5月に入り、新しく入学してきた1年生たちも部活動に入部したり帰りにラーメンを食べに行ったりと徐々に高校生活を楽しみ始めている。2年生は部活動の後輩を暖かく迎え入れ、最初の温かさはどこへ消えたのか後輩を球拾いだの水くみだのにこき使っている。
3年生は徐々に進路に向けて準備を進めながらまるでじじばばのように下級生を見て「若いなあ」とか「今が一番楽しいんだからね」なんておせっかいな事を言ってくる。
まあ、部活にも所属せず、他学年に知り合いもおらず、ましてや進路なんてノープランな俺には一切関係ないことだが、別にそれを悲観したりはしない。何も起こらない日々をすごし、ご飯を食べあったかい布団で寝る、これ以上に幸せなことはない。
……はずなのだが、先月から俺の日常は少々おかしなことになってしまっている。
全ては安城奏という人物が原因であり、正直あの日の事を今でも後悔している。
「おはよう黒崎君!今日生徒会で会議があるんだけどどう?」
朝玄関で開口一番勧誘され
「こんにちは黒崎君!生徒会室でお昼でもどう?」
昼食をとろうといつもの空き教室にいったら先回りされ
「お疲れ黒崎君!放課後暇なら生徒会に見学にこない?」
下校しようとしたら玄関で勧誘される。かれこれこの茶番を3週間は続けている。もちろん全部断っているのだが安城は強靭なメンタルの持ち主らしく毎日話しかけてくる。それだけならまだいいのだが、どうやら安城は男女問わずの人気者らしく、そんな人物にしょっちゅう話しかけられれば必然的に周りの視線がこちらに向く。目立つことが嫌いな俺としては本当にごめんこうむるシチュエーションだ。
そんなある日の昼休み、俺はしつこく勧誘してくる安城から逃げるために部室棟へ来ていた。ここなら基本的に放課後にならないと生徒はやってこないし、生徒会室のある区画とは対極の位置にある。俺は念のため周りを確認し、ホッと息をついて階段に腰掛けトマトサンドの包装をはがし、食べ始める。
「……こないだのカツサンドよりはうまいかな」
今日はいつものコンビニでは無く珍しく自分で作ってみたのだが、自分の努力が分かるためひいき目に評価してしまう。コンビニのサンドイッチのほうがおいしいだろうってことは百も承知だ。早起きして作ったんだからこれくらいの自画自賛は許してもらいたいところだ。そんないつも通りのしょうもない自問自答を繰り返しながら咀嚼する。
はあ、久しぶりのゆっくりとした昼食。まさに至福の時だ。
「黒崎君?」
背後から声をかけられむせてしまう。まさか、安城の奴こんなところまで……?
恐る恐る振り返ってみるとそこにいたのは安城では無く、ショートヘアでメガネをかけた女子生徒だった。
「えっと……」
「久しぶり、だね」
「えっと……」
「元気だった?」
「えっと……」
えっと……誰だっけ?なんか俺の事知ってるらしいけど俺はぜんぜん知らんぞ。安城と違って同じクラスでも無かったはずだし、そもそもこの学校には久しぶりに会う人物なんていないはずだ。
「わ、私……雪里、雪里茜だよ?」
「はあ、、雪里茜……?」
「中、中学の時漫研の部長だった……」
そこまで言われてようやく思い出した。確かに、中学の時漫画研究会の部長をしていた女子がいた。それがこの雪里茜だった。
「思い出した……?」
「あ、ああ。久しぶりだな雪里」
俺が思いだしたことが嬉しかったらしく雪里は微笑む。
「えっと……何してるの?部室棟なんかで」
「自己防衛だ」
「……?」
「えっとだな、ちょっとしつこい勧誘にあっててだな……」
「ああ……安城さん……」
「やっぱり目立ってるよなあ……」
俺が落胆しているのを見てか、雪里は階段を下り俺についてこいと手招きしてきた。俺はサンドイッチを包んでいたラップをポケットにいれ、ついて行くことにした。
三つくらい教室を通りすぎた末に雪里は足を止め、ポケットから鍵をだし差し込む。ガチャンという気持ちのいい音と共に教室の扉が開かれる。
「どうぞ……」
「お、お邪魔します」
教室内には2つくっつけられた長机と、その上に乱雑おかれている原稿用紙やペン。そして壁を覆い尽くす大きな本棚には漫画や小説の類がびっしりと並んでいる。
「ああ、漫研なのかここ」
「うん……部員は6人」
雪里は中学時代からずっと漫研に所属しているわけだ。一つの事をそれだけ続けられるのは凄いことだ。世の中には4年くらい経っても新刊を出さない作家とかもいる訳だし。
「そっか。雪里は高校でも部長やってんの?」
「うん……」
「新入部員は入りそうか?」
「1人……入ってくれた」
「そっか。そりゃよかった」
「全部……黒崎君のおかげ」
