翌日は土曜日。俺は以前越前と訪れた謎の店『ベアトリーチェ』に来ていた。事前に越前に話を通してもらい、2時間だけ貸し切りにしてもらう事ができた。まあ、貸し切りにしなくてもどうせ客は来ない気もするが……なんて言ったら店主の響にシメられそうなので黙っておこう。
俺が今日ここに呼んだ人物たちはまだ来ていない。だから俺は以前食べて気に入ったパンケーキを注文しゆっくりと頂いていた。うん、美味い。もうパンケーキ一本で売り出せば客増えるんじゃね?と思うくらいだがやっぱり黙っておこう。
俺が最後の一枚にフォークを刺したところで店の扉が開いた。
「いらっしゃい」
「はあ、どうも……」
響の声に答えるのは緑川高校生徒会会計、木場神威。ジーンズに、『世界最弱』と書かれたTシャツ、首にはヘッドフォンをひっかけるという完全な休日スタイル。そのTシャツどこで売ってるの?というかなんで買ったの?
木場は俺の姿を見つけると軽く会釈し近づいてくる。
「今日は呼び出して悪かったな」
何故木場を呼んだかというと最初の会議の時に俺の意見に肯定的だったこと、そして今現在安城と予算案作成に取り掛かっていることから、俺と同じ方針を目指す人物だと考えたからだ。当然俺は木場の連絡先は知らなかったので連絡は恭子を介して行われた。
「いえ、全然。僕もどうにかしないといけないと思っていたので。……えっと、黒柳君?」
「人の名前を日本でのテレビ誕生と同時に生まれたテレビタレントの先駆けとして、長年に亘り第一線で活躍し、現在に至るまで唯一テレビ番組のレギュラーを継続して持ち続ける、テレビ放送史を代表する芸能人と間違えるな。俺は黒崎だ」
「失礼しました。黒崎君」
こいつ、10分後には黒澤とか言ってきそうだな……俺は世界に誇れる映画監督じゃないからな?
「とりあえず、他のやつらが来るまで適当にしててくれ、あ、ちなみにおススメはパンケーキだ」
「はあ、それじゃあ焼き魚定食で」
こいつ、人の話し聞いてんのか?というかがっつりいくな~。今3時なんだけどお昼食べてないの?そんなハードスケジュールなの?俺邪魔しちゃった?
「ほい、焼き魚定食」
「おお……」
10分後、響が持ってきた焼き魚定食に感嘆の声を漏らす木場。
それと同時に再び店の扉が開いた。
「おっまたせー!」
恭子が元気よく登場する。いや、ほんと待ったわ。おかげで10分間、木場と気まずい空気シェアしちゃって今ではすっかり気まトモだよ。
「く、黒崎君……」
恭子の後ろから顔を出すのは安城だった。先日の事もあり、いつもの元気は無い。正直俺も身構えてしまうが、そんな場合でもない。
「よう。取りあえず座ってくれ」
なんとか声を振り絞り、二人を席に誘導する。
これで、メンツは揃った。俺の向かいに座る木場。俺の左に座る恭子。そして俺の右に座る安城。
「……ポジショニングおかしくない?」
俺は左右の二人に問いかける。なんか木場が嫌われてるみたいになってんだけど……。あ、ほら木場がすごく恨めしそうな目でこっち見てる。お、俺は悪くないから、そんな目で見るな。
「さ、ゆーたろー、話始めちゃおうよ」
え、スル―?この配置で話始まるの?安城に目線を向けるが、どうやら俺の言葉を待っているようで、この状況への改善案は無いようだ。
仕方ない。このまま始めよう。
俺は大きく咳払いし、話を始める。
「あー、今日集まってもらったのは他でもなく体育祭実行委員会について話したかったからだ」
てっきり安城から何か言われるかと思ったが、安城は真剣な表情で俺の言葉に耳を傾ける。どうやら恭子が何か言ってくれたらしい。
「聞いた話だと、実行委員会の進行度はあまり芳しくないらしいな」
全員が頷く。
「そして肝心の予算案は安城と木場にまかせっきりになっている」
「そうですね」
「ちなみに予算案はどうなってる?」
俺の問いに木場は鞄からパソコンを取り出し、画面を俺に向けて開く。
ざっと内容に目を通してみる。
「……一応、やれるだけのことはやってるんですが」
木場の言うとおり、各競技に必要な備品についての予算はだいたい決まっている。だが、地域団体が行う余興に関してはまだ白紙のままだ。
「いや、二人で、それも1週間でやったなら凄いことだ」
