もうそろそろ屋上のプランターを片付けないと。
そんな事を考えていたのに、屋上につくと自然に土いじりを始めていた。
たぶん、土いじりしてれば、彼の事を考えないで済むと思ったから。
バレンタインの事、思い出さないで済むと思ったから。
「……いやだな」
嫌な事が忘れられるからと始めた土いじりで、彼の事を忘れようとしている。
彼と一緒に過ごした屋上で、彼の事を忘れようとしている。
少し汚れてしまった膝元を払いながら立ち上がる。
彼を想う事を、嫌なことなんて考えてしまった自分が嫌。
バレンタインの時、ちゃんと話を聞かないで、怒って出てきちゃった自分が嫌。
だって彼は、私の話を聞いてくれてたのに。
いつだって、相談に乗ってくれてたのに。
色々なところに、私の知らないところに連れて行ってくれたのに。
たくさんの事、教えてくれたのに。
イブを、一緒に過ごしてくれたのに。
嫌なことなんて、一つも無かったのに。
「―――うん、そうだよね」
心の中に今もいる、アスタルテがはっきり言ってる。
私は彼が好き。
普段の彼が好き。
モナちゃんを連れて、猫背気味に歩くところが可愛く思う。
プランターのお世話をしてくれているときの、指先の動き一つに見惚れてしまう。
体は細いのに、男の子らしくたくさん食べるところも見ていて気持ちいい。
ジョーカーの仮面を被った彼が好き。
どんな強敵相手にも笑みを浮かべる彼は、とても格好いいと思う。
私たちに短く的確に指示をする声に、聞き惚れてしまう。
怪盗ということヒーローということに、揺るがない信念をもっていることに憧れてしまう。
「……ふふ」
浮気をしていたのは、たぶん、間違いないだと思う。
マコちゃんたちからしたら、きっと私が浮気相手になるんだろうな。
だからって彼の事を、急に嫌いになんてなれない。
話をしよう。ううん。彼の、話を聞こう。
いつも彼が、私にしてくれたみたいに。
そう決意すると、背中を向けた屋上の扉が開かれる音が聞こえた。ここに訪れる人なんて一人に決まってる。
だから私は振り返って微笑む。
「あら、こんにちは」
◆
「……今回はトマトを植えてみたの」
私の言葉に彼が頷いて、プランターの前にしゃがみ込む。私も彼の隣に座って、二人で一緒に世話を始めた。
風とかで痛まないように支柱を立ててあげて、紐でゆるく苗を結んでおく。
何度も一緒に育ててきたし、彼も手慣れたもの。手際なんて私よりいいくらい。
だから手を動かしながらでも、お話するくらいの余裕はあるよね。
「バレンタインの事だよね?」
私の言葉に彼が頷く。
「……みんなとも付き合っていたんだよね」
「ああ」
短く、そしてはっきりと答える彼の言葉に、覚悟していてもやっぱりショックを受ける。
悲しいとか、悔しいとか、そういう気持ちがこみ上げてくるけど、それでも笑顔で彼に向き直る。
「今日は私に、あなたの話をきかせて?」
彼が短く頷く。話をしにきたんだし、当然だよね。でも私は彼が口を開くのを人差し指を立てて止めてみせる。
「聞きたいのはバレンタインの時の事じゃないの」
彼が少し話が見えないみたいな顔をした。こういう時だけ、ちょっと困惑したときにする表情に、やっぱり年下なんだなって思って、お姉さんぶりたくなる。
「聞きたいのはね、マコちゃん達とどう過ごしてきたのかなってこと。私はみんなより、あなたに出会うのが遅かったでしょう?」
だから色々聞いてみたいのと続ける。
私と出会う前に、他の子とどう過ごしてきたのか。
どう好きになって、どう付き合ってきたのか、それを聞いて、私がどう思うのか、それを知りたいの。
わかった、って頷く彼に私も頷いた。
もし、あなたの話を聞いても私の気持ちが変わらないのなら、それはもう、どうしようもないことだと思うから。
◆
「双葉の歓迎会で海に行ったんだ。その時の竜司と杏の距離が妙に近くて、その……」
「嫉妬した? 竜司くんと杏ちゃん、仲がいいものね」
頷いて、今でも嫉妬しているのか、表情が暗い彼をのぞき込む。
ふふ。嫉妬している顔も可愛い。
「……正直、あれは浮気だと思う」
さすがにそれはあなたが言える言葉じゃないかもって思ったけど、頷くだけで何も言わない。
「だから、ハワイの自由時間は杏と過ごして、杏の想いが聞けて、うれしかった」
笑顔。表情の変化が少ないから、あまり見られない貴重な顔。
「真は最初、少し苦手だった」
たしかみんなの会話を、録音されていたんだよね。
「でも金城のパレスを一緒に攻略して、彼女の行動力に驚かされた。分析も的確で、戦いがずっと楽になった。真が来るまで、力押しで戦ってただけだから」
運がよかったんだろうな、そう続ける彼に少し胸が痛くなる。
私がマコちゃんに嫉妬しているからだと思う。
