誕生日の夜
ふたりですごす時間
それはとてもかけがえのないもので…

(2014年9月、Pixivさまにて初公開)

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ふたりだけの長い夜

 9月17日、私の誕生日。

 この日、マナが私の誕生日パーティをぶたのしっぽ亭で開いてくれた。

 マナ、ありす、そして、まこぴー。亜久里ちゃん、レジーナにエルちゃん…沢山の仲間が集まって私の誕生日を祝ってくれた。

 こんなに多くの人に囲まれる誕生日は初めてで、とても嬉しかった。

 

 パーティが終わり、みんな帰るとお片付けの時間。マナが食器を洗い始めたので私も手伝いをする。

 マナはいいって言ってくれるけど、マナの誕生日の時もふたりでお片付けをしたし、それにマナともう少し一緒にいたかったから。

 お皿が重なる音、水の流れる音。私は食器をスポンジで洗ってゆく。

 3枚目に手をかけた時、お皿を布巾で拭いているはずのマナの視線に気づいて声をかける。

「どうしたの?」

「あ、うん、えっと…お片付けが終わったら六花の家に行くね」

 それは毎年の約束、ふたりきりで過ごす誕生日の夜。

 私は嬉しさもあったけど、それより、いつもと少しだけ違うマナの口調が気になった。

「大丈夫? 無理しなくても大丈夫よ」

 もしかしたらマナは都合が悪いのかも…そう思って尋ねた。

 でも、私の言葉にマナはいつもの笑顔で「大丈夫」って答えるから、私は笑顔をかえしてそれ以上はなにも言わなかった。

 

 お片付けが終わったので、私は荷物を…みんなからもらった沢山のプレゼントと共に…持って自宅に戻ることにした。

「マナーっ! 先に帰るね」

 お片付けが終わるとともに自分の部屋にこもってしまった。私は階段から上に声をかける。

 すると、そこには思ったよりも大きな荷物を持ったマナが現れて私は驚いた。

「マナ? その荷物はどうしたの?」

「今日、お泊りするから」

 ためらいもなくマナは言う。

「え? だって、明日学校が…」

 そう言いながらも、私は家が片づいているか、頭の中で思い出す。

 リビングは…お部屋は…ベッドの上は…

 うん、大丈夫。安心すると同時に嬉しさがこみ上げてくる。

 ここ最近はマナが泊まりにくることも、そして、私がマナの家に泊まりに行くこともなかったし、それどころか、最近はふたりきりでお話する時間もなかったから。

 いつの間にか考え込んでいた私の表情をのぞきこむようにマナは見つめていた。

「大丈夫よ」

 そう答える口調は自分でもわかるくらいに浮かれていて、それがマナにも伝わってしまったのか、マナの顔も嬉しそうにほころぶ。

「六花の家に泊まってくるね」

 そう、家の中に声をかけ、私の手を握る。

「迷惑じゃない?」

 家の奥から出てきたのはマナのママ。そう私に尋ねてくれる。

「いいえ。今日は両親ともいないですから大丈夫です。それに、マナが来てくれると寂しくなくて…」

 小学生みたいなことを言ってしまって少し恥ずかしいけど、マナのママは気にせずに、逆に安心したみたいで、

「わかったわ。マナをよろしくね。マナも迷惑かけないのよ?」

「は~いっ!」

 許可が下りてマナは本当に嬉しそうに手を上げる。

「お邪魔しました…」

「いってきます!」

 それぞれのあいさつと共にマナの家を出た。

 

 

 

「ちょ、ちょっと、マナ!?」

 マナは玄関を出て、私の家がある右へ行くと思いきや、左に向かう。

 手を握られている私は、思った方向と逆に引っ張られるものだから足がもつれて転びそうになったけど、なにとか持ちこたえてマナと同じ方向へ。

「どうしたの?」

「散歩!」

 私の疑問に明るく答え、私を引っ張ってゆくマナ。

「もう…先に言って、マナ。びっくりした…」

 私の文句にマナは「ごめんね」って言いながらもそのままひっぱってゆく。

 私は仕方なくそのままついて行くことにした。

 

