【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した 作:髭男爵
ピエールは遂に城を落とし宴をしている反乱軍を置いて僅かな護衛を連れ、とある地点を目指していた。
全てはアヤメからの報告を聞いて、自らの目で確かめる為にである。
やがて木々が少なくなった広場で一台の馬車が止めてあった。
この馬車は王族用の豪華絢爛な物である。それに相応しい造形美も装飾あるが、王族を守る為にあらゆる魔法もかけられている。
そしてそれは同時に檻としても利用できた。
兵士が周囲を警戒し、馬車の中をノックすると中から「どうぞ」と落ち着いた声が聞こえた。
「開けておくれ」
「はっ」
兵士に命じて扉を開ける。
中に居たのはエドワードであった。
拘束具を身につけたエドワードは、逃げることも抵抗もせず悠然と座っていた。
そしてその顔は少しだけ吹っ切れたような顔をしていた。
「……こうして会うのも、久しぶりじゃのう。エドワード卿」
「ピエール殿。相変わらず
「ははっ、ぬかせ。御主の部下の矢で、腹に穴が空いたわ。最も、こうして生きているがな」
「その度の事は申し訳ありませんでした」
態とらしく穴が空いた胸の位置を叩く。アイリスによって傷口は塞がり、違和感はないが刺さった時の痛みはいまだに覚えている。
頭を下げるエドワードからは往来の真面目さが見られ、変わらないなと目を細めた。
「ピエール様」
「此処はもう良い。主らは周囲を警戒してくれ」
「はっ」
ピエールは自らの兵士を下げる。
そのままピエールは扉を閉めるとエドワードの対面へと座った。
「さて……大体の話は彼の証言と実際に国王様の死体と与り知らぬ飛竜の死骸も反乱軍の一員によって確認した。例の黒い粘液についても確認後、何があるか分からぬから燃やした。ここまでは知っておる。おる…が、ワシは御主の口から直接聞きたい。ヴェルメ様は……魔族に乗っ取られていたのか……?」
苦悩を滲《にじ》ませた声で問いかけるピエールに対し、エドワードは目を逸らさずはっきりと告げた。
「はい。国王様……ヴェルメ様はとうの昔に亡くなられておりました。我々が主人としていたのは只の亡霊、魔王軍の操り人形でした」
「……そうか。彼から聞いたがワシの信頼していたパラシータもそうじゃった。しかしだとすれば何ということだ……我々は魔王軍に踊らされていたということじゃ……」
「信じるのですか? 私は元は貴方の敵でもあるのですよ?」
「信じるとも。ワシはこれでも人を見る目はありまする。そして、何よりエドワード卿貴方は嘘をつく方ではない。勿論、こうして会うまでは半信半疑ではあったがの」
重い息を吐いた後、ピエールは顔を上にあげた。
歯を食いしばり、後悔と痛悔をかみしめていた。
「ワシは愚か者じゃ。忠誠を誓った国王様の変化に気付けなんだ。そのくせ、長い間奴等の手先となり、やがてはついてはいけぬと反乱を企てた。更にはそれも筒抜けで悪戯に被害を広めてしまった」
「ピエール殿。貴方様の行動は民を思ってした事です。その事は誇ってよろしいかと。私は、民を思いつつも何もできない……いえ、何もしませんでした」
「そんなの免罪符にもなりはせぬ。同じじゃよ。ワシも、御主もどちらも大罪人じゃ。誰にも国王陛下を、ヴェルメ様を罵る事も、謝る事も出来ぬ。そんな資格などありはせぬ」
「エドワード卿、形はどうあれ国王様は討たれた。その事実は変わりない。大多数の人はこれでヴァルドニアが変わると信じておる」
「えぇ。そうでしょうね。国が変わる。どの道行き詰まった
「此度の戦、対外的にもヴァルドニアは生まれ変わったと広めなければならぬ。その為には不本意じゃが、かつての王族の武の象徴としての御主の存在は居てはならない。それはわかるな?」
「えぇ」
全てを受け入れているエドワードに、ピエールは告げた。
「ユサール遊撃騎士団団長エドワード・ジュラルド。王の剣となり民を率先して傷つけたその罪は許されるものではない。よって御主を国外追放とする。以上を持って御主への罰にする」
「……!? お待ちを! 何故私を殺さないのですか!?」
ピエールの言葉はエドワードをして驚愕の内容だった。
いくらヴェルメが魔王軍によって乗っ取られていて指令を下したとしても、実行犯はエドワードなのだ。
つまり、その手で守るべき民を傷つけた。
その罪は赦されて良いものではない。だから最期まで民の怒りを、罪をその身に受けて死ぬと覚悟していた。
「元大臣のピエールであれば本来ならば殺すべきであろう」
「でしたら」
「しかしワシという個人からすれば別じゃ。民を見殺した。兵を戦で殺した。支えようと誓った主を失った。ワシはこれ以上誰一人として死んでほしくないんじゃ。数少ない真相を知る同士である御主をどうして殺せようか。幸いあの場には飛竜が居た。御主の亡骸は火炎ブレスによってチリ一つ残されなかった事にしよう」