「その話はやめてくれ。正直黒歴史なんだ」
「でも……」
雪里はそれ以上言葉を口にするわけでもなく、ゆっくりと隅にある冷蔵庫へ近寄り、お茶を取り出す。
「これ……あげる」
そういって差し出されたのは綾鷹とおーいお茶だったので、当然綾鷹をえらぶ。いつの時代も選ばれるのは綾鷹でした。
「安城さん……いいの?」
「まったくもって良くないな。あいつのせいで目立ちに目立っていい迷惑だ」
「でも、安城さんは悪い人じゃないよ……」
「安城と関わったことがあるのか?」
「うん……漫研のポスター掲示してくれたり……部会の書類とか要点をまとめてくれる……」
なるほど、安城は悪い奴ではない。ただおせっかいな奴なだけだな。おめでとう安城。これで昇進確定だな。
「黒崎君……変わったよね……」
その言葉は多分俺に伝えようとして出た言葉では無い。ただ、口からこぼれてしまった呟きにすぎないのだろう。その呟きは見事に俺の耳に入ってしまったわけだが、俺は特に反応せずに綾鷹を飲む。
「雪里、別にお前を信じてない訳じゃないんだが、あの時の事はあまり人にはいわないでくれないか?」
「わかった……黒崎君がそれでいいなら……」
「ありがとう。さて、そろそろ昼休みも終わるな。俺は教室に戻るよ」
「うん……また、いつでも来てね……」
漫研の部室から出た後、ポケットに入っているラップを捨てようとゴミ箱へと向かう。
昼休みは残り10分だし、そろそろ戻っても大丈夫なはずだ。少なくとも今は。放課後はどうやって安城から逃げようか。もはや俺の日常が安城から逃げるホラーゲームになりつつある。早急に改善したところだが、もうこの日常は俺がどうこうできる問題では無い。安城が俺から興味を失うまで永遠に続くのだろう。
だんだん重くなってくる足取りのまま、ゴミ箱へたどり着く。
「……なんか最近不幸多くない?」
たどり着いたゴミ箱はゴミであふれかえっており、周囲にもゴミが散乱している。そういえば購買の近くのゴミ箱もこんな感じだった気がする。まったく、ゴミ袋を取り換えるって文化がいつの間にか消えてしまったらしい。仕方なく俺は周辺のゴミをあつめ、無理やりゴミ箱に押し込み、ラップは持ちかえることにした。
教室に戻ると案の定安城がこちらに視線を向けてくる。案の定安城って語感が良いな、流行らないかな?流行らないだろうな。
だが、俺が席に座り安城が席を立とうとした矢先にチャイムが鳴り、数学の教師が入ってくる。
「起立、礼」
そのまま授業が開始し、数学教師は教壇に立ち何やら難しい数式を黒板に書き始める。俺は特にそれを聞くわけでもなく、ただ窓の外を眺めるだけだった。今日は1年生が体育の授業でサッカーをやるらしい。あれだよね、体育のサッカーってサッカー部がやたら調子のるよね。「マイボマイボ!」とか「ライン上げろよ!」とか「それオフサイドだろ!」とか。初心者がいきなりオフサイドなんて分かるわけなかろうに。で、そういうサッカー部の奴に限って試合じゃ補欠なんだよな。全部共感できた人は俺と友達だ。
さて、一年生男子はどうやら取りジャンをやっているらしい。取りジャンってのは分かりやすく言うとプロ野球のドラフト会議みたいなもんだ。両チームのリーダーがじゃんけんして、勝った方が一人指名してチームに加え、次に負けたほうが一人指名する。これの繰り返し。最後に一人余った文化部の男子の不遇っぷりはまじで同情する。同情するなら金をくれと言われてもひたすら同情するくらいには。
そんなことを考えボーっとしていると唐突に隣の席の女子が肩を叩いてきた。
めんどくさいので無視しようと思ったが、これで俺が私語しているなんて思わるのは迷惑極まりないので仕方なくそちらを見る。
「これ、安城さんから」
隣の女子はそう囁きながら一枚のメモを渡してくる。安城の席は窓側から数えて4列目の一番後ろで、俺の席は窓側の一番前なのでこのメモは実に10人以上の配達人から送られてきた訳だ。授業中に手紙まわすなんてレトロな遊び、まだはやってるのか。
一応中身を確認して見よう。そう思い二つ折りになっているメモを開く。
『今日、どうしてもお話ししたいことがあります。放課後、4時ちょうどにいつもの空き教室で待ってます』
いつからあの教室は安城のいつものになったんだろうか。で、なんだって?4時に待ってるって?というか何この文章、ものすごくかしこまってるな。まるで告白の呼び出しの様だ。まあ、告白であれ何であれ俺が応じるかどうかは俺次第な訳で、当然帰らせてもらう。
そういう意味も込めた視線を安城に送ると、笑顔でピースが返ってきた。メンタル強靭すぎない?
