怪盗はチョコが欲しい   作:エンピII

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怪盗は女教皇のチョコが欲しい

 机に飾っているバイクフィギュア。その横に置かれたチョコレート。

 少し大きいかな? そんなことを思いながら選んだのを覚えている。初めての本命はちゃんと面と向かって渡したい。そう思った。彼の出所が間に合ったときは本当に嬉しかった。今までのすべてが、報われるはずだったのに。

 

 嚙み締めた奥歯が鳴る。

 許せない。私ひとりじゃない。みんなを騙していた。

 春も、杏も、双葉も。それ以外の人たちも。

 

 ツカサの事、一緒に見ていたよね。栄子の目を覚まさせようと、一緒に駆けまわったの覚えてるよね。私が目の前の悪を見過ごすことなんて絶対にできない事、わかってくれているよね。

 

 連絡を取ろう。

 スマホを取り出して、春たち宛にメッセージを作成する。落ち合う場所はどこにしよう。双葉もいるから四茶とあまり離れてない場所がいい。渋谷にしよう。話をするなら、ファミレスがちょうどいい。

 

 メッセージを送ってから、彼からのメッセージが未読のまま貯まっているのが目に入った。二月十六日から何度彼から連絡があったか覚えていない。正確には把握してない。一度だってメッセージを開いていないから。

 そのまま目もくれずスマホをしまう。

 

 私は覚えている。杏と春が怒っていたことを。双葉が泣いていたことを。

 友達を傷つけられて、黙ってなんかいられない。

 

 

 

「あ、真はやーい」

「ごめんね、マコちゃん。待たせちゃった?」

「…え?ううん、私も今来たところだよ」

 

 私の向かいの席に腰掛ける春と杏に首を振って否定する。本当は少し待ったんだけど、私から集まろうって声をかけたんだから、二人に気を掛けさせるわけにはいかない。

 春がチラリと、水滴に濡れたグラスに目を向けた気がするけど、何も言ってこなかった。

 

「杏ちゃんとは入り口で一緒になったの」

「双葉、大丈夫かなー? やっぱり迎えに行ったほうがいいんじゃない?」

 

 失敗した。

 双葉は泣くほどショックを受けていた。一人で出歩ける状態じゃないかもしれない。もしかしたら、また部屋に閉じこもってしまっているかもしれない。

 慌てて席を立つと、ちょうど双葉が一人でお店に入ってくるのが見えた。

 私たちに気づくと「よーす」なんて片手をあげて近づいてくる。拍子抜けしてしまうほど、いつもと変わらない姿だ。

 

「双葉、ちゃんと一人でこれたじゃん」

「ふっふ。あいつと特訓したからな。これくらいのミッション余裕だ」

「ふふ、えらいね」

 

 私の隣に腰掛ける双葉に、いいえ、みんなに違和感を覚えた。

 なんでいつも通りに振る舞えるの? 何事も無かったみたいに話せるの? あんなことがあったばかりだよね? 私たち、彼に騙されていたんだよ?

 いくつも質問が浮かぶけど、言葉として出すことが出来ない。

 

「さーて、何たのもっか」

「私はホットコーヒーにしようかな」

「えー、コーヒーならルブランで飲んだほうが美味しいのに」

「今ならあいつもいるからな。おすすめだぞ」

 

 今色々なお店でコーヒーを頂いて勉強してるの。春がそう口にする。信じられなかった。会話の端々に彼の話題がでている。

 

「彼、もうお店に立ってるんだ?」

「今日からだな。鈍った勘を取り戻すとか言っていた」

「勘って、コーヒーを勘で入れてるの?」

「あいつならやりかねん」

「ふふ、彼、ちゃんとコーヒーのこと勉強してるんだよ?」

「ああ、学校の勉強もちゃんとするよねー。ほとんど学校に出て無かったのに、十二月の期末で学年一位だったもん」

 

 裏切られた気分だったよと笑う杏に、私は混乱した。春も双葉も笑って彼の話をしている。

 

「……よし、グランドマザーバーグにしよう」

「今からそんながっつり食べて、夕ご飯大丈夫なの?」

「あいつとそうじろうのカレーは別腹だ」

「甘いものじゃないんだ。でも彼が作るカレー、私も久々に食べたいなー」

「少し前まではよくご馳走してもらってたもんね。ふふ、懐かしい」

「…それ異世界ででしょう? 本当、彼ってどうやってカレーセットまで持ち歩いてたんだろう。どこでも出してくるし……」

「祐介君は大喜びだったけどね」

「オイナリの台所事情は切羽詰まっているからなー。わたしとは大違いだ」

「いいなー、双葉。すぐ彼に会えるんだもん」

「ふっふ、わたしは『離れなくていい権利』もってるからな!」

「何それ!?」

「ちょっと双葉ちゃん、それ詳しく」

 

 私を置いて、三人の会話が弾んでいる。いつも通りといえば、いつも通りかもしれない。でも今は違うでしょう、違うわよね?

