黒崎君は助けてくれない。   作:たけぽん

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後日談 黒崎君の放課後

来週からは夏休み。夏休みと言えばやれ花火大会だのやれ海水浴だの、炎天下の中文字通り飛んで火にいる夏の虫になりたがる連中であふれるわけで、出かけようと電車に乗ればその連中とおしくらまんじゅうし、エアコンの効くショッピングモールへ行けば人の熱気で体感温度はプラマイゼロ、何と恐ろしいことだろうか。

とはいっても、俺はそれらを否定したい訳ではない。夏休みに限らず、自分の人生をどう生きようがその個人の自由であり、他人がどうこう言う事では無い。

俺だって花火大会で打ちあがる花火に素直に感心したり、海水浴に行って経営難な海の家の店主と仲良くなってイカ焼きをただでごちそうになり店の赤字率を上げたこともある。

まあ、それも中学の時の話で、今年の俺には特にそういう予定もない。せいぜい雪里とパフェを食べに行く程度。後の時間は全てだらだらとすることに投資する事に決めている。完璧な夏休みの計画だ。完璧すぎて自分のスケジューリング能力の高さに震えるぜ。

 

そんないつも通りのくだらない思考を巡らせる俺は、最寄駅構内の変な形のオブジェの前で携帯をいじっている。夏休み前だけあって周囲を横切る中高生たちはもうテンションマックスで夏休みの予定を話し合っている。

形がどうであれ、夏休みというのはやはり学生の特権であり、それを上手く行使することに試行錯誤するのもまた学生の特権である。

そんな放課後、時間は4時半。俺は鞄の中から綾鷹を取り出しのどを潤す。何故俺が帰宅してベッドにダイブといういつものルーティーンを破ってまで我慢大会に勤しんでいるかというと……。

 

 

「あ!ゆーたろー!」

 

改札の向こうから元気よく手をふるのは矢作恭子、俺の中学からの知人である。今日も第二ボタンまで開けたシャツ、短く折ったスカートと、制服を華麗に着崩している。緑川高校の生徒指導は一体何をやっているんだ。

 

「お待たせ―!待った?」

「待った。まじで待った。この炎天下の中30分だぞ?軽い拷問だ」

 

改札を抜け、俺の元まで駆け寄ってきた恭子に対し、俺は開口一番文句を口にする。

 

「ごめんってー。ちょっとめんどくさい先生に呼びとめられてー」

「俺よりそのめんどくさい先生との用件を優先したと」

「うっわ。ゆーたろーめんどくさっ!」

 

大げさなリアクションをする恭子のすがたにため息を吐きつつも、俺は話を進めることにした。

 

「そんで?今日はどこのゲーセン行くんだ?」

「そうそう!私ちゃんと調べてきたんだよねー」

 

恭子は鞄からA4サイズのコピー用紙をとりだし見くらべる。

そう、今日の放課後の予定はこの矢作恭子とのゲーセン巡りで埋まっているのだ。事の始まりは数か月前、体育館の取り合い問題の解決に奔走していた時にさかのぼる。

あの時俺は当時のクラスメイトからとある情報を聞き出すために代理人として恭子に協力を仰いだ。その時こいつが出した条件が、『ゲーセンに行く』という旨の事で、俺はすっかり忘れていたのだが、先日その話を蒸し返され、今に至る。

 

「えーっとね、まずは駅前のビルに入ってるとこ!そこに新しいクレーンゲームがあるんだって!」

「クレーンか……」

「えーなに、テンション低くない?」

「お前がクレーンに誘う時は大抵欲しいフィギュアがある時だろ?つまり俺の取り分はゼロなんだ」

 

中学の時も、こいつが欲しがっていた景品をとってやったらそれからしばらくは毎日のようにクレーンに誘われ、俺の百円玉はいつのまにか底をついていた。

 

「心配しなくても、クレーンのお金はちゃんと出すからさー」

「何お前、実はお金持ちの生まれなの?」

「ちがうちがう、バイトで貯まったお金」

 

ほう、まさか恭子がバイトとは。こいつを扱いきれる企業なんてあるのか。

 

「何のバイトしてるんだ?」

「メイド喫茶」

「め、メイド!?」

 

つい声を荒げてしまう。こいつが、メイド?『おかえりなさいませ、ご主人様(はあと)』とかやっちゃうの?それは……人気出るだろうな。こいつ普通に見た目いいし。

 

