以前の没ネタの再利用とも言う。
ネットサーフィンをしていた所、良さげな物を見つけた。
商品名『マカ・ナイス』。謳い文句は『あなたにも素敵な命の贈り物を』。
説明を見てみると、これは葉酸を多く含むサプリメントで、立ち位置的には健康食品らしい。
サプリで健康食品なのか、とも思うが、薬事法とかに引っ掛かってないようなのだし、良いのだろう。
ディスプレイを見ていた人物――西園寺アキラは迷わず購入ボタンをクリックしたのであった。
西園寺家は、都心から少し外れた場所にある閑静な住宅街に住む夫婦であり、今年で結婚10年目になる。
ただ子宝には恵まれず、その事で夫婦ともども悩んでいたのだった。
そこで見つけたのが先程のサプリメント。評判によると満足度は90%を超え、実際に妊娠した人が多く存在するらしい。
あの手の口コミはやらせが大概だが、それでも完全な捏造ではない筈だ。
「ちょっと高いけど、必要経費かしらね」
アキラは脳裏で素早く家計簿を走らせる。月々の値段を考えると、自分の小遣いから出した方が良いだろうか。家計費から出すと食費が若干圧迫されて、月1の贅沢である外食が難しくなりそうである。
このサプリより安い物はいくらでもあるが、特徴の内の1つである「夫婦で飲める」というのと「葉酸400マイクログラム配合」というのは他では見ない特徴だ。夫婦で妊活をするにはこれ以上ない打って付けと言えた。
さて、就職を行うための活動を就活、朝行う活動を朝活と言うように、妊娠するための活動を『妊活』と言う。これは夫婦のどちらもが行う事が望ましいとされている。
あまり知られていない事だが、子供を作る際に失敗する原因として、その半分が父親側に理由があるためとされる。『
話が逸れたが、夫婦で共に妊活を行うというのは、それだけで妊娠できる確率を大幅にアップさせる事ができ、また妻に寄り添う事で精神的な負担を減らす意味を持つ。
子供は授かり物、旦那さんと奥さんの2人で協力して得るべき命、という訳だ。
葉酸が多量に含まれているのも嬉しいポイント。葉酸はビタミンB群の一種であり、出産前に1日400マイクログラムの葉酸を摂取する事で、胎児の先天的な障害が発症するリスクを抑えられる。
0.4ミリグラムと言うと簡単そうに見えるが、調理や保存による酸化で破壊され、また飲酒で代謝が妨げられてしまうため、実際には中々難しい。
要するにアキラが発見したのは、かなり理想的なサプリメントなのであった。
注文から数日後、アキラの家にはサプリメントが届いた。
開封してみると、包装は野菜や果物を使ったポップな見た目であり、パッと見はサプリメントだとは分かり辛い。何も知らない人が見れば、お菓子か何かのパッケージだと思うだろう。
段ボールにも『健康食品』としか書かれていないあたり、開発者の気遣いを感じ取れた。
そんなほくほく顔で到着したサプリを受け取ったアキラの後ろから、人影が姿を露わにする。
「んー、アキラそれ何?」
「この間ネットで注文したサプリだよ、
この家のもう1人の住人、西園寺飛鳥だった。
一流企業の営業課に勤めており、来月には課長職に就くらしい。飛鳥のお蔭で立派な家を購入する事ができ、生活も性活も特に不自由する事は無い。
「サプリ?」
「うん。ほら、私達って子供できにくいでしょ?」
「アキラ、それは――」
「良いのよ、私が体質的にできにくいってだけで、飛鳥には何の非もないんだから」
「……」
カラカラと笑うアキラだが、飛鳥の表情は曇り気味だ。
この2人は結婚した当初から子供が欲しいと願っていたのだが、アキラの体質的に難しいと診断されている。そのためにタイミング法と呼ばれる方法や、よもぎ蒸しという民間療法を用いているのだが、成果は芳しくない。