「最近、涼しくなったね」

 私の手を握りしめたまま小さくつぶやいて、マナは空を見る。

 私もつられるように空を見上げると、細い月。ほほえんで私たちを見つめているよう。

「うん…」

 あれほど暑かった夏の日々がいつの間にか過ぎて、気づいたら秋になっていた。

 今夜も少し肌寒く、本当に秋なんだ、って感じさせてくれる。

 でも、マナはまだ半袖。さすがに今はちょっと寒そう。

「大丈夫? 寒くない?」

 私の声にマナは「大丈夫」って答える。

 元気そうに私の手を握り、腕を振り、歩いてゆく。

 私はマナの手が少しだけ冷たくなっているのに気付いて、ちょっと強めに握ってあげる。すると、マナも少しだけ強く私の手を握りなおしてくれた。

 

「それにしても、びっくりした」

「なにが?」

「急に泊まるなんて言いだすから」

 その私の言葉にマナは少しだけ震えたように、顔が曇ったように見えた。

「もしかして、迷惑だった?」

「ううん、嬉しい。今夜はマナと久々に沢山お話できるのね」

 私の言葉に、マナの表情が明るくなる。

「あたしも、久々に六花と沢山お話したかったんだ」

 マナは握っていた手をほどいて、指を絡める。

 もっと強く感じるマナのこと。私も、少しだけ強めに指を絡ませると、ふと、マナの足が止まる。それにあわせて私も足を止める。

 足を止めた理由を聞こうとマナのほうへと顔を向けると、マナもちょうどこちらを向いて瞳が合う。

 遠くから街の音が聞こえてくる。

 私は開こうとした口がなぜか開かない。

 マナも何も言わない。

 お互い、ただ、じっと見つめあうだけ。

 視線が交わる。マナから目がはなせない。

 指に力が入る。指に力が加わる。

 とくとく、鳴りはじめる私の胸。指から伝わると恥ずかしい、そう思うけど、絡めた指を解く気になれなくて…

 その時、また少し、指に力が加わる。

 マナの視線に少し熱が加わったよう。

 私は視線を外すことができない…

 …

 ……

 …

 しばらく時がすぎ、マナが私から視線を外すと再び歩きはじめる。

 そのまま、角を曲がって、大回りで一周。

 誰もいない私の家にたどり着いた。

 

 

 

「どうぞあがって」

「お邪魔しま~す!」

 玄関に入ると、元気な声で挨拶をするマナ。私はスリッパを出してあげると先にリビングへ向かう。

 あかりが灯り、暖かさを取り戻す部屋。

 マナはいすに座ると早速持ってきたバッグをごそごそし始めた。

 私はお茶でも用意しようとして、そして、思いとどまる。私の誕生日の時、マナは全部自分がするってきかないから。

「じゃ~んっ!」

 大げさに取り出したのは一目でわかるケーキの箱。私の視線は釘付けに。

 だって、マナの作るケーキは本当においしいから。

 私の視線を感じて、マナはもったいぶる。

「見たい? 見たいよね?」

「ええ、ぜひ見たい!」

「では、今日お誕生日の六花ちゃんに特別!」

 箱を開けて取り出したのは、2人分のホールのシンプルなショートケーキ、でも、いちごが沢山でおいしそう。

 そして、上に乗っているのは、

「Happy Birthday Rikka!」

 そう書かれたチョコレートプレート。

「六花だけに特別に、愛をこめて!」

「素敵! さすがマナね。嬉しい! ありがとう!!」

 マナの愛がぎっしりつまったケーキに私の心もその愛でぎっしり埋められそう。思わず声を弾ませてお礼を言う。

「ううん、六花のお誕生日だもん。がんばっちゃうよ」

 マナも嬉しそうな顔で言う。

「それじゃ、キッチン借りるね」

「ええ、お願いね」

 お茶を用意するためにマナはキッチンに消える。私はケーキを見つめながらマナのお茶を楽しみに待っていた。

 

