恋する赤鬼   作:鯉庵

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悪の華※挿絵挿入※

 一.

 

 天蓋に覆われた夜具の上で、一人の少女と一人の女が睦み合っていた。少女の無垢な掌と女の白い掌が重なって、細い指が絡み合う。

 嫣然と微笑を浮かべる女の肌は、ひどく冷たかった。死人のそれとなんら変わりない。純白の肌と対をなす黒い髪が、嫋(たお)やかな身体を包む。

 女の唇が、少女の瑞々しい肌に吸い付いた。

「――や」

 弱々しい声で少女がいい、女は妖艶な笑みを浮かべて、処女(おとめ)の肌を唇で嬲り続けた。

「――あっ」

“ぬめり”と女の舌が、少女の首筋を這う。

 少女が身体を震わせて、下唇を嚙む。女はゆるりと瞳を細め、妖艶に嗤った。

「――ほんに嫌かえ?」

 黒く、美しい瞳の奥で、嗜虐の火が点る。

 少女は応えず、視線を逸らした。

「――愛い奴」

 女は、唇に笑みを点して、少女の裸身に舌を這わせてゆく。

「ひっ……お姉さまぁ」

 女はひどくいじわるそうな貌で言った。

「やめぬよ」

 唇と唇が重なる。

 赤い舌と赤い舌が絡み合い、下品な音を立てていた。

 鼻先がこすれ合い、吐息に熱が籠る。少女は瞳を潤ませて、譫言(うわごと)のように女を呼び続けた。

「――うぐ」

 それは、唐突であった。

 少女が眦を裂く。

 少女の喉が、“もこり”と盛り上がっていた。

――何かが、蠢いている。

――何かに、侵されている。

 得体のしれない“何か”が身体の奥へ、奥へと。

「――あぇ」

 少女の眼球が“ぐるり”と上を向いた。

 何かが、少女の中で脈打つそれを締め上げる。蜷局(とぐろ)を巻き、きつく、きつく。

「――」

――ひどく、美しく。

――ひどく、冷たい。

 女が、妖艶に嗤う。

 赤く濡れた舌は、蜷局を巻いて、脈打つ心の臓を包むように締め上げていた。舌の中で弱々しく脈打つそれを愛おしそうに見つめて、己の口へ。噛み砕きもせずに、飲み込んだ。白い首筋に伝うのは、処女(乙女)の血。

 白く、冷たい唇が紅を挿したかのように染まる。

「生き肝は、やはり若い処女(おとめ)の物が美味いのぉ」

 恍惚と女は言う。

 白く、嫋やかな身体が赤く染まる。けれど、女は美しい。

 横たわる少女は、すでに息絶えていた。

 白く、しなやかな指で、頬を撫ぜる。

 まだ温もりを失わぬ、屍(かばね)は魚のように跳ねていた。

「――羽衣狐さま」

 天蓋の外から声がした。

 翁の声。

「なんじゃ」

 冷淡な声で応える。

「ご朝食の用意が出来てございます」

 血濡れた布を身体に纏わせ、女が姿を見せた。

 窓から洩れる陽光に、貌を歪ませる。

 杖をつく翁が腐った息を口から吐きながら、奇妙な声で笑う。

 面を張り付けたような笑みの奥で、狂気を孕んでいる。

 武骨な禿頭に亀裂が奔る。

――“異形”。

 赤い瞳が、目を剥いた。

 金の眼球が上下左右に動いて、やがて女を見据える。

「“前菜”はいかがでしたかな?」

 口元を緩め、翁が嗤う。

「ふむ。そちにしては、なかなかの者を用意したの。悪くない」

 女は、微笑を浮かべた。

「それは、それは、ようございました」

 翁は満足げに言って、一礼する。それから、音もなく姿を消した。

 女は静まり返った室内で一人、姿見の前に立って再び裸身となった。

 耳に掛かった髪を救い、指で払う。

 絹の如き、その黒髪が、はらはらと舞う。

「血で汚れてしまった」

 女は、脇にある鐘(ベル)を鳴らした。一寸遅れて、扉が開き、侍女が恭しく頭を下げた。それから、眦を裂いて息を呑んだ。一糸纏わぬ純白の身体に、不自然な赤色。一見して、おぞましくはあるが、美しさを損なうことはない。

