「ふあああああ、眠い……」
大きなあくびをしながら、俺は校門をくぐり下駄箱で靴をはきかえる。以前の事もあり、周囲の俺を見る目は刺々しい。ま、人のうわさもなんとやら、いつかはまたいつもの平凡な日常に戻るだろう。
「あ……」
廊下を歩いていると、ちょうど職員室から出てくる雪里と出くわす。
「おはよう、雪里」
「お、おはよう……黒崎君」
「職員室で説教されてたのか?」
「ち、違う……その……顧問の先生と夏休みの打ち合わせ……」
「そっか、俺も近いうちに部室に行くよ」
「うん……!」
「それじゃあな」
「黒崎君!」
そのまま手を振ってすれ違ったと思ったら雪里から声をかけてきた。
「なんだ?」
「ら、来週の土曜……」
「分かってるよ。『ミント』のイチゴムースパフェは絶対に食べような」
「うん!」
雪里とはそこで別れ、再び歩くと2階への階段の踊り場で何やら箱を持った集団がいた。
「体育祭の実行に当たって募金活動をしていまーす!あなたの小さな優しさがみんなの笑顔に!よろしくお願いしまーす!」
「「キャー!越前くーん!」」
そんなモテモテ野郎に特に何も言わず俺はその前を横切る。
階段を昇り切ると携帯が鳴る。画面を見てみるとそれは恭子からのラインだった。
『ゆーたろー!明日の約束忘れてないよね!?』
『放課後に駅前のゲーセンだろ、分かってるよ』
恭子の送ってくるウサギのスタンプを確認し、携帯をポケットにしまう。
教室に入り、自分の席に着くと俺は大きく息を吐く。
――あれ、平凡な日常ってこんなんだっけ?
「黒崎君!」
そんな俺の机の前に急いで走ってくる人物は一人しかいない。
思えばいつもそうだった。出会った時からずっと、彼女はこんな風に元気いっぱいに俺に話しかけてきた。
最初はそれをどこか疎ましく思っていて、次々と振りかかってくる出来事に気乗りはしなかった。
それは俺が過去に犯した過ちが原因で、本当に疎ましかったのはそこから目を背け続けてきた自分自身だった。
でもあの日、俺は出会ってしまった。
最初はアンケートの作成を手伝った。あの時はまさか生徒会活動に加担しているなんて思っていなくて、その場限りの出来事だと信じて疑わなかった。
だが、その後も彼女との関係は切れることは無かった。それと同時に俺の周りは騒がしくなっていった。中学の時の友人たちとの再会、関わる気もなかったバスケ部の部長と知り合い、サッカー部の部長の暴走を止めたりもした。
そして運命はめぐり、忘れたかった過去と向き合うことになった。それはすごく辛くて、途中で投げ出そうともした。でも、それをしなかったのは過去の俺にはなくて、今の俺にはあるものの存在だった。
そのきっかけを作ってくれたのはやはり彼女で、そんな彼女だから俺は助けたいと思ったのかもしれない。
そんないつも通りの彼女の襲来に俺はゆっくりと顔を上げる。
「……なんだよ安城」
「それがちょっと困ってることがあって!」
「悪い、ちょっと寝不足なんだ。その話は後で……」
「夏休みの地域のパトロールについてなんだけど!」
ああ、もう駄目だ。安城が言い出したらもう誰にも止められない。そりゃこんなのがいたら平凡な日常なんて夢のまた夢じゃないか。
――でも、不思議とそんな日常も悪くないと思い始めている自分がいる
「分かったよ。今回は何が問題なんだ?」
「えっとね!まずはこの資料を見てほしいんだけど――」
俺が平凡な日常に至るのは、この分だとずっと先らしい。
でも、それでいいのかもしれない。
誰だって、一人でできることには限界がある。それでも自分にできることを頑張ろうとすることは悪いことじゃない。でも、一人で進み続けた時、きっとどこかで間違ってしまう時がある。
間違っている人間は間違っていることに気付けない。
だからこそ、誰かを頼り、頼られ、互いに助け合っていくことが必要なんだ。
そこには独りよがりの小さな世界より、ずっとずっと素晴らしい居場所があるのだから。
だから俺は、後悔なんてしていない。
だってこれは、俺が望んで得た日常なのだから。