「おまたせ」

「ううん、ありがとう、マナ」

 ケーキに紅茶、漂う香りはアールグレイ。マナは丁寧にケーキを切り分けてくれる。チョコレートプレートは私に。

 お礼に、私のいちごを一個マナにプレゼント。

「あらためて、お誕生日おめでとう、六花」

「ありがとう、マナ」

 笑顔を交わして始まる小さなパーティ。

 ケーキを小さく切って一口。

 マナは私のことをじっと見つめている。少しだけ、心配そうに。

「どう?」

「おいしい! 頬落ちちゃいそう」

「本当?」

「もちろん。今年のケーキもとってもおいしい」

「よかったぁ…」

 安心したかのようなマナの表情。

「ほら、マナも食べて」

「うん」

 マナも私と同じようにケーキを切って一口。

「うん、おいしい! よかった…六花においしいケーキを食べてほしかったから」

 その言葉に、改めて私のために沢山の想いを込めてくれたってわかってとても嬉しくなる。

「ありがとう、マナ。本当に、本当においしい」

 改めてマナを見つめて伝えると、

「でしょ? たっぷり愛を込めて作ったから…ね……」

 そう言いながらマナは顔を赤らめた。

「自分で言って自分で恥ずかしがって…マナったら…」

 私のその言葉に、マナは照れた顔をしたまま頬をかいた。

 

 ケーキとお茶を囲んで、他愛ない話をして、ふと気づいたらもう10時。

 明日は学校だからいつまでもこうして起きているわけにはいかない。

「マナ、お風呂入っちゃったら?」

「え…ううん。六花が先に入りなよ」

「だって、マナはお客様じゃない」

「六花はお誕生日でしょ?」

「それって理由になってないわよ?」

「まぁまぁ…」

 椅子を立つマナ。私も一緒に立つとそのまま背中を押されてしまった。

 私は仕方なく部屋に着替えを取りに行き、先にお風呂に入ることにした。

 

 

 

 シャワーの音が響く明るい浴室。

 私は髪を洗いながら、今日のことを思い出す。

 学校でのお勉強。

 放課後、マナに誘われて行った生徒会室で、後輩達からお祝いされたこと。

 夕方、マナの家での誕生日パーティ。

 私の誕生日を心からお祝いしてくれる人がこんなに沢山いて、私は本当に幸せだと思った。

 そして、さっきまでのふたりの小さなパーティ。

 おいしいケーキ、そして、マナ…

 考えがマナまで届くと、ちょっとだけ様子がおかしかったことを思い出す。

 マナの家で、帰り道で。

 でも、私の家に来てからは普通だったから、気のせいかなって結論に至る。

 と、その時、浴室の扉、すりガラスの向こうに動くものが目に入った。

 どう考えてもマナ。私はシャワーを止めて扉から顔だけ出す。

「マナ? どうし…た…の?」

 そこにいたのは予想通りマナだった、けど、すでに裸で驚いてしまう。

「う、うん、一緒に入ろうと思って」

 マナの口調も少しだけ慌てたよう。

 私は少し戸惑う。マナは大切な友達だけど、裸を見られるのは少し恥ずかしくて…でも、すでに裸のマナにもう一度服を着るようにお願いなんてできなくて、

「う、ん…いいよ」

 そう答える私の頬はたぶん赤くなっていたと思う。決して、シャワーのお湯で体が温まったからだけではなくて。

 

