黒崎君は助けてくれない。   作:たけぽん

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5. 黒崎君!練習場所を取り戻して!(後篇)

翌日、木曜日は天気予報通りの雨だった。この分だとまた相馬による体育館横領が起るのだろう。越前から提示された期限は来週半ば。もうあまり時間は無い。アクションを起こしたいのはやまやまだが、結局どうアプローチするのか何も思いつかない。

そんな今日の天気同様もやっとした気持ちのまま、放課後はやってくる。昨日までで得られそうな情報は全部得たし、学校にいても特に進展はしないだろう。ネットカフェでもいってゆっくり考えよう。

 

「く、黒崎君!」

 

靴を履き替え下駄箱を閉めたのと同時に俺を呼ぶ声がした。

 

「……どうした、安城」

 

安城に話しかけられると条件反射で身構えてしまう。だが、安城はそんな俺の感情など全く気付いていないようだ。

 

「えっとさ……あの……」

「ああ、昨日は助かった。おかげで多少進展した」

「う、うん」

 

なんだ?昨日の川俣達との会話が上手くいったか聞きたかったんじゃないのか?

 

「何か言いたいことがあるならさっさとしてくれ。これからネカフェに行くんだ」

「……黒崎君、昨日駅前のハンバーガー屋で……」

 

安城が何か言いかけた矢先、急に辺りが騒がしくなった。

 

「お、おいあれ誰だよ?」

「めっちゃ可愛い……どトライクだ!」

「あの制服、緑川高校じゃないか?」

 

ざわめく男子達の間を誰かがかいくぐって玄関に入ってくる。その人物は真っすぐこちらへ向かってくる。

 

「あ、この人……!」

「ちょっとゆーたろー!どういう事!?」

 

俺に詰め寄り、肩をゆするのは昨日再会した矢作だった。何か分からないがそうとうお怒りの様子で、ものすごい剣幕だ。

 

「お、落ち着け矢作……あと、肩をゆするな、脱臼でもしたらどうしてくれるんだ」

 

矢作は少し落ち着いてくれたよう肩から手を離してくれる。俺は乱れた襟元を正す。

 

「で、何しに来たんだよ。お前の学校この近くじゃないだろ」

「何しにじゃないっての!ライン!登録してないでしょ!」

「……あ」

 

そういえば昨日ラインのIDを渡されてたな。ツイッターのアカウントだけ見て満足してたが矢作は後でラインするように言っていた気もする。

 

「ちょっと、聞いてんのゆーたろー!」

「あ、ああ聞いてるって」

 

まずい、このままでは完全に見せ物だ。しかも名前を連呼されてるせいでめっちゃ目立ってるし。

 

「と、取りあえず場所を変えよう。ここで騒ぐと他の人に迷惑だから」

 

 

―――そして

 

「で、なんで安城まできたんだ?」

 

場所は変わってここは駅前のコーヒーショップ。意識高そうな人たちがノーパソやスマホを操作しながらコーヒーを飲んでいる。なんか良く分からないけどこういう人たちってものすごく長い時間居座るけど本当にずっと作業してるのか?こっそりニコ生とか見てたりしない?

それはさておき、この状況はなんだ。ボックス席に座る俺の隣には矢作、その向かいには何故か安城が座っている。

 

「黒崎君、昨日駅前のハンバーガー屋でこの人と話してたよね」

「え?お前あの時いたの?」

「うん、ちょっと集中してたから黒崎くんに気付いたのはこの人が来てからだけど」

 

だそうですよ矢作さん?矢作の方を見てみると安城の話など全く聞かずにスマホをいじっている。

 

「ちょっと!人が話してるのに聞かないでスマホいじるとか失礼だよ!」

 

言ってることは正しいけどお前が言っても説得力皆無だろ……。それはひょっとしてギャグで言ってるのか?

 

「んー?あ~ごめん。ちょっとバズってるツイートあったからリプしてた~」

 

え、なに?バズライトイヤー?無限の彼方にいくの?それはそうとトイストーリーはマジで名作だからみんなみてくれよな。

 

「ってかゆーたろーマジでライン忘れてたの?超ショックなんですけど!」

「そもそも俺はラインするなんて一言も言ってないぞ。というかお前は俺のメアド知ってるだろ」

「は?メール?ゆーたろーまだメールなんて使ってんの?おっくれてるーマジばくわら~」

「ちょ、ちょっと!私を無視しないで!」

 

流石に安城が不憫になってきた。面倒だがちゃっと紹介して話を終わらせてネカフェに行こう。

 

