「ララちゃ~ん! おかわり! おかわりぃ~」
「……ずいぶんペース早いわねぇ。あの子に会ってきたんじゃないの?」
「いいからぁ~。おかわりちょぉだ~い」
ハイハイと言いながらもララちゃんは、重りでも仕込んでるんじゃないの? ってくらいにゆっくりしている。そういうところはカタツムリじゃなくていいんだよ。
「ぷはぁ~!」
ガンッ! と残っていた酒を一息に飲み干してて、グラスをカウンターに叩きつけてやる。ほらほら、催促してるんだから、はやくはやくぅー。
「……良い飲み方じゃないわねぇ。彼と何かあったの?」
「うるさい。ララちゃんには関係ないだろうぉ!」
本当は、それほど酔ってない。酔うフリでもして、無理やりにでも酔った気にならないと、やってられないだけ。
「……まあ、いいけどね。あの子も出てきたのなら顔くらい見せればいいの―――っと、噂をすれば影ね」
心臓が跳ね上がる。
扉が開いた音がした。背中を向けてるけど、誰が来たかなんて、ララちゃんの反応でわかる。
なんだよ、なんでアタシのところなんかにくるんだよ。
無理やりに、しかめっ面を笑顔にして振り返った。
「やっほ! 来たね来たね!」
アタシの隣のカウンターに腰掛けた彼がララちゃんに、お久しぶりです、なんて挨拶するのを頬杖を突きながら眺める。前髪でわかりづらいけど、やっぱ端正な顔つきしてるわ。横顔からでも、なんていうんだ、魔性の男?そんな魅力があふれ出てる。
そりゃモテるわー、とララちゃんに挨拶を終えてアタシに向き直る彼を見つめる。
まったく、班目のところで初めて話したときは、普通の冴えない高校生だった癖に。誰のせいだ、誰の。
「ララちゃん、今日は出所祝いだ! アタシのボトルあけろぉ!」
陽気に頼むけど、相変わらずの無言の圧力。
わかった、諦めるから、その大きな顔で睨むのはやめて。
しかし、なんて切り出したものか。彼から言うのを待つべきか。いやでも、高校生に言わせるのは少し酷だよなー。
そんなことを考えてると、ララちゃんが小さなため息をついた。
「……今日は、他にお客も居ないし、早じまいしましょうか」
ララちゃんがカウンターから出て、入り口の扉に向かう。
気を使ってくれている。さすがにアタシたちの微妙な雰囲気を察したらしい。すれ違う時に小さくありがとうってお礼を言うと、あんま遅くまで付き合わせるんじゃないわよって釘を刺された。
わかってるよ。そんなに時間のかかる話じゃない。
ララちゃんが奥に引っ込むの見送ってから、笑顔を向けて彼に向き直る。
「おつとめご苦労様!会いに来てくれてうれしいよ!」
別れ話なんて、そう時間をかけるもんでもないし。
◆
「奥村のご令嬢に、一時期話題になった八百長棋―――今は違うみたいだけどね、その東郷一二三。最近人気のモデル、高巻杏。あそこに居たのでアタシの知ってるのはこれくらいかな? ふふ、どうどう? 驚いた? あの時ちゃんとチェックしといたんだよ」
ことさら明るく話を続ける。
「まったく、酉の市でキミとご令嬢に会った時にさ、取材拒否だぁーなんて言ってたけど、やっぱ付き合ってたんじゃん。それに高巻杏はともかく、東郷一二三は学校もちがうでしょう? 一体どこで出会ったの?」
ねね、その辺取材させてよって彼の脇を肘でつつく。
「次の特集でさ。怪盗団リーダーと思われる少年に魅せられた女たち! ってドドンって見出しを付けてシリーズ化するの。どう? どう? 売れると思わない?」
少し困った顔を彼はした。
冗談だって、安心しなよ。そんな記事、書くわけないだろう?
「少し、調べたんだ」
あの後気になって、名前がわかる子たちのことを調べてみた。
そうしたら、思ってないもないところからキミの存在を示す記事が出てきた。
高巻杏が特集されてた記事に、自分にとっての光だと語る二人の友達の話があった。
東郷一二三が年明けに受けたインタビューで、八百長棋士を脱せたのは、献身的に支えてくれた人がいたからだって語ってた。
「両方、キミなんだろう?」
それくらいの記事、この稼業やっていればすぐに見つかる。
「……みんなキミを助け出したくて、必死に動いてたんだよ」
本当に、キミを助け出すために、たくさんの人が動いていた。
まるで関係なさそうな医学界、それも新薬のレポートに、被験者としてキミの名前が出ていた。その被験者のおかげで薬が完成され、多くの人を救うだろうとも。
会長が逮捕されたばかりのセミナー関係者が、キミは無実だって、警察に抗議をしたなんて話も聞いた。
他にもたくさん、でるわでるわ、芋づる式に。
そのいくつかは、あの場に集まっていた彼女たちの仕業。きっとそうだと思う。
「……良い子ばかりだね」
彼が頷くのが見えた。
ちゃんとお礼言ってあげなよ? ただでさえキミ、バレンタインにあんな事件起こしちゃったんだから、って笑い飛ばす。
言いたくはないけど、アタシはその記事を調べるうちに、敵わないなって思ったんだ。
だってキミは、あんなにたくさんの人から愛されているんだから。
「……大丈夫。アタシは怒ってなんかないよ」
言いづらいだろうし、アタシから切り出してあげる。キミが何の話をしたくてここに来たかなんて、わかるんだよ。
「最初にいったろ? キミに捨てられるまで付き合ってあげるって」
