怪盗はチョコが欲しい   作:エンピII

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怪盗は女帝のチョコが欲しい

もうそろそろ屋上のプランターを片付けないと。

そんな事を考えていたのに、屋上につくと自然に土いじりを始めていた。

たぶん、土いじりしてれば、彼の事を考えないで済むと思ったから。

バレンタインの事、思い出さないで済むと思ったから。

 

「……いやだな」

 

 嫌な事が忘れられるからと始めた土いじりで、彼の事を忘れようとしている。

 彼と一緒に過ごした屋上で、彼の事を忘れようとしている。

 少し汚れてしまった膝元を払いながら立ち上がる。

 彼を想う事を、嫌なことなんて考えてしまった自分が嫌。

 バレンタインの時、ちゃんと話を聞かないで、怒って出てきちゃった自分が嫌。

 

 だって彼は、私の話を聞いてくれてたのに。

 いつだって、相談に乗ってくれてたのに。

 色々なところに、私の知らないところに連れて行ってくれたのに。

 たくさんの事、教えてくれたのに。

 イブを、一緒に過ごしてくれたのに。

 

 嫌なことなんて、一つも無かったのに。

 

「―――うん、そうだよね」

 

 心の中に今もいる、アスタルテがはっきり言ってる。

 

 私は彼が好き。

 

 普段の彼が好き。

 モナちゃんを連れて、猫背気味に歩くところが可愛く思う。

 プランターのお世話をしてくれているときの、指先の動き一つに見惚れてしまう。

 体は細いのに、男の子らしくたくさん食べるところも見ていて気持ちいい。

 

 ジョーカーの仮面を被った彼が好き。

 どんな強敵相手にも笑みを浮かべる彼は、とても格好いいと思う。

 私たちに短く的確に指示をする声に、聞き惚れてしまう。

 怪盗ということヒーローということに、揺るがない信念をもっていることに憧れてしまう。

 

「……ふふ」

 

 浮気をしていたのは、たぶん、間違いないだと思う。

 マコちゃんたちからしたら、きっと私が浮気相手になるんだろうな。

 

 だからって彼の事を、急に嫌いになんてなれない。

 話をしよう。ううん。彼の、話を聞こう。

 いつも彼が、私にしてくれたみたいに。

 

 そう決意すると、背中を向けた屋上の扉が開かれる音が聞こえた。ここに訪れる人なんて一人に決まってる。

 だから私は振り返って微笑む。

 

「あら、こんにちは」

 

 

 

 

 

 

「……今回はトマトを植えてみたの」

 

 私の言葉に彼が頷いて、プランターの前にしゃがみ込む。私も彼の隣に座って、二人で一緒に世話を始めた。

 風とかで痛まないように支柱を立ててあげて、紐でゆるく苗を結んでおく。

 何度も一緒に育ててきたし、彼も手慣れたもの。手際なんて私よりいいくらい。

 だから手を動かしながらでも、お話するくらいの余裕はあるよね。

 

 

「バレンタインの事だよね?」

 

 私の言葉に彼が頷く。

 

「……みんなとも付き合っていたんだよね」

「ああ」

 

 短く、そしてはっきりと答える彼の言葉に、覚悟していてもやっぱりショックを受ける。

 悲しいとか、悔しいとか、そういう気持ちがこみ上げてくるけど、それでも笑顔で彼に向き直る。

 

「今日は私に、あなたの話をきかせて?」

 

 彼が短く頷く。話をしにきたんだし、当然だよね。でも私は彼が口を開くのを人差し指を立てて止めてみせる。

 

「聞きたいのはバレンタインの時の事じゃないの」

 

 彼が少し話が見えないみたいな顔をした。こういう時だけ、ちょっと困惑したときにする表情に、やっぱり年下なんだなって思って、お姉さんぶりたくなる。

 

「聞きたいのはね、マコちゃん達とどう過ごしてきたのかなってこと。私はみんなより、あなたに出会うのが遅かったでしょう?」

 

 だから色々聞いてみたいのと続ける。

 私と出会う前に、他の子とどう過ごしてきたのか。

 どう好きになって、どう付き合ってきたのか、それを聞いて、私がどう思うのか、それを知りたいの。

 わかった、って頷く彼に私も頷いた。

 もし、あなたの話を聞いても私の気持ちが変わらないのなら、それはもう、どうしようもないことだと思うから。

 

 

 

 

 

 

「双葉の歓迎会で海に行ったんだ。その時の竜司と杏の距離が妙に近くて、その……」

「嫉妬した? 竜司くんと杏ちゃん、仲がいいものね」

 

 頷いて、今でも嫉妬しているのか、表情が暗い彼をのぞき込む。

 ふふ。嫉妬している顔も可愛い。

 

「……正直、あれは浮気だと思う」

 

 さすがにそれはあなたが言える言葉じゃないかもって思ったけど、頷くだけで何も言わない。

 

「だから、ハワイの自由時間は杏と過ごして、杏の想いが聞けて、うれしかった」

 

 笑顔。表情の変化が少ないから、あまり見られない貴重な顔。

 

 

「真は最初、少し苦手だった」

 

 たしかみんなの会話を、録音されていたんだよね。

 

「でも金城のパレスを一緒に攻略して、彼女の行動力に驚かされた。分析も的確で、戦いがずっと楽になった。真が来るまで、力押しで戦ってただけだから」

 