「汚れてしまったの。悪いのだけど、タオルをもってきて頂戴」

「――……はい」

 震えた声で侍女が応え、一礼して退室した。それから少しして、扉が開く。しかし、その先に立っていたのは、先ほどの侍女ではなかった。

「お姉さま」

 年端もいかぬ少女の声が、耳に届いた。

「狂骨の娘か……」

 ゆるりと瞳を細め、唇に笑みを点した。

「侍女の人と代わってもらいました。タオルです」

少女はにこり、と微笑んでタオルを手渡した。女は、やさしく少女の髪を撫ぜてやる。

「ありがとう」

「いえ、お姉さまのお手伝いが出来て光栄です」

「ほんに愛い奴」

 

 

二.

 

 セーラー服姿で、女は朝食をとる。そこは朝だというのに、薄暗い闇に包まれていた。フォークとナイフと食器が音を奏でるだけで、会話なぞ皆無。傍で控える翁と少女は、薄く笑みを浮かべている。

「ところで、羽衣狐様……この“山ン本の目玉”が面白い話を耳にしましてな」

「――ほう、それは、食事を邪魔する程に面白いのかえ?」

「ええ、はい」

 翁は、くつくつと嗤いながら続けた。

「“ぬらりひょんの孫”めに、妖の嫁が嫁いできたそうな」

「――なに?」

 女の動きが止まる。

「しかも、その女子というのが“椿の鬼姫”だと」

――ふつふつと笑いが込み上げてくる。

――それは、侮蔑、軽蔑、汚辱、屈辱、苛烈、怒り、憎しみ、様々な感情(もの)を綯い交ぜた負の微笑。

「――哀れ、哀れじゃのぉ……その女子も」

「――誠にございますなぁ」

「“山ン本”よ、妾はその女子に逢うてみたい」

 

 

 

三.

 

「――どうぞ」

「ありがとう、魅琉鬼」

 碗を受け取り、リクオが微笑んだ。静まり返った広間で魅琉鬼と二人。ゆったりと時間が過ぎてゆく。 腰障子から洩れる月の灯りが、穏やかな夜を演出する。けれど、魅琉鬼の貌は翳りを帯びていた。