「それは、どうも」
「だが、各競技に必要な備品も今後の会議によっては変更される可能性もあるな」
昨日聞いた話だと今会議で焦点になっているのは各競技のルールと内容らしい。先に予算を決めずに始まっているため、木場たちが作った予算案通りに話が進む可能性はゼロに近い。むしろオーバーするとみたほうがいいだろう。
そして、地域団体の余興にかかる費用も未定。来週の水曜にアポを取りに行く予定らしいが、予算案が未定のまま行っても向こうが首を縦に振るとは思えない。
「つまり、予算案をしっかり決めるところが会議全体の質を上げるのに最も重要なことは変わらない訳だ」
「でも、一星会長達にそれを言っても聞いてくれなくて」
安城は申し訳なさそうに言う。予算案に限った話では無く、今後一星たちが間違った進行をした場合にも、あいつらがこちらの意見を聞いてくれなければ破綻するのは目に見えている。
「一応、方法はある」
「え?ゆーたろーなんか思いついたん?」
「ああ」
「聞かせてください、黒崎君」
「黒崎君」
安城達は真剣に俺の目をみる。
「正直、一星たちにまともに取り合ってもらえる可能性はほとんどない。だから、必要なのはあいつら以外の実行委員を味方につけることだ」
「そんなんできんの?」
「五分五分だ。他の実行委員は一星たちの敷いたレールの上を走っている。どうしてかと言うと、その理由は2つある」
「2つ?」
「1つは、一星たちが実行委員長という立場にあること。どんな集団でもそうだが、先陣を切って物事を進めてくれるリーダー的存在に対し他のメンバーは依存しやすい。反論しても、じゃあ自分がみんなを納得させる意見を言えるかと聞かれるとうんとは言えない。リーダーという肩書がフィルターになり、それに異議を唱えるという思考そのものを潰してくるんだ」
それは中学の時、周囲が俺を頼ってきたことにも言えることだ。彼らは俺の生徒会副会長という肩書に依存していた。副会長なら他の人が思いつかなかった答えを出してくれると過度な期待をしていたのだ。
「そしてもう一つは、一星たちに実績があること」
「といいますと?」
「今回の実行委員より前から両校の生徒会は活動している。その中であいつらは学校をよくするための政策を労している。生徒会だから当然ともいえる行為だが、結果的に実績に繋がっている」
緑川については俺の想像でしかないが、赤羽の生徒会は俺が安城に助言したこともあり、いくつか実績を残している。安城がやったことだが、大抵の生徒はそれを『生徒会という集団』が成し遂げたこととして認識する。ましてや仲谷のような容姿の整った会長が取り仕切る団体だ。以前俺は越前の問いに誰もが返事するのは、越前の外見的特徴が解答しないという考えを潰していると考えたことがある。あの時は冗談半分で考えたことだったが、実際問題、人の印象は7,8割方見た目で決まる。たとえ仲谷という人間を対して知らなくても、他より外見が良ければ大なり小なり評価はあがるだろう。
話を戻すと、赤羽高校生徒会には安城を介しての『実績』がある。それが彼らへの理由の薄い信頼につながっているのだ。
中学の時、周りが俺を頼ったもう一つの理由は、俺が人を助けたという『実績』があったからに他ならない。俺の事を大して知らなくても俺が残した結果を見ればなんとなく信頼して見ようと思えたのだ。
「それだと五分もないんじゃ……」
木場の問いに俺は首を横にふる。
「いや、ある。この場合で必要なのは、リーダーという肩書と生徒会活動という実績だ。それがある人物なら、一星たちに異議を唱えても周りの反感を買ったりしない」
「でも、実行委員長は一星先輩たちじゃん。他にリーダーなんて」
「いや、実行委員長である必要は無い。そこに近い肩書があればいい。つまり……」
「副会長!そうでしょ!?」
安城が俺の答えにたどり着いてくれた。
「そうだ。副会長の光定。あいつを使う」
「でも、あの副会長会議じゃ何も言って無いじゃん。それでみんな納得するん?」
たしかに俺が会議に参加していた短い間、光定という人物は全く発言せず、仲谷たちの近くで俯いていただけだった。だが、うつむくという仕草自体から、彼が会議に対しなにか思うところがあると予想できる。