 運がよかったんだろうな、そう続ける彼に少し胸が痛くなる。

 私がマコちゃんに嫉妬しているからだと思う。

 だってマコちゃんはいつも彼の隣にいた。リーダーと参謀、マコちゃんが分析して彼が指示を出す。そうやって戦ってきたから。私にはできない事。

 

「好きになったのは、メジエドの時。停電に腰を抜かした真と、普段のギャップに驚いて。知っているか? 真、好きな映画を見るとき両手がグーになるんだ」

「両手がグー?」

「そう、胸のところでこうやって」

 

 やって見せる彼に、思わず笑ってしまう。普段のマコちゃんから想像できない姿だったから。

 どんな映画なの? って聞くと任侠って彼が答えて、もう一度笑った。たしかにギャップがあると思った。今度マコちゃんを誘って一緒に観に行こうって決める。

 

 

「双葉は最初は妹みたいに思っていた。惣治郎さんと双葉とすごして、家族になれた気がして、守らなくちゃって」

 

 たしかに最初のころ、双葉ちゃん偶にあなたの背中に隠れていたよね。それがすごい自然で兄妹のように見えた。私には兄妹がいないし、少し憧れたのを覚えている。

 

「でも双葉と二人で過ごしていくうちに、双葉の成長を見守っていくうちに……」

「好きになってた?」

 

 頷く彼の表情に、妹に手を出してしまったみたいな罪悪感が少しあって、笑ってしまう。本当の兄妹じゃないんだから、遠慮しなくていいのに。

 嬉しそうに語る彼に、私も思わずうれしくなった。

 あなたはみんなの事が、本当に好きなんだね。

 川上先生に、酉の市で会った記者さん。他の私が知らない人達、きっとみんなが好きなんだろうね。

 はっきりと聞かされたのに。彼の口から他の子達の話を聞いたのに。

 それでも私の気持ちは変わらない。

 彼が好きだって、今も心が言っている。

 ありがとう、もういいよって彼に言おうとしたけど、今度は彼の人差し指が私の口をふさぐ。

 

「春を好きになったのは、お父さんを亡くして大変なのに、それでもこっちを心配するメッセージを受け取った時」

 

 わ、私もやるの!?

 

「一緒にプランターの世話して、喫茶店を開きたいって未来を語る春に憧れて、あんな奴には絶対渡せないって思った」

 

 元、フィアンセの事?そう思ってくれていたんだ。

 

「正直、会社の事はわからないから、だからせめて一緒にいようと、話を聞こうと春に逢いに来てた」

 

 力になれなくてごめんっていう彼を必死に否定する。

 ちがうよ、あなたが一緒にいてくれたから、話を聞いてくれたから、今の私があるんだよ。

 

「……象のフンには驚いたけど」

 

 嘘、たしかに象っぽいって顔色一つ変えてなかったくせに。

 思わず二人で笑った。

 

「でも春を好きになった一番の切っ掛けは―――」

 

 ペルソナって言ってみて彼が少し意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「ぺ、ペルソナ?」

「違う、いつもみたいに。ぺーるぅーそぉーなぁーって」

「も、もう! からかわないで!」

 

 それならあなたも、あのカグヤってペルソナを使う時の「巻き起これ、聖なる旋風!」って言ってみてよというと、今のテンションでは無理だなって難しい顔をする。私だって一緒だよ!

 もう一度二人で笑いあう。

 ああ、本当に楽しい。

 話し終えるの待っていたみたいに、プランターのお世話もやることが無くなった。自然に二人とも立ち上がって汚れを払う。

 

「少し待っててね」

 

 本当はジャージ姿で渡したくないんだけど。

 それでも私はカバンから、渡せなくて、持ち帰ってしまったチョコレートを取り出した。

 

「これ…あげる」

 

 一応、手作りだよって手渡す。彼は驚いたような顔をして、恐る恐る受け取る。受け取った時に、まだ言ってないのにって呟いたけど、あまり気にしなかった。

 

「あなたはみんなの事が好きなんだよね?」

「春もだ」

「……ふふ、我儘だね」

 

 それでも、もう気持ちが分かったから。私の気持ちがわかったから。

 マコちゃんに嫉妬するし、最初から彼と一緒にいた杏ちゃんも羨ましい。一足先に家族って居場所も持ってる双葉ちゃんにだって嫉妬する。

それでも彼が好き。

 嫉妬もするし、怒りもする。それでももう離れられないってことはわかったから。

 彼が私が渡したチョコを確かめるように、いろいろな角度から覗き見ている。まるで無事を確かめるみたいに。

 その姿が可笑しくて、大丈夫、握り潰してないよって教えてあげる。

 

「早く他の子達にも逢いに行ってあげて?」

 

 きっと不安だと思うから。

 送り出そうと手を振る私に、彼は少し迷った顔をしてから口を開く。

 

「―――好きだ」

「……うん、私もだよ」

 

 そっか、あなたも不安なんだね。

 でも頑張らなくちゃ。男の子なんだからちゃんと責任とらなくちゃ。

 みんなが好きなんだよね、ならそれを伝えてあげなきゃ。

 頷いて屋上から出ていく彼を見送る。

 

 少しだけ、お姉さんぶれたかな?

 きっと彼は自力でなんとかするはず。だって、強いもんね。

 どんな結果でも、全部終わったらみんなでコーヒーを飲もう。笑って話そう。

 ……ふふ、これ約束なんだからね。

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