「さ、六花。座って座って」

 マナに椅子を譲ろうとしたら、逆に椅子に座るように促される。

 マナはスポンジを取り出して、私の背中を洗い始めた。

「そ、そんな、悪いわよ、マナ…」

 私は本当に申し訳なくてマナを止めようとするけど、

「いいの、いいの。今日は沢山甘えて」

 そう言いながら、マナは私の背中を優しくこすり始める。

 こうなったマナはもう止められないから、私は黙って従った。

 石鹸の香りが漂う中、マナの優しい力が私の背中を往復する。

 気持ちよくて、そのままずってしてほしいって思ったりして。

 そんな気持ちを、マナの甘い声が後押しする。

「六花の背中って、綺麗だよね」

「え、…そ、そう?」

 自分で見たこともないし、誰かに言われたことなんてないから少し驚いてしまう。

「うん、すべすべで、綺麗だなぁって思うよ」

 マナの手が止まる。私はシャワーを用意しようと思ったら、

「きゃっ!」

 いきなり感じるくすぐったさに思わず声をあげてしまう。

 それは、マナが私の背中を指でなぞったから。

「もう、マナっ!」

 振り返ると、したり顔のマナ。

 私はため息をひとつつくと、マナの背中へ腕を伸ばす。

 私がしようとしていることに気づいたマナはとっさに逃げようとするけど私のほうが早かった。その背中を2本の指でなぞる。

「ひゃう!」

 変な声を出して身をよじるマナ。

「お返しよ」

 私の言葉にマナは「ごめんなさい」って小さく謝った。

 私は手早く全身を流すと、湯船に入ってマナに場所を譲った。

「ふぅ…」

 ちょっと暴れた後で湯船に入ったものだからのぼせそう。体を半分出して半身浴みたいにして髪を洗うマナに話しかける。

「ねえ、マナ」

「ん~?」

 髪をわしゃわしゃ、備え付けの鏡越しに視線を合わせる。

「ありがとう、マナ。今日は私のためにいろいろしてくれて」

 私の言葉に鏡の中のマナはにっこりと笑顔になる。

「大切な六花のためだもん。これくらいおやすいご用だよ」

 当然、って感じのマナの声。シャワーの音にまぎれ、泡とともに流れてゆく。

 マナが髪を流し終わったことを確認して、そのシャワーを借りて自分の体をさっと流す。

「ベッド用意するからお先にね、マナ」

 私は先にあがらせてもらうことにした。

「うん」

 マナはそう返事をすると石鹸に手を伸ばした。

 浴室から出ると、少し、ほんの少しだけくらっとする。やっぱりこの程度で上がってよかった。めまいで転んだりしたらマナを本気で心配させちゃうから。

 

 タオルで髪をふきながら部屋に入る。

 あかりをつけると鏡に映る私の顔。マナと一緒にすごす夜のことを思って、少しだけゆるんでいた。

「こ、こんな顔をしている場合じゃないわ」

 タオルで髪を巻くと、ベッドの上に乗って自分の枕をずらす。

 そして、横には押入から出したマナ用の枕。ふたつ並べて、また浮かんでしまう、これからの時間。

 マナが泊まりに来る時はいつもお話に夢中になりすぎてしまって、とんでもない時間になってしまう。

 今まで、マナが泊まりにくるのはお休みの前の日ばかりだからあまり問題はなかったけど、今日は水曜日で明日は学校。あまり長くならないようにって思うけど…でも、結局長くなってしまうのよね。そう思うと少し笑いがこぼれてしまう。

 こればっかりは仕方がない。マナとお話する時間は好きだから。

 でも、本当に、ほどほどにしないと明日に障るから。そう思っていると階段を上がる足音が聞こえてきた。

 部屋の入口、パジャマ姿のマナが現れた。

「ちゃんと温まった?」

「うん、ありがとう」

 そう言いながら私とベッドをちらっと見比べるマナ。

 今までそんなことしたことなかったのに。また少しの違和感。

 けど、次の瞬間にはマナは普通の表情に戻り、ドライヤーを手にする。

「やってあげるよ、六花」

 私はマナの行動に疑問を持ちながらも椅子に座ってマナの好意に甘えることにした。

 

