【書籍化&コミカライズ決定】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した   作:髭男爵

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そして舞台は終わり

「おかしいなぁ」

「何がですか?」

「俺って死んだはずだよね? 何で生きてるの? 」

「死んでませんよ、勝手に満足げな顔して気絶しただけです」

「本当に!? やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい…」

 

 顔を抑え悶えていると呆れたような溜息を吐いてくる。そのことにより一層悶える。

 

 その様子を一人の女の子が呆れた目で見ていた。

 

 崖から落ちた俺は助けられた。そして助けたのはなんとーーあの時助けたエルフのアイリスちゃんだ。

 伸びた髪以外あの頃と何も変わっていない。彼女は身を隠すためか緑を基調としたワンピースに似たエルフの民族衣装の上に、フードを身につけていた。

 

 パサリとアイリスちゃんは町から買った新聞を開く。

「この記事では世間的には貴方は死んでいる事になっているのです。聖剣も『真の勇者』とやらの元に戻りましたと書かれています」

「そりゃあな。てか聖剣はともかく実際致命傷だったでしょ俺? なんで生きてるの?」

「簡単です。わたしが治したのです」

「え、ちょっと待ってくれないか。治したってどういう風に?」

「? こう。手のひらにぱわぁを貯めて、なおれー、なおれーって念じたら治ったのです」

 

 その答えに覚えがある俺は驚く。

 人を治すことは『治癒師』や『神官』でも出来る。でも明らかに致命傷な傷を治すことは出来ない。これらは人の生命力を利用して治すのだ。例えば心臓が止まったり血を失い過ぎれば当然治す事は出来ない。

 それが可能な存在はただ1つ。

 

「…君はもしかして癒しの『聖女』じゃないか!?」

 

 勇者と並ぶもう一つの人類の切り札。あらゆるものを癒し、魔の瘴気を封ずることの出来る力を持つ女性。全てにおいて『神官』を上回る『勇者』と並び立つ、唯一の女性しか賜る事が出来ない称号だ。

 あの時のユウの仲間は神官や戦士のような格好の人たちで、そのような人物がいなかった気がする。

 

 俺の驚きとは対照的にアイリスちゃんの反応は淡々としていた。

 

「あぁ、そんなのがあるのですか。確かに貴方を助けようとした時にそんな風な神託…? 天啓でしたっけ? その力を世界の為にどうたらこうたら聴こえたのでそうかもしれませんね。でもそんな事どうでも良いです」

「いや、どうでもよくないんだけど」

「どうでも良いのです。例えわたしが癒しの『聖女』であろうとなかろうと貴方を助けようと行動したのには変わりありませんから」

「それは、こっちとしては嬉しいんだけど…」

 

 その力は自分ではなく、勇者達(ユウ)に必要な力だ。聖女はその力で傷を癒し、魔王軍の魔の力を封じる。これからユウは果てしない戦いに身を投じることになる。そんな時、聖女の力はなくてはならないものとなる。

 俺は佇まいを直し、アイリスちゃんに向けて真剣な表情になる。

「アイリスちゃん。君の力は女神から与えられた『聖女』という可能性が高い。その力は人々の為に使われるべきだ。だからあいつの…ユウとメイちゃんの力になってくれないか?」

「いやなのです」

「はぇ?」

 

 断固拒否をするアイリスに変な声を出してしまう。

 え、なんで。

 そこは使命感に燃えて「はいわかりました!」って返事する所じゃない?

 

「な、なんで?」

「何で『聖女』だとしたら人の為に魔王なんて恐ろしいものに立ち向かわなきゃいけないのですか。相手は人類を滅ぼそうとしている怖い連中なんですからそんなのと関わり合いになりたくないのです。それに勇者の方はフォイルさんを斬ったのです! わたしはこの曇りなき目で見ました! 絶対、ぜーったいに許さないのです! それにフォイルさんに靡くあの女も気に入らないのです! なんですか、あのわがままボディは! わたしへの当てつけですか!」

 

 プリプリと怒るアイリスちゃんは助けた時と変わらずに平坦な身体だ。メイちゃんの体に嫉妬しているらしい。

 俺はしばしポカンとし、結局彼女が怒っているのがユウが俺を傷つけたからだということに苦笑する。

 

「アイリスちゃん、君は優しいんだね」

「なっ! な、何ですか突然。褒めたって何もでないのです。…えへへ」

「だけどねアイリスちゃん。君が僕に好意を持って接してくれるのは僕が君を助けたからだろう。君が抱いた幻想はただの偽りだ。俺はただのペテン師で、詐欺師で、どうしようもない屑人間なんだよ。仲間の狼藉を咎めることもせず、偽善で自己満足する愚か者なんだ。そしてその偽善を押し通す力すら聖剣に頼っていた弱い人間なんだ。だからそんな奴に気を使う必要はないんだよ」

 

 そうだ、俺は人々を騙していた。

 例え称号がそうだったとしてもその事実は変わらない。

 手を痛いほどに握り締める。この手はもう血で溢れている。(ゆる)されることはない。

 

 アイリスちゃんは何も言わない。

 あぁ、これはまた罵られるなと覚悟した時

 

「いいえ、そんなことないのです」

 

 そんな俺にアイリスは優しく微笑んだ。

 

