怪盗はチョコが欲しい   作:エンピII

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怪盗は恋愛のチョコが欲しい

 ―――みんなも彼と付き合っていたの? 他にもいたし、川上先生もいたよね。驚いたよ。

 

 怪盗団のみんな、真に、双葉に、春に、三人に向けたチャットを途中まで打ち込んでから、結局消してしまった。

 そのあとに、なんて聞けばいいかわからない。答えも……聞きたくない。

 

 待ち受け画面に表示されているのは、真っ赤なバラの花束を、両手に持った私。

 彼にプレゼントされ、彼に撮ってもらった。

 本当にびっくりした。まさか、そんな恋愛映画のようなことを、いきなりされるとは思わなかった。

 

 どこに隠し持っていたの? そんな大きな花束、もっていなかったよね?

 

 聞きたいことはいろいろあったのに、うれしくて、うれしくて、何かに残しておきたくて、彼に向かって笑顔を向けて、撮ってもらった。

 我ながらいい笑顔をしている、このまま雑誌の表紙を飾れそうだ。

 

 スマホをおいて、ベッドに倒れこむ。

 ちらりと視線を机に向けた。きれいにラッピングされたチョコレートが、ぽつんとおいてある。

 彼にもう少しで逢える、そうワクワクしながら選んだ。

 甘いの結構平気で食べるし、ビターじゃなくてもいいよね?ラッピングもどれにしよう?彼が受け取った時に、似合う色にしよう。

 悩みに悩みぬいて、選びぬいたチョコレート。

 チョコを渡したら、どんな顔をするかな?そんなことばかり考えていた。

 

 初めて何かをプレゼントしたのは、修学旅行のハワイ。

 二人っきりで夕焼けをみながら、待ち合わせの直前に買ったメネフネチェーンを渡したとき、ずいぶんきょとんとしていた。

 私にはちょくちょく色々なものをくれるくせに、自分が何かもらうことが信じられないといった顔だった。

 プレゼントだとわかるとすごい嬉しそうで、それが今まで見たことないあどけない表情で、こんな顔もするんだなーって思った。

 たぶん彼のこの貴重な顔を、見たことあるのは私だけなんだろうなって思って、うれしくなった。

 

「……でも、私だけじゃないんだね」

 

 好きだっていっていたのに。またハワイに、二人で行こうって約束してたのに。

 裏切られた、嘘つかれた、みんなとも、たぶんだけど、付き合っていた。

 

 スマホが鳴った。メッセージだ。

 誰だろう? 真たちかな。

 私が送ろうとしたように、彼とのことを尋ねてきたのかもしれない。

 なんて答えればいいのかな、付き合ってるの?なんて尋ねられたら、たぶん私は何も答えられない。

 

 恐る恐る確認する。真たちではなかった。思ってもいなかった人物からだった。でも、当然かもしれない。今の今まで連絡ないほうがおかしいくらいだと思う。

 彼だ。

 文面は一言だけ。

 

 ―――井の頭公園に来てほしい

 

「……それだけ?」

 

 まずここは、ごめん、とか、誤解なんだ、とか、許してほしい、とか、そういうのから始まるものじゃないのかな。

 ふつう浮気がばれた彼氏は、そこから始めるんじゃないのかな。

 そんなことを思ったけれど、彼にふつうが当て嵌まるのかと思うと、そうじゃないだろうなと納得もする。

 

 聞きたいことは沢山ある。逢って直接話を聞きたい。もしかしたらマスターが言ってたように、全部私の勘違いなのかもしれない。

 動悸が激しくなる。誤解かもしれないなんて、思っただけでうれしくなっている。

 

 そんなわけないのに。

 

 真は怒っていた。春は笑っていたけど、すごい怒ってた。双葉なんて、泣いてもいた。

 みんなの顔を思い出すと、私だけが特別ではないって思い知らされた。

 震える指で、ゆっくりと返信する。

 

 ―――行かない

 

 返事はすぐに来た。

 

 ―――待っている

 ―――行かないって、言ったよね? デートしたいなら他の人誘ってよ、いっぱい居るんでしょう?