「あ、いまゆーたろー妄想してたでしょ?」

「妄想じゃない。想像だ」

「こんどゆーたろーも来なよ?友達割りしたげる」

「どのくらい割り引かれるんだ?」

「2割くらい?」

 

す、すくねえ……。せめて友達割りなら3割以上4割未満は引いてほしいもんだ。ただでさえメイド喫茶というところはぼったくりの聖地なのに。具体的に言うと入国料とかチャージとかいう制度のせいで。

そんな恭子のメイド話をしながら、ビルにはいりエスカレーターを上がる。正直、俺はどんな規模のゲーセンなのか全く知らないが、昇ってきた階層の規模からして結構大きいのは確かだろう。

 

「あ、ついたついた!」

 

4階で恭子はエスカレーターを降りる。

 

「おお……」

 

広がっている風景はまさにザ・ゲーセン。ガンガンとなり響くゲーム音に、横並びに構えるクレーンゲームの島。メダルゲームの区画からはジャラジャラとメダルが吐かれたり座れたりする音が木霊し、音ゲーのコーナーでは舌打ちが聞こえる。みんなはクソ譜面とか言わずにプレイしような!

 

「ゆーたろー!こっちこっち!」

 

恭子に手を引かれ、問題のクレーンゲームの前までやってくる。どうやら最近アニメ化した作品のヒロインのフィギュアのクレーンらしく、その箱の傾きからこれまで挑戦し断念していった連中の努力が伺える。

 

「これか?」

「そう、これ!このアニメ、すごくつまんなくて、ネットじゃ叩かれまくってんの!」

「……それ、欲しいのか?」

「ばかだなーゆーたろー。評価の低いアニメだからこそ、このフィギュアはすぐに市場から枯渇するでしょ?そこを狙ってフリマアプリにぶち込むの!」

「転売目的で、しかも人に取らせる。お前にプライドはないのか」

「い、いーじゃん!売上金半分上げるから!」

 

それはいい条件だ。夏休みの自堕落生活に向けて資金は欲しいところだったしな。これで夏休みはひたすらスイカバーでエンジョイできるぜ。

 

「それじゃ、店員に位置を戻される前にやっちまうか」

 

俺は恭子に右手を差し出す。恭子は一瞬ポカンとしていたが、すぐに財布から100円玉を取り出し俺に渡してくる。それを受け取り、俺は投入口へ流れるように手を動かす。チャリン、という音と共にクレーンを動かすパネルに明かりが灯る。俺は右手でレバーを握り、臨戦態勢に入る。

 

「……よし。行くぞ!」

 

 

***

 

完。

 

 

 

嘘である。非常に大胆な嘘であった。俺は『ナントカミルクフラペチーノ』でのどを潤しながら嘘をついてみた。

美味い、非常に美味いぞこの『ナントカミルクカントカ』は難点があるとすればやたら名前が覚えにくいところだけだ。正直致命的な難点な気もするが、このカフェの盛況具合からしてそれは俺の勘違いらしい。

 

「いやー、大漁大漁!」

 

向かいの席でフィギュアの箱を並べて写メをとる恭子は満足気だ。時刻は6時。最初のクレーンゲームに挑んでから実に1時間ちょっと経過しており、その間俺たちが何をしていたかというと、それは以下の通りだ。

 

1. クレーンゲームを始める

 

2. 俺が2,3回のコンテニューしつつフィギュアをとる。

 

3. 恭子が調子に乗り他のクレーンに乗り換える。

 

4. あらかたフィギュアをとった後、別のゲーセンに移動

 

5. 1にもどる

 

 

これを5回くらい繰り返した後、今居る意識高い系御用達カフェに移動し、長ったらしい名前の『ナントカカントカソントカ』を注文し、今に至る。

 

 

「いやーやっぱゆーたろー凄いね!この辺の店のフィギュアあらかた取りつくしたんじゃない?」

「そのせいで俺は店員に白い目を向けられてたけどな」

 

俺は『ナントカ……』もうミルクでいいか。ミルクをストローですする。

 

「ごめん、ゆーたろー」

「……どうした、急に」

「いや、今日つまんなかったのかなって」

「なんでそうなる」

「だって、ゆーたろー一回も笑わなかったし」

 

俺は自分の頬を触ってみる。そういえば、今日ここの筋肉は対して働いていなかった気がする。

 