「こいつは矢作。俺の……昔の知り合いだ」

「昔?」

 

なるべくすらっと言ったつもりだったのだが安城は食いついてしまった。

 

「まあ、中学の時の」

「へえ、じゃあ茜ちゃんとも同じ中学なんだ」

「茜って誰?」

 

矢作は訝しげに聞いてくる。その表情と聞き方だとなんか修羅場ってるように感じるからやめてほしいんですけどね。

 

「あー、ほら、中学の時漫研で部長してたやつ」

「あーあの子ね~。あの時は大変だったよねマジで。ゆーたろーなんてさ――」

「こっちは安城だ。同じクラス」

 

矢作の声を遮るように安城を紹介する。

 

「え、なに?付き合ってるん?」

「は?」

 

矢作がとんでもないことを言った気がする。気のせいか?

 

 

「ち、ち、違います!私と黒崎君はただの友達!」

 

なんか今日の安城、いつもと違くないか?矢作のペースに乗せられてるだけだろうか。

 

「ふーんそうなんだ~。でも、ゆーたろーって結構もてるでしょ?」

「え?黒崎君が?」

「え?違うの?委員会とか部活とかで話題になったりしない?」

「だって黒崎君委員会も部活もやってないし……」

「え?」

「え?」

 

なんだこのすれ違いコントは。まあ、すれ違ってくれてる方がいいかもしれないけど。

 

「とりあえず、後でラインは追加しとくから今日はもういだろ。矢作も暗くなる前に帰れ」

「てかさーなんで名字なん?ふつーに恭子って呼べばいいのに」

「ええ!?」

 

安城が素っ頓狂な声をあげる。

 

「中学の時は普通に恭子って呼んでたじゃん」

 

もうこいつは喋るたびに爆弾投下しやがって……むしろこいつ自身が爆弾だ。喋る爆弾。

 

「矢作さんと黒崎君って付き合ってたの!?」

「それはないだろ」

「それは無いわ~」

 

俺と矢作の声は見事にシンクロする、中学の時こいつと親しくしていたのは事実だがそこに恋愛感情なんて一切無かった。ちょっと仲のいい男女。それが俺たちの関係だったのだから。

 

「ほんとに~?」

 

安城はジトーっとした視線をこちらに向けてくるが、俺は気付かないふりをした。

 

「ま、取りあえずお開きにしよっか。ゆーたろー、帰ったらちゃんとラインしてよ?」

「わかったわかった」

「わ、私も!」

「……はい?」

 

安城は何に対して緊急同調してきたのだろうか。今の会話の流れで「わたしも」って言う部分あったか?超難問すぎる。センター試験の国語大問3でもおかしくない。

 

「私にもライン教えて!」

「だそうだぞ矢作」

「違うよ!黒崎君のライン!」

「は?なんでそうなる?俺のラインなんて持っててもつまようじの柄の部分ほども役に立たないぞ?」

 

でも実はつまようじの柄で耳かきすると結構気持ち良かったりする。

 

「ほ、ほら!黒崎君を生徒会に入れるためだよ!」

「まだ諦めてなかったのか……」

「と、とにかく教えて!」

 

困ったので矢作の方を見ると既にレジで会計をしている。しかも店員となんか楽しそうに話してるんだけど、あれって営業妨害じゃないのか?

 

「……わかったよ」

「うん!」

 

安城は満面の笑みでスマホを取り出す。はあ、これから毎日生徒会勧誘のラインが来ることも覚悟しといたほうがよさそうだな……。

 

 

***

それからネカフェに行き、家についたのは9時を回ったころだった。先に帰っていた母がさっさと風呂に入れと言うので風呂に入り、さっさと飯を食えと言うので飯を食い、さっさと肩を揉めというので揉み、さっさとテレビの録画の仕方を教えろと言うのでダビングの仕方まで教えておいた。……後半ただこき使われてただけな気もするが、きっと気のせいだ。

 

「っああ~」

 

間抜けな声を上げながら自室のベッドで横になる。一年のころは学校が終わったら即帰宅即ベッドだったというのに、そんなルーティンはもはや跡形もない。

枕元からスマホを取り出し、待ち受けを開く。

 

「そういえば、ライン……」

 

一度ベッドから起き上がり、ハンガーにかかっている制服のズボンからあの時のレシート絵を取り出し、再びベッドにダイブ。この間わずか7秒である。

ラインの画面を開くと、先ほど電車の中で送った安城とのラインが表示される。ラインを教えたが最後生徒会への勧誘を連呼されると覚悟していたのだが、安城からのラインは「よろしくね!」という言葉とウサギのスタンプだけだった。