 

 そこまで返信して、スマホをベッドに放り投げた。

 

 彼はいつもこうだ。グループチャットでも一言二言しか言わないし、というかいつも一言だ。

 集まろう、とか、そうだ、とか、もう単語って言ってもいい気がする。メッセージの返信も遅いし。こっちが、どれだけやきもきしながら返事を待っていると思っているんだ。少しは思い知ればいい。

 ベッドに投げたスマホを見る。それっきり連絡はない。

 諦めたのだろうか? それならそれでいい、あんな股がけ男、こっちから願い下げだ。

 そんなことを思っているのに。

 

「ああ、もうっ!」

 

 結局急いで身支度を整えて、私は部屋から出ていた。

 

 

 

 

 

 

 井の頭公園のボート乗り場付近、いつもの場所に彼は居た。遠目からでも、少し猫背ぎみの立ち方で彼だとすぐに分かる。 

 行かないって言っているのに、なんで待っているんだろう。

 

「いかないって、いったよね!?」

 

 思わず駆けていって、詰め寄った。

 彼が私の声に振り向くと、ずいぶんとキョトンとしている。伊達メガネと伸びた前髪に隠れた瞳が、でも、きてるよね?って言ってるようで、悔しくなる。

 表情の変化も少なくて、口数も少ない。彼のことがわかっていると自信をもって言えるようになったのは、付き合い始めてどれくらいたってからだろう。

 全部が終わって、もう隠れなくていいんだから、そのメガネやめればいいのに。前髪だってもう少しなんとかすればいいのに。そうすれば、キミのこと、もっとわかるのに。

 

 ああ、もう。

 

 さっきまであんなに悩んでいたのに、苦しんでいたのに。

 彼と数か月ぶりに、二人きりということに、喜んでいる。喜んでしまっている。

 気づかれませんように。

 そう祈りながら、できるだけ、険悪な声で尋ねる。

 

「それで、何のよう?」

 

 こんな態度、付き合い始めてから、一度も取ったことない。それくらい、険のある言い方ができたはずだ。演技に自信はないけど、これは演技というわけでもない。会えてうれしいと思う心と同じくらい、彼を否定する心もあった。

 なんでも見通しそうな瞳が、まっすぐ見つめてくる。私の心の動揺なんてお構いなしに、ゆっくり唇が動いていく。

 ああ、きれいな唇だ。怒っているのに、彼の小さな動きにも目が奪われる。

 でも彼の言葉は、私の想像外だった。

 

「チョコが欲しい」

 

 待って。キミは今、なんていったの?

 聞き間違いかもしれない。だって君は、いろいろな人と付き合っていたこと、私にバレたばかりなんだよ? あやまるでも、誤解を解こうとするでもなく、なんで最初に言えることが、それなの?

 

「……バカにしてるの?」

「していない」

「私がどんな気持ちか、解かって言っているの?」

「わかっている」

 

 少しも動じてない。いつもの、私が知ってる彼のそのものの、冷静沈着なんて言葉がぴったりの、いつものキミ。

 こんなことになっているのに、まるで変わらない彼に、感情が爆発した。

 

「ふざけないで! なんで、なんでそんないつも通りなの!? 真たちとも、川上先生とだって付き合っていたんでしょう!?」

 

 ああ、だめだ。涙が出てくる。

 

「真も春も怒ってた! 双葉は泣いてた! 当然だよね!? みんなずっと君に会いたくて頑張ってきたのに、ようやく逢えたのに! こんなことになるなら逢えない方がよかった! 知らない方がよかったよ!」

 

 悔しい。声に嗚咽が混じってる。格好悪い。ミカならこんな時でも落ち着いていられそうなのに。

 

「私に隠れて、ずっと浮気してたんでしょう!? それとも私が浮気だったの!?」

「―――違う」

 

 黙って私の言葉を聞いていた彼が否定する。

 何が違うの?