「確かに貴方は人々にとっての『勇者』ではなかったかもしれません。世間では貴方のことを悪し様に罵っています。でも。あの時、わたしの声を聞いて助け出してくれたのは貴方です。他の誰でもない、貴方(・・)わたし(・・・)を助けてくれたんです」

 

 そっと柔らかい両手でアイリスちゃんが俺の手を優しく包み込む。驚いて声も出ない俺に、どこまでも純粋に澄んだ顔で微笑んだ。

 

「誰が何を言おうと、わたしにとって(・・・・・・・)の勇者は貴方(・・・・・・)なのです。ありがとう、あの時わたしを助けてくれて」

 

 ーー。

 

「………そ、うか。ははは、()が…()が勇者か。もう聖剣もなくなったのに、そう言われるなんてね。本当に皮肉というかなんというか…あぁ、でもそんな風にお礼を言われたのっていつ以来だっけな…ふ、ぅっ……!」

 

 感極まって思わず顔を手で覆い泣いてしまった。今まで押さえつけていた感情が溢れ出し、何か言おうとしてもそれは言葉にならず、嗚咽と吃逆(しゃっくり)になってしまう。

 

 アイリスちゃんは何も言わずに、そのままよしよしと頭を撫でてきた。

 

 

 

 

 勇者になりたかった。

 誰かを導けるような人になりたかった。

 だけど自分の役割は勇者の踏み台で、その為に道化を演じてきた。

 その為に人々から憎しみ(アングレシャス)を買ってきた。

 人々から希望(勇者)を奪ってきた。

 救いたい人を救わず見捨ててきた。

 その罪は決して消えない。

 だけども、目の前の少女は自分に感謝をしてくれた。

 なら、自分がしてきたことは無駄ではなかった。例え千人に恨まれようと一人に感謝されただけでも無駄ではなかったのだ。

 

 

 俺は赦されない。だけど確かに報われたんだ。

 

 

 

 暫くして治った自分は冷静になってくると女の子の胸で泣いていたということに恥を感じた。

 

「恥ずかしいところを見せちゃったね」

「全然構わないのです。寧ろどんどん見せてください。わたしは貴方よりも年上なのですからおとなのみりょくで受け止めてあげます」

「ははは、それは難しいかな。メイちゃんくらいに豊満な女性だったらこちらとしても嬉しいんだけど」

「む! 女性と二人きりの時に違う女の名前を出さないでください!」

「いたいっ」

 

 ツンツンと傷口を突く。『聖女』としての力の覚醒はまだまだでアイリスちゃんの力では傷を塞ぐので精一杯だ。俺が痛がったせいか慌てて「大丈夫ですか!?」と泣きそうな顔になるアイリスちゃんに、俺のせいだからと慰める。

 

「う〜ん、けど生きているなら生きているでこれからどうしようかな。世間的には俺はもう死んでいるって事になってるし」

「もし生きているのがバレたら袋叩きになるのです」

「そうなんだよね。なら人目につかないよう森で暮らすしかないかな」

「わたしとしては一緒に森に暮らすには大歓迎ですが…貴方は本当は何をしたいのですか?」

 じっと透き通るような目でアイリスちゃんが俺を見る。

 …まいったな。見透かされているみたいだ。

 

「俺は…人助けをしたい。でも、俺はもう『勇者』ではないし…」

 

 実は俺の中にある何かがゴッソリと抜け落ちた感覚がある。軽く技能(スキル)を使えないか試して見るがなんの力も湧かない。

 『偽りの勇者』としての役割はもう果たしたということだろう。それによって称号も職業も効力を失ったということだろう。こればっかりは教会で見ないとわからないが多分そうなんだろうと俺は確信している。だけども、同時に自分が何者でもないという不安に襲われる。

 職業がないだけでこんなにも心細いなんて。

 

 これが『名無し』。

 ユウも、こんな気持ちだったのだろうか。

 

「確かに聖剣を失った貴方はもう勇者とは言えません。けど、例え勇者にはなれなくても誰かを救う救世主(ヒーロー)にはなれますよ」

救世主(ヒーロー)か…、うん。良いね」

 

 その言葉は正に俺にとって天啓だった。

 勇者ではなくとも、人々を救う者。

 悪くない。

 そうさ何者でもないなら(・・・・・・・・)何者にでもなれる(・・・・・・・・)。なら好きな事をしよう。

 カチリと心にハマったような気がした。不安はもうない。

 

「よし! 善は急げだな。早速町に向かうとしよう」

「えっ! もう向かうのですか?」

「勿論さ、こうしている間にも魔王軍に怯える人々がいるんだ。なら休んでいる暇はないさ」

「それはそうなのですが…。まだ貴方の傷は治っていません。それに物事にはなにか言うことはないのですか?」

 

 チラチラとこちら伺う姿は初めて会った時と何も変わらない。彼女が何を求めているのか、わからない訳がない。

 苦笑し、膝をつきながら手を差し伸べた。

 

「どうか、俺と一緒に世界を救う旅に付き合ってくれないか?」

「ーーはい! 行きましょう、わたしの勇者様(・・・・・・・)!」

 

 アイリスは笑顔でその手を取った。

 

 

 

 

 

 『偽りの勇者』の物語はここで終わり。

 ここから始まるは『救世主』としての道を歩むただ一人の男の物語である。

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