それはさておいてから友達追加のボタンを押し、矢作のIDを入力する。すぐに『きょーこ』というアカウントが表示された。流石にツイッターとは違って自分の名前で登録しているようだ。矢作のアカウントを友達追加し、安城の様に「よろしく」と送った。満足して画面を閉じようとするともう返事が返ってきた。

 

『よろしく~!突然だけど、今度の土曜暇?』

 

本当に突然だ。開口一番予定確認とかコミュ力が高いのか低いのか判断に困るところだ。

 

『暇じゃない』

 

すぐに既読がつき、返信が来る。

 

『えー、中学の時の友達も来るからゆーたろーも来てよ~』

 

面倒なのでそれ以上返信はせずにスマホを枕元に放る。

 

さて、残された時間も少ない以上無理にでも行動しないといけない。そのためにネカフェで方針はいくつか考えてみた。

 

方針1、相馬より権威が高い人物に呼びかける。

 

これは要するに部長に課長を叱ってもらう方針だ。相馬含めその親でさえ頭が上がらない存在にコンタクトを取り、圧力をかけてもらう。相馬の親も権力には逆らえないだろう。だが問題点はそんな人物とコンタクトをとるつてがないことと、どうやってもその人物にコンタクトをとった人物の存在に気付かれてしまうこと、そして当初かかげた相馬の意識改革は果たせないことだ。

 

方針2、相馬批判運動をほのめかす。

これは矢作のツイッターを見て思いついた案だ。ツイッターは匿名でたくさんの人と関わることができ、複数のアカウントを持つこともできる。それを利用して相馬を批判する架空の集団を作り、わざと相馬にその存在を教え、その集団に相馬に対し実力行使にでるという旨のツイートをさせ、相馬に恐怖心を与えることで自粛してもらうという方針だ。

匿名だから金で脅すことは不可能、さらにアカウントごと消してしまえば証拠も一切の故らない。

問題点は相馬がそれをまったく気にしなければ成り立たないことだ。方針1と比べて確実性にかける。

 

そして、この二つの方針の最大の問題点が今回の一件の根本的な解決にならないことだ。

のど元過ぎれば熱さ忘れるという言葉もあるように、一時的に相馬の行動を止めることはできるが、再発する可能性が十分にあるという事が問題なのだ。2回目の機会を与えてしまえば、俺の考えた方針はどちらも対策され通用しなくなる恐れがある。そうなったときはもう諦めるしか無くなってしまう。

 

 

駄目だ。どっちも実行できない。どうすればいいんだ……。何となく再びスマホを手に取る。スマホ依存症って怖い。

特に考えもなく矢作のツイッターをひらく。今日もたくさんのツイートがされており、良いねもたくさんついている。

そういえば、矢作のアカウントには100人以上のフォロワーがいる、気になったてフォロワー一覧を見てみる。

矢作のフォロワーは半分くらいが緑川高校の生徒、次いで公式アカウントや非公式の名言bot,そして中学の友人らしき人物だった。ツイッターっていろんな人がやってるんだな。何をそんなにツイートすることがあるのやら……。

 

「……ん?」

 

まてよ、それなら……。俺はいそいで検索画面を開き関連しそうなキーワードを入れてみる。

が、目当てのものにはたどり着かなかった。

 

「やっぱり駄目か……?」

 

だが、方向性は悪くないはずだ。なにか、なにかヒントは……。

ふと、本棚の上段にある中学の卒業アルバムが目に入る。それが俺にヒントを与えてくれた。

俺はツイッターを閉じ、先ほど閉じたラインを開き、矢作のトーク画面から通話ボタンを押す。

2コールほどで画面は通話画面になった。

 

「もしもし、俺だ。矢作、お前に聞きたいことが……」

 

なんだこの音?風?