***
そして放課後。安城の誘いは当然スル―して玄関へ向かう。特に罪悪感とか後ろめたさは無い。安城自体が嫌いなわけではない。普通に話しかけてくれれば顔見知りくらいには接することもできる。だが、問題は安城に付随する生徒会という集団だ。この学校の生徒会のメンバーも知らなければどんな活動をしているかも知らない。だからといって生徒会を否定するわけでもない。ただ、俺が思い描く理想の日々と生徒会しかりその他集団の活動は全くと言っていいほど繋がりが無いのだ。
「げ」
玄関にたどり着いた俺は自分の下駄箱の前でスマホをいじる安城を発見する。なぜあいつがここに?空き教室にいるはずでは?時計を確認して見てもまだ3時50分だ。
落ち着け、冷静にクールに対応しよう。それは流石に冷え過ぎだな。
取りあえず、安城が下駄箱を離れない限り帰ることは出来ない。つまりは、どこかで時間をつぶさなければならない。よし、図書室にでも行こう。
「あ、黒崎君!」
俺が図書室へ向かおうとふりかえった矢先、安城は俺の存在に気付いてしまったらしい
どうしよう。流石にたくさん人のいる下駄箱周辺で無視するのは無理だ。無視すれば安城は何度も俺を呼び、俺が目立ってしまうのは必然だろう。
もはや退路は断たれた。俺は肩を落としつつも下駄箱へ向かうしかなかった。
「お前、教室で待ってるんじゃなかったのか?」
「あれはフェイクだよー。黒崎君はスル―してそそくさと帰るだろうなって予想できたから!」
やっぱりこいつ頭いいよな?期末試験の後の順位発表で確認しておこう。期末まだまだ先だけどね。
「取りあえず、そこどいてくれない?靴履き替えたい」
「私の話を聞いてくれたらどけてあげよう!」
「今フェイク云々聞いたぞ」
「それはどうでもいいの!本題はこれからだよ!」
「いや、もうお腹いっぱいです」
「それでね、美化活動をしたいの!」
出ました、会話のドッジボール。これが発動するともう俺がどう反論してもボールは返ってこない。
「最近校内でゴミのポイ捨てや分別のマナーが悪い状況が続いてるんだけどね」
そういえば部室棟のゴミ箱付近はひどかったな。ふと下駄箱の隅のゴミ箱に視線を向けると、なるほどたしかにティッシュだのパンの袋だの発泡スチロールだのが乱雑に詰め込まれている。
「それで生徒会としては校内のゴミを減らすために何か美化活動したいんだけど、なかなかいい案が浮かばなくてさ」
美化活動と聞いてぱっと思いつくのはゴミ拾いとかポスターで呼びかける程度だが、それで校内が綺麗になる気もしない。注意喚起なんて教師陣がいくらでもするだろうが、高校生というものは基本教師をなめ腐っているものだ。ソースは国語の教師の頭をみてザビエルと呼んでいる俺。まあとにかく、ここまでひどい環境で多少の呼びかけ程度では改善しないだろう。
「黒崎君?」
安城の声で我に帰る。いかん、つい真面目に考えるところだった。一度要求を引き受けたら最後、残りの学生生活は安城の手伝いで埋まる可能性がある。
「さ、さて。話しも聞いたことだし俺は帰るからな」
「お願い!手伝ってよ黒崎君!」
「そんなものは美化委員にでも相談してくれ。俺は生徒会に奉仕するつもりは無いからな」
「……そっか!美化委員に協力してもらうのはありだね!ありがとう黒崎君!さっそく聞いてみる!」
「え、いや、別にこれはアドバイスってわけじゃ……」
俺の言葉など聞かずに安城は走り去っていった。廊下は走ってはいけません。裕太郎お兄さんとの約束ですよ?
