「なんだ、この子。可愛いな~」
「あわわわわわわわ」
うちの娘が、記者さんに追いかけられてやがる。誰の元に逃げるのか黙って見ていたら双葉のやつ、女医さんの後ろに隠れやがった。
「フッ、フッー!」
「なんだよ、双葉ちゃん。逃げることないじゃーん」
「……ふふ」
猫みたいな威嚇音をあげる双葉に、笑いながら追いかけまわす、確か大宅って言ってたか、記者さんに、その二人に挟まれてカウンターでコーヒーを飲む武見先生。
なんだおい、双葉。ずいぶん武見先生に懐いてるじゃねーか。
「……新島さん、彼より飲み込みが早いです。打ち手に、迷いが見えません」
「少し勉強はしてきたけど、中盤以降の指し手の難しさは予想以上だわ。自分の手だけじゃなく、相手の一手一つで盤面がガラリとかわる。まだまだ東郷さんと勝負にはならなさそうね」
「……一二三、でいいですよ?」
「……じゃあ私も真で。よろしく、一二三さん」
「ええ、こちらこそ。…真さん」
双葉たちと少し離れたカウンターで新島さんと、元女流名人なんて肩書をもっている東郷さんが将棋盤を挟んで談笑している。
俺も昔は、結構やった口だからよ。興味があって少し盤面を覗いてみたが、俺の理解、つーか趣味の領域を超えていやがった。とてもじゃないが口を出せる次元じゃねえ。
「それじゃあ、川上先生もここでコーヒーを淹れたりされていたんですか?」
「うん、まあ。といっても数回だけどね。カレーも1~2回作ったかなー?」
「ふふ、驚いちゃった。私たち先生の淹れたコーヒーにも助けられていたんですね」
「…助ける? よくわからないけど、役に立っていたなら何より」
「良かったら、コーヒーの淹れ方。少し教えてもらっていいですか?」
「生徒に頼まれてイヤなんて言う先生はいないわよ。……たぶん。まあ、私も彼に教えてもらった淹れ方しかしらないし、ほとんど彼の受け売りになっちゃうけど」
「それで構いません。よろしくお願いします」
「よし、頼まれた」
春ちゃんと川上先生がコーヒーの事で話しているのが耳に入る。あいつに教わった、ねぇ。つーことは、先生は俺の孫弟子になるわけか?
「それじゃあ千早さん、占った後のアドバイスとかもしてるんですか?」
「はい! ……彼と出会うまでは占いの結果だけで、そこからどうしたらいいのかとかほとんどアドバイス出来てなかったんです。だからいろいろ本を読んだりして、少しずつですけど勉強しました」
「えらいなー。私、読書って少し苦手で……。よかったら、私にも教えてくれますか? その、いろいろ。占いの事とか、困ってる人のアドバイスの仕方とか」
「もちろんです! ……あのー、それとですね。教えるかわりにじゃないんですけどー、よければ私にも教えてもらっていいですか? その、お洒落の事とかなんですけど」
「もちろん!」
ボックス席では、タロットカードを広げた御船さん、職業占い師なんて初めて知り合ったぞ、に杏ちゃんがお互いに得意の事を教えあってる。いいねぇ、微笑ましいじゃねえか。
いつものメンツに加えて、教師に女医に記者に棋士に占い師までいやがる。おまえの交際関係はどこまで広がってやがるんだ? 一度そこんとこ、しっかり聞いておかねえとな。
まったく、大して広くもねえこの店に、美女ばかり九人も集まるとはねぇ。しかもこの前の険悪な雰囲気なんて、どこにもねえときた。
おい、おまえ。一体どんな魔法使ったんだ?
「秘密」
秘密ねえ。横で洗い物をするこいつの顔がどこか嬉しそうに見えるのは、俺の気のせいじゃねえんだろうな。俺も若いころは色々やったけどよ。さすがに9股はねーぞ、9股は。しかもバレた後に、きっちり全員と関係修復しやがって。
正直に言うぞ。おまえがバレンタインの翌日に双葉を泣かせたとき、俺はおまえを殴るつもりだった。当然だよな? 殴って、追い出して、双葉から引き離して。それが一番楽な方法だった。それが裏切られた娘を持った親父の、至極当然な手段だよな。
だけど、そうしなかった。
そうしなかった理由? 簡単だよ。おまえがほっといても死にそうな面してやがったからだ。てめえでてめえを殺しちまいそうなほど、苦しんだ顔をしていやがった。そんなおまえの顔みてたらよ、もう今日は寝ちまえとしか言えねえだろう。
一晩経って事情の一つでも聞いてやろうと店に来たら、おまえの顔がえらく変わっていやがった。
覚悟を決めた男の顔だ。この一年で何度かおまえが見せた、そう、獅童に挑むときにしてやがった顔だよ。足元を横切った黒猫が何か言ったんだろうと思った。まあ、俺は猫の声は聞けねえからよ、おまえに聞くしかないわけだ。何があったってな。
そしたら昨日までは死にそうな面してたやつがぬけぬけと、『全員のチョコを頂戴する』ときた。
俺はあの時ほど呆れたことはねえぞ。
それにな。おまえが俺に家の鍵を貸してほしいって言ってきたとき、正直迷った。
そりゃそうだろう。泣かせておいて、誰とも別れない。全員と付き合い続けるなんて公言する男を、大事な一人娘に合わせに行かせる親父がいるか?