 

「あーもしもしゆーたろー?ごめん、今ドライヤーかけててさー」

「あ、悪い。かけ直すわ」

「あ、大丈夫~。なに?土曜暇になった?」

「違う話だ。聞きたいんだが中学のとき、サッカー部の神田っていたよな?」

「え?ああ、神田ね、いたいた」

「お前、そいつと連絡先交換してたりするか?」

「え、ああうん。高校は違うけど」

「そいつに聞いてほしいことがあるんだ」

「えー、めんどー。連絡先教えるからゆーたろーが自分で聞けばー?」

「……いや、俺はちょっと」

「んー。それじゃあ今度ゲーセン付き合ってくれない?欲しいフィギュアあるんだけど、確かゆーたろークレーンゲーム得意だったじゃん?」

「わかった。それでいい」

「じゃあ、用件をどうぞ!」

 

それから10分後、矢作からラインが送られてきた。文面は、『サッカー部』、『強く』、存在意義』という3つの単語だった。早速そのワードをツイッターの画面で検索する。

すると、『えいと☆サッカー垢』というアカウントがヒットした。

そう、これはあの相馬のアカウントだ。中学の時、サッカー部だった神田はアンダー12の選手としてプレイしていたため、もしかしたら別の中学のサッカー部であった相馬のアカウントを知っているんじゃないかと思ったのだ。相馬のツイッターを見れば、なにかヒントがあるかもしれないという根拠のない考えだが、今はこれに賭けるしかない。

 

「……え?」

 

そうそう思いツイートを確認して見たが、なんと相馬のツイートは3年前で止まっていた。つまるところ、もうこのアカウントは使われていないのだ。

 

「万事休す……か」

 

落胆しつつも一応ツイートに目を通す。内容は相馬が中学の時のサッカー日記だった。試合で勝ったとか、リフティングが何回できたとか、ごく普通のツイートしかない。

と思ったが、ちらほらと良く分からないツイートが見つかった。

 

『俺は必要ないのかな』

 

『俺の存在意義っってなんだろう』

 

『所詮劣化版なんだ』

 

『もっと強くならなきゃ』

 

『強く……』

 

『俺は弱い……』

 

これらのツイートだけ、他のと何か違う。そう思い俺は相馬の通っていた中学のホームページを開いた。

 

 

「……これは」

 

そこで俺は、自分が大きな勘違いをしていたことに気付いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

金曜日は特に進展無く過ぎ去り土曜日がやってきた。いつもなら崇高なる2連休に心躍らせる俺だが、今週はそんな気分にはなれそうにない。相馬について新い情報を得ることはできたし、解決する手段も導き出すことはできた。だが、それは俺には、いや俺だけじゃなくたとえ安城や越前でも実行することはできない方法な訳でその手段がとれない以上別の方法を考えるしかないのだ。

だが、俺が絞り出した2つの方針はどちらも重大な欠点があるため実行できない。

ならばどうするか、一番簡単なのは投げることだ。当然越前や安城の期待や信頼は消え去るだろうが、そもそも無所属の俺が勝手にしゃしゃり出てやっていることなのだからここで投げてもでしゃばりが前言撤回するだけだ。それに、まだ被害者は出ていない。このまま相馬のやりたいようにやらせておけば誰も傷つくことは無いのだ。

 

でも、それは駄目だ。間違っている人間には間違っていると教えなければならない。間違ったまま進めば取り返しのつかないことになる。間違っている本人は間違っている事に気付けない。それは誰よりも、俺が一番わかってることだ。だから俺はこの一件を引きうけたのだ。安城奏にも越前和人にも、誰にも間違ってほしくないから。

間違うかどうかはその本人の選択ゆえの結果だ。それに干渉しようなんてのは本当におこがましくて、勝手で、傲慢だ。でも、それでも、それを知っているからこそ、ここで投げるのは欺瞞だ。

 

「104番でお待ちの黒崎さーん」

 

神妙な顔をしている俺に対し、窓口の受付は無機質な声で呼びかける。俺は席から立ち上がり、受付に向かう。

 

「こちら本日の明細と処方箋になります。支払いはあちらの機械でお願いします」

「はい。どうも……」

「お大事に」

 

軽く会釈をし、精算機で支払いを済ませる。処方箋を見てみると、聞いたことのないような薬の名前が並んでいた。

 

「中年ってのも大変だな」

 

近所の病院のロビーの椅子に腰かけながらそんな感想をつぶやく。別に俺がなにか患っているわけでは無く、母の腰痛の薬をもらいに来ただけだ。本人が来ればいいのだが、今日はご近所さんとの食事の約束があるらしく、代わりに俺がきたのだ。

 

さて、後は病院内に併設されている薬局に処方箋をだして薬をもらえばミッションコンプリートだが、少しのどが渇いたな。

 

椅子から腰を上げ、自販機の前で小銭入れを出す。

 

「綾鷹でいいか」

 