「――リクオ様?」

「ん?」

 箸の先を唇で咥えたまま、視線だけを魅琉鬼に向けた。

「少し、お疲れではありませぬか? 昨日も遅くまで、部屋に灯りが点いていました……ちゃんと寝ておられますか?」

 彼女のいうように、リクオは疲労困憊であった。目の下に色濃く隈が浮かんでいたし、食も細くなっている。けれど、リクオは、誤魔化すように笑うだけで。

 はがゆい。

 想いばかりが膨れてゆく。

「――明日は、学校をお休みなさいますか?」

「いや、大丈夫さ。そんなにやわじゃないさ」

 リクオはゆるく笑って碗に盛られた飯をくらい、めかぶ汁を啜った。

「――ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ。魅琉鬼。あんまり食べられなくてごめんね」

「――いえ」

 リクオがいつものように、食器を手に立ち上がったところで異変は起きた。

 視界が揺れる。ひどく歪んで、平衡感覚が保てない。

「――あっ」

 碗が畳に落ちて、破片が散らばった。

――まずい。

 瞬間、魅琉鬼がふらつく彼の身体を支えた。

「後は私が片づけておきますから、リクオ様はお部屋でお休みください。いいですね?」

「まいったな……これくらい――」

「駄目です」

「――はい」

 それから、リクオは青田坊に担ぎ上げられ、強制的に床へ着いた。やはり、というべきか、リクオはものの数分で眠りについた。

 静かに寝息を立てるリクオの横で魅琉鬼が正座しながら、彼を見つめる金色の双眸に影が落ちる。握った拳が小さく震えている。

「――魅琉鬼よ」

 小さな影が一つ、腰障子に映っていた。

「ちと話がある……少ししたら、儂の部屋へ来なさい」

「――はい」

 それから、少しして。

「――魅琉鬼にございます」

「入れ」

 許しを得て、部屋に入る。ぬらりひょんは既に上座に坐して、煙管を咥え、紫煙を燻らせている。

 魅琉鬼は下座に坐した。

「リクオの様子はどうだい?」

「今は、お部屋でお休みになられております」

「ふぅん。まぁ、アレはアレなりに考えてるってこったな。いい傾向じゃねぇか」

 ぬらりひょんは、からからと笑い、火皿に溜まった灰を落とす。

「――魅琉鬼よ」

 ぬらりひょんの纏う空気が、激変した。

“悪たれ”の貌。あの牛鬼が惚れ込んだ“大侠客ぬらりひょん”の姿が、其処に在った。

「“四国”の後ろには、“狐”がいる」

「――狐?」

「おう」

 煙管を咥え、息を吐く。たゆたう紫煙が薄闇に溶ける。

「儂の息子、つまりリクオの父親を殺した女狐だ」

 魅琉鬼の眦が裂けた。

「――それは」

 戸惑いを隠しきれない。けれど、すぐに思考を切り替える。

「それは、まぁ、今は置いておく。が、――一つお前さんに詫びねばならんことがある」

 ぬらりひょんが、一拍の間を置いて言った。

「リクオは、お前との……いや、“妖”との間に“子”を生せない」

――なんと、言った。

――今、何を聞かされている。

――おかしい。

――おかしい。

――どうして。

――どうして。

 視界が歪む。

 思考が塗りつぶされてゆく。

「それが、“儂ら”に掛けられた“呪い”じゃ。その元凶がその女狐なのよ」

 ぬらりひょんが胡坐をかいたまま頭を下げた。

「お前さんにゃ、申し訳ないと思ってる。この通りだ」 

 芋のように長く、武骨な形をした禿頭に汗が浮かんでいる。

「――ひっ」

 嗤っていた。

「――ひ、ひ、ひ」

 ひどく、おかしい。

 堪らなく、おかしい。

「おかしなぬらりひょん様……お詫びなど、必要ありませんのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だって、その“狐”を、殺してしまえば、いいだけじゃありませんか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い鬼が、嗤っている。

 ひどく、美しくくて。

 ひどく、おそろしい。

「こりゃ、早まったかな……鬼を焚き付けちまった」

 ぬらりひょんは、吸い口を嚙んで、苦笑した。

「おじい様……私、しばらくの間、京都へ行ってまいります。お許しくださいますか?」

「構わんよ……しかし、リクオにもことわっておきな。今日はいい月だ。“でぇーとに”でも行ってきな」

「――ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四.

 

  

