自分がいる
茶化さないでくれ
好きだ
一子が好きだ
男と女だ
ずっとそばにいたい
千早にあいたかった
双葉が好きだから
自分も好いている
もしも、もう一度同じ一年を過ごせるのならば、いや、きっと何度繰り返しても自分は、彼女達に同じ言葉を口にするだろう。
一人ぼっちになってしまったのかなと泣く彼女が、愛おしかった。
患者の笑顔を見たいと言う彼女を、好きになった。
恋愛オンチと言う彼女を、誰にも渡したくなかった。
相棒の無実のために無理なノルマ課せられても笑う彼女が、眩しかった。
救えなかった教え子のために無理をし続けた彼女を、支えたかった。
格上の相手に挑みながらそれでも王様らしく戦った彼女が、美しかった。
自分をバケモノと言う彼女に、運命は変わるのだと証明したかった。
妹のような彼女が、少しずつ成長する様をこのまま見守り続けたかった。
父親を失いそれでも未来をかたる彼女の、隣に居たかった。
後悔なんてしていない。
それでも―――
「……みんな傷つけたな」
二月十六日の朝、目覚めて最初に出た言葉はそれだった。
怒っていた、泣いていた、悲しそうに笑っていた。
一人一人の顔と、言葉が浮かぶ。
吐き出した息は白い。暖房をつけようとベッドから立ち上がったが、本段に飾られた調度品が目に入ると、暖房をつける気力も失い、再び腰をおろす。
出所した夜、みんなからバレンタインを共に過ごしたいとメッセージ送られてきた。
二か月以上彼女たちと触れ合えていなかった。少し話をした程度じゃ満足できない。自分だって彼女達と過ごしたかった。
杏を抱きしめたかった。妙の瞳を見つめていたかった。真の肩を抱き寄せたかった。一子とバーで過ごしたかった。一二三と将棋を指したかった。千早に二人の事を占って欲しかった。双葉の頭を撫でてやりたかった。春の髪に触れたかった。
それでも、自分は誰にも返信をしなかった。十四日の夜は竜司と過ごした。
その結果が昨日の、二月十五日だ。
―――断りの返信くらい、嘘でもしてよ
春の言葉、まったくその通りだ。
着信すら取らなかった。いや、取れなかった。
彼女たちは不安になったと言っていた。
ただでさえ自分は、誰にも告げずにいなくなった前科がある。自分を心配し、様子を見にきてくれた。
選ぶのが怖かった。だから返信できなかった。
ここで誰かを選んだら、それ以外のみんなが居なくなる気がした。
誰とも過ごさなければ、引き伸ばせると思った。
その結果、みんな居なくなってしまった。
スマホを取り出し、時間を確認する。ルブランに入るにはまだ早い時間だ、惣治郎もまだ来ていない。
もう一度、部屋に飾られた、調度品を見渡す。
彼女達との思い出の品を、もうあんな風に過ごすことはできないんだろうなと思いながら、ゆっくりと、一つずつ眺めていく。
すべてに思い出が込められ、自分でも驚くほどに、プレゼントされた時の事を覚えている。
誰かにプレゼントされるなんて、ここに来るまで一度もなかった。うれしくて、その日の夜には飾り付けた。
思わずその時の喜びがこみあげ、笑みが浮かび上がりそうになる。だけど表情が笑みをかたどるよりはやく、昨日の彼女達の表情が過った。
怒って、悲しんで、泣いて。
不義は、最悪の形で彼女達が知ることになった。
自分の歪んだ欲望が、最も大切な彼女達を傷つけたのだ。
「―――よお、生きてたか」
声に、伏せていた顔を上げる。昨日から、正確には九人が勢ぞろいした時から居なくなっていたモルガナが、ゆっくりと階段を上がってくるのが見える。
「いやー、まさかあんなことになるなんてなー」
ぴょんっと、モルガナはソファーに飛び乗った。
何時だって彼は、自分のカバンの中にいた。少し離れることがあっても、自分が毎日どこに向かって、誰に逢っていたかを知る、唯一の人物、ならぬ猫だ。
「………なんか失礼な事を考えているだろう?」
まあいいさと、モルガナはいつものようにソファーでくつろぐ。
「ゴシュジンがフォローしてくれてたぜ」
離れた所で見ていたのか、モルガナの言葉に頷く。
たしか、遅くまで店の手伝いをしていた、ノロケはいつも聞かされているよ、だったか。
その惣治郎の言葉を聞いて、彼女達が何を考え、今どう思っているのかわからないが、納得し訳では無いはずだ。
「今にも死にそうな顔してるなー、おまえ」
色欲の大罪人とでもいうところか。怪盗団ならば、そんな予告状を出すだろう。