だがどっかで、おまえになら双葉を任せてもいいなんて思っちまってる俺もいた。もちろん先の話だぞ?今すぐどうこうの話じゃないぞ?いいか?あいつがちゃんと大人になるまで、節度のあるお付き合いをだな。
っと、話が逸れたか。
とにかく俺は9股なんてもんより、おまえがこの一年で俺に見せてきた姿を信じることにした。最初は頼りないところもあったけどよ、どんどん成長していきやがって。双葉だけじゃねえ、俺まで救われちまった。
だからおまえに家の鍵を、おまえに裏切られてまた引きこもっちった双葉を、託すことにした。
まったく、双葉の奴。泣き腫らした顔で、目も真っ赤でよ。それでも笑いながら『クリスマスとバレンタイン。今からするぞ!』なんて言いやがって。俺がなに言っても出てくるどころか、返事も無かったのにな。
おまえは俺が出来なかった事、二回もやってのけやがった。まあ、二回目はおまえが原因だけどな。そこんとこは、忘れるんじゃねーぞ。心配はしてねーけどよ。
その後は、結構いい時間だっつーのに開いてるケーキ屋探して、まあチキンは駅前のカーネルがまだ空いてる時間だったからすぐ用意できた。バタバタしながらもクリスマスの準備が整った。二月だってのによ。俺が食い物用意してる間に、おまえと双葉の二人で、勝手に店の飾りつけまでしやがって。
じゃあやるかってところで、そうじろうは帰っていいぞって双葉に言われたのはショックだったな。……おい、何笑ってやがるんだ。おまえのせいだろう。
まあ、とにかくだ。もう双葉を泣かせるんじゃねーぞ。それさえ守るなら、あいつが納得している以上俺からは何も言わねぇよ。
「おーい、まだお仕事終わらないのかー?」
ほら、双葉が呼んでるぞ。今日はおまえが全員に話があるって集めたんだろう?さっさと話しをしてやれ。後はやっとくからよ。
エプロンを外しながらカウンターを出るこいつを眺めながら、たった一年でここまで成長するものなのかと少し関心した。全員の視線が、自然とおまえに吸い寄せられていく。歩く仕草一つで、こうも人目を惹きやがるかね。
頭も悪くないし、度胸もある。店の仕事一つみてもこいつの器用さは伝わってくるし、双葉が懐くくらいに優しももってやがる。
俺がこいつの年のころはどんなだったかなって思う。比べるまでもねえか。
まったく大したせがれだよ、おまえは。
「これからの事を、俺なりに考えてみた」
さて、俺も拝聴させてもらうか。おまえの言う、これからってやつをよ。
「政治家になろうと思う」
……おい、誰か教えてくれねーか? 今、俺のせがれは何を言い出したんだ?
「今の日本は、世界は、間違っている。だから俺が変える。いや、創って見せる。俺たちが、笑って暮らせる世界を。俺たち全員が、結婚することのできる世界を」
身振り手振りを交えて語るこいつの仕草は、確かに様になっていやがる。話の内容はともかくな。
「現職の議員に知り合いがいる。弁論も、その人から教わった。色々学ぶことも多いだろうが、ほんの少しだけ待っていてほしい。すぐに身につけてみせる。政党名も、もう考えてある」
誰も、こいつ以外だが、一言も発さねえ。少し周りの様子を伺ってみる。女たちがどんな顔してこいつの話を聞いているのか、気になってしょうがねえ。
「―――『
おい、呆れられて……ねーな? どうなってるんだ。皆して真面目に聞いていやがる。
「キャッチコピーも用意してある。『あなたの
みんな真剣に聞いてるところ悪いがよ。そろそろ誰か突っ込んでくれねえかな? こいつの、いや、せがれのこんな姿をこれ以上見ていられなくてよ……。
「そのためにも、俺は一度地元に戻らないといけない。資金を得るためにも両親を説得してくるつもりだ。大丈夫、二十歳になったらすぐ戻ってきて、出馬する。みんなにも協力してもらうとおもう」
おい、おまえ確か成績は学年首位って言っていたよな?そうだよな、川上先生?