さて、帰るか。帰ってテレビを見ていたい。
***
翌日は土曜日。待ちに待った休日、土日とつづく2連休のスタートだ。たった二日でも連休ってつければ何かそれっぽくなるところが実にいい。
そんな土曜日、俺は昼ごろに起き、朝昼兼用となった食パンと焼きそばを食べ、居間のソファに寝転がりながらテレビを見る。うちは親父が単身赴任で母はスーパーでパート、兄弟はいないのでこの時間は俺しかいない。よってテレビもソファも完全貸し切り。まさに天国だ。
「それでは今日は家を片付ける必殺掃除技をご紹介いたします!」
ワイドショーのコーナーの一つで人気のお笑い芸人がそんな事を言っている。
そういえば、安城はあの後美化委員に話しを通せたのだろうか。通せたとして、どんな改善策を打つのだろうか。
……いかんいかん。せっかくの休日に考えることじゃないだろうに。ぶんぶんと首を振りながらリモコンでチャンネルを変える。やっていたのは昔やっていたアニメの再放送。学園物で、生徒会が風紀委員と……って何だこれは、作為的なものを疑ってしまうほどの番組編成だ。仕方なくテレビを消しゆっくりと起き上がる。ふとスマホを見ると一件のメールが来ていた。差出人は……雪里?なんでこいつ俺のメアド知ってるの?と思ったがそう言えばこのスマホは中学の時に買ったもので、同じ中学だった連中のメアドはそのまま入っているんだった。卒業後誰ともメールをしていなかったので忘れていた。そもそも近頃はラインとかツイッターが主流だし、もうだれもメールなんて使っていないのかもしれない。いや、俺もライン使ってるよ?友達登録してるの家族しかいないけど。
まあ、それはさておき雪里がわざわざ俺のメアドを探してメールしてきた用件はなんだろうか。メールのボタンをタップして内容を見る。
『ちょっと話したいことがあるの、駅前のミントって喫茶店で待ってる』
え、何この文章。簡潔すぎて逆に怖い。まあ、雪里が急に絵文字とか使って『話したいことがあるのん♪駅前のミントって喫茶店でまってるのん♪』なんて送ってきたらそれはそれで怖いわけだが。
普通に誘われた場合はすぐに断る安定なのだが、この文面から察するに雪里はもうミントにいるのだろう。そうなるとコーヒーの一杯でも注文しているかもしれない。ここで俺がいけないとったらそのコーヒー代は完全に無駄になってしまうだろう。それに、気弱な雪里が人を呼び出すなんてよっぽどの事だ。何か不測の事態が起こっているのかもしれない。
……考えたところで想像の範疇を出ない。
俺は急いで自室に戻り着替え、身支度を秒で済ませ自転車にとびのり駅前へと向かう。
休日の駅前ともなれば人が多いのは当然だ。それは駐輪場もまた同じ。ぎっしりと並ぶ自転車の間に無理やり自分の自転車を押しこみ鍵をかけ、ミントの扉を開ける。
カランコロンと涼しげな音が店内になり響く。なるほど、なかなかおしゃれな内装だ。天井ではプロペラみたいなのがくるくる回っている。いまだにあれが何のために回っているのか分からないが、それは今度ネットで調べよう。ネットには何でものってるからな。
店内を見渡すと雪里が遠慮がちに手を振っている。
「げ」
それに小さく返事をしようとした矢先、俺は雪里の隣に座る安城の姿を見てげんなりする。
だが、既に入店してしまった以上コーヒーの一杯でも飲まないと帰りづらい雰囲気が店内に漂っている。仕方なく俺は雪里たちの向かいに座る。
「雪里……ハメたな」
「ご、ごめん……」
「あ、ちがうちがう!茜ちゃんは悪くないよ!メール送ったの私だし!」
「そもそも、お前らそんなに仲良かったのか?」
アイスコーヒーを注文しながらそんな疑問を唱える。
「えっと……そういうわけでは……」
「そう!生徒会で漫研の予算案とか名簿とか貰いに部室に何度か行ってね!」
いま雪里が否定しようとしてたように聞こえたんだが。ドッジボールプレイヤーはついに味方の投げるボールすら奪うようだ。チーム連携なんてあったもんじゃんない完全なスタンドプレイに観客もびっくりだ。
「それで、なんで雪里が俺のメアド持ってるって分かったんだ?」