「する、というよりはさせる。要は生徒会としての実績以外の実績を光定に持たせればいいんだ」
「そんなの……あるんですか?」
「そのための予算案だ。俺たちで完璧な予算案を作り、それを光定に渡す」
「あの副会長に手がらを渡すってわけ?」
「そうだ。予算案が決まらないと一星たちの決めた種目や余興は実行できない。今は種目内容についてヒートアップしているが、少し冷静になればあいつらもそれに気付く。だが、気付いた時にはすでに手遅れになる。それを事前に防いだという実績を光定に持たせるんだ」
そうなれば他の実行委員たちにとって光定は一星たちに匹敵するほどの存在になる。その後は光定を介して俺たちの意見を提示すればいい。
「でも、光定副会長がそれに応じるかどうかはわからなくないですか?」
確かにそうだ。光定がNOと言えばこの策は水泡に帰す。それが五分五分と言った理由だ。でも、現状打てる手はこれしかない。
「光定先輩なら、聞いてくれるかも」
安城がぽつりとつぶやく。
「どうして、そう思うんですか?」
「光定先輩って、会議とかでは発言しないけど、私の書いた議事録とかの確認してくれるし、それに実行委員会の後もあんまり目立たないけど雑務とかしてくれてるし、生徒会のことを大事にしてるんだと思う。」
安城がそこまで言うという事は、光定は少なくとも仲谷や一星とは違ったタイプの人間なのだろう。
「でも、誰がその副会長を説得すんの?」
「俺が説得する」
恭子の疑問に俺は即答する。
「ええ!黒崎君が!?」
安城は相当驚いたのか椅子から立ち上がる。
「……発案者がやるのが筋ってもんだろ」
「そうだけど……黒崎君は……」
「確かに俺は他の実行委員から良くは思われていない。でもそれは実行委員全体としての考えだ。人が人を攻撃するうえで最も強力な武器は数だ。タイマンだと反撃されかねないからな。つまり、一人でいるところを狙えばいい」
「でも……」
安城は尚も不安そうな表情を見せる。
「大丈夫だ。俺はもう壊れたりしない。過去の自分も今の自分も受け入れる。俺には居場所があるから」
「黒崎君……!」
その言葉を聞いた安城は笑みを浮かべた。きっと俺の言葉の意味は伝わっていないだろう。それでも安城は俺が前に進もうとしていることに気付いてくれたんだろう。
「そういうわけで、これから予算案を詰める。ここは後1時間くらいしか使えないが、終わらなければ持って帰ってでもやる。期限はアポ取りに行く前の会議、たしか月曜だったな。そこまでだ」
「今日いれてたったの3日ですか……やれますかね?」
木場は不安げに尋ねる。
「やるしかない。幸い木場は会計の役職だし、俺も中学の時に予算案を作ったことがある。経験者が二人もいれば見込みはある」
「ゆーたろー、わたしたちは?」
「安城は今日まで木場と予算案を作ってきた中でノウハウは分かったはずだ。恭子は予算案を作る上で、上手く一星たちを納得させるような文体を考えてくれ」
「おけ!りょーかい!」
「うん、やろう!みんなで!」
安城の言葉に全員が頷き、俺たちの予算案政策は始まった。
***
そして日曜日。昨日の予算案政策は思った以上に円滑に進み、後は個人でもちかえり、今日の夜にグループラインで共有し木場がまとめることになっている。仕事を進める上で際立ったのは木場の能力の高さだった。ブランクのある俺や初めて予算案に触れる安城達にも分かりやすく説明してくれた上に割り振った仕事を他のメンバーより何倍も速いスピードでこなしていた。緑川高校生徒会が実績を残しているのは木場の貢献あってこそなのだろう。
さて、そんな日曜に俺がわざわざ学校に来たのは、当然昨日言った光定の説得のためだ。
安城聞いたところ、土日の光定は図書室で受験勉強をしているらしい。まだ7月なのに、受験生ってのは想像以上に大変らしい。
そんなことを考えながら俺は図書室の扉を開く。休日なだけあって図書室ないはガランとしている。『ベアトリーチェ』といい勝負だ。俺は貸し出しカウンターを横切り、並んでいる本棚の間を通りすぎる。その先のスペースには円卓と椅子があり、そこで一人勉強している光定の姿を見つけるのは容易だった。
