怪盗はチョコが欲しい   作:エンピII

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怪盗は隠者のチョコが欲しい

 痛い。

 ズキズキする。ザクザク刺されてるみたい。

 こころが、痛いんだ。

 

「……ああ…あああっ」

 

 痛い。いたい。イタイ。

 ベッドの上でうずくまって、両手で胸を押さえても痛みが消えない。

 こんなに痛いなら、心なんて欲しくなかった。

 いのちなんて、もらうんじゃなかった!

 

 胸を押さえていた手でネックレスをぎゅっと握る。これを握ってると少しだけ楽になれる。

 助けて、助けて、助けてってすがるように呟きながら握りしめる。

 

 バレンタインの翌日、二月十五日にあいつにあってから、外に出られなくなった。

 みんなの、怪盗団のおかげで外に出られるようになって。

 みんなと色々なところに行って。あいつと一緒にいろいろなところを巡って。

 一人でも出かけられるようになったのに。外が怖くなくなったのに。ワクワクするようになったのに。色々なところに行くのが楽しくなったのに。

 

 今は怖い。すごく怖い。

 

 だって、外にでたらまた見ちゃうかもしれないじゃんか。

 あいつがわたし以外のダレカといるのを、また見ちゃうかもしれないじゃんか。

 あいつのカレシの顔、わたし以外のダレカに向けてるのを、今度こそ見ちゃうかもしれないじゃんか。

 

 いたいイタイイタイ痛い痛い痛いイタイイタイいたいいたい!!

 

 強く、強く、強く。壊れそうなくらいに力を込めてネックレスを握る。そうしないと、こころがバラバラになっちゃいそうだ。

 

「う、うう……!」

 

 わたし、ちゃんとカノジョ出来てなかったのかな?

 だから、バレンタインに逢ってくれなかったのかな?

 だから、あんなにいっぱいの人と付き合ってたのかな?

 

 握りしめたネックレスを、ゆっくりてのひらを広げて覗き込んでみる。 

 手汗で濡れちゃってるけど、キラキラしてた。

 

 こんなキラキラしたの本当にわたしでいい?

 ハート型のネックレスなんて、あげる人間違えてない?

 

 間違ってないよって笑うあいつの顔が、カッコよかった。

 本当にわたしにくれるんだって、ドキドキした。

 ご当地キャラグッズとか、うみゃあ棒お徳用とか、いつも外さないな!なんて思ってたけど、これが一番驚いたし、うれしかった。

 カノジョの証なんてものを、手に入れられた気分だったんだ。

 

 『離れなくてもいい権利』と、カノジョの証。フフ、無敵だな!

 

 ネックレスをもらった日、部屋に戻ってそんなことを一人で呟いてた。

 何も変わってないのに、自分の部屋ですらキラキラして見えて、わたしにこんな景色を見せてくれるあいつが大好きで大好きで、頭がお花畑状態だった。

 あいつがカレシで嬉しくて。

 あいつのカノジョで嬉しくて。

 

『離れなくてもいい権利』

 

 いつ行使してやろう。どんなときに使ってやろう。

 将来を考えることが楽しくて、一人でニヤニヤしてた。

 

 でも、

 『離れなくてもいい権利』をもってるのは、わたしだけじゃ無かったんだな。他にも、もってる人がいっぱいいたんだな。

 真も、杏も、春も。みんな、もっていたんだな。

 

 

 

 

 

 

 ノックの音に、視線を扉に向けた。涙で滲んで視界がぼやけてる。

 そうじろうかな? 食べるもの、持ってきてくれたのかな? そういえばあれから何も食べてない。お腹は空いてるけど、何か食べる気にならない。

 ごめんって思っても、返事ができない。

 涙声をそうじろうに聞かせたくない。これ以上心配をさせたくない。

 もう一度ノックの音。

 そうじろうらしくない。そうじろうなら、わたしが返事をしないときはそのままなのに。

 

「双葉」

 

 心の鼓動が大きくなる。

 なんでおまえの声が聞こえるんだ。家の鍵は閉まってたはずだ。もしかして、そうじろうが掛け忘れたのか。

 

 フラフラと立ち上がって、扉に向かう。

 あいつの声。聞き間違えるわけがない。あいつが扉の外にいる。

 逢いたい。泣きつきたい。こころが痛いんだ。助けてほしいんだ。

 