 部屋に響くドライヤーの音。

 椅子に座る私の髪を優しくたどるマナの指。

 暖かさに、優しさに、私は安心したような気持ちになる。

 このまま、ずっと、マナに髪を乾かしていてほしい。

 マナの指で私の髪に触れていてほしい。

 マナへのおねだりが沢山胸の中を埋めてゆく。

 その甘さに、重さに、私は気づかないうちに頭を後ろに倒していたみたい。

 ことり、と、後頭部がマナの体に当たってしまう。

「あ、ご、ごめん…」

 慌てて離れておわびをするけど、マナから返事はない。

「マナ…?」

 もしかして怒っているのかと思って慌てて視線を移すと、少しだけ顔を赤くしたマナ。

「あ、うん、大丈夫…大丈夫だよ」

 慌てて取り繕うようなマナに私はまたも違和感。でも、

「続けるね」

 その言葉に従って、前を向くしかなかった。

 

 私の髪が乾いたら、次はマナの髪。

 マナを椅子に座らせて、丁寧にその髪を梳いてゆく。

 私より短い髪だからそんなに時間がかからない。そこは少しだけうらやましい。

 だからといって、冗談でも髪を短くしたいなんて言い出したらそれこそ大変。マナは全力で阻止しようとあれやこれやと言ってくるから。

 前にあったそんな出来事を思い出しながら、私はドライヤーの音が響く中、マナの髪を乾かしていた。

 

「あかり、消すね」

 お互いの髪が乾いたのを確認したらもう寝る時間。すでにベッドに入ったマナがうなずくのを確認してあかりを消した。

 けど、それは、おしゃべりタイムの始まりの合図。

 暗闇の中、お互いの顔は見えないけど、触れるパジャマごしの肌のあたたかさで、お互いの吐息で、忍び入る仄かな街あかりを宿した瞳で、どこにいるのか手に取るようにわかる。

 夜は普段とは逆で、マナより私の方が沢山おしゃべりしてしまう。

 今晩も、普段の何気ないこと…例えば、学校のこと、お勉強のこと、ありすやまこぴー、大切な仲間たちのこと。

 それに対してマナも楽しそうに相づちしてくれたり、言葉を加えたりしてくれる。

 そして、私自身の話になる。

 将来の夢、これからの目標、そして、新しい歳になっての誓い…夜のせいか、暗いせいか、相手がマナだからか、私の想いは…例えば、少し恥ずかしい話でも…するすると心から抜け出して言葉に変わる。

 それに対して、マナは沢山の言葉で応援を、そして、助言をしてくる…

 …去年までだったら。

 今年のマナは、応援もしてくれなければ助言もしてくれない。

 それどころか、相づちも全くない。

 不思議に思ってマナを見つめる。でも、闇になれた瞳でもその感情を読みとることができない。

 私はだんだんと心配になり、言葉を止め、マナに尋ねる。おそるおそる…

「もしかして、つまらなかった…?」

 でも、かすかな音をさせてマナは枕の上で首を横に振る。

「なら…どうし」

「なんか、ひとつ歳があがって、六花が遠くに行っちゃったみたい…」

 私が尋ね終わるより先に、マナのささやきがこぼれる。

「私が…遠くに…?」

 私はその言葉に少し驚いた。

 マナがそんなことを思っていたなんて。

 そんな、心配をしていたなんて…

 私はひとつもそんなことを思ったことなんてないのに。

 それを知ってほしくて、思わずマナを抱きしめる。

 言葉で伝えるよりも、こうしたほうがいいと思って。

 小さな声で驚くマナ。でも、私は気にせずにマナを抱きしめ続ける。

 暖かいマナの体、いい香りがあふれる髪、鼻をうずめて伝える。

「大丈夫よ、マナ。私は決してマナのそばから離れたりしない」

 私の言葉に腕の中でマナは少し震えると、心配そうな表情でこちらを見つめる。いつものマナじゃないみたいな心配そうな顔で。

 私はマナの頭を撫でてあげる。すると、マナの表情は少しだけ落ち着く。私は耳元でささやく。

「私こそ、マナと離ればなれになるのは嫌。ずっとそばにいてほしい。マナと一緒に歩いていきたい。ずっと、ずっと…」

 私の心の奥底から言葉があふれて、それはくちびるをふるわせ、マナに届けられる。

 でも、闇の中、まだ少しだけふるえるマナの瞳。それは不安なしるし?

