怪盗はチョコが欲しい   作:エンピII

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怪盗は悪魔のチョコが欲しい

「ララちゃ~ん! おかわり! おかわりぃ~」

「……ずいぶんペース早いわねぇ。あの子に会ってきたんじゃないの?」

「いいからぁ~。おかわりちょぉだ~い」

 

 ハイハイと言いながらもララちゃんは、重りでも仕込んでるんじゃないの? ってくらいにゆっくりしている。そういうところはカタツムリじゃなくていいんだよ。

 

「ぷはぁ~!」

 

 ガンッ! と残っていた酒を一息に飲み干してて、グラスをカウンターに叩きつけてやる。ほらほら、催促してるんだから、はやくはやくぅー。

 

「……良い飲み方じゃないわねぇ。彼と何かあったの?」

「うるさい。ララちゃんには関係ないだろうぉ!」

 

 本当は、それほど酔ってない。酔うフリでもして、無理やりにでも酔った気にならないと、やってられないだけ。

 

「……まあ、いいけどね。あの子も出てきたのなら顔くらい見せればいいの―――っと、噂をすれば影ね」

 

 心臓が跳ね上がる。

 扉が開いた音がした。背中を向けてるけど、誰が来たかなんて、ララちゃんの反応でわかる。

 なんだよ、なんでアタシのところなんかにくるんだよ。

 無理やりに、しかめっ面を笑顔にして振り返った。

 

「やっほ! 来たね来たね!」

 

 アタシの隣のカウンターに腰掛けた彼がララちゃんに、お久しぶりです、なんて挨拶するのを頬杖を突きながら眺める。前髪でわかりづらいけど、やっぱ端正な顔つきしてるわ。横顔からでも、なんていうんだ、魔性の男?そんな魅力があふれ出てる。

 そりゃモテるわー、とララちゃんに挨拶を終えてアタシに向き直る彼を見つめる。

 まったく、班目のところで初めて話したときは、普通の冴えない高校生だった癖に。誰のせいだ、誰の。

 

「ララちゃん、今日は出所祝いだ! アタシのボトルあけろぉ!」

 

 陽気に頼むけど、相変わらずの無言の圧力。

 わかった、諦めるから、その大きな顔で睨むのはやめて。

 しかし、なんて切り出したものか。彼から言うのを待つべきか。いやでも、高校生に言わせるのは少し酷だよなー。

 そんなことを考えてると、ララちゃんが小さなため息をついた。

 

「……今日は、他にお客も居ないし、早じまいしましょうか」

 

 ララちゃんがカウンターから出て、入り口の扉に向かう。

 気を使ってくれている。さすがにアタシたちの微妙な雰囲気を察したらしい。すれ違う時に小さくありがとうってお礼を言うと、あんま遅くまで付き合わせるんじゃないわよって釘を刺された。

 わかってるよ。そんなに時間のかかる話じゃない。

 ララちゃんが奥に引っ込むの見送ってから、笑顔を向けて彼に向き直る。

 

「おつとめご苦労様!会いに来てくれてうれしいよ!」

 

 別れ話なんて、そう時間をかけるもんでもないし。

 

 

 

 

 

 

「奥村のご令嬢に、一時期話題になった八百長棋―――今は違うみたいだけどね、その東郷一二三。最近人気のモデル、高巻杏。あそこに居たのでアタシの知ってるのはこれくらいかな? ふふ、どうどう? 驚いた? あの時ちゃんとチェックしといたんだよ」

 

 ことさら明るく話を続ける。

 

「まったく、酉の市でキミとご令嬢に会った時にさ、取材拒否だぁーなんて言ってたけど、やっぱ付き合ってたんじゃん。それに高巻杏はともかく、東郷一二三は学校もちがうでしょう? 一体どこで出会ったの?」

 

 ねね、その辺取材させてよって彼の脇を肘でつつく。

 

「次の特集でさ。怪盗団リーダーと思われる少年に魅せられた女たち! ってドドンって見出しを付けてシリーズ化するの。どう? どう? 売れると思わない?」

 

 少し困った顔を彼はした。

 冗談だって、安心しなよ。そんな記事、書くわけないだろう?