 其処は闇に包まれていた。灯りは、腰障子から洩れる月明かりと、菊灯に刺さった蝋燭一本。それを囲うように三人の男が、胡坐をかき、円座に坐していた。

 一人は、女の如き、長い髪を遊ばせている厳かな貌をした男。

 一人は、強面ではあるが、見るからに貧弱そうな身体つきの男。

 一人は、まだ顔に幼さが残る小さな体躯の少年。

「おい、寝てなくていいのかよ」

「うん、平気、少し仮眠できたから」

「そうかよ」

 男はふて腐れたように舌打ちをする。

 対し、壮年の男は目を閉じ、沈黙を保ったままだ。

「おりゃしらねぇからな! あの女に問い詰められても、俺の名前は出すなよ」

「出さないよ。ホント、案外魅琉鬼と仲良いよね。鴆君って」

 鴆は蟀谷に青筋を立てて憤慨した。

「馬鹿野郎! 俺が何時! 何処で! 何時何分何秒に! あの乱痴気女と仲良くしたって!」

 ずい、と顔を近づけて捲し立てる。堪らずリクオは手を翳して苦笑を漏らした。

「――黙りなさい、畜生」

 腰障子の戸が少し開いて、隙間から“針”が一つ飛んで来て、鴆の頭に突き刺さった。

 それから、音を立てて赤い血が迸る。

 簀子が赤色に染まった。

「まったく、心外ですわ、リクオ様。私(わたくし)とこんな畜生風情が仲が良い、などと」

「魅琉鬼……」

 腰障子の戸が開き、魅琉鬼が恭しく頭を下げた。血の池に沈む鴆の事を、その場にいる者は、はがにも掛けなかった。

 なんともはやである。

「はいはーい、鴆様ー。退場しますよ」

 其処へ氷麗がやって来て、ずるり、ずるりと鴆の襟首を掴み、引きずってゆく。

「――俺の、扱い……」

「――リクオ様」

「ひゃい」

 舌を嚙んだ。

 魅琉鬼は袖口で口元を覆ってくすり、と微笑を浮かべた。

「リクオ様、私の“お散歩”にお付き合い頂けませんか?」

「え、でも……」

 横目で牛鬼の様子を伺う。

 目を閉じ、口を固く結んだまま動かない。

 ややあって、右目が開き、言う。

「行って来い。こちらは問題ない」

「――けど」

「今、お前にもう一度倒れられては元も子もない。一度、頭を冷やせ」

 ぴしゃりと言われて、言葉に詰まる。

「私と夜の散歩をするのは、お嫌でございますか」

――困った。

 好いた女にこんな貌をされては断れずとも、已む無し。

 リクオは、指で頬を掻いて苦笑を洩らした。

 それから、それから。

 牛鬼は、静まり返った室内で、書見台に置かれた書の頁をめくる。灯りは、菊灯に刺さった蝋燭一本と、腰障子から洩れる月明かりのみ。

「――牛鬼よ」

 声は、戸の向こうから。

「月を肴に一杯付き合わんか」

「構いませぬよ」

 縁側で胡坐をかいて、二人が坐していた。

 その間の盆には、徳利二本と、漆塗りの盃が二つ。

 月を見上げて、酒をかっ喰らう。

 酒は、旨い。

 けれど、どこか寥々(りょうりょう)としている。

「――なぁ、牛鬼よ」

「――何ですかな、大将」

「お互い、老いたのぉ」

「老いましたな」

 再び、盃を酒で満たす。

 枝垂れ桜の花弁が、水面に舞い降りて、波紋が立った。

「昔に比べて、静かになっちまった」

「確かに、ひどく静かだ」

「雪麗がいりゃ、きっと背中をひっ叩かれちまいそうだ」

 しばし、無言。

「大将、四国妖怪の軍勢に“京者”が混じっておりました」

「おう」

 酒を喰らって、言う。

「老体に鞭打つことになるが、付き合ってくれるかい?」

「承知」

 ぬらりひょんが、にかっと嗤って、牛鬼の肩を叩いた。

 

 

 

五.

 

 

 満月の中心に黒い影が一つ。ひどく大きな影であった。

 その影が、闇を滑るように駈けている。

 影の正体は、一匹の化け猫。その背で、白髪を持つ鋭い眼光の青年と、赤い髪を持つ美しい女が、寄り添っていた。女は、青年に甘えたように、身体を預けている。言葉はない。けれど、確かに二人は“つがい”であった。

「今日は随分と素直じゃねぇか」

 青年が言い、女が嫣然と微笑を浮かべた。

「あら、それじゃ、普段がひねくれ者みたいじゃありませんか」

「違うのかい?」

 意地の悪い笑みを浮かべる。

「まぁ、ひどい」

 くすり、と袖で口元を覆って笑った。

「お前がこうして、素直に甘えてくるのは、珍しいだろう。まぁ、俺も、最近構ってやれなかったからな……丁度いい」

 そういって、女の肩を抱いた。

「うれしい」

 魅琉鬼はうっとりとした貌で、青年を見つめる。

「京都へ、行くんだろう?」

「――え」

 魅琉鬼の眦が裂けた。

「さっき、爺の部屋の前を通ってな。詳しくは聞こえなかったが」

「そう、でしたか……」

「ああ」

 しばし、無言。

「止めては、くれぬのですか?」

「止めてほしいのかい?」

「――いじわる」

 魅琉鬼が、拗ねるのを見て、ふっと笑った。

「本音を言やぁ、まっぴら御免だがよ――俺も、いつまで経ってもお前におんぶに抱っこじゃ、かっこがつかねぇだろう」

「――そんな」

 魅琉鬼の言葉を遮る。

「行って来いよ。お前が戻ってくる前までに、一人前の“大将”になっておくからよ」

「リクオ様……」

 女が目を伏せる。

――青年、リクオが女の顎を持ち上げた。

「心配するな。俺が信じられないかい?」

「――ずるい人」

「男はみんなずるいもんさ」

 

 

六.