「凄いのよ、これ。たった4粒で葉酸が必要な量摂取できて、しかも妊娠したら定期購入をすぐやめられるの。しかもしかも、妊娠した後に飲めるサプリも同じ会社が販売していてね? アフターフォローも万全なのよ?」
「そっか」
飛鳥自身は、子供が出来ないなら出来ないで問題無いと思っている。
家族とは別に子を儲ける事が全てでは無いし、無理強いして負担をかけるのは本意では無い。“孤掌、鳴らし難し”が座右の銘である飛鳥にとっては、子供が出来ない事でアキラに負担をかけたくないのであった。
「しかも、妊活に効果的なレシピもホームページに載っていたのよ。ちょっと味の調整は必要だろうけど、美味しい妊活ご飯を作る事にかけては私を全面的に信じて頂戴」
「信じてるよ。アキラのメシが美味い事なんて、オレが一番良く知ってるからな」
西園寺アキラ、旧姓・高松アキラは元々料理の仕事をしていたシェフである。現在は退職して家事に専念しているが、その腕は決して衰えていない。
仕事に疲れた飛鳥がその店にやって来て食事をした時、アキラの料理に感動したのが2人の馴れ初めである。
「なーんか不満そうな顔ね? もしかして妊活反対?」
「そういうワケじゃ、ねぇけど……」
「それとも、子供が欲しいとは思わない?」
「んー、いや、そうでもネェよ。ただ、なんつーか、自分でも上手く言葉に出来ねぇんだが……」
もごもごと煮え切らない態度の飛鳥。
飛鳥としても、アキラの行動は尊重したいし否定したくない。だがアキラの行動が、何だか自分を追いつめているかのように見えて、正直に言うと賛同し辛いのである。
それに何より、確認したい事が1つある。
「……なぁ、アキラ」
「何かしら?」
「そんなに、
その言葉に彼は――アキラはすぐに返答できなかった。
「別に、それは全然構わない。っつか、オレもお前との子供は欲しい。けどよ、それでお前があれやこれや努力して辛い思いするのは……、オレは嫌だ」
「うん……」
元ヤンとしてブイブイ言わせていた妻の言葉に、オネエ口調の夫は、再び返答に詰まった。
身の上話をするとアキラは、母親から虐待を受けていた。母親は娘が欲しかったのに、彼は息子として生まれたからである。
それに怒り狂った母親はアキラを娘として育て続け、結果として彼は心と肉体の性別が合わなくなってしまった。
気付いた時にはオネエな男性が完成しており、母親は自業自得ながら精神を病んでしまったという。今もワーカーホリックだった父親は、母親の介護で四苦八苦しているらしい。
「アキラ、お前、今何歳だ?」
「……貴方と同じ32歳よ」
「そうだな。オレのダチの話だけどな、世の中には45歳くらいでガキこさえる人もいるらしい。50超えて産んだっつー剛の者もいるそうだ。分かるか、焦るな、まだ10年はある」
「で、でも」
「それにお前の言葉だぞ? 気負い過ぎると変な負担がかかって良くないって」
妊活において最も避けるべきなのは、やはりストレスである。過度なストレスはホルモンバランスに悪影響をもたらし、精子と卵子の活動を狂わせる。
葉酸の摂取や適度な運動、身体を冷やさない等、重要事項は多々あれども、最重要事項としては、やはりストレッサーを遠ざける事だった。
「焦るな、オレ達が妊活を初めてまだ1年ちょいだ。新しいサプリも注文したんだろ?」
「……うん」
「じゃ、次はそれで頑張ろうぜ?」
「そうね、そうよね。まだまだ先は長いものね」
「ん、その意気だ」
こくり、と飛鳥とアキラは頷き合った。
世の中の、子供を授かれない夫婦は多々あれど。
これはそんな人達の中の、一組のお話をピックアップしたもの。
だからこの話はここでおしまい。彼らが子供を授かれたかどうかは、また別のお話。
おしまい
オネエ系旦那さんと元ヤン奥さんの短く切り取った日常生活のお話