 あいつに逢えばこんな痛み無くなってしまう。苦しいのが無くなるんだ。

 抱き締めて、頭を撫でてもらいたい。こころを、こんなズキズキじゃなくて、好きって気持ちで満たしてほしい。

 

 扉を開けようとノブに触れた瞬間、二月十五日の映像が脳裏に走る。

 真がいた。杏がいた。春がいた。

 診療所のお医者さんもいて、わたしが知らない女の人がいっぱいいた。

 みんな大事そうにチョコを握りしめて、おまえに逢えなかったことを、わたしと同じに悲しんで怒っていた。

 そのまま扉を背にして座り込む。

 

 もうイヤだ。

 裏切られるのは、もうイヤなんだよぉ。

 

 このまま扉を開けたらいつか、もっと痛い思いをする。嫌な思いをする。

 両手で顔をふさいで、あふれる涙を隠すように、震える声を少しでも隠せるように。そうして扉の向こう側のあいつに告げる。

 

「……かえって…くれ」

 

 逢いたいけど、逢いたくないんだ。

 だっておまえ、みんなと付き合っていたんだろう?

 優しいのは、わたしだけじゃなかったんだろう?

 最初に聞いたじゃないか。おまえが優しいのはわたしにだけかって。

 言ってくれたじゃないか、わたしが好きだからって。

 だけど全部、嘘だったんだろう?

 

「う、うっうう。あ……あああぁ……」

 

 嗚咽が、もれてしまう。

 知っていたんだ。おまえがみんなに優しいことなんて。わたしだけに優しいんじゃないんだって。

 それでも、カノジョはわたしなんだって。『離れなくていい権利』をもってるおまえの特別は、わたしだけなんだって信じてたんだ。

 

 しばらく泣き続けてから、あいつが扉の前で座り込んだような音が聞こえた。

 

「帰らない」

 

 たぶん薄い扉を挟んで、背中合わせ。

 扉を挟んでいるのに、あいつの体温が伝わってくるようで、わたしの嗚咽が弱くなっていく。こころの痛みが小さくなっていく。

 

「泣いている双葉を、一人になんかしない」

 

 やめてくれ。わたしだけじゃない優しさなんて、そんなものを向けないでくれ。

 

「誓ったんだ。若葉さんに、この子を守るって」

 

 勝手を言うなよ。傷つけたのはおまえじゃないか。

 

「惣治郎さんと双葉と教会に行って。若葉さんに紹介してもらって、家族にしてもらえた気がした」

 

 気じゃない。そうじろうはきっと息子のつもりだ。

 わたしはどうだろう? 家族? そうだって言えないけど、ちがうってはっきり否定もできない。

 

「双葉と二人で過ごし始めた最初のうちは、手のかかる妹みたいに思ってた」

 

 勝手に人を妹なんてカテゴリーに入れるな。

 

「約束ノート、頑張る双葉と過ごすうちに、ひとりの女の子なんだって思い始めた」

 

 いつになく喋るじゃないか。おまえ、普段そんな喋らないだろう。

 

「だから、好きになった」

 

 好きって言われてうれしい。こころが喜んでいる。

 でも、だったらなんで。わたしが好きならなんで―――

 

「―――なんで、クリスマス一緒にいてくれなかったんだよぉ」

 

 イブを一緒に祝おうって送ったじゃないか。返事もくれなかったじゃないか。

 

 あいつカミサマ相手に頑張ってたからな、きっと疲れてるんだな!

 そんな風に不安を無理やり納得させて、わたしは自分を誤魔化したんだぞ。

 

 でも本当は違ったんだろう? おまえは別の誰かと過ごしてたんだろう?

 わたしはおまえを、プレゼントも用意して待っていたんだぞ。

 わたしは初めてのカレシと過ごす、おまえと過ごす初めてのクリスマスが欲しかったんだぞ。

 

「わたしは……おまえとくっついてるだけで、満足だったんだよぉ」

 

 おまえはいつもわたしといてくれない。もうそんなのはイヤなんだ。

 

「かえってくれ。たのむから……かえって…くれ」

 

 あいつが立ち上がる音がした。

 いくなってこころが叫んでる。引き止めろってこころが叫んでる。

 

 うるさいうるさいうるさい。

 胸を押さえて、必死にこころを押さえつける。

 あいつといたらもっと痛くなるんだ。痛みなんて、欲しくないんだ。

 手に入らないものを待ち続けられるほど、わたしは強くないんだ。

 