「ん?ああ、去年の受験票の整理してたら黒崎君と茜ちゃんが同じ中学だって分かったから聞いてみたの!」
「お前、個人情報保護法って知らないのか?」
「でも苦労したよ~茜ちゃん以外黒崎君と同じ中学の人いないんだもん」
そもそも雪里が赤羽高校にいたことすら俺は知らなかった訳だが、逆に言えばいたのが雪里で良かったと思う。こいつは俺の事を人に言いふらしたりするような性格じゃない。メアドは簡単に教えちゃったみたいだけど、まあどうせ安城がしつこく聞いたんだろう。
「それで、せっかくの休日に俺をドッキリにハメて次は何があるんだ?」
「あ、うん。昨日いってた美化活動についてなんだけどね」
やっぱりか。昨日の今日だから大体予想は出来てたけど。
「お断りします」
「まだ何も言ってないし!」
何か言われる前だからこそ断ったんだ。やられる前にやり返すんだってばあちゃんが言ってたような言って無かったような。いや、それだと加害者はこっちになりそうだ。
「お願い!話だけでもいいから聞いてよ!」
「俺が話を聞いたら次はどうなるんだ?」
「手伝ってもらう!」
「他を当たってくれ」
「……黒崎君ってなんでかたくなに断るの?」
「それは……」
なんだか話しが俺の都合の悪い方へ向きそうだ。わらにもすがる思いで雪里に視線を向ける。
「えっと……黒崎君」
お、助け船を出してくれるのか。ありがとう雪里。この恩は忘れないぞ、取りあえず後30分くらいは忘れない。いや、人間の脳の構造だと10分くらい憶えてたらいい方らしいぞ?英単語とか九九を忘れないのは何度も反復するからだぞ?
「安城さん……困ってるし……」
「なん……だと……」
いつの間にか俺は完全アウェーに立たされてしまったらしい。おのれ雪里、お前に感謝した10秒前の俺がかわいそうだろ。
「ほら、茜ちゃんもそう言ってるし!」
安城は机に前のめりになりがらこちらに呼びかけてくる。
……学外なら目立つこともないし、聞くだけ聞いてもいいか?
まずい、ピンチの時に現れるマインドBが不穏な事言いだした。こういう時、マインドBに従って手痛い思いをしたことがあるのは俺だけではないだろう。
「黒崎君……」
雪里も俺に訴えかけるような視線を向けてくる。安城はどうでもいいが、雪里は半ば被害者だしこのまま見離すのは後味が悪い。さっきから雪里に感謝したりヘイトためたり心配したり、俺の属性はコウモリか何かかよ。
「……わかった。取りあえず聞くよ。その代わりこれ以上生徒会に勧誘するのはやめてくれ」
妥協に妥協を重ね、落とし所を提案する。
「うん!ありがとう黒崎君!」
こいつ絶対後半の発言聞いてなかっただろ。やっぱり帰ろうかな……。
「それでね、美化委員の代表に掛け合ったんだけど」
あ、話始まっちゃいましたか、そうですか。
「流石に週末だったからすぐには対応できないって言われて、来週の月曜に話しあうことになったの」
「……それなら俺いらなくない?」
美化委員と話し合えば案は出てきそうなもんだが。
「ううん。なんか生徒会長がこっちから案を提示する形にしちゃって」
なんだその会長、よっぽど他人思いなのか、それとも単にマウントとって話しあいたいのかよくわからんがどっちにしろ効率が悪いことこの上ない判断だな。
「生徒会では話あったのか?」
「えっと、金曜日は会長以外帰っちゃってて、会長は他の仕事やってて」
赤羽高校生徒会はそんなに多忙なのか。そりゃ安城が俺をしつこく勧誘するわけだ。そもそもの話だが美化活動なんかより生徒会の活動方針の改善の方が優先すべきだろ。
「それで、取りあえず案を考えようと思って、黒崎君を呼んだの!」
「自分では考えたのか?」
「もちろん!でもなかなかまとまらなくて」
「いきなり一つにまとめようとするからだ。最初はブレインストーミング形式のほうが効率がいい」
「ブレイン……ウォシング?」
「ストーミングだ。誰を洗脳するつもりだお前は」
安城がまだ首をかしげているので俺は言葉を続ける。
「ブレインストーミングって名前がわかりづらいなら案出しとでも思ってくれ」
「案出し?それならもうやってるよ?」