 

「そういえば真、今日ってなんの集まりだったの?」

「……え? う、うん」

 

 言うしかない。回りくどい言い方なんてしてられない。はっきりさせないといけない。

 

「……バレンタインの事なんだけど。みんなも彼と付き合ってたのよね?」

 

 言った。聞いてしまった。二月十五日に聞くべきだったはずの言葉。彼の不義だけを責めて、それで終わりにしてしまった。本当はあの後に私がみんなに聞いてあげなければならなかった言葉。

 反応が怖い。でもこれは、彼に、あの男に騙されていた私たちが話し合わなければならないことだ。逃げるわけにはいかない。

 

「ああ、あの9股男。本当最悪だよねー」

 

 杏が笑って言う。

 

「ふふ、そんなこと言ったら可哀そう」

 

 春も笑っている。

 

「事実だけどな!」

 

 双葉も笑っていた。

 

 理解が出来なかった。三人が笑顔でいられる理由がわからなかった。

 私は笑うことが、出来ない。思わず口に出ていた。

 

「―――何が、可笑しいの?」

 

 私の言葉は、自分の声と思えないほど冷たいものだった。

 三人から笑顔が消えている。杏が驚いたような顔をしている。双葉が少しだけ怯えたような表情をしている。春だけは動じずに、まっすぐ私を見ている。

 

「私たち、彼に騙されてたんだよ? 裏切られたんだよ? それなのに、なんで笑えるの?」

「待って、真。真は彼にまだ会ってないの?」

「会ってない」

「……マコちゃん、彼から連絡は?」

「あったわ。でも取ってない」

「…そっか。少し、そんな気はしてた」

 

 春の、三人の態度でいい加減私も理解する。彼と逢っていたんだ、バレンタインの後に。私が目を覚まさせないといけない。これ以上あの男に、私の大事な友達を傷つけさせるわけにいかない。

 

「みんな―――」

「私ね、マコちゃん。一つだけ後悔してることがあるの」

 

 言葉は、春に遮られた。

 

「あのバレンタインの時に、どうして私もみんなと一緒に、彼を責めちゃったのかなって。ああ、別にみんなが間違っているって言いたい訳じゃないの。あんなことがあったんだもん、当然だよね」

 

 弁解するみたいに、春が手を振る。

 

「私ね。お父様の事があったあと、あのフィアンセと無理やり結婚させられそうになってたの」

「……破談になったんじゃないの?」

「お父様が亡くなって、むしろチャンスって思われたみたい。私もそのまま流されちゃうのかなって半分諦めてた。でもね、彼が私の話を聞いてくれて、一緒に悩んでくれて、励ましてくれたの」

 

 一拍おいてから、春が自分の胸に右手を添えて続ける。

 

「彼に言ったの。あなたさえいてくれたら、私はもう大丈夫。もしもあなたが大変な時は必ず助けるって。……だから私だけでも彼を助けてあげるべきだった。ふふ、あんな理由でもね」

 

 私が否定の言葉を口にするより早く、おずおずと双葉が手を挙げた。

 

「わ、わたしもあいつに助けられた。だからピンチのときはゼッタイ助けるってあいつに約束した」

 

 俯きながら、双葉が続ける。

 

「……バレンタインであいつの特別がわたしだけじゃないってわかって、こころが痛かった。こんな痛い思いするならあいつなんていらないって思った。でもダメだった。あいつを手放したらこころがからっぽになっちゃう。だからわたしはもう手放さない。今度はわたしが、あいつのピンチを助けてやるんだ」

 

 はっきりと意志を伝える双葉に何を言うべきか迷っていると、杏が先に口を開いた。

 

「私も彼に頼ってって言った。もう頼ってるなんて言われたけどね。浮気者で、ほんと最低の女の敵だけど、それでも私は、彼を信じてるよ。だって彼、あんなに私たちの事助けてくれたじゃん。何時だって一番つらいところは自分が引き受けて、それでも笑ってみせて。……だから彼は私にとっての光なの。とっても大切なね」

 

 みんなが何を言ってるかわからない。混乱している。言うべき言葉が見つからない。どうしてみんな彼を許しているの?