 そう聞きたいのに、声が掠れて言葉にならない。涙をぬぐう私の手を、彼が取る。そのまま抱き寄せられた。

 押しのよけようとするけど、しっかり抱きしめられて、離れようとしない。

 こんな状況なのに。怒っていて悔しくて悲しくて、いろいろな感情がぐるぐるしてるのに。

 抱きしめられて、私の心はこんなにも……喜んでしまっている。

 

「好きだ」

 

 今はそんなこと言われたくない。

 

「好きだ」

 

 聞きたくない。もうだまされたくない。

 

「好きだ」

 

 やめて。ここ、公園だよ? 他にも人がいるんだよ?

 

 

「かまわない」

 

 私はかまう。離して。

 

「絶対に離さない」

 

 ……キミ、こんなに強引だったっけ?

 

「もう離さないって決めたから」

 

 彼の言葉がストンと、私の心の内に入ってくる。

 

 ああ、そうか。

 

 私が浮気だなんだって怒っているのに。彼に逢えただけで、抱き締められただけで嬉しくなってしまう理由。

 心の表面の、理性的な部分で怒ってはいても、もっと深いところの大事な部分は、もうだいぶ前から、この怪盗に盗まれてしまっているからなんだ。

 

 

 

 

 

 

 私はしばらく泣いていたんだと思う。どれくらい、彼に抱き締められていたかはあまり覚えてない。長かったのか、短かったのか。それでも私が少し落ち着くには十分な時間は経っていた。

 少し落ち着けば、多少は冷静にもなる。まだ人目もある時間だと思い出す。

 

「ちょ、離してって!」

「離さないって、いった」

「そういうことじゃない! 殺す気か!」

 

 強引に、無理やり引き離す。彼は少し呆然としている。両腕が私を抱きしめていた時のままの形をしているのが少し可笑しい。

 幸いに遠目に人影はあっても、近くに人は居ない。誰にも見られてはないはずだ、たぶんだけど。私は彼から少しだけ距離を取ってから、大きく息を吐いて、吸って、もう一度吐いた。

 これだけは確認しとかないといけない。

 

「真たちとも、付き合っているんだよね?」

 

 彼は動揺もしていないし、後ろめたさなんてものも、感じられない。私の目を見て、はっきり答えた。

 

「ああ」

「私とは、遊びだった?」

「違う。絶対に、違う」

「じゃあ、真たちが遊び?」

「それも違う」

「……そっか」

 

 なんで、彼はこんなに堂々としているんだろう。開き直ってるっていうのも違う気がする。なんだろう、この感じ。前にもこんな彼を見たことがある。

 思い出した。あの時だ。あの神様を名乗るやつに、勝てなくて逃げだした相手に、もう一度立ち向かう勇気をくれたあのときと、今の彼は一緒なんだ。

 

「っぷ、あははは!」

 

 思わず吹き出してしまう。私たちに、どれだけ覚悟を決めてきているの、キミは。

 

「……本気なんだね?」

 

 彼が頷く。

 本気で私たちみんな、全部まとめて、手に入れるつもりなんだね。どんだけだと思う。

 思うけど、私はカバンを開いて、部屋を出る直前に、迷いながらも、結局は押し込んでいたチョコを取り出して、彼に差し出した。

 

「……チョコ、あげる」

 

 受け取った彼に、重いでしょう? って笑った。

 

「これから、みんなに会いに行くの?」

 

 頷く彼に、私も頷き返す。

 許したわけじゃないし、これからどうなるかもわからない。

 でもわかっている、私は彼から離れられないし、彼も離しはしない。

 

「全部おわったらさ。みんなのこと、私にも紹介してよ。……たぶん、長いお付き合いになると思うし」

 

 私の言葉に、彼は少しだけ驚いた顔をしてから、ゆっくりと微笑んだ。

 

「連絡する」

 

 そんな彼の笑顔を見ながら、我ながらチョロイなー、なんて思いながら、私も彼に笑顔で頷いていた。

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