「お前、今時点で何個案が出た?」
「えっと、二つ!」
安城は俺にメモ帳を見せてくる。目を通してみると、ページのほとんどがポスターの作成についてで埋まっていた。その下にゴミ拾いについて書き始められている。
「お前の案出しは質を重視しすぎだ。それ自体は悪いことではないが、今回の目的は美化委員への提案だろ?まずは意見の量を重視するべきだ。ブレインストーミングってのはとにかく思いつく限り案を出す。可能か不可能かは後回しだ」
「ふむふむ」
「雪里、お前も協力してくれるか?」
「うん……やってみる」
雪里は小さく頷く。
「それじゃあ議題『校内の美化活動として出来ること』について意見を出していこう」
「ゴミ拾い!」
「えっと……ポスターで宣伝」
「全校集会で先生に話してもらう!」
「ゴミ箱の設置個所を増やす……」
「ゴミ箱を大きくする!」
俺は次々に出てくる意見をスマホのメモアプリに打ち込む。
「清掃をしてくれた人にご褒美を上げる!」
「掃除強化月間を作る……」
それから10分ほどブレインストーミングは続き、メモアプリには『これ以上打ち込めません』と表示が出るほどに意見は出た。
「よし、案出しとしてはこれでいいだろ」
「それで次は?」
「一端この意見たちはおいといて、次は『なぜ校内が散らかるか』について話そう。原因が究明できればさっきの意見たちの中で有用なものそうでないものに分けることができる」
「なるほどなるほど」
「そうだな、ここは5w1hのフレームで考えよう。いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように、だ。まず、「いつ」からゴミが多くなったのか」
「そういえば、去年はそんなにひどくなかったかも」
「つまりは今年から、だな。次、どこで」
「ゴミ箱の付近だよね?」
「一応聞いておくが廊下とかはどうんなんだ?」
「廊下は、そこまでひどくないよ」
「じゃあ次、誰が」
「先生がって可能性は薄いから生徒達、だね」
「何を」
「ゴミ箱付近を汚す」
「なぜ……これはいったん飛ばそう。それが分かれば苦労はないからな。どのように」
「ゴミがはみ出るくらいにゴミ箱に詰めたり、入らなかったゴミをそこに放置したり」
俺はいったんアイスコーヒーで口の渇きをとる。安城はその間に今言ったことをメモしている。雪里は何をするでもなく、俺たちの次のアクションを待っている。
「さて、今の話から考えるに重要なのは「なぜ」散らかし、それを主に「だれが」行っているかだ」
「え?他のところは?」
「他の項目はある程度具体的だが、この二つは抽象的だったり範囲が広すぎる。例えば「誰が」に関してだが流石に全校生徒みんながみんな散らかしてるとは考えにくい。現に俺たちはやってないし美化委員も解決に協力的なところからしてやってないだろう」
「そっか、やってるのは一部の人かもしれないんだ」
「次に「なぜ」の部分だが、考えられるのは教師たちヘの反抗とか単にポイ捨てがカッコイイと思っているとか、そもそもゴミが多すぎて処理に困っているとかだな」
「どれもありそうだね……」
俺もそこまで話して考えてみる。確かに、ポイ捨てというのはいつの時代も誰かしらしている行為だ。だが、ゴミ箱付近だけというのが少々引っかかる。先にあげた教師への反抗とかならもっとところ構わずゴミが散乱しているはずだ。では、ゴミが多すぎるから?いや、学校で日常生活をおくるだけでそんなにゴミが出るだろうか。せいぜい消しカスとか購買の商品の包み紙程度だろう。
「どうやったら去年みたいに綺麗な学校になるのかな~」
「……」
去年?そうか去年はそこまでひどくは無かったはずだ。つまりこの件の要因は去年はなくて今年はあるものだ。
「そうか、新入生だ」
「え?」
「去年までそこそこ綺麗だったという事は去年までは原因は無かったはずだ。今年になってから増えたものとすればそれは新入生だ」
「仮にそうだとして、「なぜ」の答えは?」
「それは……」
教師への反抗の線はさっき消えた。そうなると新入生がこぞって散らかす理由は何だ?