 

「少し、調べたんだ」

 

 あの後気になって、名前がわかる子たちのことを調べてみた。

 そうしたら、思ってないもないところからキミの存在を示す記事が出てきた。

 高巻杏が特集されてた記事に、自分にとっての光だと語る二人の友達の話があった。

 東郷一二三が年明けに受けたインタビューで、八百長棋士を脱せたのは、献身的に支えてくれた人がいたからだって語ってた。

 

「両方、キミなんだろう?」

 

 それくらいの記事、この稼業やっていればすぐに見つかる。

 

「……みんなキミを助け出したくて、必死に動いてたんだよ」

 

 本当に、キミを助け出すために、たくさんの人が動いていた。

 まるで関係なさそうな医学界、それも新薬のレポートに、被験者としてキミの名前が出ていた。その被験者のおかげで薬が完成され、多くの人を救うだろうとも。

 会長が逮捕されたばかりのセミナー関係者が、キミは無実だって、警察に抗議をしたなんて話も聞いた。

 他にもたくさん、でるわでるわ、芋づる式に。

 そのいくつかは、あの場に集まっていた彼女たちの仕業。きっとそうだと思う。

 

「……良い子ばかりだね」

 

 彼が頷くのが見えた。

 ちゃんとお礼言ってあげなよ? ただでさえキミ、バレンタインにあんな事件起こしちゃったんだから、って笑い飛ばす。

 言いたくはないけど、アタシはその記事を調べるうちに、敵わないなって思ったんだ。

 だってキミは、あんなにたくさんの人から愛されているんだから。

 

「……大丈夫。アタシは怒ってなんかないよ」

 

 言いづらいだろうし、アタシから切り出してあげる。キミが何の話をしたくてここに来たかなんて、わかるんだよ。

 

「最初にいったろ? キミに捨てられるまで付き合ってあげるって」

 

 まったく、高校生の子と付き合うなんて初めての経験だから、別れ話の振り方にだって気を遣う。

 

「楽しかったよ、これはほんとう。アタシの家でゴロゴロしたりさ。観覧車にも乗ったろう? あの時もらった万年筆、ありがとうね、大事に使ってる。ふふ、キミの部屋に押し掛けたこともあったよね。人がドキドキしてるのに、気楽でいいなんて軽く言ってくれちゃって」

 

 本当に、楽しかった。恋人らしいことがいっぱいできた。それでもう十分。

 アタシなんかのためにこれ以上キミの大事な未来を、使う必要なんてないんだよ。

 

「キミの未来なんてさ、まぶしすぎてお姉さん遠慮しちゃう。だからさ、これで―――」

 

 終わりにしようって続けようとして、彼の言葉に遮られた。

 

「―――ふざけるな」

 

 今まで見たことない表情をしてる。はっきりと、怒っているってわかる。

 なんだよ、なんでキミが怒るんだよ。

 

「簡単に、あきらめるな」

 

 何言ってるんだよ。そもそも浮気をしてたのはキミだろう? なんでそれが諦めるなとか言えるんだよ。

 

「じゃあ、アタシが諦めなければ、キミは他の子と別れるって言うのかよ」

 

 イラつく。

 せっかく綺麗に終わらせようって、いい思い出にしようっていってるのに。

 

「別れない」

 

 ほらみろ、あんな可愛い子達とアタシとじゃ、秤にすらかけないだろう。

 

「一子とも別れない」

「はあ!?」

 

 何言ってるんだ、こいつ。あの子達とも別れない、アタシとも別れない。ないないばかりで、ただの我儘じゃないか。

 

「……そういうの、女を馬鹿にしてるっていうんだよ」

「記事を読んだ」

 

 答えろよ、話を逸らすな。

 って記事? もしかしてアタシが書いたキミの前歴の記事の事?