まったく、高校生の子と付き合うなんて初めての経験だから、別れ話の振り方にだって気を遣う。
「楽しかったよ、これはほんとう。アタシの家でゴロゴロしたりさ。観覧車にも乗ったろう? あの時もらった万年筆、ありがとうね、大事に使ってる。ふふ、キミの部屋に押し掛けたこともあったよね。人がドキドキしてるのに、気楽でいいなんて軽く言ってくれちゃって」
本当に、楽しかった。恋人らしいことがいっぱいできた。それでもう十分。
アタシなんかのためにこれ以上キミの大事な未来を、使う必要なんてないんだよ。
「キミの未来なんてさ、まぶしすぎてお姉さん遠慮しちゃう。だからさ、これで―――」
終わりにしようって続けようとして、彼の言葉に遮られた。
「―――ふざけるな」
今まで見たことない表情をしてる。はっきりと、怒っているってわかる。
なんだよ、なんでキミが怒るんだよ。
「簡単に、あきらめるな」
何言ってるんだよ。そもそも浮気をしてたのはキミだろう? なんでそれが諦めるなとか言えるんだよ。
「じゃあ、アタシが諦めなければ、キミは他の子と別れるって言うのかよ」
イラつく。
せっかく綺麗に終わらせようって、いい思い出にしようっていってるのに。
「別れない」
ほらみろ、あんな可愛い子達とアタシとじゃ、秤にすらかけないだろう。
「一子とも別れない」
「はあ!?」
何言ってるんだ、こいつ。あの子達とも別れない、アタシとも別れない。ないないばかりで、ただの我儘じゃないか。
「……そういうの、女を馬鹿にしてるっていうんだよ」
「記事を読んだ」
答えろよ、話を逸らすな。
って記事? もしかしてアタシが書いたキミの前歴の記事の事?
「なんで人のことばかりで、一子が書いてくれた記事について触れなかった? 特集、組んでくれてたじゃないか。たくさんの証言を集めてくれてたじゃないか」
そうだよ。アタシだってキミを助けたかった。
「一年も前の事件の証言を集めるなんて、大変だったはずだ」
大変だった。キミの傷害事件は夜だったし、そもそも見てる人が少なかった。見ていても、口止めされていた。
だから足で稼いだ。現場に何度も通って、その通りを使う人片っ端から声かけて。疎まれてもなんでも、証言を引き出したかった。
キミの無実を証明してやりたかった。
「諦めないでくれたから記事にできた。そう思った」
そうだよ、何度も無理だと思ったけど、またキミに逢いたくて、そうやって記事にしたんだよ。
「だから、諦めない。俺も」
立ち上がって、アタシに右手を差し出す。何かを乞うように。
「チョコが欲しい」
◆
「……今日キミってさ、何しに来たの?」
「チョコを貰いに来た」
「別れ話しにきたんじゃないの?」
「するわけがない」
「チョコが欲しいって、あんだけ股がけしてて、貰えると思っているの?」
「諦めない」
「……キミって、そんなバカだった?」
お、ちょっとショック受けてる。いや、さすがにそこはバカって思われても仕方ないだろう。
「はぁ~、なんかドッと疲れたわぁー」
必死に助け出して、その結果があのバレンタインで?
せめて大人らしく格好つけて身を引こうとしたら、年下に怒られて?
それでその子は自分が股がけしておいて、チョコが欲しいって?
なんだ、この茶番。
「……まあ、持ってはいるけどね」
ポーチから取り出す。あんな事になって、自分で食べちゃおうとか思ったけど、結局そのままにしてた。
彼に向かって差し出して、受け取ろうとした瞬間に手元に引き戻してやる。
「これ、受け取ったら後戻りできないよ?」
「するつもりなんてない」
「他の子が居たって遠慮しないぞ?」
「ドンとこい」
「なんでそんなにアタシのチョコが欲しいの?」
「一子が好きだから」
「……だからそう、まっすぐに言われるのに弱いんだって」
でも、他の子にも言うんだろう? って続けると急に黙る。
おいコラ、都合が悪いと黙秘か。
まったく、本当に。嘘だけは言わないなー、キミは。
誤魔化して取り繕えば、もっとうまくやれるだろうに。
騙すつもりでやれば、もっと簡単だろうに。
キミならそういう事だって出来るだろうに。
まっ、だから信じてやるよ。
「それ限定の高いやつ。わざわざ並んだんだからね」
今度こそちゃんと渡してあげる。
まったく、嬉しそうにしちゃって。別れる決心までしてたっていうのに、アタシだけバカみたいじゃん。
「……もう大丈夫だよ。早く他の子達のところにも行ってあげな」
アタシの言葉に彼が頷く。本当に嘘は言わないし、正直だ。だから少し大人の余裕を見せてあげよう。
「振り回されっぱなしなのもシャクだなー? ……見てろよ、アタシのこと忘れらんないようにしてあげるからさ」
そう言ってやると、彼はとびっきりの笑顔でカウンターを返してきた。
「もう忘れられないよ」
だ、だから、そういうまっすぐなのに弱いんだってば。
狼狽えさせるつもりがこっちが狼狽えてしまう。
「まったく、すっかり酔いが醒めちゃったじゃないか。……全部終わったらさ、一杯付き合ってよ?」
アタシの誘いに、成人まで待てって真面目な顔で言う。簡単に未来の約束なんてしてくれちゃって。
いいよ、ちゃんと待っててあげる。だからキミも早く大人になるんだよ。
そう笑って彼を見送った。
後で別れたいなんて言っても聞いてやらないからな! 覚悟しとけよー!。