そう思い100円玉を取り出そうとしたら、急にわりこんできたロン毛が先に小銭をいれ、綾鷹のボタンを押した。ガタンという音と共に綾鷹が落ちてくる。ロン毛は自販機から綾鷹を取り出し、俺の方をちらりと見る。それと同時に俺もそいつの顔を見る。

何とこの割り込みロン毛は今一番熱い……かは知らんが騒動の渦中にいる相馬だった。

わりこんできたことに文句を言いたいところだが、よくよく考えると相馬は俺の事を知らない。なんやかんやで俺が一方的に知っているだけなのだ。なので相馬は特に何を言うでもなく綾鷹を持ってロビーを立ち去って行った。後に残された俺が自販機の方をみると綾鷹のボタンには売り切れという表示が出ていた。

綾鷹は諦めきれないが、それよりも相馬は何故病院にいるんだ?外見だとどこか患っているようには見えないが、実はとんでもない大病なのだろうか。

何も知らなければ俺の発想は飛躍しすぎに聞こえるだろうが、知っていれば相馬が大病を患っているという考えは現実味を帯びている。

俺は相馬が廊下の角を曲がったのを確認すると、ストーキング……ではなくスニーキングを開始した。

 

 

スニーキングと言ってもゲームの様に段ボールに隠れる訳でも変装するわけでもない。普通に後をついて行くだけ。病院内にはたくさん人がいるし、なにしろ相馬は俺が同じ学校の生徒だとは知らないので、存在が認知されても不審がられる事は無い。今まで目立たないように過ごしてきたのがこんな形で役に立つとは正直予想していなかった。

さて、相馬はというと特に目立った事をするわけでもなく廊下を進み、階段を上がり。看護師や医者に会釈しながら外科の病棟に向かっていく。相馬が人に会釈しているところなんて野球部やサッカー部の連中も見たことはないだろう。だが、それはけしておかしいことではない。

これが「相馬」という人間なのだろう。

 

外科病棟の病室をいくつか通り過ぎた後、相馬は一つの個室に入って行った。俺は陰から病室の様子を伺う。

開かれた窓からは涼しげな風が病室内に吹き込み、カーテンを揺らしている。無機質な内装の室内には一人の青年が車いすから外を眺めている。相馬はその人物に近づいて行く。

 

「……栄八か、今日はお前一人か?」

 

青年が呼ぶ栄八とは相馬のことだろう。そういえばツイッターのアカウントには『えいと』

と書いてあった。栄八の八からとったハンドルネームなのだろう。

 

「親父たちは忙しいからな。兄貴は調子どう?」

「普通に元気だよ」

「普通なのか元気なのかどっちだよまったく」

 

ここからだと表情は分からないが、相馬の口調はとても柔らかいものだった。

 

「練習はどうだ?今度の大会は強敵ぞろいらしいじゃないか」

「ちゃんとやってるよ。チームの奴らも上達すんのはえーし」

「そっか。お前は昔から練習熱心すぎて無茶やってるかと心配になるんだ」

「いくつの頃の話だよ。俺はもうガキじゃねーって」

「栄八、本当に無理してないか?」

「……してねーよ」

「そっか」

「……わりい、そろそろ帰る。自主練したいし。兄貴も風邪とかには気をつけろよ」

 

相馬はそう言い残すと出口へ向かってくる。俺はとっさにスマホを耳に当て、電話しているように見せかける。

相馬は特に俺を意に介せずにそのまま病棟を出て行った。俺の演技が良かったらしい。来年はハリウッドでも目指すか。

くだらない冗談を心の中で投げとばし、俺は病室に入る。

車いすの青年は俺の足音に気付いたらしく、車いすをこちらに向ける。

 

「君は?」

「こんにちは、俺は赤羽高校の黒崎と言います」

「赤羽?栄八の知り合いかい?」

「知り合いでは無いです。でも栄八君がサッカー部のキャプテンだってことは知ってます」

「なにか俺に用があるみたいだね。そこ、座りなよ」

 

青年は近くにおいてある丸椅子を俺に進める。

 

「実は、栄八君のことで相談がありまして」

 

丸椅子に座った俺は、これまでの事を青年……相馬栄太に話した。

 

 

***

 

 

 

「栄八がそんなことを……」

 

相馬栄太は俺の話を聞き終えるとそんな呟きをこぼす。

 

「あんまり驚いてませんね」

「まあ……ね。最近あいつの様子がおかしかったから」

「そうですか」

「でも、勘違いしないんでほしいんだ。栄八は本当はそんな奴じゃない。全部……俺のせいなんだ」

「と言うと?」

 

俺の問いに相馬栄太はゆっくりと話しだす。

 