 冷たさしかしない扉を背に、わたしは足を抱えてうずくまる。

 あいつを失った。

 こころにぽっかり大きな穴。大事なもの全部失ったみたいで、もう痛みすらない。

 痛みはなくなった。全部を失ったけど。

 うつろな目に、いつの間にか現れたのか、わたしそっくりな人影がうつる。

 わたしがわたしを見下ろしている。

 

「……これで満足か、おまえは」

 

 うるさい、シャドウが勝手に出てくるな。おまえはわたしのペルソナだろ。

 

「おまえがあいつとの絆を放棄した。だからわたしが出られるようになった。おまえはそれで、本当に満足か?」

 

 痛みは治まったじゃないか。おまえだって、いたいいたいって、叫んでたじゃないか。

 

「その通りだ。それほど大事なものを、なぜ自ら手放す?」

 

 痛いからだ! もう痛いのはイヤなんだ!

 

「痛いのなら、なぜあいつとともに居ることを選ばない。あいつといる間は痛みなんて無かっただろう。……思い出せ。あいつがおまえに何をくれたのか」

 

 ……こころを、いのちを、くれた。でも、いたみも、一緒にわたしてきた。

 

「思い出せ。あいつはおまえに酷いことをしたのか」

 

 クリスマスもバレンタインも一緒にいてくれなかったじゃないか。ひどい奴じゃないか!

 

「ひどい奴が、おまえを救ってくれたのか? おまえが他の仲間に知られたくない、そんな理由のためにたった一人で伯父さんのシャドウと戦ってくれたのか? カナちゃんのために、戦ってくれたのか? 傷だらけになることも、殺されるかもしれない事も承知で、ニイジマのパレスであえて捕まってみせるのか? おまえたちを一人も失いたくない、そんな理由で出頭するあいつが、ひどい奴なのか?」

 

 おまえはわたしだろ。あのバレンタインがどんなに痛かったか、覚えてるだろう!

 

「そうだ、痛かった。もう二度とあんな目にあいたくない。だから繰り返すな。クリスマスもバレンタインも逢えなかった、なら取り返してやれ。奪い返してやれ。おまえはなんだ。おまえも怪盗だろう、ナビ?」

 

 ……あいつには他に大勢、女がいる。

 

「そうだな、だがおまえは知っていた。わたしがプロメテウスに覚醒したように。ヨハンナがアナトになったことも。ヘカーテがかつて、カルメンと呼ばれるペルソナだったことも。ミラディがアスタルテにかわったことも。全部知りながら、気づかないフリをしていただけだろう」

 

 ……うるさい。

 

「そして思い出せ。おまえが好きになった、わたしたちが好きになったあの男は、ジョーカーは。部屋の扉が開かない。道が閉ざされている。その程度の事で、簡単に諦めるようなやつだったのか?」

 

 物音がする。外からだ。こいつのせいで気づかなかった。ゴソゴソガサガサと音がする。なんだ、なんの音だ。

 

「決めるのはおまえだ。だが、後悔だけはさせるなよ」

 

 それだけ言い残してシャドウが消える。それと同時に、今度は扉からじゃなく窓からコンコンとノックのような音が聞こえてきた。

 ノックなんてされるわけがない。だってわたしの部屋の窓にはベランダなんてないし、人が居られるスペースなんてないんだぞ。

 そんなわけない。あるはずがない。

 そう必死に思い込みながら、閉めっぱなしのカーテンを開いた。

 

「あわわわわわわわわわわぁ!」

 

 カーテンを開けると、あいつがいた。

 屋根の縁か雨どいか、何かにぶら下がって。右手だけで身体を支えて、左手には靴を持って。

 絶対に人の体重を支えられそうな場所じゃない。いつ崩れて、落ちてしまってもおかしくない。

 

「双葉はなれて。窓破るから」

 

 窓の外から平然と言う。破るから、じゃないだろう!

 人の部屋でなにするつもりだおまえ! そこにはフェザーマン人形も飾られてるんだぞ!

