ、愚か者」

 

 ギリッと歯をくいしばる。

 称号は絶対だ。だからこそエドワードもその事に関して否定することはできない。

 

 

 ーー本来であれば、ここに女神教の『神官』がいてもおかしくないのだが、この城からは追い出されていた。ある日、突然王が追い出したのだ。

 

 

「お前があんまりにも無能だから余自身が命令し、一つカンディアーニ爵の領を攻め入らせておいた。即刻元カンディアーニの党首も、一族郎党斬首した」

「……? ……!?」

 

 初めこそ言葉の意味を理解出来なかったエドワードだが、その内容を理解すると下げていた頭を上げた。

 

「お待ちを! それは真でしょうか? 何故そのような事を!?」

「あそこの伯爵はやたらと余に対して意見をしてきたしな。更には余の態度を窘めようともした。恐らく民たちと繋がり自らが王になろうとしたのだろう」

 

 エドワードはこの場で初めて表情を唖然(あぜん)と崩した。

 

 馬鹿な、と零す。

 

 カンディアーニ伯爵は温和かつ民に優しい貴族として有名だった。それを殺したとなると沈黙を保っていた他の貴族も腹をくくり、王政を討ち倒さんとする可能性が高い。

 

(何ということだ。このままではヴァルドニアが……)

 

 エドワードは想像以上に悪い雲行きに頭を抱えたくなる。

 しかし彼は愚直なまでに騎士であり、例え元凶である国王を嗜める事以上が出来ないのだ。

 

「余に対する不敬な提案と、任務の失敗の責。よって貴様を牢に入れることとする。連れて行け」

「はっ。し、しかし」

「余に逆らうつもりか?」

「い、いえ。……ジュラルド様。失礼します」

 

 王に命令された近衛騎士がエドワードを拘束する。エドワードは抵抗する事なく、武具を外され連行されていく。

 

「国王様! どうかお話を」

「連れて行け」

 

 もう一度願いを込めて呼ぶも王は一瞥もしない。

 エドワードは項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 途中何故かエドワードの配下の一人が呼び出されたがきっとロクなことではないだろう。

 

「はん、ざまぁないなジェラルド」

「……ジャコモ殿」

 

 牢に連れていく為、玉座に繋がる長い廊下を歩く途中柱の影から一人の男が現れた。

 

 その顔は不遜に自信に溢れ、エドワードの鎧とは真逆に見るからに金をかけたであろう機能性より装飾美を重視した鎧に身を包む男。

 

 ヴァルドニアの国王を守るヘタイロイ近衛騎士団、その団長ジャコモ・ヴィタリアーノであった。

 

「お前がもたもたしていたから俺がカンディアーニ爵を討ち取ってやったぜ。感謝するんだな」

「っ! 貴方方が実行したのですか」

「そうさ。命令だったからな。それよりも老いぼれた爺一人捕らえられないとは。貴様も堕ちたものだな。ま、後はこの俺に任せな。あんな余命幾ばくもない爺に引導を渡してやるよ」

「ピエール殿はこの国の右大臣であったお方、更には城下町での民衆の支持も高いお方です。余りに酷い対処をすれば動揺が広がります」

「はっ! だったら尚更だ。奴が反乱を起こせば愚かな民衆どもがそれに呼応する可能性がある。いや、正にそうなろうとしている。だから殺す。わかるだろ?」

 

 ジャコモの言葉にエドワードは口を開くも言葉は出ない。どの道自らが取り逃がさせた時点でこの展開は決まっていたのだ。

 

「お前は牢屋で俺の華々しい戦果を待っているといい。一先ずはピエールが逃げたと思われる付近にあるエルヴィスの町を攻め入ることにする」

「!? 何故です!?」

「奴らの町は反乱軍がいるとされる場所と近く、食糧支援などの援助している疑いがある。疑わしきは罰する。簡単なことだ。そうやってカンディアーニ家は滅んだのだからな」

「待ちなさい! 本当にその町は反乱軍と繋がっているのですか!? そのような事をすればどうなるか本当にわからないのですか!? ジャコモ! ジャコモ・ヴィタリアーノ!!」

「お、大人しくしろ!」

 

 左右の騎士から槍で抑えられたエドワードの叫び虚しく、ジャコモは高笑いしながらその場を後にした。

 

 

 

 

 此方を呼ぶ声が遠のいた所でジャコモの元へ配下の騎士が報告にやってくる。

 

「ジャコモ団長、他の団員の準備が整いました。五十騎余りですが、殆ど兵士のいない《エルヴィス》を陥とすのには問題ないかと思います」

「御苦労。ふん、俺の戦果を飾るには少々兵が少ないが仕方ないか。カンディアーニ爵の時は、家に押し入る際に奴の子飼いの兵士と斬り合いにあって多少負傷者が出てしまった。忌々しいことにな。王城の防衛もある以上流石に全ての近衛騎士を動かすことはできん」

 

 ジャコモは二つある騎士団の内の片方の団長ではあるが、その実態は近衛騎士の団長である。

 

 役割は王都の防衛。しかし今まではエドワードが優秀すぎた故に王都まで敵が侵入した事はない。

 

 その為お飾りとも揶揄されていた。ある意味最も重要な役割なのだが当然プライド高いジャコモはその評価を甘んじて受け入れられず、エドワードに嫉妬していた。

 

 そこに今回の降って湧いた王からの指令にジャコモは大いに歓喜した。

 

 何事かと驚くカンディアーニ爵の顔は見ものだった。だが一つ不満があるとすれば爵の家の私財があまりなかった事だ。

 

 どうやら貧困に呻く民に配っていたらしい。馬鹿な奴だ。

 民など搾取されるだけの存在なのに。『騎士』の職業を持つ自身とただの生産職ばかりの民では生れながら身分が違う。

 

「そうだ、奴の配下の者たちはどうだ? 少しはこっちに着く気になったか?」

 

 ジャコモの言葉はエドワード配下のユサール遊撃騎士団を指す。エドワードは気に入らないがその部下達の練度をジャコモは買っていた。

 

「それが……すべて断られました」

「ちっ、時流を読めない頭の固い者達め。もはやアイツの栄光は過去のものだと分からないのか」

「ジャコモ団長」

 

 ジャコモは苛立つ。

 確かにエドワードは強い。認めよう。だが奴は優柔不断だ。エドワードは民に犠牲が出ることを恐れ、強行的な策をあまり取らない。現に王に対しても何度も民の助命を進言している。

 

 自分は違う。逆らう者は全て根絶やす。禍根(かこん)など残さない。甘い態度をとるから民はつけあがるのだ。

 それに平民等、幾ら死のうが問題ない。所詮大した職業(ジョブ)を授けられないのだから。

 

「まぁ良い。今回の作戦が成功すれば奴らもどちらがこれからのヴァルドニアの騎士団を率いるに相応しいかわかるだろう」

 

 エドワードが出来なかったピエールをとらえ、更にはこの反乱軍を自らが掃討すればその評価は確固たるものとなる。

 

 

 ようやくだ。

 ようやく自分は奴の日陰者ではなくなるのだと。

 

 

「奴ではなく、俺こそがヴァルドニア一の騎士だと証明してやる!」

 

 剣を掲《かか》げ、ジャコモは自らの未来を掴むため烈火のごとく意思を燃やした。


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