「俺は見ての通り足を患っているけど、こうなる前は栄八と一緒にサッカーをやっていたんだ」

「中学の時、ユースチームに所属していたってホームページで見ました」

「うん。自慢に聞こえるかもしれないけど俺はサッカーが上手い方だった。そんな俺のサッカーを小さいころから見えいた栄八はサッカーを始めたんだ」

「そうですか」

「あいつはあまり才能がある方じゃなかった。でも、人よりたくさんの努力をして実力を伸ばしてきたんだ。周りが10やるならあいつは100の練習をしてた」

 

その努力のおかげで相馬はサッカー部のキャプテンをやるまでの実力をつけたわけだ。

 

「でも、俺たちの両親は栄八の事を見ていなかった。古臭い家庭でね、長男の俺に期待を寄せていたんだと思う」

「……それで?」

「そんなある日、俺は試合で大けがをして、サッカーができなくなってしまった。医者にもサッカーは諦めろと言われたくらいでね。そんな俺の惨状をみてから、両親は栄八にはそんな辛い思いをさせたくないと思ったんだろうね。それからは栄八の要求は出来るだけ叶えてあげるようになったんだ」

 

相馬の両親が学校やサッカー部に寄付しているのはそれが背景にあったわけだ。

 

「でも、栄八はそれを素直に受取れなかった。両親が優しくしてくれてるのは兄である俺の代わりだからだと受け取ってしまったんだ。それ以来あいつはサッカーで結果を出すことに対して病的なほどにこだわるようになったんだ」

 

サッカーはチームプレイのスポーツだ。それゆえ相馬だけが上手くても勝てない。だから相馬は暴力的な指導をしている。それにより上達する部員がいることにより相馬自身もそれが正しいと思いこんでしまっているのが今回の事の原因なのだろう。チームを強くするには練習しないといけない、でも雨でグラウンドは使えない。練習しなければ両親の期待には答えられない。だから体育館を無理やり奪ってでも練習する。それがサッカーができなくなった兄の代わりである自分の役割だから。

 

「だから、栄八を責めないでやってくれ……って言ってもやっぱり納得できないよね」

 

相馬栄太は自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「ひとつ、俺に考えがあります。そのためにはあなたの協力が必要です」

「考え?」

 

俺はやっと埋まった数式を相馬栄太にゆっくりと告げる。

 

***

そして俺の貴重な二連休は幕を閉じ、ふたたび月曜がやってくる。空を見上げれば灰色の雲がそこらじゅうを覆い尽くしている。おそらく今日も雨だろう。まったく、先週からずっと雨なのはなんの嫌がらせなんでしょうか。結局晴れたのは日曜日だけだったが、その日曜は今日の為に丸つぶれになってしまった。

既に授業は終わり、放課後となっている。廊下を歩けばバスケ部やバド部が掛け声を出しながら周回しているのが目にはいる。だがその掛け声にはほとんど生気がない。そりゃかれこれ二週間以上体育館で練習できていないのだから鬱憤もたまるだろう。

そんな彼らを横目に俺はのっそりと目的の場所へ歩いて行く。

正直、俺のとる方法は確実じゃない。もしかしたら事態を悪化させるだけかもしれない。そうなった時、俺は責任を取らなければいけないだろう。ハイリスクな方法だが、玉砕する覚悟はもうできている。

 

「黒崎君!」

 

そんな俺の背後から俺を呼ぶのは安城だった。

 

「どうした安城?」

「越前君から聞いて……本当に大丈夫なのかなって」

「まあ、失敗したら俺は消されるかもな」

「消されるって……黒崎君はそれでいいの?それで納得できるの?」

「別に、俺はこの学校で成し遂げたい事もこの学校にこだわる理由もない。それならそれで別の人生もあるだろうよ」

 

俺が言い終わる前に、俺のほほに強い衝撃と痛みが走った。

 

「いてえ……」

「黒崎君は何も分かってないよ!」

 

平手打ちを喰らわしてきた安城は涙目になりながらも俺に怒りを向けてくる。

 

「黒崎君が成し遂げたいことが無くても、この学校にこだわる理由が無くても、それで納得できるのは黒崎君だけじゃん!」

「安城……?」

「黒崎君は凄いんだよ!いつも私を助けてくれて、私が思いつかなかった方法で物事を解決して、それなのにその見返りを求めたりしない、人の為に頑張れる凄い人なんだよ!」

「……そんなこと」

「そんな黒崎君が、誰かの為に頑張れる人が、誰かのために犠牲なるなんて間違ってるよ!だから、いなくならないでよ!またいつもみたいに私を助けてよ!」

 