 

「……彼を許してるわけじゃないとおもう。私もみんなも」

 

 私の心を見透かしたように春が言う。

 

「だけど私たちは彼と離れられない。彼もきっと手放さない。たぶん、ただの我儘だと思う。彼と、私たち、みんなのね」

 

 杏と双葉も春の言葉に同意するみたいに笑って頷いていた。

 

「…だって、そんなの……間違ってる」

 

 否定する言葉が掠れてしまう。そんなの、麻薬と一緒じゃない。間違っているのに、ただ一緒に居たいからなんて、誰も幸せになれるはずがない。

 

「……ねえマコちゃん。マコちゃんはどうしたいの?」

 

 春の笑顔に思わず顔をそむけた。まっすぐ彼女を見ることが出来ない。

 

「……私は、理解出来ない」

 

 俯いてそれだけを絞り出した。

 

「……そっか。それならマコちゃんは、彼と別れたほうがいいと思う」

「ちょっと春!」

 

 春の言葉が突き刺さる。思わず顔を上げて彼女を見た。

 

「だって信じられないなら、一緒に居てもつらいだけでしょう?……安心してマコちゃん」

 

 私を見て、笑ってる。

 

「彼には私たちがついているから。心配しないで、平気だよ?」

 

 笑う春に、テーブルに両手を叩きつけて、私は立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

「……怒らせちゃった」

「……春、もしかしてワザと真を怒らせた?」

 

 席を立つ真を追いかけようとした私を春が止めた。私は理解できずにいたけど、春が大丈夫だよって続けるから、しぶしぶ座りなおす。

 

「ああすればマコちゃん、きっと彼に会いに行くと思うの。こうでもしないと、たぶん彼に会おうとしないだろうから」

「だからワザと怒らせるようなこと言ったの?」

「……策士だな」

「ふふ半分演技で、半分は本心、かな?」

 

 だってマコちゃんと彼、お似合いでしょう?そう続ける春に私も双葉も否定できなかった。

 リーダーと参謀。怪盗団の立ち位置だけじゃなくて、普段から彼の隣には真が居たと思う。その自然な立ち振る舞いに、私は何度も嫉妬した。似合い過ぎて、割り込めないんだもん。

 

「マコちゃんに後で謝らなくちゃ」

 

 笑顔のままの春に、怖い子だなって思った。彼のために平気で嫌われ役を買って出てる。真の事も大好きなくせに。一番仲が良いくせに。

 

「あとはあいつがなんとかするか? ……わたしひとりが特別じゃないのは悲しいけど、真が欠けるのも嫌だ」

「ふふ、大丈夫だよ。きっと彼が何とかする。だって私たちがそうだったでしょう?」

 

 その通りだと笑う。あとは彼を信じよう。取りこぼすことなんて、きっとしない筈だ。

 

「―ああ、双葉ちゃん」

「ん?」

「さっきの『離れなくていい権利』の事、詳しく教えて?」

 

 ……ほんと、怖い子だ。笑顔のまま双葉を問い詰める春を見ながら、私は本心から思った。

 

 

 

 

 

 

「―――新島さん?」

 

 ルブランに入店した私に気づいたマスターに一礼してから、同じくカウンターに立つ彼を睨みつける。双葉の言っていた通りだ。あんなことをしでかしておいて、何でもないような顔で喫茶店に立っている。

 

「……店の事、任せたぞ」

 

 マスターがため息をつき、頭を掻きながら私を横切ってルブランから出ていく。お店を閉めてくれたことにお礼の一つでもいうべきだけど、彼を前にして、私はそこまで冷静でいられなかった。大股で彼の前まで歩いていき、カウンター越しに向き合う。

 

「コーヒー淹れる―――」

 

 パシンッと私が彼の頬を張った音が店内に響く。いつも通りの彼が、許せなかった。手加減もなしに、思いっきり振りぬいた。叩いた手が、ひどく痛む。

 

「……みんなになにをしたの?」

 

 怒って泣いて、悲しんで。杏に双葉に、春に。一体貴方は何をしたの。また騙したのか。そんなの私が許さない。きっと私が目を覚まさせる。

 

「何もしていない」

 