ゆっくりと近づき背後から肩を叩くと光定はびくりとしながら振り返った。
「こんにちは、光定先輩」
「き、君は……?」
「2年の黒崎です。ほら、こないだ実行委員会を追い出された」
自分でも言ってて悲しくなるが、俺の事を思い出してもらうにはこれが一番早いだろう。
「あ、ああ……うん、黒崎君……」
予想通り光定は俺の事を思い出してくれたらしい。
「向かい、座ってもいいですか?」
「え、ああ、うん」
向かいの椅子を引き、ゆっくりと腰をおろす。
「勉強中なのに邪魔してすみません」
俺はちらっと光定の手元を見る。受験対策の赤本には、このへんでも有名な大学の名前が書かれている。たしかかなり人気の大学で、倍率もものすごく高いところだったはずだ。
「手短に用件を伝えます。あ、別に実行委員会を追い出されたことについてではないのでそんなに身構えないでください」
「う、うん、なにかな?」
「先輩は今の実行委員の進行状況で思うところはありませんか?」
「……!う、うん」
「それはどんなところですか?」
「……予算案、かな。多分種目内容より重要だとは、思うんだけど……」
どうやら光定は俺たちと近い意見の様だ。ここで無いと言われたらいちから説明しなければいけなかったが、これなら話が早い。
「俺も、いえ生徒会の安城と木場も同じ意見です。このままだと結局予算とアイデアのギャップが原因で体育祭は失敗する、と」
「やっぱり、そうだよね」
「光定先輩は何故それを言わないんですか?」
「だ、だって仲谷君は生徒会長だし、勉強もできるし、僕なんかが意見しても、聞いてくれないだろ?」
俺の主観で言えば光定の方が仲谷より優秀だとは思う。現に予算案の事を問題視しているわけだし。だが、光定は自分を仲谷よりずっと下の存在だと思っている。だから自分が間違っていると思う事を発信出来ないでいる。
要するに、自信がないのだ。自分の力を信じきれない。なぜなら、自分は今回、なにも出来ていないから。
それなら、好都合だ。
「実は、安城達は昨日から予算案を徹夜して作っています。これを見てください」
俺は鞄から、昨日できた分の予算案を光定に渡す。光定はそれを手に取り、熱心に見始めた。
「す、すごい!とても、良く作られてる!」
「それはありがとうございます。あいつらに伝えておきます」
俺は一呼吸して、再び話し出す。
「月曜までにはこれよりさらに完成度の高い予算案が出来上がります。それで、それを先輩の方から会長達に提示していただけないでしょうか」
「え、ええ!僕が?」
「はい、先輩が」
「で、でも安城さん達が作ったなら彼女たちの方が上手く説明できるんじゃ?」
「それでは駄目なんです。……言い方は悪いんですが、先輩の副会長という立場を利用したいんです」
本当に悪い言い方だが、濁して言っても伝わらないだろう。
「今の委員会の体制では体育祭は実行できない。俺たちが求めるのはその体制の改革です。そのためには会長達に意見できる人物が必要なんです。それが先輩なんです」
「ぼ、僕が予算案を作ったことにするってこと?」
「まあ、作ったでは無くとも安城達に指示したという事にしてくれれば」
「む、無理だよ!だって僕、予算案の説明なんて……」
「そこは問題ありません。説明文はこちらで用意しているので、先輩はそれを最もらしく読んでいただくだけで結構です」
外堀は全て埋めた。そして光定もこの提案には利得がある。とどめの一撃にそれを説明しよう。
「さっき言ったように、このまま続ければ体育祭は失敗します。そうなれば生徒会や赤羽の信用は下がります。それは今後赤羽に入ってる新入生にも影響してしまいます。今、光定先輩が一歩踏み出してくれればそれを回避できるんです」」
安城の前情報や、今話してみた感じからして、光定明日人という人物は生徒会という集団の事をしっかり考えている。ただ、その気持ちにもとづいて行動できる環境整っていなかったのだ。だからこそ、この揺さぶりは彼の善意を刺激するだろう。
「……わ、わかったよ。やってみる……上手くできるかは分からないけど」
「ありがとうございます。こちらも全力でサポートしますのでよろしくお願いします」