助ける。俺が四月からやってきたことは安城やその周りの人間のかかえる問題を解決し、助けることに他ならない。困ってる人を助けたいなんてことは大なり小なり誰もが思うことだろう。でも、面倒事だと分かって、それでも人を助けるのには理由が必要になってくる。その人が大切だとか自分の株を上げたいとか人によってさまざまだが理由なく人を助けようとする人間なんていない。でも、俺はその理由を一度失った。俺のかかげた理由はただの偽善で、そんな偽善で人を助けても、そんなことに意味は無くて、それが逆に誰かを傷つけることもある。だから俺は、人を助けるのをやめた。いや、出来なくなったのだ。俺がそうする理由が偽りだと知ってしまったから、俺には誰も救えないと思ってしまったから。

じゃあ、俺が安城を助けた理由はなんだ?

仕方なくとか成り行きでとか外堀を埋められたかとか言うのは言い訳だ。そんなのは俺の理由にはならない。そんな理由で助ければ、また間違ってしまうと俺は知っているのだから。

だからこそ俺は行動した。その理由を知るためという紛い物の、使い捨ての理由で。越前から今回の件を依頼された時、俺には理由が無かったから。でも、そんなのは全部建前で、答えはずっと俺の中にあったのかもしれない。俺が人を助ける本当の理由が。

 

きっと、俺は――

 

俺は誰かを助けることで自分が助かりたかったのだ。

 

俺が助け、そんな俺を救ってくれる。そんな相手を俺はずっと探していたんだろう。そして安城奏という人物は、そんな俺の理想に一番近い存在だった。

あの日、あの空き教室に安城が入ってきたのは、偶然じゃなかったのかもしれない。いつの間にか俺は、「助けてくれ」と叫んでいたのかもしれない。安城にはそれが聞こえたのかもしれない。だから俺は安城を助けたのだろう。

 

「……そうだな。お前はポンコツだからな」

「はあ!?なにそれ!」

「だから、これからもお前を助けてやらないとな」

「え……」

「安城、俺は消えない。俺が行くのは俺自身が助かるためだ。そのために、今回の件は必ず解決する」

「黒崎君……!」

「それじゃあ、行ってくる」

 

俺はひりひりとするほほを軽く撫でると、さっきより幾分か背筋を伸ばして歩き出す。

 

 

***

 

 

 

場所は校舎裏のゴミ捨て場。ここはゴミがぬれないように小さな屋根がついているので雨が降っても安心な上にこの時間やってくる生徒もいない。俺にはうってつけの場所だ。

ゴミ捨て場にはしっかりと分別され、容量に適したゴミが入ったゴミ袋が積まれている。五月に安城から美化活動の相談をされたのがもはや懐かしい。

 

 

「お前、だれだ?」

 

そんな感傷に浸っている時間は俺には与えてくれないらしく、目的の人物、相馬はやってきた。学校の指定ジャージの上下を若干着崩し、膝のあたりにはほつれが見える。

 

「俺は、黒崎裕太郎。お前を呼んだのは俺だ」

「お前か、こんなふざけた手紙を下駄箱に入れたのは」

 

相馬はポケットから一枚の紙をとりだす。そこには赤いペンで『放課後一人でゴミ捨て場に来い、劣化コピー』と書かれていた。

 

「ふざけてなんかないさ。この場所はお前にぴったりだろ?ゴミための劣化コピーさんよ」

「てめえ……誰から聞いた……」

「聞かなくても有名だろ、天才サッカー少年相馬栄太とその出来の悪い弟は」

「なんで……兄貴のことまで……」

「他にもいろいろ知ってるぜ?お前の兄さんが怪我で二度と表舞台に立てないことも、お前が兄へのコンプレックスのせいでアホみたいな練習してることとかな」

 

相馬は怒りに燃えた瞳で俺を睨みつける。だが、俺に殴りかかってきたりはしない。

いや、出来ないのだ。出来ない理由がそこにはある。

 

「お前には同情するぜ。優れた兄貴のせいでどんなに頑張っても兄貴と比較される。両親もひでえよなあ、兄貴が使えないと思ったら即お前に乗り換えるんだから」

「違う!俺が自分から兄貴の代わりになることを選んだんだ!」

「兄貴の代わり?うぬぼれたこと言ってんじゃねえよ。お前は両親が兄貴から自分に乗り換えた時、嬉しかったんだろ?これで自分を認めてもらえるって」

「違う……違う違う!」

「何が違うんだよ?お前は自分の事しか考えてない。だから他の部員に暴力的な指導をする。いや、あんなものは指導とは言えない。ただの自己満足だ。お前は人を傷つけて自分の存在を誇示したい、狂った独裁者だ」