 

「なんで人のことばかりで、一子が書いてくれた記事について触れなかった? 特集、組んでくれてたじゃないか。たくさんの証言を集めてくれてたじゃないか」

 

 そうだよ。アタシだってキミを助けたかった。

 

「一年も前の事件の証言を集めるなんて、大変だったはずだ」

 

 大変だった。キミの傷害事件は夜だったし、そもそも見てる人が少なかった。見ていても、口止めされていた。

 だから足で稼いだ。現場に何度も通って、その通りを使う人片っ端から声かけて。疎まれてもなんでも、証言を引き出したかった。

 キミの無実を証明してやりたかった。

 

「諦めないでくれたから記事にできた。そう思った」

 

 そうだよ、何度も無理だと思ったけど、またキミに逢いたくて、そうやって記事にしたんだよ。

 

「だから、諦めない。俺も」

 

 立ち上がって、アタシに右手を差し出す。何かを乞うように。

 

「チョコが欲しい」

 

 

 

 

 

 

「……今日キミってさ、何しに来たの?」

「チョコを貰いに来た」

「別れ話しにきたんじゃないの?」

「するわけがない」

「チョコが欲しいって、あんだけ股がけしてて、貰えると思っているの?」

「諦めない」

「……キミって、そんなバカだった?」

 

 お、ちょっとショック受けてる。いや、さすがにそこはバカって思われても仕方ないだろう。

 

「はぁ~、なんかドッと疲れたわぁー」

 

 必死に助け出して、その結果があのバレンタインで?

 せめて大人らしく格好つけて身を引こうとしたら、年下に怒られて?

 それでその子は自分が股がけしておいて、チョコが欲しいって?

 なんだ、この茶番。

 

「……まあ、持ってはいるけどね」

 

 ポーチから取り出す。あんな事になって、自分で食べちゃおうとか思ったけど、結局そのままにしてた。

 彼に向かって差し出して、受け取ろうとした瞬間に手元に引き戻してやる。

 

「これ、受け取ったら後戻りできないよ?」

「するつもりなんてない」

「他の子が居たって遠慮しないぞ?」

「ドンとこい」

「なんでそんなにアタシのチョコが欲しいの?」

「一子が好きだから」

「……だからそう、まっすぐに言われるのに弱いんだって」

 

 でも、他の子にも言うんだろう? って続けると急に黙る。

 おいコラ、都合が悪いと黙秘か。

 まったく、本当に。嘘だけは言わないなー、キミは。

 誤魔化して取り繕えば、もっとうまくやれるだろうに。

 騙すつもりでやれば、もっと簡単だろうに。

 キミならそういう事だって出来るだろうに。

 まっ、だから信じてやるよ。

 

「それ限定の高いやつ。わざわざ並んだんだからね」

 

 今度こそちゃんと渡してあげる。

 まったく、嬉しそうにしちゃって。別れる決心までしてたっていうのに、アタシだけバカみたいじゃん。

 

「……もう大丈夫だよ。早く他の子達のところにも行ってあげな」

 

 アタシの言葉に彼が頷く。本当に嘘は言わないし、正直だ。だから少し大人の余裕を見せてあげよう。

 

「振り回されっぱなしなのもシャクだなー? ……見てろよ、アタシのこと忘れらんないようにしてあげるからさ」

 

 そう言ってやると、彼はとびっきりの笑顔でカウンターを返してきた。

 

「もう忘れられないよ」

 

 だ、だから、そういうまっすぐなのに弱いんだってば。

 狼狽えさせるつもりがこっちが狼狽えてしまう。

 

「まったく、すっかり酔いが醒めちゃったじゃないか。……全部終わったらさ、一杯付き合ってよ?」

 

 アタシの誘いに、成人まで待てって真面目な顔で言う。簡単に未来の約束なんてしてくれちゃって。

 いいよ、ちゃんと待っててあげる。だからキミも早く大人になるんだよ。

 そう笑って彼を見送った。

 

 後で別れたいなんて言っても聞いてやらないからな! 覚悟しとけよー!。

 

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