笑ってしまった。何が、心を頂戴するだ。
心を盗まれるべきなのは、自分じゃないか。改心が必要なのは、自分じゃないか。
「それで、どうするんだ?」
詫びる。
思いつくのはそれだけだ。許されるはずもなく、元通りの関係に戻れるとも思っていない。それでも謝らなければならない。そうやって自分たちは、身勝手な大人達を改心させてきたのだから。
それが今度は自分の番になった。……そういうことだ。
「おいおい、まさかお前、改心しようだなんて思っちゃいないだろうな?」
うなだれる自分にモルガナが呆れたような声を上げる。
「まったく、国を、世界を頂戴するとまで言ったお前は、どこにいっちまったんだ?」
モルガナがソファーから飛び降りて、ベッドに腰掛けている自分の足元まで近寄ってくる。うなだれる自分と、それを見上げる彼とで視線が合った。
「忘れたのか、お前はペルソナ使いなんだぜ? それもとびっきりのな。メメントスで話しただろう? ペルソナ使いにパレスはない。自分の心と向き合い、シャドウを制御しているんだからな。そもそもお前、何を改心するつもりなんだ?」
「……みんなを傷つけたこと」
「なんで傷つけたんだ?」
「……全員と、付き合っていた」
「そうだな、ひどい奴だなー。でもお前は、例えば、浮気をしていたのか? 誰か一人が好きで、ほかの娘たちとは遊びだったのか?」
モルガナに問われて自らも心に問う。胸の奥に、彼女たちの絆が、ペルソナがそこにいた。育んだ絆が、そこにいる。
イシュタルに、アリスに、キュベレに、ベルゼブブに、アルダーに。
ルシファーに、ラクシュミに、オンギョウキに、マザーハーロットに。
心の中でペルソナたちに、質問を投げつける。
自分は浮気だったのか? 誰か一人特別で、他は遊びだったのか? 浮ついた心で、みんなと過ごしたのか?
答えはすぐに返ってきた。ただ一言、違う、と。
そうだ、違う。誰か一人を好きなんじゃない。みんなが好きなんだ。誰一人、失いたくないんだ。
誰も選ばなかった? 誰か一人に決められなかった? 選択できなかった?
違う。自分は選択した。彼女たちが欲しいと。みんなが欲しいと。そう決めたんだった。
出頭したときだってそうだ、自分は何のために冴と出頭した?
世直しのため? 違う、そんなことのためじゃない。
仲間のため? 半分正解で、半分間違いだ。正しくはない。
彼女たちが、警察に、世間に、自分以外の何かに、奪われたくなかったんだ。
誰一人、そんなものに盗まれたくなかった。だから自分一人でいったのだ。
彼女達を傷つけた。
あたりまえだ、それを承知で全員を選ぶことを選択したのだから。最初から分かっていたはずだ。
杏と付き合い、妙と向き合ったときなんて思った?
自分は他に特別な関係の異性がいるはずだ。
傷つけることも承知で、なじられても、ののしられても、軽蔑されても、それでも妙が欲しいと思ったんじゃないか。
真が、一子が、川上が、一二三が、千早が、双葉が、春が、みんなが欲しかったんじゃないか。
「お前、このまま故郷に帰ったら終わりじゃないか? 離れている間に、誰かに盗られまうぜ。なんてたって、アン殿を筆頭に、みんな魅力的だからなー」
モルガナの言葉に立ち上がって答える。
「……嫌だ」
許せない。彼女達の隣に、自分以外を置きたくない。
盗れたくなくて自分を差し出したのに、それじゃあ、本末転倒だ。
「おお、珍しく感情的になってるな。いいぜ、そういうのは嫌いじゃない。じゃあどうする? そういやアン殿たち、大事そうに持っていたチョコ、持ち帰ってたよな? 結局一つも貰っていないんだろう?」
「もらっていない。全部、持ち帰られた」
「そっか、今頃隠されているかもなー。そうだな、あれは、あのチョコは、お前に対する気持ちが籠ったオタカラだ。オタカラを前に、ワガハイが見込んだ男は何をするんだ?」
すべきことがわかった。これからするべきことに、不安が無くなった。
数か月ぶりに感じる高揚感。オタカラを前に興奮を抑えられなかったのは何もモルガナだけではない、自分だってそうだ。
自然と笑みが浮かぶ。
オタカラが出現し、それが持ち帰られた。
ならば自分は、怪盗のすることは何だ?
ジョーカーならこんなとき、どうしてきた。
俺は、どうみんなに言ってきた。
息を大きく吸って、吐いた。
「―――すべてのチョコを、頂戴する」
チョコを取り返しに行く順番は、運命と女教皇以外は決まっていません。