だってマコちゃんはいつも彼の隣にいた。リーダーと参謀、マコちゃんが分析して彼が指示を出す。そうやって戦ってきたから。私にはできない事。
「好きになったのは、メジエドの時。停電に腰を抜かした真と、普段のギャップに驚いて。知っているか? 真、好きな映画を見るとき両手がグーになるんだ」
「両手がグー?」
「そう、胸のところでこうやって」
やって見せる彼に、思わず笑ってしまう。普段のマコちゃんから想像できない姿だったから。
どんな映画なの? って聞くと任侠って彼が答えて、もう一度笑った。たしかにギャップがあると思った。今度マコちゃんを誘って一緒に観に行こうって決める。
「双葉は最初は妹みたいに思っていた。惣治郎さんと双葉とすごして、家族になれた気がして、守らなくちゃって」
たしかに最初のころ、双葉ちゃん偶にあなたの背中に隠れていたよね。それがすごい自然で兄妹のように見えた。私には兄妹がいないし、少し憧れたのを覚えている。
「でも双葉と二人で過ごしていくうちに、双葉の成長を見守っていくうちに……」
「好きになってた?」
頷く彼の表情に、妹に手を出してしまったみたいな罪悪感が少しあって、笑ってしまう。本当の兄妹じゃないんだから、遠慮しなくていいのに。
嬉しそうに語る彼に、私も思わずうれしくなった。
あなたはみんなの事が、本当に好きなんだね。
川上先生に、酉の市で会った記者さん。他の私が知らない人達、きっとみんなが好きなんだろうね。
はっきりと聞かされたのに。彼の口から他の子達の話を聞いたのに。
それでも私の気持ちは変わらない。
彼が好きだって、今も心が言っている。
ありがとう、もういいよって彼に言おうとしたけど、今度は彼の人差し指が私の口をふさぐ。
「春を好きになったのは、お父さんを亡くして大変なのに、それでもこっちを心配するメッセージを受け取った時」
わ、私もやるの!?
「一緒にプランターの世話して、喫茶店を開きたいって未来を語る春に憧れて、あんな奴には絶対渡せないって思った」
元、フィアンセの事?そう思ってくれていたんだ。
「正直、会社の事はわからないから、だからせめて一緒にいようと、話を聞こうと春に逢いに来てた」
力になれなくてごめんっていう彼を必死に否定する。
ちがうよ、あなたが一緒にいてくれたから、話を聞いてくれたから、今の私があるんだよ。
「……象のフンには驚いたけど」
嘘、たしかに象っぽいって顔色一つ変えてなかったくせに。
思わず二人で笑った。
「でも春を好きになった一番の切っ掛けは―――」
ペルソナって言ってみて彼が少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ぺ、ペルソナ?」
「違う、いつもみたいに。ぺーるぅーそぉーなぁーって」
「も、もう! からかわないで!」
それならあなたも、あのカグヤってペルソナを使う時の「巻き起これ、聖なる旋風!」って言ってみてよというと、今のテンションでは無理だなって難しい顔をする。私だって一緒だよ!
もう一度二人で笑いあう。
ああ、本当に楽しい。
話し終えるの待っていたみたいに、プランターのお世話もやることが無くなった。自然に二人とも立ち上がって汚れを払う。
「少し待っててね」
本当はジャージ姿で渡したくないんだけど。
それでも私はカバンから、渡せなくて、持ち帰ってしまったチョコレートを取り出した。
「これ…あげる」
一応、手作りだよって手渡す。彼は驚いたような顔をして、恐る恐る受け取る。受け取った時に、まだ言ってないのにって呟いたけど、あまり気にしなかった。
「あなたはみんなの事が好きなんだよね?」
「春もだ」
「……ふふ、我儘だね」
それでも、もう気持ちが分かったから。私の気持ちがわかったから。
マコちゃんに嫉妬するし、最初から彼と一緒にいた杏ちゃんも羨ましい。一足先に家族って居場所も持ってる双葉ちゃんにだって嫉妬する。
それでも彼が好き。
嫉妬もするし、怒りもする。それでももう離れられないってことはわかったから。
彼が私が渡したチョコを確かめるように、いろいろな角度から覗き見ている。まるで無事を確かめるみたいに。
その姿が可笑しくて、大丈夫、握り潰してないよって教えてあげる。
「早く他の子達にも逢いに行ってあげて?」
きっと不安だと思うから。
送り出そうと手を振る私に、彼は少し迷った顔をしてから口を開く。
「―――好きだ」
「……うん、私もだよ」
そっか、あなたも不安なんだね。
でも頑張らなくちゃ。男の子なんだからちゃんと責任とらなくちゃ。
みんなが好きなんだよね、ならそれを伝えてあげなきゃ。
頷いて屋上から出ていく彼を見送る。
少しだけ、お姉さんぶれたかな?
きっと彼は自力でなんとかするはず。だって、強いもんね。
どんな結果でも、全部終わったらみんなでコーヒーを飲もう。笑って話そう。
……ふふ、これ約束なんだからね。