 そう思った私は、マナにどうしても安心してほしくて、背中に腕を回して強く抱きしめる。 すると、マナも私の背中に腕を回してきて、強く抱きしめてくれた。

「六花…」

 マナの自信なさげな声。

 そんな声はマナらしくなくて、そんなマナの声に不安になってしまって、背中を優しくなでてあげる。

「あたしも、ずっと一緒にいたい…大好きだから」

 大好き…その言葉に私の胸が強く打つ。

 それは、私も同じ気持ちを持っているから。

 ずっと育ててきた、大切な想いだから。

 でも、突然のマナの告白に、私の胸はどうにかなってしまったのではないかって思うくらいの早鐘を打つ。

 けれども…私はマナの告白に応えてあげたくて、

 ううん。この、大切な想いをどうしても伝えたくて、

 マナの耳元でゆっくりささやく。

「私も…マナのこと、大好き…昔から、ずっと、ずっと、大好きだったの」

 嬉しさに少し涙がまざって声が軽く裏がえる。

 マナはその言葉に、私に顔を向けて、嬉しそうにほほえむと、もう一度私の耳元でささやいた。

「あたしも大好き…ずっとずっと、大好きだった。これからも、ずっと、ずっと、六花と…」

 マナの言葉はそこで途切れる。

 小さくため息がもれる。それは、少しだけ涙混じり。そのため息が耳にあたってくすぐったくて、でも、マナの真剣な告白のほうが私のことをもっと、もっと震わせる。

 もう一度ため息…と、柔らかい感触。それはマナの唇だってわかったのは、くすぐったさに声を思わず小さく上げてから。

 でも、その私の声が聞こえなかったかのように、マナの唇は頬、そして、唇へとたどってくる。

 幼いときとは違う、想いを乗せたマナのキスで私の頭の中は熱に浮かされてぼーっとし始める。

 でも、私の胸の奥底ではもっとマナを、大好きなマナを感じたいって思って、全身の感覚を研ぎ澄ましてゆく。

 ついばむように、何度も唇にキスが降る。

 私はひとつ受けるごとに、幸せを、大きな幸せを、感じていた。

 

「六花……愛してる」

 マナの愛の言葉。

「うん、私も愛し…」

 私の愛の返事、それは途中でマナの唇にふさがれてしまう。

 それと同時、マナの手が私のパジャマの上を優しくすべってゆく。

 私の体は一瞬だけ緊張したけど、すぐに力がほどける。

 マナはもう一度私のパジャマの上に手を優しくすべらせる。

 それは私の知らない感覚を呼びさます。

 思わず小さく声を上げると、マナは嬉しそうにほほえんで、指を伸ばしてくる。

 少し怖かったけど、でも、それ以上に、私はマナを求めていた。

 マナにだったらどんなことをされてもいいと思っていた。

 マナにだったら、どんなことをされても幸せを感じるだろうと思っていた。

 その指が…暖かく、優しく、しなやかな指が、私の鎖骨を軽くなぞる。

 私は再び小さな声を上げてしまう。

 それは、自分の声ではないような、とても甘やかな声。

 恥ずかしいという気持ちは少しだけ。

 マナに聞いてほしい、そんな気持ちのほうが強かった。

 嬉しそうなマナの表情。いつものマナが戻ってきた事を感じて私も嬉しくなる。

 マナはもう一度、私の鎖骨をなぞった。

 私もまた、甘い声をもらしてしまう。

 でも、もう恥ずかしいという気持ちは全くなかった。

 

 

 

 下の鳩時計が2時を告げる。

 その音を聞いたら、さすがにもう寝なくては…いつもならそう思うのだけど、今日は違う。

 私に重なる、マナの体の暖かさに、

 私をたどる、マナの指の優しさに、

 ずっと、身を任せていたい。

 それしか頭の中には浮かばなかった。

 甘い声を、沢山零しながら。



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