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって……」

「恭子。別に俺は今日つまらなかったとは感じていない。お前とゲーセンにこれて楽しかったと思ってる。……ただ、昔ほど笑っていないのは事実だ」

「やっぱり、まだ気にしてる……?」

 

気にしているかと聞かれて『全く』と答えるのは難しいかもしれない。中学の時に俺がやったことはけして消えない事実だし、そのせいでたくさんのものを失ってきたのも事実だから。いくら時間がたとうとも、いくら俺の生活が充実しようとも、それを忘れることは許されない。

でも、それはけして――。

 

「それはけして辛いことじゃない」

「……え?」

「あの時の事をすっぽり記憶から消すことはできないし、消すつもりもない。だって、あの時のことがあったから、お前は俺を理解してくれようとした。それはあの時俺がなんとなくで積み上げた薄っぺらい人間関係とは全く違うから」

 

あの時の事からずっと逃げているままだったら、恭子との関係も、他の人との関係も、薄くて、脆くて、いつかは消えてしまうものだったのだろう。でも、俺は今の恭子や安城、雪里達との関係をそうは感じない。たとえこれからの人生で違う道を選んでも、距離が遠くなっても、俺たちの関係は途切れない。勝手な願望かもしれないが、俺はそう信じている。それが、俺の目指した『居場所』だから。

 

「それはやっぱり、安城さんと出会ったから?」

「なんで安城の話になるんだよ?」

「だって、安城さんラインでもゆーたろーの話しかしないし」

「え、どんな話し?」

「それは教えないけど」

 

なんだ、安城のやつ俺が生徒会勧誘に応じなかったことをまだ根に持っているのか?

そういえば昨日だったか夏休みの地域パトロールに関しての計画書を渡されて目を通しとくように言われてたっけ……危ない、完全に忘れてたな。

 

「あ、今ゆーたろー笑った」

「え?」

 

返事をした時には既に俺の表情はいつも通りで、果たして笑ったかを確かめる術もなかった。

 

「いや、笑ってないと思うが」

「絶対笑ったって!今なんか面白いこと考えてたの?」

「いや、全然」

「うそつかない!」

 

恭子は俺の頬をつねってくる。

 

「わ、わかったからやめてくれ!」

「じゃあ、何考えてたか言って」

「……夏休みのこと」

「夏休みになにすること?」

 

やっぱり逃がしてくれないか。

 

「……地域パトロールの計画案の修正」

「誰に頼まれて?」

「……安城」

「やーっぱりね」

 

恭子は大きくため息をつくが、その表情は俺に対し怒っているわけでもなさそうだった。

 

「うん。やっぱりゆーたろーは変わんないね」

「何の話だよ?」

「教えなーい」

 

恭子はにっこり笑って、俺のミルクを奪って飲み干す。

 

「お、おい!それ俺の……」

「さ、そんじゃ帰ろっか!」

「ええ……」

 

強引に話を終了させる恭子に文句も言えず、俺たちはカフェを後にした。

 

***

 

夏は日が長いのは日本人なら共通認識だろうが、6時を過ぎても太陽と共存しなければならない世界の理はそろそろ変わってくれやしないだろうか。

 

駅の改札をくぐり、ホームにたったところで俺の思考はそんなどうしようもない話まで到達していた。まあ、いつもの考えてることがどうしようもあるかというと話は別だが。

隣に立つ恭子の方を見てみると、いつも通り携帯をいじっている。どうせまたツイッターの更新でもしているのだろう。

俺も携帯を取り出し、適当にニュース記事を眺める。

すると不意に、ラインの通知音が鳴る。画面表示を見ると、恭子がなにかしら画像を送ってきたようだ。

 

「なんだよ?」

「……」

 

返事は無い。

 

「なんか用があるからラインしたんじゃないの?」

「……」

 

またしても返事は無い。どうやら画像を確認しろという事らしい。仕方なくラインを開くと、それはいつぞやの予算案完成祝勝会の時のハンバーガー屋での写真。写っているのはハンバーガーを食べ終えた木場と、その横で笑っている俺、そしてそれを見て驚いた顔をしている安城の姿だった。

 

「お、おい!」

 

それはアングル的にも恭子しか取ることができない写真だった。あんな一瞬で、誰にも気づかれずに写真撮るとか何そのスキル。

 

「なんで笑ったのか、次会う時までに考えといて」

 

屈託のない笑みをうかべる恭子に文句を言おうとした矢先、列車がホームに入ってきた。

 

 

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