「しかし……! 私は許されざる罪を犯しました。そんな私がのうのうと生きるなど、私は……殺した民にも、死を命じた部下にも、忠義を貫けなかった国王様にも、そして何より! アメリア様にも顔向け出来ない……!」
「なればこそ、じゃ。エドワード卿御主は生きねばならん。生きて罪と向き合わねばならん」
「……酷な事を言うのですね。生きて、生き恥を晒し続けよと? 罪なき命を奪い、守るべきものを守れなかった苦痛に苛《さいな》まれ続けよと?」
「そうじゃ、晒し続けよ。何れ死ぬその時まで、晒し続け、最後まで後悔して死ぬのじゃ。それが御主の罰じゃ。そしてワシもまた、死ぬその時までこの身を民に捧げよう。この老骨が果て、いずれ死する時まで命を燃やしつけよう。全てはこの国の為に」
エドワードは無言になる。
その悔恨は痛いほどわかった。ピエールもそうだった。事実をアヤメから聞き、エドワードの口からも確認が取れた後覚悟を決めた。
「エドワード卿、もう良いじゃろう。言い方は悪いが御主を縛る鎖は何処にもない。だからこそ、好きに生きよ。奪った命と向き合い、己の犯した罪と向き合わねばならん。これは御主にしか出来んのだ。御主自身が、その手を汚したのだから。御主自身が立ち上がらねばならん」
「……似たような事を彼に言われましたよ」
「おや? それはどのようにじゃ?」
「己が起こした行動に精算をつけろと
「それは……」
懐から護符を取り出し、見つめる。
暫し愛しげに撫でた後、決意した表情になり、護符をしまった。
「ピエール殿、一つ気掛かりな……いえ、やりたい事が出来ました」
「なんじゃ?」
「アヤメ殿の事です。彼はまさしく此度の戦においては英雄と言っても過言ないでしょう。ですが、何処か危うくもあります」
「危うく?」
「彼は、類稀なる技量を持っています。私も敗れました。強さに対しては疑うべくもなく、その志も非常に個人的には好ましく思います。しかし、同時に自らの命を軽く見ている。そのように感じるのです」
本来であればアヤメはこの反乱に何ら関係がない。
なのに、彼は戦乱に加わった。更には最も危険度の高い戦いにも志願した。
それはあり得ない。
少なくとも命がかかった戦いだ。何かしら、報酬を望むものであるはずだ。
金でもない。
名誉でもない。
強さを求めるでもない。
彼は、少しでも人を救いたい一心のみで戦ってきた。
成る程、崇高な願いだ。
その姿はまるで
(そう、勇者のように)
だがだが、同時に余りにも純粋過ぎる。それにその道も険し過ぎる。
勇者が勇者足れるのはそれに相応しい実力があってこそ。
アヤメは強いが、勇者に匹敵する程ではない。
普通であれば、折れる。
人というのは誰もが理想を抱くも、その過程で現実を知り、やがては現実と己に区切りをつけ身の丈にあった願いへと変わっていく。
理解者入れども、自分一人だけが戦い続けるほど人は強くない。
見た所、アヤメは強いがそれはあくまでも一個人としてだ。
それだけでは全てを救えない。
いずれ彼の手に余る事態が起きる。
それでも彼は進むだろう。己の身を顧みず。
誰が、ブレーキとなる人がいなければ何れ死ぬだろう。
そう彼は何処か、ネジが外れている。
傷を負う事を、死を恐れていない。
ただひたすらに修羅の道をがむしゃらにひた走っている。
その事はピエールも感じていた。頼んだのはピエールだが、彼はヴァルドニアの闇が本当だと気付くと、一切の躊躇なく戦に参加すると告げた。
義憤も、義侠心もあるだろう。だがそれ以上に
「私は彼の行く末を見届けたく思います」
「そうか。それはまた、険しい道のりになりそうじゃな」
「えぇ、恐らくは」
お互いに苦笑する。
「おや、エドワード卿が微かとはいえ笑っているのは初めて見たの」
「私こそ、貴方がそこまで高らかに笑うのを初めて見ましたよ」
「なるほど、お互い初めて見たという訳じゃ。やはり、人生とは知らぬことだらけじゃな」
そうしてまた笑う両者だが、少しエドワードの笑いには翳りがあった。その様子を見てピエールはまだエドワードには気になる事がある事に気付いた。
「御主の部下の事は安心せい。
「っ、バレていましたか」
「無論。御主が気にする事といえば後は民か部下の事じゃからの」
「なるほど、全てお見通しという訳ですか。……ピエール殿」
「ん?」
「どうか、私の部下達をよろしくお願いします」
「無論じゃ。彼奴ら、結局此方の兵士を押し返すくらいで怪我こそさせたが、誰一人として殺さなんだ。全く何処の誰に似たのだろうな」
「さぁ、誰にでしょうね。ですがこれだけは言えます。彼らは私にとって誇らしい仲間です」
かかっと笑う。
その言葉にエドワードは安堵し、胸を撫で下ろした。
「アヤメ殿達は、南の方に向かうらしい。報酬も受け取らずに、止める暇もなかった。どうやら合流出来なかった『魔法使い』の女性を待つらしい。今すぐ行けば追いつけるであろう。ーーではな。エドワード卿。もう会う事はないだろう。武運を祈っておるよ」
「
国を守ると誓った者同士。
国を失い、道を違え、二度と交差することはなくとも。
その心は同じ方向を向いていた。