俺の視線に気づいたのか、川上先生が少し息を吐きながら、あいつに問いかけてくれた。
「……被選挙権の年齢条件調べた?」
「二十歳じゃないのか?」
「衆議院議員なら二十五歳よ。参議なら三十歳ね」
「……え?」
おい、やっぱり調べてなかったのか。授業でも習ったはずだろう。
あいつはつーと、混乱してるな。自分が考えていたことが、足元から崩れ去ったみたいな顔してやがる。そういうとこ、変わってねえな。
「……マコちゃん、いける?」
「まかせて」
春ちゃんと新島さんが、混乱するあいつの前に立った。何するんだって黙って見ていたら、いきなり新島さんがあいつの胸のあたりを思いっきり殴りつけた。
「ぐっふ!」
殴られたあいつは前のめりになって倒れていく。その途中で春ちゃんがあいつを支えていた。おい、俺は胴体を殴られて気絶する人間なんて初めて見たぞ。
「武見先生。彼、混乱しているみたいなので治療を頼めますか?」
「いいけど、今のどうやったの?私には腹部を殴ったようにしか見えなかったんだけど」
「ああ、お腹じゃなくて胸です。心臓を押すイメージで。そこに打撃をつよく打ち込むと、こうやって意識を奪えるんです」
「へえ、良かったら後で教えてくれる?暴走する彼相手に便利そう」
「ええ、もちろんです。普段はハリセンを使ってるんですけど、流石に今は持っていなくて」
おいおい、なんか物騒な話をしてやがるぞ。というか、ハリセンってなんだハリセンって。おまえら普段そんなことしてやがったのか?
「大宅さん、足を持ってもらっていいですか? 彼、脱力してて一人でじゃ席に寝かせられなさそう」
「よしきた」
「私も手伝うわ」
春ちゃんに大宅さん、それに川上先生も手伝って、あいつをボックス席の座席に横にする。寝かされたあいつの前に、ポリポリと少し頭をかく仕草をしながら武見先生が近寄っていく。
「リラックスゲル、あったかな?」
「あ、それなら彼がもってると思いますよ。回復アイテムは必ず持ち歩いていたんで」
「ふうん。でも薬を持ってるようには見えないけど」
「ちょっと漁ってみましょうか? ふっふ、私ずっと気になってたんだ。普段彼がどこにアイテム隠し持ってるのか」
杏ちゃんが嬉々としてあいつの身体を弄ってやがる。
おいおい、そんなそいつの姿を見せられるのは俺としては結構複雑なんだが。
「こいつ、ちゃんとあたしたちの事、考えてたんだな……」
「ふふ、方法はともかくだけどね」
双葉と春ちゃんが寝ころんだあいつの前髪を玩びながら笑っていやがる。
おい、二人とも。なんでそんな熱っぽい表情してやがるんだ。そいつはたった今、結局のところノープランだったことが判明したばかりなんだぞ。
「本当彼って問題児。目が離せない」
「まあ、その辺を教えてあげるのがアタシたちの役割ってとこかな?」
しかし、なんだ。このおまえに対する信頼の厚さは。誰一人として馬鹿なことを言い出したおまえを、見限ってねえぞ。それどころか私が付いてないとダメみたいな雰囲気を出してやがる。どんだけ愛されてるんだ、おまえは。
「うわ、すごい。こんなところにも隠してる」
「ちょっと、冷やし中華とか出てきたんだけど、いつのよコレ」
「ほおぉぉぉぉー!」
気付いたら半裸に剥かれてやがる。おい、少し刺激が強いんじゃねえか、まだ昼間だぞ?
あとな、双葉。興味があるのはわかるが鼻息が荒過ぎだ。少しは落ち着けよ。
親父としては、興奮してる理由が半裸のこいつなのか、どこに隠し持ってたかわからねえもんをどんどん見つけ出されてるこいつなのか、どっちか聞いときてえけどよ。
ため息をつきつつ、別のボックス席を見やると御船さんが一人占いをしているのか?タロットカードをテーブルに広げていた。
「御船さん、それは…?」
気付いた東郷さんが尋ねる。
「……私たちの事です」
答える御船さんに、全員手を止める。そんなこと言われたら流石に気になるらしい。みんなして御船さんが広げたカードに視線を向けた。
御船さんがカードをめくる。俺でも知ってる奴だ、確か塔だったか?
「うっわ」
杏ちゃんが思わずって感じで呻く。確か塔のアルカナってやつは、あんま良くないんだよな。いや、最悪だったか?
「ふっふ、安心してください。これ、逆位置なんです」
そういって御船さんが説明を始める。
「塔の逆位置の解釈、この場合は『崩壊』『再生』、そして『開始』です。……一度関係が壊されて、それでも傷が癒され、その結果、新しい可能性や道が見つかる。ふふ、私たちらしいと思いませんか?」
笑顔が広がる。俺はその様を見て思った。今日集まったこの人たちは、ほんとにいい女たちだ。若葉にだって負けてねえ。
そんな女を九人も独占しやがって。おまえ、金髪の坊主に恨まれるんじゃねーか?
半裸に剥かれてまだのびてるこいつを眺めながら、そんなことを思う。
まてよ? その9人に双葉も含まれてることを若葉に報告してねえな。
おい、今年の墓参りちゃんと時期合わせて帰って来いよ?
そんで若葉には、おまえから説明しろ。あいつ怒ると手が付けられねぇからな。
まあ、それでも。おまえなら、なんとかしちまうんだろうけどよ。