輝く月の光
響く水音
心の中につもっていくこと
すべてがあわさった時、気づいたことは…

※「プリキュア版文字書き1週間一本勝負(最終回)」参加作品
(2017年12月30日、Pixivさまにて初公開)

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月の光、ひとつの予感

 わずかなことが、わずかずつ。

 例えば、半紙の上に零れた一滴の墨が徐々に黒を広げていくような、

 例えば、少しだけ角がめくれていたセロハンテープが段々と剥がれてしまうような、

 例えば…ほんの少し締め忘れた蛇口から長い時間ごとに落ちる水滴でわずかずつ水が広がるような、

 そんな、ほんのわずかなことがわずかずつ、私の心の中に積もっていく。

 わずかずつだけど、でも、それは、確実に…

 

「ふぅ…」

 目が覚めてしまった。

 枕元の時計は午前3時を指している。

 乾くのど、水を飲もうとキッチンへ向かうその途中、かすかに水音が聞こえてきた。

 それは、洗面所から。

 覗くと、月夜に照らされる洗面台。碧い世界が広がっている。

 磁器はその光に照らされて青く冷たく輝いている。

 その中心、一際強く青く光る置かれたままのコップ。中にはなみなみと水が入っている。

「ポツ…」

 ひとつ、水音。コップの中を揺らし月の輝きを撒き散らす。

 それは、私の目にも入ってきてあまりに眩しくて思わず瞼を閉じてしまう。

 でも、目を閉じても頭の中でもその光は舞い踊り、段々とくらくらしてきて思わずしゃがみ込んでしまう。

 そのままじっと待つと、やがて頭の中で飛び舞っていた光は落ち着きを取り戻す。

 ゆっくりと立ち上がって瞼を開くと洗面所も落ち着いていてコップの中の水はしじまを取り戻す。

 ゆるやかな波も消えて…

「ポツ…」

 再び、水音がして私の視界はかき乱される。

 舞う月の光、乱れる視界、今度は目を閉じずにただじっとその様子を見つめていた。

 と、その時、中の水はついに限界を超えたのか、コップからあふれて流れてゆく。

 月の光の色をまとった水は排水溝へ吸い込まれるように。

 でもそれは、少しだけ。すぐに水面は落ち着きを取り戻す。

 その時、私の心の中もその水面のように落ち着いてしまった

 今までどうしてこんなに慌てていたのだろうってくらいの気持ち。

 

 足元が冷えてくる。もうどれくらいここにいたのだろう。

 ため息をもうひとつついて私は部屋に戻ることにした。

 しっかりと蛇口を締めて、コップの水をすべて飲み干して、ひとり眠る、マナの元へ。

 

 高校に入って私たちは恋人同士として付き合うことになった。

 告白はマナから。

 今まで通りは嫌だと言う真剣な告白、私はもちろんふたつ返事。

 ずっと大好きだったから。憧れていたから。私も今まで以上を求めていたから。

 マナも同じ気持ちだと知って私はとても嬉しかった。

 それからの日々はそれまでとそれほど変わらなかったけど、

 特別な関係、そして、特別な関係だからこそ得られる輝く日々、

 そんな沢山の特別がくすぐったくて嬉しくて、私はとても幸せだった。

 

 普段の高校生活も順調だった。

 マナはもちろん生徒会に。

 私も誘われて一緒に。

 マナは中学の時と同様に周りからの信望を日に日に得てゆき、

 弱冠1年で生徒会会長の役に着いた。

 私もマナに導かれるように生徒会副会長になり、

 陰に日向にマナを手伝い、時には手綱を握り、生徒会長の仕事をサポートした。

 いつでも私たちは一緒にだった。

 学校でも、お互いの家でも、いつでも、どこでも。

 

 でも、ここ2か月前ぐらいからだった。

 マナの様子がおかしいと気づいたのは。

 私と話している時、上の空になる一瞬がよくあった。

 私が目を合わせようとしてもどうしても目を合わせようとしなことも時々。

 私の名前をしっかり「六花」と呼んでくれないこともあったりして…

 最初は気のせいかと思ったけど、でも、そんなことが何度も続いて私の気のせいではないことがわかった。

 どうしてこんな風になってしまったのか、尋ねてみたこともあるけど「そんなことないよ」と言われるばかり。

 恋人同士でも秘密はあるってこういうことなんだ、そう思いこもうと思っていたけど、本当の気持ちは「どうしてこうなっちゃったのか」それだけが膨らんで…

 

 でも、今、やっとわかった。

 もうマナは私と一緒にいたいという気持ちがなくなってしまったのだろうってこと。

 たくさんの事実は積み重なって、たくさんの疑惑が降り積もって、いっぱいになって、出た結論。

 理由はわからないけど、マナの気持ちが変わってしまった。

 それがどうしても隠し切れなくて日々出てしまっていた。

 それに私が気づいてしまっただけ。

 なら、私はマナが困らないように身を引こう…残念だけど…悲しいけど…でも、嫌われるよりはずっといい。

 

「どうしたの?」

 部屋に戻るとマナの目が開かれていて私の姿を捉えている。

 月の光にほほは碧く照らされている。

「ちょっと寒さに目が覚めちゃっただけ」

 その碧さにほほはとても冷たさそう。

 ベッドに入りじっと見つめ返す。

 すると、マナの腕が私の背を抱きしめる。

 かすかに触れられる肩、甘い疼きが蘇る。

「心配事とかあったら、言ってね? 内緒は嫌だよ?」

 優しいマナの言葉、私は応えるようにマナの背中を抱き返した。

 なめらかな素肌、私はありがとうとささやいた。

 マナの体はとてもあたたかい。

 このあたたかさ、いつまで感じていることができるか、そう思うと少しだけ寂しくなってしまうけど…

 この先感じることができなくなるこのぬくもりをたくさん感じたくて、もう一度強く抱き返した。

 月の光はまだ、私たちを照らしていた。

 私の心を覗き込むように、しっかりと。



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