 頬を張られた彼がゆっくりと私に向き直った。唇が切れている。微かに血が滲んでいた。

 そんなはずはない。何もしていないなら、どうしてあんなに貴方の事を庇うの?裏切っていたのは、そっちなのに。バレンタインの翌日。あの時は確かにみんな怒っていた。それが今ではまるで改心でもしたかのように。

 

「……まさか認知世界を利用したの?」

「そんなこと出来たとしても、するはずが無いだろう」

 

 断言する彼に、今のは流石に失言だったと後悔する。思わすごめんなさいと謝罪の言葉が出そうになるけど、無理やりに押し込んで、まるっきり逆の事を言う。

 

「……謝って。そしてもう私たちに近づかないで」

「謝らないし、離れない」

「裏切ったのは、貴方でしょう!」

 

 もう一度頬を張ろうと振り上げた右手が掴まれる。

 

「……クリスマスに、何も言わずに居なくなったことは謝る。バレンタインにみんなに連絡を取らなかったことも謝る。土下座でもなんでもする。いくらでも殴られてもいい。だけど―――」

 

 捕まれた右手が振り払えない。頬を少し腫らせて、唇に血を滲ませた顔を私の眼前に突き付けて、やましいことなんて一つも無いみたいに、臆せずに彼が言う。

 

「―――みんなと付き合っていたことだけは、絶対に謝らない」

 

「……何を……言っているの?」

「杏を好きになって、双葉が大事になって、春に惹かれて、真に恋して、みんなを好きになって、みんなが支えてくれたから、信じてくれたから、ここまで来れたんだ」

 

 掴まれたままの右手が痛い。

 

「杏が居なかったら、鴨志田のパレスで終わってた。妙が居なかったら、きっと何処かで誰かを失っていた。一子が居なかったら、俺たちは金城にたどり着くこともできなかった」

 

 まっすぐに私を、まるで睨みつけるみたいに見つめてくる。

 

「川上が居なかったら、きっと学校で正体がばれて捕まっていた。一二三が居なかったら、勝てるはずのない戦いで無意味にやられていたはずだ。千早が居なかったら、俺はここまで成長することができなかった」

 

 熱のようなものが押し寄せてくる。彼の吐く言葉の熱さ。

 

「双葉が居たから、あの獅童に最高の予告状を叩きつけることが出来た。春が居たから、俺たちはモルガナと分裂せずに怪盗団でいられた。真が冷静に、いろんなことを分析しながら戦ってくれたから、俺達はやってこれたんだろう」

 

 最後に私の事を言ってから、掴まれたままだった右手が解放された。彼がカウンターに両手をついて、大きく息を吐いた。

 

「……誰にだって、神様にだって、俺が彼女たちと過ごしたこの一年を、否定なんてさせやしない」

「……それが貴方の答えなの?」

 

 頷く彼に、少しだけため息をつく。

 

「……みんなを傷つけて、それでも貴方の我儘を押し通すの?」

「ああ」

「……私は一緒に居られないって言ったら?」

「信じているから」

 

 断言する彼に、一体何を信じているの?って続ける。

 

「一緒にいたいって言ってくれた、真の言葉」

 

 微笑む彼に、私は思い出す。

 彼の部屋で警察官僚の夢を語った時、ヨハンナがアナトに生まれ変わった時に、私は彼に言っていた。一緒にいたいって。

 まるで逆さまだった心が、本来の位置を取り戻したように、様々な思い出が蘇る。

 

 付き合う前の事。マスターの家で、停電に腰を抜かして彼に支えてもらった事。映画に誘って、私の趣味がおかしくないって言ってくれたこと。双葉のパレスで崩れる柱から、助け出してくれたこと。

 付き合ってからの事。後夜祭で私が困ってたからって、みんなの前で急にずっと好きでしたなんて叫びだしたこと。色々なところに一緒に行った事。観覧車に乗ったり、荻窪にラーメンを食べに行ったり、月島でもんじゃ焼きに挑戦したり、中華街で一緒に生春巻きを探したり。

 そこで、ひとつ気づく。

 

「……ねえ? 私たち、何かを食べにばかり行ってない?」

「バレたか」

「……はぁ」

 

 少し呆れてうつむいた。それでも大事な思い出。他にもたくさんの思い出を、この一年で彼からもらった。

 私の分析をいち早く理解して、それをもとに素早く指示を出す貴方が頼もしかった。

 お姉ちゃんに連れられて帰ってきた貴方に、私は警察官僚になる思いを一層強くした。取り調べのために、薬物まで使用するなんて許せないって思ったから。

 メメントスの最深部で敗れて、反逆の心を喪った私を奮い立たせてくれもした。

 