 

 慌てて窓を開けた。外気が一気に室温を下げる。その冷え込み以上に、こいつの行動に心胆を寒からしめるとでも言えばいいのか、寒くなる。

 

 よっと、そんな掛け声一つでこいつは華麗にわたしの部屋に着地する。振動にフェザーマン人形が揺れてキャサリンフィギュアが落ちそうになるけど、そんなことより、こいつの行動が怖かった。

 おまえここはパレスじゃないんだぞ。誰かに見られて通報されてたら、今度こそ本当に前歴持ちになっちゃうじゃないか。

 怪我をしたら、いや落ちて打ち所が悪かったら、おまえ下手したら死ぬんだぞ。なんでそんなことできるんだ。

 

「久しぶりにサードアイを使った」

「サードアイってあれか! 異世界でおまえが侵入経路を見つける時に使ってるあれか! 現実世界でも使えるのか、おまえ! そういや何もないところで偶に『研ぎ澄ませ』とか言ってるもんな! というか民家で使うなよ!」

 

 ツッコミが追い付かない。というかわたしはツッコミ役じゃない。そういうのはモナの仕事だ。

 肩で息するわたしをまっすぐ見つめ、あいつが口を開いた。

 

「双葉、チョコが欲しい」

 

 とりあえず、何言ってるんだこいつ、とだけ思った。

 

「……おまえ、もしかしてそれ、予告状のつもりか?」

「よくわかるな」

「それで出現したオタカラ、この場合チョコか?それを頂戴してるのかおまえ」

「さすがだな」

「……バカだな、おまえ」

「これでも必死に考えたんだ」

 

 むっとしたように憮然とした表情をする。くそ、すこしだけどカワイイやつめなんて思っちゃったじゃないか。

 

 狭い部屋であいつと二人きり。こころが、わたしのペルソナが喜んでいるのがわかる。すごいドドドドドっていってる。

 それでもわたしはこころとは裏腹なことを口にする。

 

「かえってくれって言ったよな?」

「ああ」

「おまえともう逢いたくないんだ。おまえといると、こころが痛いんだ!」

 

 嘘だ。

 ドドドの痛みなら嫌いじゃない。むしろ心地いい。わたしだってほんとうは、おまえとずっと一緒に居たいんだ。

 うう、またメガネが曇ってきちゃったじゃないか。

 自分の服の裾を掴んで、立ち尽くす。抱きつきたい。頭を撫でてもらいたい。それでもまた裏切られたらって思うと怖くて飛び込めない。

 

「双葉、『離れなくてもいい権利』を使うよ」

 

あいつの右手が伸びてきて、指でわたしの涙をぬぐってくれる。

 

「なんで…おまえがつか…うんだ…」

「双葉がねだってくれた時言ったよ。こっちこそ欲しいって」

 

 そうだった。おまえも欲しいっていってくれてた。

 頭を抱き寄せられて。あいつの胸にすっぽりと収まる。

 ああ、おまえの心音が聞こえる。トクントクンって言ってる。

 そのまま頭を撫でられて。だめだ。ほだされてしまう。

 

「……このおんなたらしめ」

「……強く否定できないな」

「あたり…まえだ」

 

 そんなことを言いながらも、自分からこいつの胸に頭を擦り付ける。髪がクシャクシャになるけど、そんなこと気にならなかった。

 わたしはこいつから離れたくない。それだけははっきりと理解した。

 

 

「……受け取れ」

 

 グスグスと鼻をすすりながら、机のわきに置きっぱなしにしていたチョコをあいつに差し出す。

 受け取ったあいつがモルガナにそっくりだな、なんて呟く。

 

「だろだろ! つかそれ出来やばくね!? モナそっくりじゃね!?」

「あとでモルガナと並べて写真を撮ろう」

「いいな、それ!」

 

 二人で笑いあった。なんていっても手作りだからなと胸を張る。

 しばらくしてからあいつが、ありがとう双葉なんて言ってくる。

 ふふ、というかおまえ、チョコを貰えて全部許された気になってるだろう?

 

「丸ごと全部許してやるとは、一言も言ってない!」

 

 少し目を丸くするあいつに、ちょっとだけためらってから口を開く。

 

「祭りは終わっていない。……クリスマスとバレンタイン、一緒にいられなかったから、今から過ごしたい。……おまえの部屋で」

 

 笑っていいよって即答するあいつに大きく頷いた。

 

「よし! いくぞ!」

 

 わたしの胸がトクンとなった。

 わかってるって、こころに答えた。

 どんなに痛い思いをしたって、つらくたっても、わたしはこいつのそばから離れられない。

 もう一度トクンとなった。

 うん、大丈夫。もう、手放したりしないよ。

 そうペルソナに答えて、わたしは部屋を出た。

 

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