「違う……違うんだ……俺は強くならなきゃいけないんだ……」

「誰もお前が強いなんて思っちゃいない。体育館をうばわれ練習できない連中はお前を憎み、顧問を人質に取られた野球部は怒りに燃えている。お前に従ってる部員だって本当はお前を慕ってなんていない。ただ、強くなるためにお前を利用しているだけだ。あいつらが満足したらお前は捨てられる。また昔みたいに一人ぼっちになるんだ」

「それでも……俺は俺の存在を証明しなきゃいけないんだ!お前なんかに何が分かる!」

「存在の証明?今お前が証明しているのは自分の醜さだけだじゃないか」

「くっ……」

「お前が本当にしたいことは、兄貴の代わりになることでも、親のためでも、チームを強くすることでもない。お前はただ、自分を認めてもらいたかっただけの、ちっぽけな存在なんだ」

「……」

 

ここで相馬が折れてしまえば、ただ俺が相馬を傷つけたことになる。

でも、違うだろ相馬?ここで必要なのは俺を消すことでもお前が折れることでもない。

お前が俺を殴らない理由がちゃんとあるんじゃないのか?

 

「そうだよ!俺はずっと、誰かに認めてほしかった!相馬家の二男でも、相馬栄太の弟でもない、相馬栄八としての俺を見てほしかったんだ!兄貴が怪我した時も、どこかで嬉しく思ったし、チームメイトを傷つけることで優越感に浸ったりもした!俺は強くなんかなくて、よわっちい人間なんだ!でも、それの何が悪い!誰かに認めてもらいたいって気持ちは悪いことなのかよ!」

 

そうだ、俺が聞きたかったのはその言葉なんだ。

 

「だ、そうですよ?」

 

俺は校舎の陰にいる人物に呼びかける。その人物はゆっくりと姿を現す。長身で、ガタイのいい白髪の男性と、それについてくる小柄な女性。

 

「と、父さん!母さん!?」

 

相馬は彼らの登場に驚きを隠せないようだ。それもそうだ、たった今自分の本音も、自分の弱さも全て叫び、それを聞かれてしまったのだから。

 

「ち、違うんだ父さん、母さん!」

「もういいんだ、栄八」

 

相馬の父は悲しげな声色で話し始める。

 

「私たちが悪かったんだ。栄太にばかり期待して、お前の努力を見なかった私たちが……」

「そうよ……別にあなたをないがしろにしたかったんじゃないの……私たちは……ただ、あなたにも栄太みたいになってほしくて……栄太を目標にしてほしくて……」

 

相馬の母も涙を流しながら呼びかける。

 

「でも、お前は、ずっと我慢してたんだな……本当は自分を認めてほしかったのに……それでも栄太のために……」

「俺は……」

「もういいんだ。お前は栄太の代わりなんかじゃない。人一倍努力家で、他人を思いやれる。私たちの自慢の息子だ」

「だから、サッカーにこだわらなくていいのよ?あなたはあなたのやりたいことを……」

「違う!」

 

相馬は声を振り絞ってそう告げる。

 

「俺がサッカーをやってるのは、兄貴の為でも父さんたちの為でもない!俺は……本当にサッカーが好きなんだ!それだけは嘘なんかじゃないんだ!」

 

そうだ、だからお前はどんなに怒っても俺を殴らなかった。サッカー選手として、人を殴るなんて事は出来なかったんだ。

 

「だから、今度から……いや、今からでも、俺を見てくれ!俺のサッカーで、俺のプレイで笑ってくれよ!」

「栄八……」

 

……俺は、そろそろお役御免だな。

俺はそっとその場を立ち去り、校舎へと入る。

そして、スマホを取り出し電話をかける。

 

「もしもし、栄太さんですか。黒崎です。はい、協力してくれてありがとうございました。栄八君はちゃんと言う事ができました。……はい。いえ、お礼なんてとんでもない。それじゃあ、これで」

 

手短に用件を済ませ、俺はスマホを耳から離す。そして、相馬栄太の連絡先を消去した。

 

「……疲れた」

 

そんな俺の呟きは、いつの間にかすっかり晴れ渡った空へと流れて行った。

 

 

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