「多分……分からないんだと思う」
そこで意見を発したのは雪里だった。
「わからない?」
「うん……部室棟とかは……回収用の大きいゴミ捨て場がないから」
そういえば、以前俺はゴミ袋を取り換えない事に文句を言った気がする。赤羽高校ではゴミを回収する業者が毎週水曜に来ることになっており、そのために校舎裏のゴミ捨て場にゴミを集めることになっている。そして厄介なのは校舎裏という立地の悪さ。無駄に敷地のでかいうちの学校で新入生がすぐにゴミ捨て場の場所を把握するのは難しい。かてて加えて上級生はゴミ捨て場の場所を当たり前に知っているから下級生にわざわざ教えたりもしない。だから1年生はゴミ捨て場の場所を知らず、結果近くのゴミ箱に詰め込む以外対処法が無く、結果ゴミは溢れだす。
「当たり前のことを当たり前だと思ってることが原因ってことか」
「そうだと……思う」
日本人は謙虚だとよく言われるが、謙虚すぎるために分からない事を聞くということに遠慮が生まれる。謙虚すぎるために他の人がそれを知らないなんて思わない。謙虚さゆえの傲慢さが今回の件の一端だったわけだ。
「となると、必要なのはゴミ捨て場の位置を分かりやすくするためのポスターや案内板の作成、後は意識改革のための呼びかけだな」
まさか最初に切り捨てた選択肢が正解だったとは。難しい議題にかぎって解決法はシンプルなことが多いんだな。
「うわ……忙しくなりそう」
安城はげんなりする。
「そんなことないだろ。既に美化委員は強力を約束してくれてるんだからそいつらをこき使いまくればいい。向こうも本職がこなせて願ったりかなったりだ」
「うわー黒崎君鬼~」
「やかましい。とにかく、これでこの話は終わりだ」
「うん。ありがとう!案出しだけのはずがまさか解決までしちゃうなんて、やっぱり黒崎君は凄いね!」
「黒崎君はすごい」。その言葉は俺の心に強く響いた。決していい意味で響いたわけじゃない。騒音が部屋中に反響するかのような気分の悪さ。当然安城がそういう意図で言ったわけじゃないことは分かっている。
「黒崎君?どうしたの?」
「……なんでもない。それじゃあ俺は帰るから」
アイスコーヒーの代金を財布から取り出し、テーブルの上に置く。そしてそのまま店をでる。再びカランコロンと店内に音が鳴り響くが、もうそれに何かを感じることもない。
「黒崎君!」
駐輪場で自転車の鍵を差し込んだところで、俺を呼ぶ声がした。
「雪里……」
走って追いかけてきたのか雪里は肩で息をしている。それに、雪里がこんなに声を張ったのを初めて聞いた気がする。
「黒崎君……ごめんなさい」
「別に、お前が悪いわけじゃない。安城もお前も、悪くないんだ」
むしろ安城の様に自分のできないことを理解し他者に素直に物事を聞けるところは評価すべ点だし、雪里の様に誰かの助けになろうと勇気を振り絞れるところだってみんなが出来ることじゃない。
悪いのは、それを素直に見ることが出来ない俺自身なのだから。
「それじゃあ、俺、帰るな」
サドルにまたがりペダルに足をかける。
「黒崎君……私、今日は嬉しかったよ」
「……」
「黒崎君は……やっぱり黒崎君で……私のヒーローだから」
俺はそれに返事をするわけでもなく小さく会釈して自転車をこぎ始める。
その日の空は俺の心に反して青く澄み渡り、じきにやってくる夏を感じさせるものだった。