 

 

 蝋燭の火が、揺れている。其処は月の光も届かぬ、闇に包まれていた。菊灯に刺さった蝋燭が、横に並んでいる。その蝋燭に対面する女は、胴着を片肌で纏い、膝を折って坐していた。

 その横には一振りの刀。鍔も、拵えも、柄巻もない簡素な造りの刀。敢えて外装を語るのなら、その色。血のような赤色をしていた。

 じじっと小さく、火が音を立てた。

 それと同時に、一閃が闇に奔る。蝋燭の火がひとつ残らずかき消されていた。

――鞘を這う白刃の音が一つ。

 それ以外の音は、ない。

 女が軽く息を吐いた。

――“奴良屋敷地下道場”。そこで、魅琉鬼が一人鍛錬していた。

 彼女の貌は、憂いに満ちている。

 汗を拭い、乱れを整えて、浴室へ。

 身を清め、外へ出た。雪駄が庭の砂利を擦る音だけが響く。真紅の着物を纏う魅琉鬼はかくも美しい。

 不意に足が止まる。

 視線の先に人影一つ。

「――アンタ、本当に行っちゃうの?」

「ええ」

 氷麗である。憮然とした貌で魅琉鬼を見つめていた。

「奴良組が大変だって時に! 若だって、本当はアンタの傍に居たいって思ってるはずよ」

「氷麗さんがいるじゃありませんか」

 彼女の怒りが、沸点を超えて爆ぜた。乾いた音が、闇に響く。

 魅琉鬼は白い掌で右頬に触れた。微かに熱を持ち、じんっとした痛みが広がる。

「――本気で言ってるの? 馬鹿にしないで! ワタシはアンタの代わりじゃない! 若が――」

 氷麗が眦を裂いた。

 月明かりに照らされた貌は、涙で濡れている。

 

【挿絵表示】

 

「ホント、馬鹿みたい……二人して強がっちゃってさ。“離れたくない”って言えばいいじゃない! まったく」

「――ありがとう」

「べべべ、別にアンタのためじゃないんだからね!」

 照れて、顔を逸らす氷麗の姿に魅琉鬼はくすりと笑った。

「留守の間、リクオ様のこと、よろしくお願いします」

「仕方ないわね……ちゃんと無事に帰ってくるのよ」

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 蒼月の下で二人は笑い合って、踵を返した。

 

 

七.

 

 

 深い森の中で、“それ”は異彩を放っていた。まさか、夢幻の類ではあるまいか。けれど、確かに“それ”は在る。悍ましげに聳え立つ洋館は、決して人を寄せ付けることなく、ひっそりと、けれど朽ちることはない。

 生ぬるい風に煽られて、紅い髪が横へ流れた。

 ひどく美しい女だった。

 赤い着物に、紅い番傘を差して、女は佇んでいる。

 紅を挿した唇に、薄く笑みが点る。扉が軋みを上げて開かれた。

「ようこそ、おいでくださいました。奥で、お嬢様がお待ちです」

 出迎えた侍女が淡々と、しかし、恭しく腰を折り、例をする。

「――傘は此方でお預かりいたします」

「――ああ、これはいいの。だって――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――雨が降りますから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はじめは、弱く。

 徐々に、強く。

 赤い雨が降り注ぐ。

 ぽてり、と落ちたのは、頭蓋。

 それは、椿の散り様によく似ている。

『やるねぇ、御嬢さん』

 声は、背後から。

 振り下ろされる鉄拳は、重く強い。

 苛烈な威力を持つそれは、大理石さえ“抉って”みせる。砂塵が立ち込めていた。女の影はない。巌の如き男は、乾いた唇に舌を這わせた。

『こりゃ、驚いた――』

 黒スーツに浮かぶ凹凸は、宛ら肉の壁。

『まさか本当に、“椿の鬼姫”が来るなだなんて』

「――あら私をご存じで?」

『ああ、そうとも、よく知ってるよ。あんたは“覚えていないかもしれないが”俺たち妖怪はよおく知っているとも』

「――そう」

「ねえ、あなた? “狐”を知らない?」

『ああ、“主”なら、そこの扉の向こうさ』

 言って、男は上の扉を指差した。

『一応聞くが、“主”に一体何のご用向きで?』

 赤を纏う鬼が嫣然と微笑を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――殺しに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長らく更新を停止させてしまい、申し訳ありませんでした。
活動報告にも載せましたが、ただいま【live maker】というフリーソフトを使用し恋する赤鬼のノベライズゲームを作成しております。

今年中には【序章】部分を完成させ、公開できるようにしたいと思っております。
そのため、此方の本編に関しては更新が不定期になります事をお詫びいたします。
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