 恋人だけじゃない。怪盗としての思い出も、私の心に焼き付いている。

 

『認めたくなくて、自分に嘘ついてるだけでしょう』

 

 栄子に言った言葉。まさかこんな形で、自分の言葉が返ってくるとは思わなかった。

 怪盗団のみんなと、私の知らない女の人たち。たくさんの人と付き合っていた彼が認められなかったんじゃない。

 たくさんの人と付き合っていることを理解しても、それでも貴方を好きな自分の心が、認められなかったんだ。だから自分に嘘をついて、怒りをみんなに、貴方にぶつけてしまっていた。

 

 後で春に謝らないと。私が集めておいて、怒って出てきてしまった。

 なんで、みんなが楽しそうに彼とのことを話せるのか、ようやくわかった。

 何がみんなに何もしてないよ。春たちにも、こうやって話をして回っていたんでしょう?

 

「真」

 

 彼の言葉に私は顔を上げる。たぶん、ここで決めの一手を彼は放ってくる。チャンスは逃さない、貴方の戦い方なんて、私が誰よりも理解している。

 

「―――チョコが欲しい」

 

 ……その是非は、ともかくね。

 

「……今は持ってないわよ」

 

 正直に伝える。だって、貴方と今日こんな話をするとも、そもそも会うつもりすら無かったのに、チョコを持ち歩いているわけないじゃない。

 

「それはおかしい」

 

 彼が慌てている。私がチョコを持ち歩いてるって、決めつけていたみたい。

 ええ? ええ? なんて狼狽える彼が可笑しい。シャドウに混乱させられたときだって、ここまで取り乱していなかった。

 

「……今日は、帰るね」

「まって、チョコは」

「春たちに謝りたいこともあるの」

 

 彼に背を向けて歩き出す。ちゃんと明日持ってくるから、少しまたせるくらいの意地悪、してもいいよね?

 春たちに会ったら、最初に謝って、そしたら彼との話で私も一緒に笑いあおう。

 

『これからもいろいろ大変だけど、助け合っていきたいです』

 

 これも彼に私が向けた言葉。本当に色々、大変なことになりそう。

 まあ、こうなる運命だったんだろうな。

 

 

 

 

 

 

「真。それは不味い」

「え?」

「あいつはチョコを貰うためなら何でもするぞ」

 

 春たちに合流して彼女たちに謝った私は、コーヒーを持ち上げたまま止まる。

 三人とも、あれからコーヒーのおかわりだけで時間を潰していたらしい。おかげで度胸がついたなんて笑っていた。

 彼とルブランで逢ってきた話をして、チョコを欲しがる彼をそのままにしてきたことを伝えると、双葉が難しい顔をした。

 

「わたしも最初、あいつを部屋に入れなかった。そうしたらどうしたと思う?」

 

 双葉の言葉に嫌な汗が流れたのがわかる。春も杏も、真剣な面持ちで双葉の話を聞いている。

 

「壁をよじ登って、雨どいを伝って、窓から侵入しようとした」

 

 背筋が寒くなる。

 

「わ、私の家、マンションだよ?」

「あいつがそんな理由で躊躇うと思うか? もしかしたら今頃、夜襲の計画をたてているかもしれないぞ」

 

 誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。

 

「まさか、いくらなんでもそんなことする訳―――」

「無いって、言いきれるか?」

 

 杏の言葉を遮って、双葉が言う。

 

「―――すぐ彼にチョコを渡しにいきましょう」

 

 春が立ち上がって言う。私も頷いて立ち上がった。

 

「春、一緒に私と来てくれる? タクシーでチョコを取りに行くわ。双葉と杏は彼を縛ってでもルブランから出さないで」

 

 ラジャーなんていう双葉と杏を見送って私も春と頷きあう。

 時間が勝負だ。もたもたしていられない。今度こそ彼が、本当の前科者になってしまう。

 

「……私たち苦労しそうだね、マコちゃん」

 

 少し苦笑いする春に頷く。

 

「こういう苦労は、予想してなかったけど」

 

 お店を出て、タクシーを拾うため、二人で駅に向かって走る。

 

「これからもよろしくね、マコちゃん」

「ええ、一緒に。……頑張りましょう」

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